132品目・さあ、精霊の女神のご注文を(下ごしらえ、まずは野菜とベーコンから)
大精霊祭にやって来た、居酒屋・越境庵一同。
というか、俺とシャット、マリアンの3人は、精霊の女神ターシュラーさまの導きというか案内で、この大精霊祭を満喫していた。
もっとも、パレードの時に俺達の席に乱入を掛けた挙句、俺達の命を狙って来た勇者はパレード以後、表に姿を現す事がなくなったという。
てっきり、どこかで待ち伏せされて襲い掛かって来るとか、宿まで押し掛けて来るとかあり得るかもと思って身構えていたのだが、それらしい様子は全くなく。
あれよあれよという間に、いよいよ大精霊祭も最後の儀式を待つばかりとなった。
という事で俺たちがやって来たのは、世界樹の聳えるメインランド大森林に作られている大聖堂。
この地域には選ばれた者しか入る事が許されておらず、エルフの高位神官や各国の来賓などが専用の馬車でやって来ては、精霊神ターシュラー様に仕える神官達に案内されて行く姿が見える。
今年は百年大祭、明日から行われる儀式の最中、精霊の女神ターシュラーさまが降臨し、高位神官や来賓に対しての神託を授けるという。
しかも、今年は百年大祭の本祭。
この大聖堂に集まっている来賓は皆、精霊の女神ターシュラーさまの降臨を見、そして神託と加護を授かる為にやって来ているのである。
その為に、女神への供物も大量に届けられているらしく、俺達が到着した時も大勢の若い神官達が彼方此方で走り回っていた。
「さてと。それじゃあ俺達も支度を始めますか」
「そうだにゃ。あたし達はここからが本番だにゃ」
「腕によりをかけて、最高の料理を作りましょう……といっても、ターシュラー様に捧げる供物ですよね? ユウヤ店長は何か特別なものを作るのでしょうか?」
「いや……以前、12柱の神々に捧げたような儀礼に則った料理ではなく、もっと気楽なものを作ろうと思っている」
そんな事を話しつつ、俺たち三人は神官に案内されて離れに作られた料理場へと案内される。
大聖堂に備え付けられている厨房は、来賓用の料理を作る為の戦場のような状態であるらしく、俺達はこっちの離れで料理を作って欲しいと言われたのである。
「それにしても……離れで作れって言われた時はどうしたものかと思っていたんだが」
巨大な食糧倉庫に併設されている料理場、どうやらここは素材などの下拵えを専門に行っているようだが、調理器具もしっかりとしたものが多く並んでいるし、何よりも食材と調味料の種類も豊富である。
「これはまた、珍しい食材もしまってありますね」
「これ、全部自由に使っていいのかにゃ?」
「そういう話だが、かといって好き勝手に使う訳にもいかないよな」
俺達が料理場で機材の確認をしている最中にも、若い料理人たちが走って来ては、食料倉庫から様々な食材を運び出している姿が見えていたからね。
「それじゃあ、早速下拵えから始めますか……」
「あたし達は、何をしたらいいかにゃ?」
「そうだなぁ……それじゃあ」
二人に頼んだのは、野菜の下拵え。
というか、にんじん、玉ねぎ、ジャガイモの皮剥きをお願いする。
二人とも和包丁は使い慣れていないので、ペティナイフと皮剥き器を手渡した所、サクサクと作業を始めた。
「その間に、おれも準備を始めますかねぇ」
取り出したのはブロッコリー。
これを小房に切り分けてから、沸騰したお湯の中へ。
色味を出したいので塩を一つまみ入れるのも忘れずに。
そしてすぐに火が通ってしまうので、一分程度でザルにあげて、そのまま冷ましておく。
お次はキャベツ。
といっても、こいつも外側の葉を取り除いた後、二つに割って芯の部分を斜めに取り除き、4つに等分しておくだけ。
この時、解さないで出来る限りそのままの形を維持しているとありがたい。
「野菜の皮剥き、完了したにゃ」
「私の方も終わりです。これでよろしいでしょうか」
「どれどれ……ほう?」
二人から皮を剥き終わった野菜の入ったボウルを受け取って確認。
うん、さすがは冒険者、刃物の使い方については及第点だ。
それに、うちでもたまに仕込みを手伝ってもらっているので、それなりの腕は身に付いたようだな。
「よし、及第点って所だ、ありがとうよ」
「ほっと一安心だにゃ。あたし達が失敗して材料を無駄にしたら、どうしようかと不安だったにゃ」
「ははっ、その辺りは信用しているから大丈夫だ。ここまで丁寧に出来るのなら、また頼むとしようか」
「お任せください……といいたいですが、集中力があまり続きませんよ。何ていいますか、出来るだけ薄く剥かないとダメかなぁと考えてしまいまして」
「まあ、それは素材によってだな。今回はこれでいい」
ここまでで大体の準備は終わり。
後は最後の食材として、こいつを使わせてもらう。
「さてと……こいつで最後の仕上げだな」
空間収納から取り出したのは、暗黒竜のばら肉。
といっても、牛や豚のばら肉とはサイズが違いすぎるので、あばらとあばらの隙間肉を使用する。
通称『ゲタカルビ』、今の若い人には『中落カルビ』といったらわかってくれるだろう。
ちなみにこいつは、すでに下処理を終わらせてある。
ベーコンの下処理、つまり塩漬け、脱水、ソミュール液への漬け込み。
そして漬け込んだゲタカルビを取り出して水気を拭いた後、乾燥。
「……ふぁぁぁぁぁ、その肉は何だにゃ? すっごい美味しそうだにゃ」
「ああ、ドラゴンの中落ちベーコン……って所か。これから最後の仕上げをするのでね、ちょいと味見は待ってくれな」
「わかったにゃ」
さて、それじゃあ下拵えの最後の仕上げ。
中落ちベーコンの燻製を作りますか。
倉庫からスモーカーを引っ張り出し、スモークウッドに火をつけて放り込む。
普段使いの桜の木のチップでもいいのだが、あいにくと切らしてしまっていてね。
それに、今回の料理の主役は野菜。
ベーコンでがっつりと味をつけてしまうのは避けたいので、桜ではなくクルミのスモークウッドを使わせてもらう事にした。
こっちだと、香りや色合いも控えめになるので、野菜に余計な匂いが付く事もない。
「そしてスモークウッドを放り込んでから乾燥させた中落ち肉を上から吊るし、置いておく事3時間。という事で、ここで時間調節をして……」
3時間を10分に超圧縮。
そして取り出した中落ちベーコンを薄く切って、まずは味見を……。
――モグッ
うん。
クルミのスモークは本当に風味つけ程度で仕上がるので助かる。
それに、普通の牛ゲタカルビと違ってドラゴンのゲタカルビは脂分も割合的には少なく、癖がない。
「う~む。これはそのまま食べた方が美味そうだがなぁ……ほれ、ちょいと味見をして感想を頼む」
「それでは、いただきます」
「わかったにゃあ……パクッ」
マリアンとシャットも、薄く切った中落ちベーコンを指でつまんで口の中へ。
さて、どんな感想が出てくるのやら。
「うん……そうですわね……これは、熟成されたウイスキーと共に食するべきです」
「うんみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、なんだこれは、こんなにおいしいものは初めて食べるにゃ。お金出すから売って欲しいレベルだにゃ」
「はは……そう来たか。それじゃあ、残った中落ち肉も引き続きスモークしておくか」
再びベーコンを作成開始。
こんどは時間を調節しないでそのまま火にかけておく。
というのも、ここからは供物を仕上げないとならないのでね。
それじゃあ、料理の本番と行きましょうか。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




