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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
フォーティファイド王国の日常

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131/140

131品目・大精霊祭と、まさかの勇者のご乱心(どこでもフィリーチーズステーキ)

 俺達がフォーティファイド王国に着いてから、一週間が経過した。


 精霊の女神ターシュラーさまの頼みで料理を作った翌日には露店の契約を行い、翌日の正午から夕方3時ぐらいまではのんびりと露店業務にいそしんでいた。

 まあ、やっている事は城塞都市ベルランドのウーガ・トダールで開いた露店と一緒。

 朝一番で身支度を整えてから越境庵の厨房に転移して仕込みを行った後、昼前には指定された露店の場所に移動、そこでマリアンとシャットに手伝ってもらい、露店を開くだけ。

 この国では俺たちのような外国人が露店を開くのは珍しいので、初日、二日目辺りの客数は少なかったものの、アイリッシュ王女殿下や一緒にこの国にやってきた貴族や商人達が集まり食事を取っていたおかげて三日目以降は徐々に客数も増え始め。

 大精霊祭前日の昨日は、12時ごろの開店であったにも拘わらず、14時には売り切れで閉店する事になった。まあ、夕方からはこの場所で露店を開く店舗もあったので、早めに片づけられたのは都合がよかったものの。


『大精霊祭では、どの辺りで露店を開くんだい』


 といった声が多く聞けたのは嬉しかったねぇ。

 まあ、大精霊祭の露店出店については、俺たちがこの国にやってきた時点でとっくに締め切られていたらしくて、どこにも空いている場所はなかったんだよ。

 ということで、毎日のようにうちの露店で食事をとっていたアイリッシュ王女殿下も、今日からは王城の貴賓用ダイニングでの食事になるようで。


「それにしても、すごい人だかりだなぁ……」

「本当だにゃ。これは迂闊に出歩けないにゃあ」

「やっぱり、街道沿いの部屋を指定して正解でしたわ」


 俺達が泊まっている宿は、他国からの来客用に作られた豪華な宿。

 しかも三階の街道沿いという上等な部屋を宛がわれたものだから、大精霊祭の目玉である【女神ターシュラーを祭るパレード】を、人混みを気にする事なく見られるわけで。

 今日は俺の部屋にマリアンとシャットもやって来て、窓際のテーブル席でのんびりと食事を楽しみつつパレードを見ている。


「それにしても……本当に、どこもかしこもエルフの人だかりか。この日の為に、フォーティファイド王国の各地方から集まって来たっていうのは、何となく理解できるわ」

「そういうものだにゃ?」

「まあ、精霊の力がこの王都にもかなり集まっていますからねぇ」

「それにしても、これほどの贅沢はなかなか味わえないですわね。ねぇ、シャットさん、こちらの料理はなんですか?」

「ん~にゅ。それはフィリーチーズステーキといって……ありゃ? ターシュラーさま?」


 窓際の四人掛け席。

 そこにちゃっかりとターシュラーさままで混ざっている。

 しかも、のんびりと食事を楽しみつつパレードを見ていようと思い、テーブルの上には出来合いの料理や酒なども並べられていたのだが。

 それらを少しづつ皿に取り分け、手酌で純米酒を飲んでいるというのは、どういう事だろうか。


「そうよ。ちょっとおいしそうな香りがしたので、ちょっとだけ遊びにきました」

「え、ええ、あの、遊びにって、どこからですか?」


 マリアンがそう問いかけると、ターシュラーさまがにっこりと笑って窓の外を指さしている。

 そのタイミングで、窓の外には巨大な【ターシェラー像】が安置された山車が通り過ぎて行く。

 しかも、ほんのりと淡い緑色の光を放っているので、見ていたエルフ達も歓喜の涙を流しているんだが。


「この光って、ターシュラーさまの加護ですか?」

「そうね。普段ならこんなに光り輝くことはないのですけれど、今年は私と共鳴しているみたいでね。ほら、あの像って世界樹の古枝から削り出して作られたもので、もう2000年以上も祀られているのよ。そうなると、あの像も私の立ち寄る事ができる依り代のようなものに変化してね。こうして私の感情によって、加護が溢れているっていう事なのですけれど……今年はちょっと多過ぎるわね」


 はぁ。

 つまりは、神宮祭などでお神輿が町の中を練り歩く時、その神輿の上に主神がどっかりと座って手を振っているっていう感じなんだろうなぁ。

 見える人にとっては卒倒しそうなレベルだよ。


――キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!

 そしてターシュラーさまの像が通り過ぎた時、窓の外から黄色い悲鳴が響き渡って来た。

 先程のターシェラー像が通った時の10倍以上の歓声が響いている。


「なんだなんだ。今度は何が来たんだ?」

「あの山車だにゃ。5人の冒険者が乗っているにゃ」


 自分の分は取られまいと、フィリーチーズステーキを両手に持っているシャットが窓から体を乗り出している。いや、チーズが零れるからとっとと席に座りなさいって。


「うわ、美男美女の勇者揃いですわね。あの人達も、この大精霊祭に関係している人達のなのですか?」

「ん~、ああ、あの人たちは勇者とそのご一行っていう所かしら。この大陸の西方にある『クイン・タレッリ帝国』からやってきた使節団ね。この大精霊祭のクライマックスである百年大祭の本祭である『世界樹への祝詞』を挙げる際に得られる加護を授かりに来たそうよ。まったく恥も外聞もあったものじゃないわ」

「んんん、それってどういう事なのですか?」


 今一つ事情がわからないので、ターシェラーさまに説明を頼んだところ。

 件のクイン・タレッリ帝国の使節団としてやってた来たのは、西大陸の勇者一行。

 彼らはこの大陸北部地域に住む蛮族の帝国と戦う為にやって来たらしく、戦勝

の加護を得るためにこの祭りに参加しているとか。

 でも、それがどうして恥も外聞もっていう事なのだろうか。


「……それはね。そもそもクイン・タレッリ帝国は私達の住む大陸の北方山脈の向こうにある蛮族とは、ことを構える気なんて更々ないのよ。ただ、世界樹の加護を得る為だけに来るというのなら謹んでお断りしている所ですけれど、何だかんだと理由をつけて世界樹の加護を得たいだけなのよ。ほんっと、あの流れ人には困ったものですこと」

「へぇ……あの勇者も流れ人なのですか……って、え、それってつまり、俺よりも後にこの世界に来たっていうことですか?」

「逆ね。ユウヤ店長よりも遥か昔にこの地にやってきて、魔族と戦った一線級の勇者、それが彼なのよ。そして魔王を討伐した後は、当時の帝国の王女と結婚。その後は代々、勇者の血を絶やさないようにと、世界樹の加護を得て不老の肉体を維持しているっていう事」


 つまり。

 此度の10年大祭で世界樹の加護を得ることで、また不老の肉体を維持出来るという事か。

 しかも、血筋を絶やさないようにっていうことは、あいつは現在の皇帝本人っていう事なのか?


「いえ、勇者は大公家になって、国政からは身を引いているわね。ただ、あの国の皇帝って勇者直系の男子しか継ぐ事が出来なくなっているの。だから、皇族に女子しか生まれなかった場合、勇者自ら次代の皇帝となる男子を授けるべく奮起しているって……」

「はぁ。なんというか……では、代々の皇帝っていうのは、常に勇者の息子っていう事なのですか」

「いえ、勇者の息子の子、つまり孫が男子だった場合はその子が皇帝。でも、そのあとで女子しか生まれなかったら、また勇者が子供を作って男子に継がせているっていう……歪んでいるわよねぇ」


 そりゃまた、何というか面倒臭い国だなぁとつくづく思うんだが。

 それでよく国が成立しているよなぁと思ったが、勇者絶対主義というへんてこな国政でまとまっているとか。ま、俺にはまったく関係がないよなぁ。


――シュタッ

 そんなことをターシュラーさまと話していると、いきなり窓のへりに何者かが着地した。

 そしてシャットをギロッと睨みつけると、上から目線でシャットに話しかけてきた。


「そこの貴様……その食べ物は、どこで手に入れた?」

「んんん、いきなり何だにゃ? 人にものを尋ねる時の態度じゃないにゃ」

「……この私が、直々に聞いているのだ。教えるのが当然ではないのか?」


 あ、こいつはさっきのパレードで見た勇者の一人……っていうか、勇者本人かよ。


「はぁ、あんたが何者か知りませんけれど。いきなり飛んできて、その質問はないんじゃな」


――ガギィィィィィィィィン

 うおっと!!

 いきなり剣を引き抜いたと思ったら、俺に向かって振り落としてきたぞ。

 まじかよ、こいつは。


「……ほう、少しは出来るようだな。だが、それが勇者に対する態度とは許せんな。この俺を誰だと思っている」

「俺は、あんたの国の人間じゃないので知りませんけれどねぇ。郷に入れば郷に従え、勇者だからといって、他国に土足で踏み込むような行儀の悪い奴には、何も教えたくはありませんっていう事で」


――シュンッ

 うおわぁっ、また剣を振り抜いたぞ、こいつ。

 しかもまっすぐ背に俺の首を狙ってきやがった。

 繁華街を練り歩いている若いチンピラでも、分別が付くっていうのに。

 こいつはまるで手負いの狂犬っていうところか。


「勇者マクファーレン。それ以上の無礼は、精霊の女神の不興を買うという事でよろしいのですね」


 ターシュラーさまが勇者を睨みつけつつそう呟くと。

 さすがに勇者も剣を鞘に納めて、軽く一礼した。


「これはターシュラーさま。いえ、そのような気は毛頭ありません。ちょっとこの者達が食べているものが、私が祖国で食べていたものとあまりにも酷似しているものでして。まあ、今日の所はこれで失礼します……また後日、改めて」


 そう告げて、勇者が窓辺からトン、と離れていく。

 そしてあっという間に山車に戻ると、こっちを睨み付けているんだが。


「はぁ。あんな奴には加護を授けたくはありませんね」

「まったくで……」


 そう告げていると、マリアンとシャットがこっちを見て震えている。


「ユ、ユウヤぁ……助かったにゃ」

「でも、あの勇者とかいうやつがユウヤ店長を斬りつけたとき、よけようともしませんでしたわよね? でも当たらなかったのはどうしてですか?」 

「ああ、ちょいと仕掛けがあってね……と」


 右手に構えていた柳葉包丁をテーブルの上に置くと、空間収納(ストレージ)から『聖剣の刀身』を取り出して置いた。

 いや、一撃目の時、とっさに空間収納(ストレージ)から柳葉包丁を引っ張り出して受け止めたんだけれど、その時に聖剣を真っ二つに切断してしまってね。

 やばいと思って刀身を厨房倉庫(ストレージ)に収納して隠したんだよ。

 でも、そのことに気づいていなかったのは、ターシュラーさまが瞬時に『幻影』で刀身を作り出してくれたからなんだよ。

 それに、勇者が俺に斬りかかった瞬間、ターシュラー様が【時間遅延】の加護を発動してくれたからさ。

 俺は勇者の剣だけを斬り落としたっていうこと。

 流石に、商売道具を人様に向けるなんて事は出来ないからなぁ。


「……という事でさ。これ、どうしたらいいと思う?」


 柳葉包丁に欠けがないか確認しつつ、二人にそう問いかけてみるが。

 

「放っておけばよいのです。あの様子ですと、今年の100年大祭で加護を得られる事はないでしょうから」

「そうなのですか?」

「ええ。彼は世界樹に対して、この100年間は何もなしていません。それに、今年は加護を得られる人は決まっていますので」

「なるほど……」


 まあ、加護云々は俺には関係のない事だからどうでもいいか。それよりも、あの勇者は『また後日』とか言っていたよなぁ。

 はぁ、また面倒な事になりそうだよ。

 当面の間は、越境庵にでも引きこもっていようかなぁ。


いつもお読み頂き、ありがとうございます。


・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。



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