16品目・領都ウーガ・トダールで初露店(海鮮焼きの準備)
アードベック辺境伯と別れてから二日後。
俺たちを乗せている隊商交易馬車は、無事に領都ウーガ・トダールへ到着した。
辺境都市ベルランドの城塞よりもでかく、それでいて風光明媚さを感じる彫刻が柱や壁に施されている。
その壁画を横目で眺めつつ隊商は正門へと向かい、俺たちも身分証を提示して領都の中へと入っていった。
やがて隊商交易馬車が目的地である商会前に到着して、ようやく俺たちの長旅も終了した。
「ふぁぁぁぁ、ようやく腰を伸ばせるよ」
「あっはっは。ユウヤは冒険者じゃないから、やっぱり長旅は辛かったにゃ?」
「まあな。だが、ようやく宿でゆっくりできるから、少しは腰の調子もよくなるってものよ」
正直言って、腰がそろそろ限界。
いくら越境庵の座布団を敷き詰めていたとしても、馬車が揺れるたびに襲い来る衝撃にはかなわない。
本当、冒険者の身体ってやつは、どういう作りをしているのやら。
「それでは、私たちは一度、冒険者ギルドに向かいますね。活動拠点変更届を出さなくてはならないので」
「ああっ、それがあるのを忘れていた。マリアン、私のもついでに出してきて?」
「変更届を出すのは本人だけ。それに、登録証も必要でしょ? ほら、とっとといきますよ!!」
「あ~れぇぇぇぇぇぇ。それじゃ、またにゃ」
マリアンに襟首掴まれて、ズルズルと引っ張られていくシャット。
まあ、相変わらず仲がいいんだなぁと納得しつつ、俺自身も商業ギルドへ向かう。
冒険者のように活動拠点変更届を出す必要はないんだが、この街でも露店を開こうと思っているからなぁ。
そんなこんなで人づてに商業ギルドの場所を聞いて、無事にこの街での露店登録も完了。
この街での露店申請は、外縁部と呼ばれている城壁に近い場所と中心街と呼ばれる都市中央部の二か所で申請が出来るらしく、外縁部は一区画一週間につき10000メレル。
そして中心街はその倍、一区画一週間で20000メレルも支払わなくてはならない。
もっとも、売上税などは支払う必要がなく、すべてこの露店申請料で賄われるとのこと。
とりあえず一週間分、場所は中心街の一区画を契約すると、あとはのんびりと宿探し。
「そういえば、シャットとマリアンも探さないとなぁ……まあ、冒険者ギルドの近くにいけばいいか。露店の指定場所も、また冒険者ギルドの近くだからすぐに見つけられるだろう」
あとはのんびりと町の散策がてら、露店の場所まで移動。
この領都も中央に大きな公園のような場所があり、ここから放射状に街道が伸びている。
そして公園の一角にあるベンチに座ると、厨房倉庫から瓶ラムネを一本取り出し、歩き疲れて乾いた喉をグッと潤す。
「ぷっはぁぁぁぁ。ああ、排気ガスもなく、車の騒音もない世界。最高だなぁ……だけど」
この領都ウーガ・トダールはベルランドよりもずっと南方らしく、気温もそこそこに高く暑い。
初夏の札幌程度の暑さだと思うが、この気温では露店で何を売ったらいいか考えてしまう。
「炭火で焼き鳥……は、ちょっと厳しそうだなぁ。かといって、生ものは露店じゃ売れないし。こんな暑さの中で売れそうなものといえば、何があるかなぁ……」
ラムネを飲みつつ、行き交う人々を眺める。
老若男女、親子連れの人々もいれば重装備の冒険者の姿もある。
しっかし、町の中でまで鎧を身に着けているのは大変だろうなぁと考えてしまう。
シャット曰く、あの程度の重さは冒険者にとっては気にもならないらしいことと、冒険に向かうのに私服姿で鎧を担いでいく馬鹿はいないということらしい。
武具を付けずに持ち歩くとなると、荷物が多くなるのでそれだけ素材を持ち帰るのに不便とのこと。
「暑さで……熱いといえば夏とか、祭り……うん、それならいいものがあったなぁ」
そうと決まればあとは仕入れ。
宿を取ってから越境庵に向かい、発注と仕込みをするだけ。
あとは手順と仕込みの量をどうするかっていうところだが、まあ、厨房倉庫で冷蔵庫にでも放り込んでおけばいいか。
「あ、ユウヤ発見だにゃ」
「ユウヤ店長、ひょっとして明日から露店を再開するのですか?」
俺がのんびりしている姿をシャットたちも発見したらしい。
手を振って走って来るので、俺も軽く手を上げる。
「ああ、明日から露店を再開する。場所はほら、そのベンチの外側あたりらしいから、明日からまたよろしく頼むな。それで、また依頼書を冒険者ギルドに提出する必要があるんだよなぁ」
「そうだねぇ。そこはお約束だから、面倒くさがらずにやるしかないにゃ」
「まあ、商会登録冒険者制度を使うと、面倒な依頼申請は必要ないのですけれどね」
「商会登録……なんだって?」
マリアンが説明してくれたのは、『商会登録冒険者制度』。
ようは、商会と冒険者が雇用契約を行うものであり、大抵は都市圏に拠点を持つ商会が冒険者を雇い入れ、隊商護衛や素材採取を頼むというもの。
契約料いがいにも依頼内容によって報酬を支払う必要があるのだが、残念なことに俺のような露店を生業としている商人には適用されないらしい、実に残念である。
「……なるほどなぁ。まあ、俺とは縁のない制度のようだから、いつも通り指名依頼で出すことにするさ」
「よろしく頼むにゃ」
「はい、またよろしくお願いします」
「はいはい……と、それじゃあいくとしますか」
そのまま冒険者ギルドに向かって指名依頼の手続きを行う。
期間は一か月で区切っておいて、都度必要に応じて期間を延長するだけ。
あとは俺だけが宿を取り、明日のための準備を始める。
2人は冒険者用の宿があるらしく、そこで格安で寝泊まりするらしいから、実にうらやましいものである。
〇 〇 〇 〇 〇
――翌日・朝
「さて……それじゃあ始めますか」
今日の露店は『海鮮炭焼き』。
あの暑さの中でたれの聞いた焼き鳥を食べるというのも風情がない。
それなら、生姜と醤油を効かせたタレを使って海鮮焼きをするほうがいいだろう。
相変わらず朝食を摂るという風習がないので、身支度をしてから越境庵の厨房に移動。
精肉店よりも鮮魚店の方が配達が早いため、朝一で仕込みを開始。
「まずは、エビと烏賊だな……」
エビは簡単、大きめのボウルにエビをぶち込み、まずは塩を掛けて一匹ずつ丁寧に揉み洗い。
水気をふき取ってからエビの背中側に竹串を刺して背ワタを取る。
うちで出していたエビは大きめなので、長めの竹串を刺して焼いている最中に丸くならないようにすれば完成。
烏賊はスルメイカを使用、指を突っ込んで胴と足が繋がっているところを外し、そのまま内臓ごと頭を引き抜くだけ。
あとは中を水洗いし、軟骨を引っこ抜いて表面に切り込みをいれれば完了。
ホタテはまあ、よくテレビとかでは貝殻ごと焼いてグツグツしてきたらパカッと口が開くっていうのが定番だが。あれは蝶番部分を切っておかないとならないし、そもそも火が通って貝殻から外れる面が炭火側なので。あんなふうに殻だけがパカッと開くことは無いといっておく。
俺は面倒臭いので、先にふたの部分だけ殻を外してさっと水洗い、それをバットに並べておく。
貝殻の面と貝柱が触れないように、ラップを敷いておくことは忘れない。
イカ焼きとエビのタレは、焼き鳥のたれを薄めたものを使用。
継ぎ足して熟成させたものではなく、作り立ての物に生姜を絞っていれるだけ。
あとはホタテ用のバターをカットしておけば、すべて完了。
「おっと、飯を炊いておかないとなぁ……」
うちのお嬢さんたちは健啖家なので、少し多めに炊いておく必要がある。
「あとは……まあ、万が一用に、ラムネでも用意しておくか」
町内会のお祭りで使っていたスタンド式の150リットルクーラーボックスも用意。
あとは瓶ラムネとか、瓶ジュース類をぶち込んで大量の氷を浮かべて完成。
まあ、売れるかどうかは、昼の気温次第ということで。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




