第140話・二国間協議というか、晩餐会で水に流してくださいよ(おまけのデザートケーキ盛り合わせとノンアルカクテル)
何やら面倒くさい話に巻き込まれそうになって来た。
それも、フォーティファイド王国の貴族がやらかした事件を他国の人間である俺に押し付けようだなんて、図々しいにも程がある。
という事で面倒事を避けてヴィシュケ・ビャハ王国に帰還しようと思ったのだが、その為に必要な『精霊の旅路』という転移魔法が使えないという事で、急遽、俺たちは元居た宿泊先へと戻る事にした。
「さて、今後の動きですが、フォーティファイド王国は今回の件で問題を起こした貴族の責任をうやむやにしようとしているようです。それも、精霊の加護を受けたユウヤ店長に責任を押し付けるようにして。ですので明日、朝一番で国王に謁見を求めたいと思います。隣国の使節団代表、それも王女の謁見要請を断るとは思えませんし、何よりもユウヤ店長単独で宰相の元に赴こうものなら、難癖付けられて料理を作らされた挙句、責任を押し付けられるに決まっていますから」
「まあまあ。アイリッシュ王女殿下のお怒りもごもっともですし。そもそも、そんな依頼を受ける事はありませんので。俺には全く関係のないこと、それで終わりですから」
そう説明するものの、マリアンが腕を組んで何か考えている。
おそらくは、俺や王女殿下では思いつかない何かがあるのだろう。
「そうですね。明日の謁見、とにかく『関係ありません』という事を告げていればよいかと思います。きっと『精霊の加護を持っている癖に』とか、『料理の腕に自信がないんだろう』といった事を揶揄うように告げてくるはずです。そこでカーッとなって安請け合いをすると向こうの思うつぼですので、全て聞き流してください」
「ユウヤの料理が美味しいのは、あたし達が知っているからにゃあ。それに、精霊の女神も認めた料理人だにゃ、文句があるのならターシュラー様に言えっていうことだにゃ」
まあ、マリアンとシャットの言う通り。
俺って、ここ一番で短気なところがあるからなぁ。
特に料理については、いわれのない文句をつけられると黙って聞き流せない事があったからなぁ………ああ、今は穏やかだから大丈夫、あくまでも若いときはそうだったという事だから。
「まあ、黙って断りを入れればいいんだろう? それなら大丈夫だ。そもそも、この国と北方の蛮王国といったか、そこの問題だからな」
「そういう事です。ここでユウヤさんに何か責任を取らせろという事でしたら、父に連絡を入れてこれまでの友好条約や対北方戦略条約などを見直すだけです。それぐらいの宣言をしても問題はありません。でも、帰り道が使えないというのが痛いですわね」
「ああ、それについてなんだが。よくよく考えると、すぐにでもヴィシュケ・ビャハ王国に帰ることはできるんだよなぁ」
そう、要はどこか人気のない場所で『越境庵』に続く暖簾を出して店内に入ったのち、暖簾を回収してからヴィシュケ・ビャハ王国のユウヤの酒場に出口を繋げればいいだけなんだよ。
ただ、無許可で理由も入れずに帰国するとなると、やはり外交問題に発展しかねない可能性があるという事と、俺たちの知らない所で責任転嫁されたり無実の罪を押し付けられそうなのでね。
「ふぅん。まあ、ユウヤ店長の帰還方法については最後の手段という事で。ここは正式に外交使節として、一連の件全ての断りを入れた後、精霊の旅路が繋がるまで待つ事にしましょう」
「ま、帰る時間が延びたっていう事か」
「宿から出ないでのんびりとしているしかないですけれど、越境庵で羽を伸ばすというのもありだと思いますわ」
「そ、それは凄く良い提案かと思いますわね」
マリアンの提案にアイリッシュ王女殿下が乗って来た。
また、しばらく来店していないから、そろそろ顔を出したいという事だろうなぁ。
ということで、その後は他愛のない話し合いが続き、人気がない事を確認して一時的に越境庵を開店。アイリッシュ王女殿下を労う事にした。
ちなみに仕入れとかをしていなかったので、アイリッシュ王女殿下を労ったのはデザートケーキの盛り合わせと、ノンアルコールカクテル。
全て越境庵で作り、そのカウンター席で楽しんでもらった。
まあ、ノンアルコールカクテルといっても、バーテンダーの勉強をしていたわけではないので見様見真似でね。
専門学校時代にカクテルの講師が教えてくれたレシピもあるし、道具は揃っているのでどうにかなるものだよ。
もっとも、お客に出すにはまだまだ未熟、こっちについては耕平の方が得意だったからなぁ。
ちょいと、真面目に頑張ってみますかねぇ。
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――翌日
食事を取り身支度を整えた後、俺達は一路、王城へと向かう。
荘厳な城門の先、綺麗に刈り揃えられた並木の向こうにある正面入り口までたどり着くと、そこで待っていたらしいパンチョン・タンネージが俺たちを見てニヤニヤしていて、そして真っ青な顔色に変化した。
そりゃそうだ、俺とマリアン、シャットの三人で来ると思っていたところに、まさかのアイリッシュ王女殿下まで同行しているだなんて思ってもいなかったのだろう。
「こ、これはアイリッシュ王女殿下。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「いえ、ユウヤ・ウドウがステリー・ウェアハウス宰相に呼び出されているのでしょう? 同じ帝国使節団の責任者として同席させて頂くだけですが、何か問題でも? それとも私が同席して都合の悪い事でもあるのでしょうか?」
ニコリと軽く微笑み、そう丁寧に告げるアイリッシュ王女殿下。
それにしても、何というか無言の圧力を感じているのは俺だけではないよなぁ。
「そ、そんなことはありませんが……こんな下賤な料理人風情の話し合いに……いえ、失礼しました、どうぞこちらへ」
「ありがとう。では参りましょうか」
俺たちは軽くうなずいたのち、アイリッシュ王女殿下の後ろをついていくだけ。
そしてちょっと大きめの応接間のような場所に案内されたのだが、既に室内には数名の貴族が席について俺達を待っていた。
そして席の正面、偉そうに座っている人物……おそらくウェアハウス宰相であろう……がアイリッシュ王女殿下の姿を見ていきなり立ち上がり平伏でもするんじゃないかという勢いで頭を下げていた。
「こ、これはアイリッシュ王女殿下、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「先ほども彼に告げました通り、ユウヤ・ウドウに用事があるという事ですので、私も同席させていただくだけですが」
「そ、それは……いえ、王女殿下のお手を煩わせるような事ではありませんので、別室で寛いではいかがですか?」
「それには及びませんわ。では、話し合いを始めてください」
それだけを告げて、とっとと席に座るアイリッシュ王女殿下。
その横に並ぶように俺達も座ると、さっそく事情を掴めていない貴族が立ち上がり、俺に向かって話を始めた。
「ユウヤ・ウドウといったな。貴様は本日の正午、蛮王国の外交使節団に料理を作れ。以上だ」
偉そうにそれだけを告げると、そのまま腕を組んで深く椅子に腰掛けている。
「ああ、その件でしたか。謹んでお断り申し上げます」
「……今、なんといった? 私は貴様に命じているのだよ? たかが平民風情が、貴族の命令にたてつくというのかね? たまたま運よく精霊の女神の加護を得ただけの料理人風情が、子爵である私の命令に背くとでもいうのかね?」
立ち上がってそう偉そうに告げているのだが。
その横に座っているパンチョン・タンネージが真っ青な顔色で子爵に何かを囁いている。
まあ、それを無視して何か話を続けようとしているので、俺は右手を前に出して一言。
「そうですね、自己紹介が遅れました。私はユウヤ・ウドウ伯爵です。ヴィシュケ・ビャハ王国より正式に伯爵位を承り、王家御用達の免許を受けている料理人です。では、その事を踏まえて、もう一度話を続けてください」
堂々と告げた後、どっかりと腕を組んで席に座り直す。
すると子爵の口がパクパクと動き、何か冷や汗のようなものまで流し始めている。
そしてその場にいる貴族一同がウェアハウス宰相のほうを一斉に見るので、宰相もゴホンと咳ばらいを一つしたのち。
「アイリッシュ・ミラ・ヴィシュケ王女殿下、我がフォーティファイド王国としては、此度の蛮王国との諍い事の仲裁の為、ユウヤ・ウドウ伯爵にぜひとも料理を振舞っていただきたいのですが」
「先日の晩餐会にて起きたウルス・バルト王国の外交使節と、この国の貴族の揉め事の件ですね。では、速やかにそちらの貴族が謝罪し、この国の宮廷料理人が責任をもって料理を振舞えばよろしいのではないでしょうか。双方の外交問題に、我が国の貴族が対処する謂れはありませんので」
「ま。まことにそのようで……」
ウェアハウス宰相も流れる汗を必死にぬぐいつつ、そう告げる事しか出来ていない。
まあ、先日、アイリッシュ王女殿下から聞いた話でけりが付くと思うのだから、これにてこの件はおしまいという事で。
「では、私どもはこれで失礼します。早く精霊の旅路が使用出来るようになるのを、宿で心待ちしていますので。では行きましょうか、ウドウ伯爵」
「あ、は、はい、それでは失礼します」
という事で、終始こちらのペースというか、アイリッシュ王女殿下のペースで話は終わった。
そして宿に戻りのんびりと体を休める事にしたんだけれどねぇ。
………
……
…
――さらに翌日
昨晩は急きょ、ウルス・バルト王国の外交使節を労う為に晩餐会がもう一度行われたらしい。
あ、例の北の国家の正式な名前は『ウルス・バルト王国』もしくは『ウルス・バルト藩王国』っていうらしく、蛮王国っていう呼び名はウルス・バルト王国に対しての侮蔑的な意味合いが含まれているそうで。
まあ、その晩餐会の詳細などについては何も聞かされていないし、そもそも他国の問題に口をはさみたくはないので俺たちはいつものように『越境庵』でのんびりとしていたんだけれど。
朝になって、今度はウェアハウス宰相が宿に飛び込んできたんだけれど。
「アイリッシュ王女殿下、そしてウドウ伯爵。国王陛下が話をしたいという事でお呼びに上がりました」
ああ、こりゃあ失敗したな。
先日の貴族の非礼を詫びるとか、そういう意味ではないだろう。
宰相の慌てっぷりから察するに、昨日の晩餐会も失敗したんだろうなぁ。
「まあ、昨日の件についての顛末も伺いたかったので、都合がよかったですわ。では、今支度をして来ますので」
「それじゃあ、俺たちも出掛ける用意をしますか……ちなみにですが、昨日の晩餐会はどうなったのですか?」
こっそりと宰相に問い掛けると、やはり気まずい事が起こったのであろう。
詳しい話は国王陛下から直接と告げられたので、それじゃあ話を聞きに行きますかねぇ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




