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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
フォーティファイド王国の日常

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130/139

130品目・隠し味の秘密は、まさかのヒヨコ豆(ユウヤの酒場特製・チリコンカン)

 俺の目の前で、ターシュラーさまがドヤ顔で笑っている。

 このポトフが俺にとって衝撃的な味だったので、思わず驚いてしまった時の表情を見たからだろう。

 まさか料理を食べた俺の驚く顔を見て満足しているとは、中々にしたたかな女神でいらっしゃることで。


「うん、確かにこの味を再現しろと言われると、難しいとしか言えませんね。これはあれですか、こっちの世界特有の材料を使っているからですか?」

「う~ん。そうともいえるし、そうでないともいえるのよ。この中の野菜の一つは、あなたの世界の野菜だったものをこちらで改良したものだから」

「はぁ……それってつまり、昔の流れ人が持ち込んだものって事ですか?」


 小声でコソッと問いかけると、ターシュラーさまが真顔で頷いている。

 そいつはまた、なんというか。

 まさか、地球産の野菜の栽培に成功していたとは、俺も予想外だったよ。


「ちなみにですが、種明かしをしていただいても?」

「この黄色い野菜。元々はあなたの世界の『パプリカ』っていうものだったらしいのですけれど、こちらで栽培しているうちに果肉がどんどん厚くなってきてね。今はもう空洞なんてない甘い野菜になってしまったのよ」

「へぇ、それはこの町でも販売しているのですか? ユウヤの酒場の近所の青果店では見かけませんでしたけれど」

「輸出対象品ではないのでね。そもそも、中に膨大な魔力を蓄えているので、人間が食べたりしたら魔力酔いを起こしてふらふらになるわよ?」


 おっと、そいつは勘弁願いたい。

 しかし、俺にはそんな予兆も何もないんだがねぇ。


「魔力が……ですか。では、エルフは食べられないという事では? 確か魔力を帯びた獣は食べられないのですよね?」

「エルフが食べられないのは、瘴気を帯びた食材よ。ほら、以前ディズィが説明していた筈ではなかったかしら? 魔物の体内にある魔石が発する瘴気によって……ってね」

「ああ、そうでした、ちょいと勘違いをしていたようで。では、これはエルフの皆さんも食べているっていう事ですか」

「そういう事。他にも珍しい食材なんかがいっぱいありますから、この機会に色々と調べてみるのもいいかとは思いますわ」


 まあ、食わず嫌いは直すべきか。

 どうにも、こっちの世界の食材にはなじみが薄くてなぁ。

 それでもたまに、マリアンに頼んで市場から色々な食材は購入してきてもらっているので、少しずつではあるが食べられるようにはなっている。

 事実、ドラゴンの肉なんて最高に美味かったからなぁ。

 まだ俺の受け取った肉だけでも10トン近くあるからなぁ……。

 ドラゴン肉専門店でもやりますかねぇ、支店として作ってマリアンかシャットに任せるっていうのもありだよなぁ。


 そんな感じで、次々と出て来る料理を食べては、ちょいと軽くメモを取るようにしてみた。

 食材についてはターシュラーさまが説明してくれるし、味付けや調理方法については、何となくだが理解出来てしまっている。

 これなら地球産の素材でも再現可能だよなぁ。

 という事で、気が付くと既に10品近くの料理を平らげてしまっていた。

 一つ一つの料理は少なめで、何となくお勧め料理のア・ラ・カルトっていう感じだった。


「ごちそうさまでした。いや、大したものですよ。ここまで美味い料理は、中々お目に掛かれるものじゃないですね」

「そうでしょうそうでしょう。それでね、ユウヤ店長にお願いがあるのよ」

「お願いですか? それはまた、何でしょうか?」


 いやな予感というよりは、本当に頼まれ事っていう感じだな。

 

「この店の料理人にね、ユウヤ店長の料理を見せてあげてほしいのよ。味付けや技術を教えてあげてほしいっていうのじゃなくて、作っているのを見せてあげてほしいのだけれど。どうかしら?」

「まあ、作るのを見せる程度ですか。それってようは、『見て覚えろ』っていう事ですよね? 材料はここの物を使っていいので?」

「ちょっと違うのよ……実はね……」


 そこから先の、ターシュラーさまの説明には驚きを隠せなかった。

 この店の料理は、どれも精錬されておいしく出来上がっているのだが、この味は100年以上まったくと言っていいほど変化がないらしい。

 メニューの数も、料理の質も。

 よく言えば『老舗の味を守っている』という事。

 そして悪く言うと『変化のない、飽きられる味』でもある。

 一つのことを守り続けるのは並大抵ではないのだが、ことエルフについてはそれは難しくはないらしい。

 何せ、『100年以上続く老舗』であっても、創業当時の職人が現役で働いているのだから。

 それでいて、一つのことに満足してしまうとそこからの発展は見込めなくなってしまうらしい。


「はぁ。要は守破離が行われていないっていうことですか」

「ええ。その点、ユウヤ店長なら守破離を教える事は出来るのでしょう?」


 守破離というのは、簡単に説明すると『師の教えを大切にし、それを守り一つの方として身に着ける』『師に教えて身に着けたものを自分なりの形として発展させる』『そして、発展したものを自身の形として確立させる』の三段階の教えを指す。

 俺は師匠の教えを守り、それを型として身に着けている『守』。独立して店を出した後にはそこから自分なりの創意工夫を続けて来た『破』。

 それから20年、今の店を守り続けてようやく俺という独自のスタイルとして確立もして来た『離』。

 さらに異世界にやって来て、この世界の中の自分として、さらに進化した料理というものを模索している。いわば、俺という形に対しての新たな『守破離』の真っ最中でもある。


「……人に教えるのは苦手なのですが。そもそも、保守的なエルフにとって、俺の料理が刺激になりますかねぇ」

「十分になりえるわよ。だって、あなたの料理って、この世界にはない技術と知識、そしてさまざまな素材や調味料によって確立しているのですから。同じものを再現する事は不可能でも、創意工夫を持って近いものを作れるようにはなる、そうでしょう?」

「はは……そうですね。では、精霊の女神ターシュラーさまのお願いですから、断るという道理はありません。それじゃあ始めるとしますか……って、今日からですよね?」


 まさか今日からやると俺がいうのは予想外であったらしい。

 それでも、店のオーナーもやってきてよろしくお願いしますという事なので、ちょいと作務衣に着替え直して厨房まで案内してもらった。


 〇 〇 〇 〇 〇


「オーナーに頼まれて、ここで料理を作る事になったユウヤだ。よろしく頼む」

「ええ、お話は伺っています。私はこの店の総料理長を務めるバルバレスコです。どうぞよろしくお願いします……お話では、我々の知らない料理を作って見せてくれるという事で、私達としても楽しみにしていますので」

「まあ、お手柔らかにお願いします」


 厨房に入って軽く挨拶をすると、その場にいた料理人達も笑顔で挨拶を返してくれた。

 特に総料理長のバルバレスコさんは楽しそうでたまらないっていう顔をしているのだが、後ろに立っている料理人の何人かは、笑顔というよりも『しょせんは人間の料理』みたいな雰囲気を醸し出しているんだよなぁ。

 見下しているのか、いや、もっと根底から感覚が違うのだろうな。

 比較にならない……っていう所なのかもしれない。


「それじゃあ、ここをお借りします」

「ええ、何か必要な素材や調味料がありましたら、用意させますので何なりとお言いつけください」

「そうですね。では、その時になりましたら」


 ということで、まな板やボウルといった調理器具については、ここのを借りる事にしよう。

 まずはまな板の除菌から……厨房倉庫(ストレージ)経由で除菌スプレーを取り出してまな板にさっとふりかけ、少しおいてから乾いた布巾で拭き取る。

 日本製の除菌スプレーは、こっちの世界では効果抜群らしくてね。

 もう一度さっと水洗いして、別の布巾で水気を拭き取って準備完了。

 手指をしっかりと洗って、まずは具材の準備だな。


「まずは、ニンニクと玉ねぎを刻んで……」 

 

 必要なのはニンニク、玉ねぎ、ひき肉、トマト。

 そして忘れちゃいけない、ひよこ豆。

 こっちの世界のひよこ豆を見たときは、思わず腰が抜けそうになったぐらい違いがはっきりしていた。

 という事で、今回は日本製のものを使用する。

 そしてフライパンにサラダ油を敷いて加熱し、まずニンニクのみじん切りをゆっくりと炒めていく。


「コツとしては香りが立つように、そして焦がさないように火加減を調整しつつ……まあ、こんな所だろう」


 ほんのりとニンニクの香りが立って来た所に、ひき肉を加えて中火程度でしっかりと炒める。

 普段なら牛挽肉と豚挽肉の合い挽きを使うのだが、ちょいと時間停止処理をしてあましている竜腿肉と背油少々を使ってひき肉を作っておいた。

 それを炒めた後、そこにみじん切りにしておいた玉ねぎを加えて火が通りしんなりとするまで炒めていく。


「……あの肉はなんだ? 魔物なのか?」

「いや、瘴気は感じないが……魔石の処理がされているのか?」

「まあ、そんなところでしょうね。瘴気は取り除いてあるそうですのでご安心ください」


 ミルトンダッフルの連中が討伐した暗黒竜。

 そいつは解体後に教会の司祭により浄化の術式が施されている。

 ダンジョン産の魔物の肉は魔石を取り除いた後、そうすることで食用になるという事を初めて教えてもらったからなぁ。

 

「次に、ここに刻んだトマトとトマト缶の水煮を加えて……」


 更にコンソメスープと砂糖、塩、胡椒を加えてから、チリパウダーを投下。

 このチリパウダーは、市販されているものに唐辛子とガーリック、パプリカを追加して調整したユウヤ・オリジナルブレンド。ちょいと辛みが強いので、子連れのお客さんからの注文には市販のものを使い、追いチリパウダーとしてオリジナルブレンドも添えて出していたからな。


「そして忘れちゃいけないひよこ豆……と」


 最後にひよこ豆を加えた後に火加減は中火から弱火にして水分がなくなるまでコトコトと煮込んでいく。

 その間にサニーレタスを洗って適当な大きさに千切り、ついでにアボカドも皮と種を取り除いて賽の目状にカットしておく。

 最後はトルティーヤを厨房倉庫(ストレージ)から取り出し、さっとフライパンであぶって完成。

 丁度チリコンカンも完成したので、器に盛りつけて楽しいチリコンカンパーティーへのスタートというところか。


「これで完成です。まずは食べ方ですが、このトルティーヤの上にサニーレタスを乗せてください。そこにこのチリコンカンを乗せ、軽く巻いて後は手づかみでこう」


――ガブッ

 大きな口を開けてかぶりつく。

 その俺の姿を見ていたエルフたちは驚いていたり、何て下品なっていう言葉も聞こえて来たのだが、そんな事は気にしちゃ駄目だ。

 大胆にかぶりつく、それがトルティーヤだからな。


「モグッ、モグッ……ゴクッ。うん、ちょいとピリッと辛いが、やはり旨い。という事で、皆さんもどうぞ」

「はぁ……それでは……」


 さすがにバルバレスコさんも引き気味だが、俺の食べ方を真似して手づかみでちょっとだけ。


――カプッ

 小さな口で齧り付き、もぐもぐと食べているのだが。 

 途中から目を丸くして、大きな口でガブッと豪快に食べ始めた。

 それを見ていた料理人達も、恐る恐る食べ始めたと思ったら、我先にと争いつつ次々とかじりつき始めた。


「……まあ、こんな感じですが。オーナーさん、これでよろしかったのでしょうか」

「ええ。これで彼らに、新たな料理に対しての好奇心や向上心が芽生えてくれればよいのですが。どうやら心配はなさそうですね」


 俺の作ったトルティーヤに触発されて、何人かは具材の準備を始めている。

 さすがに竜挽肉はないらしいが、それ以外のフォーティファイド王国産の野菜でも試してみようと考えているらしい。

 まあ、あとは俺の出番じゃないので、バルバレスコさんに軽く挨拶した後、ホールで待っているターシュラーさまの元にも、作り立てのチリコンカン・トルティーヤを持って行った。

 しかし、厨房を出る途中で聞こえてきたピヨピヨっていう鳴き声にはビビらされてしまったよ。

 

 こっちの世界のひよこ豆、穀物なのに鳴くんだよなぁ。 

 しかも旬の時期になると逃げるらしいからさ。


いつもお読み頂き、ありがとうございます。


・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。



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