第137話・宴会が終わり、そして日常へ(フィリーチーズステーキとバドワイザー、あのコーラ)
聖域を出た俺達は、外で待っている大司教と共に大広間へと戻って行く。
俺達のように神託を得る為に会場を後にした者達は既に戻っていて、彼方此方の賓客や貴族といった方々と談笑の真っ最中。
そして俺達が戻って来るタイミングで、会場全体が大きな拍手に包まれた。
――ワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!
「な、何だなんだ? 俺達が何かしたのか?」
「そうではありませんわ。100年大祭で精霊の女神から神託を得た一般人がいる。普通ならば国や世界に貢献した貴族や聖職者が得られるものを、あなたは料理人という立場で得る事が出来たのです。それだけで、この国では賞賛に値するという事だそうです」
俺達の近くに寄ってきたアイリッシュ王女殿下が、丁寧に説明してくれる。
ふむ、そんなに大げさにされても困るんだがねぇ。
そんなことを考えている内に、こちらにジワジワと近寄ってくる貴族の姿を察知したので、俺たちは急ぎ『ユウヤの酒場』の露店まで移動すると、さっそく調理を再開する事にした。
そして俺のやりたい事が分かったのか、シャットとマリアンも急ぎ作務衣に着替えて補助に入ってくれた。
「はーい、料理の注文はこちらでお願いします。一列に並んでくださーーい」
「料理の受け取りと支払いはこっちだにゃ!! 横入り厳禁だにゃ」
「お待たせしました……それでは、ユウヤの酒場・出張店を再開します!!」
俺達の営業が始まった途端、こっちに近寄っていた貴族達が離れていく。
つまり、何かしらの交渉話を行いたかったのだろうが、俺たちが仕事に戻ったのでそれは断念したという事だろう。
その代わり、同席している貴族達の侍女がこちらにやって来て、ポトフやワインを受け取っていく。
エルフは菜食主義ではないので、ちょっと物足りなさそうではあるが。
その分ほかの露店コーナーではがっつりとした料理が並んでいるので、足りない肉成分はそちらでどうぞといったところだろう。
それに、このポトフは女神様用ではないので中落ちベーコンは入っているのだけれどね。
「うん、やっぱりユウヤさんの料理は最高です。実はお話が……」
ふと気が付くと、アイリッシュ王女殿下が侍女を伴って並んでいた。
そして順番が来たのでポトフとワインを受け取ったのだが、その時に軽く話し掛けられた。
「まあ、この場で済むのでしたら今でも構いませんが、丁度お客も引いている事ですから」
「では。この国の貴族や王城の宮廷料理人が、ユウヤさんを雇用しようと考えていますが」
「ああ、成程、そういう事ですね」
まあ、料理人として神託を受けたのであるから、そういう話が舞い降りてくるという予測は立てている。
とはいえ、人に仕えるというのは基本的にはお断り。
出張料理人とか『仕事』で出かける程度なら時期とタイミングさえ合えば引き受けてもいいがねぇ。
「ゴホン……わたくしとしては、ユウヤさんの料理が食べられなくなるのはさみしいので」
「わかっていますよ。基本、俺は誰かに仕える気はありません。それは王女殿下がよくご存じの筈では?」
「う、うむ……確かにそうなのですが……」
ゴホンと咳払いしつつ、アイリッシュ王女殿下がやや恥ずかしそうに呟いている。
以前、俺を召し抱えようとした時の事を思い出したのだろう。
だが、どちらかというとアイリッシュ王女殿下よりもアイラ王女殿下の方がグイグイと迫ってきていたのでねぇ。
あの時は、本当に参ったよ。
「まあまあ、この立食パーティーが終われば、ここでの仕事はおしまいです。後は国に戻って普通の生活に戻るだけですよ」
「あ、あ~、そうですね。でも、ちょっとだけ、この国に留まる事になるかもしれませんわよ」
「んんん? それってどういう事ですか?」
何か歯に何か挟まったような物言いをするアイリッシュ王女殿下。
すると、俺達の方に例の『勇者のお供』らしい人たちがやってくるのが見える。
「むっ、まさかここでやらかす気かにゃ」
「そんなことはありませんわ。無手ですし、そもそも発動杖も持っていませんので魔術による奇襲攻撃もありませんわ」
「待て待て、ここに王女殿下が控えているんだ、そんな物騒なことはにはならんだろうさ」
そう思って相手の出方を見ているんだが、従者筆頭らしい女性が俺たちに向かい、深々と頭を下げた。
「先刻は、祖父マクファーレンがご迷惑をおかけしました」
「祖父……っていう事は、君達はあの勇者の孫という事か?」
まさかのお孫さん登場に、俺達は面食らってしまった。
あの権幕だと、もうひと騒動やらかしそうだとは思っていたのだが、ここにきて謝罪とは。
「先程、お仲間の方々が謝罪に来ましたので、この話はおしまいということで」
「ええ、母たちがこちらに伺ったのは聞いています。その後の祖父の暴走について再度という事で」
「ああ、それじゃあお受けします。ちなみにですが、勇者はどうなったのですか?」
そっちの方が気になっているんだが。
そう思って訪ねてみると、案の定、今は客室で横になっているらしい。
「精霊の女神から受けていた加護が消滅し、これまでの反動で一気に歳を重ねてしまいまして。今は貴賓室のベッドに横たわっています」
「すぐにどうということはありませんが、もう現役は引退するという事で母たちも納得しています。それに、先程本国から魔導具で連絡が届きまして。創造神ジ・マクアレンさまの神託が本国の大聖堂に届きました。帝国の勇者絶対主義は崩壊、帝国は新たな皇帝選任の為に議会が大混乱状態だそうです」
「そりゃあ……なんというか」
今まで勇者が好き勝手出来たのは、精霊の女神の加護があったから。
不老の体を得ていたからこその好き勝手だったらしいが、それを失い年老いてしまった事と、ジ・マクアレンさまの神託により帝位を剥奪され、新たな皇帝を選任するという事になったらしい。
「はい。本国の貴族院も混乱のるつぼといったところですが、これで帝国も正しい道に戻るのだと、内心ほっとしています」
「祖父さまのわがままで成り立っていた国ではありますが。これからはより、帝国民のためのよき国家になるだろうと信じています」
おっと、このお孫さんたちは随分としっかりしていることで。
それならまあ、俺がどうこういうレベルはおしまいっていう事だろう。
「それじゃあ、帝国がより良い国家になるように祈っていますよ……と、ちょっと待っててくれるか?」
「はい、それは構いませんが」
せっかくなので、このお孫さんたちに勇者の故郷の料理を食べさせてあげるとしますか。
別にこの子たちに恨みはないし、しっかりとした礼儀正しい子供たちなのでね。
――シュンッ
厨房倉庫経由で、焼き台と鉄板、その他道具一式を取り出す。
素早く焼き台の中に炭を入れて火を起こし、鉄板の上で牛肉と玉ねぎを炒めはじめる。
ちなみに使う牛肉はトップ・ラウンド、俗に言う内ももの部分で、しっとりと柔らかくあっさりとした味わいを楽しめる。
その横ではマリアンが素早くバンズを用意、同じくシャットにはクーラーボックスを取り出してパス。
中にはコーラやオレンジジュース、ラムネといった飲み物が冷やされている。
ついでにだけれど、特別に缶ビールを、それもバドワイザーを用意。
――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
会場内に肉を焼く音と香りが広がりつつある。
まあ、他の露店でも料理は配膳されているのでそれほど目立つことはないだろうと思っていたのだが。
すでに数名の貴族は侍女をこちらに寄越している真っ最中。
「ユウヤ店長、バンズの用意できています」
「よっし、こっちの肉と玉ねぎは焼き上がっているので後は任せる。追加で仕込んでおかないと、ここから先は、あの広場の露店モードになりそうだからな」
大急ぎで大き目のクーラーボックスと氷、飲み物を箱で用意。
「こっちは任せるにゃ。それでこっちの小さいクーラーボックスはどうするにゃ?」
「コーラとバドワイザー、ラムネを数本ずつ入れておいてくれ。後で出来立てのフィリーチーズステーキと一緒に、お孫さんたちに預けておくのでね」
「ありがとうございます。祖父もきっと喜んでくれます」
「まあ、俺は君達の為に作ったのであって、あの勇者に分けるかどうかは君たちに任せるよ。もっとも少し多めに渡しておくので」
そういいつつ、マリアンが出来立てのフィリーチーズステーキを耐油紙で包み、バスケットに収めていく。後は纏めてお孫さん達に渡しておしまい。
「ありがとうございます。後程、この入れ物は持ってきますので」
「ああ、別に急ぎではないからな。どうやらもう暫く、この国に滞在するらしいから」
ちらりとアイリッシュ王女殿下を見て呟くと、食べていたフィリーチーズステーキがのどに詰まったのがゲフゲフといいながら胸を叩いている。
ああ、侍女がラムネを手渡しているので大丈夫だろうさ。
さて、それじゃあ、目の前の大行列をどうにか捌く事にしましょうかねぇ。




