第134品目・加護を失った勇者と、新たに選ばれたもの(来賓用ポトフと赤ワイン)
100年大祭が始まり、会場となった大広間では来賓客が楽しそうに語らい、食事を楽しんでいる。
この世界のパーティーとしては珍しい立食形式だけど、これも過去にこの地を訪れた『流れ人』が齎したものであるとか。
ちなみに俺も、会場の一角に露店形式で店を構えている。
当然、用意したものは先程完成したばかりの『ポトフ』と赤ワイン。
精霊女王ターシュラー様に捧げる供物は、既に司祭に渡してあるのでそのまま大神殿の奥の間に運ばれた。
後は、この立食パーティーの最中に精霊女王が神託を告げるだけらしい。
そして、選ばれた者は神殿奥の間へと招待され、そこで直接話を聞く事が出来るとか。
「それで、あのいけ好かない勇者はこの100年大祭で、聖剣に力を付与してもらっているらしいにゃ。その聖剣の力で、勇者は不老の肉体を得ているっていう話だにゃ、そう司祭さんが話していたにゃ」
「その勇者さんですが、この会場には来ていませんけれど、100年大祭で精霊女王から加護を受けるために別室で待機しているそうなのですが……その……」
俺がのんびりと接客している間に、シャットとマリアンが情報集めに彼方此方で話を聞いてきたらしい。まあ、その手に抱えている様々な料理から察するに、そっちの方がメインなのかと突っ込みを入れたくなってくるが。
俺としては、もう二度と関わり合いになりたくないので、勇者がどうなろうとどうでもいい。
「成程ねぇ。ちなみにだが、その聖剣っていうのはこの前、俺が切断したものだろう? そんな状態の聖剣でも加護を得られるのかねぇ」
腕を組んでそう呟いたとき。
ふと、俺たちの店の方にやってくる女性二人に気が付いた。
何だろう、どこかで見かけたような気がするのだが。
「失礼します。こちらはユウヤの酒場の店で間違いはありませんか?」
黒いドレスに身を包んだちょっと気の強そうな女性と、対極的に穏やかそうな笑みを浮かべている修道女のような衣服を身に着けた女性。
その内のきつめの女性が、そう問い掛けて来る。
「ええ、間違いはありませんが。何か御用でしょうか?」
「先日は、勇者様があなたに失礼な事を行ったので、謝罪に参りました」
「あの時は本当に、申し訳ありません。あの時のマクファーレンは、かなり気が立っていまして。それでつい、あのような暴挙に出てしまって」
「つい、で、人の命を奪うような振る舞いをするのは、勇者の行いとは思えませんけれどねぇ。まあ、こっちとしては怪我人はいませんし、勇者の持つ聖剣を真っ二つにしたのでチャラという事で」
もしも俺の反応が遅かったら、シャットは勇者に切り殺されていたかもしれない。
そう考えるとむかむかしてくるが、ここは穏便に大人の対応でもしておくとしよう。
この100年大祭が終われば、二度と会う事はないだろうから。
「ええ。それで構いませんわ。それよりも、お願いがあってまいりました」
「あのとき切断した聖剣、その欠片をお持ちでしたら返還していただきたいのです」
「ああ、こいつですか」
――シュンッ
空間収納から切断した聖剣の刀身を取り出して見せる。
すると二人が目を丸くしたような表情で、聖剣をじっと見つめているんだが。
「え……精霊の力が失われています……」
「本当です。まさか、このようなことになっているだなんて……あの、これを返還していただけるのでしょうか」
「ああ、持って行って構いませんよ」
そう告げてから、刀身を晒に巻いて手渡す。
すると折れた刀身を大切そうに受け取って、急ぎ足でこの場を立ち去って行ったんだが。
「何だありゃ。聖剣っていうのは、折れてもまだ力を保有していたのかねぇ」
「そうですわね。世界にいくつか存在する聖剣は、いずれも神の加護が封じられていると噂されています。ゆえに、聖剣が破損したり破壊されてしまった場合、神の加護を失う事もあるとか」
「でも、基本的には神の加護が固まって作られたようなものなので、壊れる事はないにゃあ」
「へぇ……でも、あのマクファーレンとかいうやつの聖剣は俺が切断したよなぁ」
そう二人に告げると、二人同時に首を傾げている。
いや、俺も同じような素振りをしたいところなんだが。
「あの、『神に選ばれたポトフ』とやらを一ついただきたいのだが、よろしいかな?」
「あいよ、少々お待ちください」
まあ、勇者絡みの話も一段落したので、俺は仕事に戻りますかねぇ。
シャットとマリアンの二人も接客に戻ってくれたので、ここからはいつもの『ユウヤの酒場』らしく真面目に働きますか。
………
……
…
――キィィィィィン
そして、立食パーティーもそこそこに盛り上がったころ。
会場正面に安置されている『精霊の女神ターシュラー』の像の前に司祭達が集まり始めた。
『皆の者、ご苦労であった……』
そして会場全体に響く、ターシュラー様の声。
これが神託である事を、会場の誰もが理解し、その場に跪いて両手を組む。
マリアンとシャットも同じような姿で祈りを捧げ始めたので、俺も前にならえでカウンターの外に移動して跪いた。
『100年大祭の儀式は滞りなく終わりを迎えた。これでまた100年、この大陸には精霊の加護が与えられる事となる。定命の者よ、精霊は常にそなた達を見守っている。より一層研鑽し、驕る事なく生きるがよい。正しき者には妾の加護が与えられよう……今から名を呼ぶ者を、奥の間へと案内するように……』
そう告げてから、ターシュラー様は3人の名を挙げた。
一人はアイリッシュ・ミラ・ウィシュケ、つまりヴィシュケ・ビャハ王国第三王女。
一人はルーチェ・デ・ラ・ヴィーテ枢機卿、この国の枢機卿の一人らしい。
そして三人目は、いつもなら勇者マクファーレンの名が告げられる筈だったらしいが。
『三人目はユウヤ・ウドウ。以上の3名に、この100年の加護を授ける事とする。では司祭よ、よしなに』
そうターシュラー様が告げた後、この場を包んでいた清浄なる空気がスッと消えていく。
そして会場がざわざわとざわめき始める。
加護を与えられる者の内、隣国の王女にして親善大使であるアイリッシュ殿下が選ばれるのはまあ、外交的な意味合いもあるので理解出来るらしい。
ルーチェ枢機卿はこの国の最高司祭も兼ねているので、当然と言えば当然という声も聞こえてくる。
だが、最後の一人が、クイン・タレッリ帝国の勇者マクファーレンではなく、聞いた事のない人物であるという事で彼方此方でざわめきが起こっているらしい。
まあ、最後の一人がここでポトフを温めているなんて、誰も思わないよなぁ。
そんな事を考えていると、4人の司祭が俺たちの方にやって来る。
「ユウヤ・ウドウさま。奥の間へご案内しますのでも、こちらへどうぞ」
「あ、ああ。やっぱり間違いじゃないのか」
「ええ。では、どうぞ」
そう告げられたので、覚悟を決めて司祭の後ろについていく事にしたのだが。
――ガチャッ
突然、広間の両開き扉が開くと、鎧を身に着けた初老の男性が会場に入ってくる。
「何故だ!! 俺は勇者マクファーレンだ。100年大祭では私が加護を授かるのではなかったのか、何故、そのような平民ごときに精霊の女神の加護が与えられるのだ!! 誰がどう見ても、私こそ精霊の女神の加護を受けるに相応しい筈だ、そこの平民、貴様は下がっていろ!! 私が代わりに奥の間へと向かう」
そう叫びつつ、勇者マクファーレンを名のる老人が俺に向かって近寄ってくるが。
一体何が起こっているのか、俺には訳が分からない。
そもそもだ、俺たちに切り付けてきた勇者マクファーレンはもっと若々しくて、それでいて覇気もあった。
だが、この老人はそんなものは微塵にも感じられない。
鎧こそマクファーレンの物を着用しているようだが、そんな筋肉が削げ落ちたような細身の体では着ているのも奇跡だろう。
「い、一体何がどうなっているんだ?」
「さあ、私共にはさっぱり理解出来ません。騎士達よ、その勇者を騙る老人を排除しなさい」
司祭の一人がそう叫ぶと、広間の彼方此方で待機していたらしい騎士が駆け寄り、老人を取り囲んだ。
「では、急ぎこちらへ」
「待て、待てぇぇぇぇ。俺が勇者だ、俺こそがマクファーレンだぁぁぁぁぁ」
まあ、あまり関わり合いにならない方がいいよなぁ。
それじゃあ、面倒な事はとっとと終わらせるとしますかねぇ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




