第139話・暴走貴族のやらかしと、一触即発の外交問題(生肉料理という課題)
フォーティファイド王国での日常。
既に100年大祭も終わっているので、後はユウヤの酒場のある王国に帰るだけだったが。
いざ帰ろうとしたものの、アイリッシュ王女殿下に引き留められ、あれよあれよという間に二週間が経過してしまった。
ただあてがわれた宿でのんびりしているのも退屈なので、時折町に赴いては様々な食材を調達したり、この国ならではの郷土料理を食べ歩いたりしている。
こと、食べ物に関する事については、真剣にかつ前向きに考えるようにしているので、食に結びつく事については時間の経過も忘れてしまう。
後はまぁ、宿の裏庭でたまに開いているランチタイム限定の屋台。
最初はお好み焼きだけだったけれど、宿泊している貴族たちから別の料理も食べてみたいと請われ、交易都市キャンベルで出していたような料理をたまに披露する事にした。
やはりこっちの国の人達にとっても未知の料理だったらしく、おかげさまで大盛況。
一部貴族なんて【本国で私が経営する料理店に召し抱えてあげよう】とか【我が家の筆頭料理人として雇い入れる】といった事を言われ始めて。
そういうのは、ヴィシュケ・ビャハ王国の王都でさんざん言われていたのでご勘弁願いたい。
という事で、軽くあしらったのち、いつものようにのんびりとした日々を過ごしていたんだけれど。
――午後2時すぎ
「失礼する。ユウヤ・ウドウ殿、ならびにマリアン、シャットの両名は、明日の朝、登城するように」
綺麗な身なりの男性が、宿の入り口に姿を現した。
そして俺たちを呼び出したと思ったら、この一言である。
「はぁ、それは構いませんが。どのようなご用件でしょうか」
「ふん、たかが料理人風情が。此度の呼び出しは我がフォーティファイド王国宰相家である、エステリー・ウェアハウス様直々の呼び出しだ、黙って来るだけでいい」
「かしこまりました。では、失礼します」
なんというか、終始俺たちを睨みつけて一方的にしゃべっているので、こっちとしても気分が悪い。
ということで用件だけを聞いたのでとっとと部屋に戻ろうとしたのだけれど。
「貴様ぁぁぁぁぁ、一料理人風情が、私を見送ることもなく勝手に場を離れるとはなんという無礼な!!」
「ああ、そういうルールでもあるのですか。まあ、私はヴィシュケ・ビャハ王国に籍を持つ者でして、この国の慣例というものは知らないのですよ」
「この私は、かの有名なブルイック・タンネージ男爵家の三男、パンチョン・タンネージである。貴族に対する礼儀作法というものについて、貴様には今一度教育してやらねばならぬようだな」
――シャキッ
おっと、いきなりサーベルを引き抜いたぞ、この三男坊は。
どうにも身分をかさに着て、偉そうにしている連中っていうのは短気でいけないよなぁ。
まあ、あの勇者がその最たる存在っていうところだろうが。
明日の朝に登城する相手に剣を抜くのはいかがなものか。
「おや、ユウヤ殿。そんなところで何をしているのですか?」
俺たちの後ろから聞こえてきたのは、アイリッシュ王女殿下の声。
そしてその声が聞こえた瞬間に、パンチョンとかいう三男坊がサーベルをガシッと前に構えた。
「これはアイリッシュ・ヴィシュケ・ビャハ王女殿下。いえ、この庶民が貴族に対する礼節を学んでいないというので、このわたくしが直々に躾てやろうと思った次第です」
「ふぅん……」
「「あ……」」
パンチョンの言葉を聞いた直後、アイリッシュ王女殿下の目が細くなり口元に笑みが浮かんだ。
そしてそれが『危険』であるとマリアンとシャットが感づいたらしい。
「この者がそのような事をおっしゃっていますけれど、それは本当ですの? ユウヤ・ウドウ伯爵」
「まあ、そんなところですかねぇ。こっちの国の礼節なんて知らないもので」
「ええ、ですからわたくし、ブルイック・タンネージ男爵家が三男、パンチョン・タンネージがこのユウヤ・ウドウ伯爵の躾を……え、伯爵?」
「ええ。こちらのユウヤ・ウドウ伯爵は、わが国であるヴィシュケ・ビャハ王国の伯爵位を授かった貴族ですが」
威風堂々と告げるアイリッシュ王女殿下。
その瞬間、パンチョンの顔色が真っ青になり、慌ててサーベルを収めると深々と頭を下げて走って逃げていった。
まあ、そういう反応だよなぁ。
「ちょっとユウヤ店長。このような事が起こった場合、まずは自身の名前と爵位を告げたのち、身分を示す短剣をかざせばおしまいなのですよ?」
「おおっと、そうでしたか。いや、そういった事も知らないものでねぇ」
「はぁ。ユウヤ店長には一度、貴族としての教育を受けてもらった方が安心できそうですけれど。まあ、それはまた国に帰ってからでも構いませんわ。それよりも、ユウヤ店長に伺いたい事があったのですわ」
「あ、そっちが本題ですか。俺の知る範囲でなら答えられますが」
そう説明してから、改めて宿の一階にあるラウンジへと移動する。
すぐさま侍女が寄ってきて、ティーセットを用意するのだけれど、アイリッシュ王女殿下はラムネが飲みたいという事らしいので、厨房倉庫経由でキンキンに冷えたラムネとグラスを用意して差し出す。
「ふっは。あい変わらず美味しいですわ。このビー玉というものは、貰ってよろしいでしょうか?」
「瓶ごとお持ちいただいて構いません。それで要件というのは?」
「ええ。ユウヤ店長の料理のレパートリーの中に、生肉を食するというレシピは存在しているのでしょうか?」
「え? 生肉ですか?」
まあ、肉料理といえば基本、火が通っているのが当たり前。
それはこっちの世界でも同じらしく、生で肉を食すものなら確実に腹を壊す。
最悪は中毒を起こして死亡したり、肉に浸透している瘴気に当てられて狂暴化し、犯罪者となって投獄するらしい。
こういった話を宮廷料理長から聞いたことがあってね。
ゆえに、肉に火を通すのは当たり前でありつつも、火は通っているけれど生っぽい料理を好む『自称・食通』という方々もいるとか。
「そうですねぇ……まあ、なくはないですが。どういった用件でしょうか?」
「実はですね。つい先日、隣国の外交使節団がこの国にやってきたそうでして。昨晩の晩餐会の折、フォーティファイド王国の国王陛下が、100年大祭の件を楽しそうに話していたのです。それで精霊の女神に加護を得ている者の事で話に花が咲きまして」
「その中で、ユウヤの名前が出てきたのかにゃ?」
「シャットさんの言う通りですわ。天下無敵の料理人とか、精霊の寵愛を受けし料理人とか、その場に居合わせた者達が楽しそうに語るものですから、外交団の方々も興味を持ってしまいまして」
はぁ。
一難去ってまた一難っていうことですか。
まあ、ことが料理に関するものなので、争いにはならないとは思いますが。
「アイリッシュ王女殿下、ひょっとしてですが、その外交官の方が、生肉料理を所望しているのですか?」
「ええ、実はそうなのです。どうにもかの国では、身分の高いものは生肉料理を食べることが許されているとかで。そもそも北方の地であり、雪深い山脈を抱える国家です。肉の貯蔵については独自の儀式があるのでしょう」
マリアンの問いかけに、アイリッシュ王女殿下も困った顔をしている。
まあ、そんな事情があるのなら、断るというのもどうかと……って、ちょっと待て、今、北方の国家といったか?
「その外交使節団って、北方の蛮族の国ですか……」
「ゲゲッ、ウルス・バルト蛮王国の連中が来ているのかにゃ」
「ええ、その通りです。此度の生肉料理を所望しているのは、ウルス・バルト蛮王国の外交使節団。それも、蛮王国の中で最も権威の高いハル・バトール族の族長代理人です。本来ならば断わってしまえばよいのですが、フォーティファイド王国北方とハル・バトール族の住まう山岳地域は森林地帯を挟んで隣同士。ちょっとしたいさかいごとが起こった場合、真っ先に進軍を始める程の戦闘狂の集まった部族ですので……」
「そりゃあ、断れませんね」
まあ、なんというか。
アイリッシュ王女殿下にそう問い掛けてみたものの、どうにも歯切れが悪いように感じた。
「昨晩の晩餐会の席で、酒に酔って気が大きくなったのでしょう。フォーティファイド王国貴族の数名が、『ウルス・バルト蛮王国、恐るるに足らず』とか『わざわざご機嫌取りに来ていただいてありがとうございます』といった侮蔑のような言葉を吐いてしまいまして」
「あっちゃー……そりゃあ、駄目だわ」
「挙句、『わが国には武力でも文化でも勝てはしない』だの『所詮は蛮族、食べ方も野蛮ですなぁ』『きっと本国では、ろくな食べ物も食べられないのでしょう』といった言葉を外交使節団の方々に吐き捨てるように告げたものですから……外交使節団の責任者の方が激高してしまいまして」
まあ、そういうことなら。
責任はその貴族にあるので、彼らに責任を取らせればいい。
という事でこの話はおしまい……とはならないのだろうなぁ。
「その解決の為にも、外交使節団を納得させられる料理を作ってもてなす必要があるそうです。それも、彼らが食べ慣れている『生肉を使った料理』というもので。そのため、国王陛下は頭を抱えていたのです。そもそも、フォーティファイド王国では生肉を食べる文化や風習などありません、当然ですが、近隣諸国でも」
「そりゃあ、そうでしょうねぇ。生魚を食べる風習でさえ、港町のごく一部だけでしたから」
「まあ、この件については、宮廷料理人がどうにか料理を作り、その努力だけでも認めてもらう。外交使節団については別途、謝罪を行う。問題を起こした貴族については降爵もしくは爵位返上を持って、その責務を全うしてもらう……このあたりで話は付くはずでしたが」
ああ、そこで横やりが入ったのですか。
「一部の貴族は蛮王国に対してよい印象は持っておらず、フォーティファイド王国が頭を下げるなどとんでもないと言い出す始末でして。そのうえで、料理を食べさせて決着がつくのであれば、精霊の女神の加護を得ているユウヤ・ウドウに料理を作らせればいい、万が一それでも納得出来なかったのなら、その時はユウヤという料理人に取らせればいいなどという始末です」
「それで、明日の朝一番で王城に来いと言われたのですか」
「はぁ。国王陛下はその件については、ユウヤ・ウドウを頼るなと、他国の貴族に自国の恥を拭ってもらうような事はするなと貴族たちに警告していたのですよ?」
ということは……俺を呼び出した宰相が独断で俺を呼びつけようという事ですかねぇ。
「ということは、どこかの貴族の独断専行という事でしょうね。それでもしも丸く収められたら、俺を斡旋した貴族の手柄、失敗しても他国の料理人の責任という事にすればいいと」
「成程。ではユウヤ店長、私たちはヴィシュケ・ビャハ王国に帰るとしましょう。こんなところで無駄な争いに巻き込まれる必要はありませんわ」
「まったくだにゃ。今回の件で、ユウヤには何の非もないにゃ」
「それどころか、外交問題の責任まで押し付けようという貴族の根性が気に入りませんわ。こんなところ、とっとと退去して帰りましょう。ユウヤ店長をずっと待たせていた理由だって、きっとその外交使節団に供する料理を作ってほしいからとか、そんな感じなのでは?」
そうマリアンがアイリッシュ王女殿下に問いかけると、やはりそれが正解だったらしくうなずいて見せてくれた。
「その通りね。外交使節に対して料理を作ってほしい、精霊の女神の加護を持つ料理人自らが作る料理で外交使節団を迎えたいということです。でも、昨晩の晩餐会では、宮廷料理人たちのプライドの関係でユウヤ店長には声が掛からなかったのです」
「そして後日改めて……ですか。そんじゃ、こんな国にいる必要はありませんね、とっとと帰りますか」
ということで、急ぎ宿を出る準備を行うと、アイリッシュ王女殿下の侍女や護衛騎士たちとともに、最初にここに来た【精霊の旅路】が開く庭園へと向かったのだが。
「はぁ……ここまで手が回っているとはねぇ」
【精霊の旅路】が繋がっている庭園。
その入り口にはフォーティファイド王国の国章をつけた騎士団が待機している。
「私たちはヴィシュケ・ビャハ王国に戻る途中です。急ぎ、【精霊の旅路】を開く許可を出しなさい」
「これはアイリッシュ王女殿下。残念ですが、【精霊の旅路】を開くためにはあらかじめ魔力を蓄積する必要があるのです。それができる魔術師ですが、ここ最近体調を崩してしまい、あと七日ほどは魔力を蓄積することができません。ということですので、【精霊の旅路】を開く準備ができ次第、改めてご連絡を差し上げますので、今一度宿の方へとお戻りいただけると幸いです」
「……そういう事ですか。わかりました。では皆さん、一旦宿に戻るとしましょう」
ということで、俺たちは再び宿に戻ることになったんだけれど。。
これって、このまま縺れていったらフォーティファイド王国とヴィシュケ・ビャハ王国の国交問題にも発展するレベルじゃないのか?
はぁ。
なんだか面倒ごとに巻き込まれたっていう感じだよ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




