第138話・貴族の生活は退屈がいっぱい(たまには息抜き、ユウヤ式豚玉など)
やれやれ。
昨晩は本当に忙しかった。
そしてとても楽しかった。
100年大祭も無事に終わり、今日は新たな宿でのんびりとした時間を過ごしている。
というのも、無事に立食パーティーが終わり片づけを行っていた時、この国の元老院の方々がやって来て、俺達を今の宿とは別の所に招待してくれるという事になった。
まあ、精霊の女神ターシュラー様の加護を得ている俺達を、町の安宿に押し込めておく事は出来ないと半ば無理やりではあるが『貴賓御用達』の一流ホテル……のような場所に移されてしまったよ。
宿のおかみさんには悪い事をしたなぁと頭を下げたんだけれど『ターシュラー様の加護を授かった方が宿泊された宿』という事で予約が殺到したんだと。
少しでもあやかりたいという人々がこぞってやって来たらしく、俺達が部屋を出たという事は逆に商売につながるっていう事らしいから、ありがたく宿を移らせてもらったよ。
ただ、この宿がねぇ……。
「お待たせしました……」
朝夕二食付きはまあいいとして。
なんで朝っぱらから豪華絢爛な料理を相手にしないと向き合わないといけないのかと、小一時間問い掛けたくなってくる。
「ふむふむ……ユウヤ店長、この宿泊施設の料理は、宮廷料理人が出張で指示を出しているっていう最高級の料理だそうです。なんといいますか、食材の鮮度、料理方法、全てにおいて最高級といっても過言ではありませんわ」
「うにゅ……ユウヤの焼き鳥が食べたいにゃ」
「ははは。まあ、俺も故郷ではたまにこういう食事を取っていたからなぁ」
「「え?」」
まあ、驚くのも無理はないが。
俺の場合、札幌の某一流ホテルに料理長として招かれた兄さん(兄弟子)の助(助っ人)として仕事を手伝った事があってね。
ほら、毎年年末となると『ホテルのおせち料理』っていうのが出回るだろう? その中の何品かを俺が出向で作っていた事があってね。
そういった人事についてはある程度自由に出来るのも、料理人の世界が縦割り社会だからだろうなぁと、兄さんも苦笑していたよなぁ。
その時、仕事が終わった後はたいてい深夜なので、そのままホテルに泊まらせて貰ってから、朝食を食べて帰るっていうのが通例でね。
「まあ、あっちでも色々とあったんだよ。まあ、確かに上品で美味しい料理だよな。こういったソースの使い方、素材を生かした加熱処理なんて、勉強になると思うぞ」
「それじゃあ、ユウヤの料理とここのシェフの料理、どっちがおいしいかにゃ?」
「はは、そういったことは比較するものではないな。そもそも料理の得意分野が違う。和食の料理人に洋食のフルコースが作れるのかって尋ねるようなものだ」
うん、シャットの中では俺の料理が最高であって欲しいって感じか。
逆にマリアンは、一つ一つの料理を口に運んでは、味の分析をしている感じだ。
昔は俺も、よくやっていたよなぁ。
そんなこんなでゆっくりと食事を堪能した後は、王都をのんびりと散策。
ついでに商業区や繁華街などにもふらりと足を伸ばし、どのような食材が売っているのか、どんな食べ方があるのかなどを尋ねたり購入したり。
基本、購入したものは全て、肩から下げている収納バッグに押し込んだふりをしつつ、空間収納に収めている。
おかげさまで、『貴重な魔導具を持った貴族』のような扱いを受けてしまってね。
まあ、たまにはそういうのも悪くないのではというマリアンの言葉に甘えて、数日間はこの贅沢な気分を味わっているんだけれど。
〇 〇 〇 〇 〇
――3日後
貴族のような生活も、3日もすれば飽きてくる訳で。
とりわけ、町の中で露店を出したいと思っていても、『ターシュラー様の加護を持つ方の露店というのがあっさりとばれて混雑が出来るに決まっているので勘弁してください』という商業組合からの言葉に従い、止むなくのんびりとしていた。
いや、のんびりし過ぎている。
「よし、昼食でも作るか」
「作るって、露店でも出すのかにゃ?」
「いや、この宿の敷地内、裏庭あたりを借りるさ。ここは関係者以外は立ち入り禁止だから、外から客がやってくることはない。まあ、宿に泊まっている客といえば、今回の100年大祭に招待された貴賓ぐらいだろうからさ」
そうと決まればあとは動くのみ。
急ぎ宿の受付で許可を貰い、裏庭の一角を借りて露店の準備を開始。
まあ、個室から『越境庵』にいけばいくらでも料理は作れるんだけれど、それはちょっと違うような気がしてね。
何というか、【自分達の為】じゃなく、【誰かの為に】っていうのが好きなんだよなぁ。
ほら、おいしいものを食べて笑顔になってくれれば、そんな感じだと思ってくれればさ。
「それで、今日は何を作るのですか?」
「そうさなぁ。こういった格式の高い宿では食べる事が出来ないもの、かな?」
「それってつまりは、焼き鳥だにゃ!!」
「まあまあ、完成してからのお楽しみという事で」
まずは下拵えから。
大量のキャベツの千切りを用意した後、厨房倉庫経由で豚バラ肉のスライスを取り出す。
これは生姜焼き用にとってあったもので、厚さは贅沢に8ミリ。
これを斜めに薄くスライスした後、さっと酒をかけて塩コショウを少々。
「マリアン、この長芋の皮を剥いて摺り下ろしてくれるか?」
「かしこまりました……」
「ユウヤァ、あたいは何をするにゃ?」
「シャットはほら、こっちの用意だな」
クーラーボックスと大量の氷、そして缶ビールとラムネ、オレンジジュースの瓶を大量に並べておく。
後は、今日は特別に『ガラナ』も用意。
北海道の飲み物といえば、これは外せない。
そんな感じでキャベツと豚バラ肉の用意は完了。
「それじゃあ、さっそく始めますか」
大き目のボウルに薄力粉と出汁、卵を加えてよく混ぜておく。
今回はお手抜きなので、出汁も二番だしを使用。ちょいとかつお節がきついかもしれないが、がっつりとした味わいをつけるのならこっちでいい。
ちなみに家庭で作るのならば、顆粒だしを使うか、もしくは液状の出汁が売っているのでそれを使うといいだろう。
そしてボウルの中で混ぜ合わせた生地の中に、刻んだキャベツと揚げ玉を投入。
ここではがっちりと混ぜるのではではなく、軽く持ち上げるように混ぜ合わせて空気を入れて膨らませておく。
「あああああああ、ユウヤ式お好みやきだにゃ!!」
「正解。まあ、今回は海鮮ではなく豚肉を使う、つまり『豚玉』っていうところだ」
「中にいれる具材によって、色々と変わるのかにゃ」
「ま、そんなところだ。エビを入れればエビ玉、イカをいれればイカ玉ってね」
「つまり、焼きそばをいれるとそば玉ということですか」
「焼きそばをいれると……いや、それは今日はなしだ」
その命名によっては、戦争にもなりかねない。
異世界でそれだけは勘弁してほしいところだな。
話は戻って、熱く熱した鉄板の上に油を引き、そこに生地をお玉に一杯ずつ広げていく。
その上に豚バラ肉を載せて、まずは片面をじっくりと焼いて。
――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
程よく片面が焼きあがったら、すぐさまひっくり返して肉のほうにも火を入れる。
「おっと、こいつを忘れていたか」
急ぎ厨房倉庫から『業務用ディスペンサー』を引っ張り出し、こいつに一番だしを入れておく。ああ、『たれ入れ』といえばわかるかな?
「さて、ここで大切なのはタイミングで……」
程よく良く肉の焼ける香りが高まってきたタイミングで、もう一度サッとひっくり返した後にお好み焼の周囲にディスペンサーの中の出汁を勢いよくかけてから。
――カポン
ドームカバーという、半円形の蓋をかぶせて蒸し焼きにする。
これで内部からフックラとしてくる。
そして蓋を外して表面にソース、マヨネーズ、青のりを塗り、最後は鰹節をパラリと載せて完成。
「よし、ユウヤ式お好み焼・豚玉の完成だ」
――グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
はっはっはっ。
鉄板の上で焦げるソースの香りには、うちの食いしん坊さんたちも限界のようだな。
「ほら、こっちはマリアン、こっちがシャット。飲み物は」
「「セルフサービス!!」」
「そういう事で」
さて、二人のお好み焼きが完成した辺りで、宿に泊まっている貴族のみなさんも裏庭にやって来た。
ソースの焦げる香りっていうのは、人の食欲を全力でくすぐってくれるからねぇ。
それに、気が付くと一番先頭にアイリッシュ王女殿下とお付きの侍女さんまで皿を手に並んでいるじゃないか。
「はいはい、今から追加分を焼きますので、待っていてくださいね」
「それはうれしいのですけれど……せめて、こういう催し物を行うのでしたら、先に一言いただきたいものですわ」
「まあ、今回も俺の気まぐれという事で」
さて、それじゃあ急ぎ作る事にしますかねぇ。
ついでにシャットとマリアンにも、作り方を伝授しておきますか。




