129品目・ターシュラーさまのお気に入り(野菜たっぷりのポトフ)
フォーティファイド王国の王都、アンダルシア。
ここは都市中央に広がる巨大な大森林と、その中心にそびえ立つ大樹『エルグランデ』、そしてその大樹の根元に立っている小さな王城こそが、この国の中枢である『イルミンスール城』である。
そこに至る為には、精霊の箱庭を出てから中央森林へと向かう主街道を通らなくてはならないのだが、許可なき者は中央森林に入る為の正門を越える事は出来ない。
その為、アンダルシアの生活居住区は上空から見るとドーナツ状に広がっており、その中心に大樹と大森林が満ち溢れているのである。
城塞の外には草原が広がり、彼方此方に果樹園や農村が点在している。
この王都付近には住民を襲うような魔物は姿を現さないので、昼間は城塞正門は開かれたままになっているという。
また、この城塞正門から広がる草原地帯は他国へと至る街道は整備されておらず、故に外敵の侵入を許さない鉄壁の守りでもあるといえよう。
「という感じで、このアンダルシアは守られている。他国との国交自体、衛星都市から『精霊の旅路』を使って『精霊の箱庭』にたどり着かなくては出来ないようになっている」
「ははぁ。こりゃまた、何というかよく言えば鉄壁の守り、悪く言うと引き籠りっていう所ですか」
「あはは。ユウヤのいう通りですね。エルフ・ハイエルフともに、外部との接触を忌み嫌う風潮はあります。だからといって外部から来た人々を受け入れないという事はないのですよ。こちらから外に行くのは好ましくはない、けれど来るものは拒まず。故に、こたびの大精霊祭のように多くの客人がやってくる時は、皆、外から来た者達とどうやって接触しようかと頭を悩ませていますからねぇ」
俺の問いかけに、ターシュラーさまが事細かに説明をしてくれる。
道理で、俺たちが町の中を歩いていた時、いくつもの視線を感じていたんだが。
最初の内は錯覚かなぁと思っていたんだが、どうやら本当に俺たちを好機の目で見ていたらしい。
「うにゅ……そういう事だったのか、納得だにゃ」
「そういう事なら仕方がありませんが……あの、ユウヤ店長、今はどちらに向かっているのですか?」
「どちらって……商業組合だな、こっちに滞在している間の露店の場所を確保しないとならないだろう?」
何を突然、当たり前の事を尋ねるんだと思ったが。
今の説明から察するに、他所者が露店なんて開いた日には、大勢の客が殺到するんじゃないかって思えてきたんだが。
そりゃあ、マリアンとシャットも、不安そうな顔になるよなぁ。
「あの、ターシュラーさま。外の人間が露店を開くというのは、やはり危険なのでしょうか?」
「いや、そんなことはないぞ。ほら、先程やってきた大商会の関係者達も、既に露店の場所を色々と調べているようですよ。それに、珍しいからと言って殺到する程ではありません。精霊の守り人であるエルフ種は、自制心は高い方ですので」
「ふむ。それじゃあ俺が露店を出しても問題はないという事か……」
「問題はないのですが、今日ぐらいはゆっくりと観光してはいかがでしょう? ほら、お二人も周りを見てそわそわしているじゃないですか」
そうターシュラーさまに告げられてねようやくマリアンとシャットに気が付いた。
確かに初めて見る国の王都、目を見張るようなものもあれば、外では見た事がないような商品が並んでいる店も彼方此方に見えている。
特に魔導具の専門店が彼方此方にあるので、マリアンとしても気が気ではないのだろう。
「それもそうか……マリアン、シャット。商業組合に行くのは明日にして、今日はのんびりと観光を楽しむ事にしようか」
「かしこまり!! ここからは自由行動かにゃ?」
「そうだなぁ……それじゃあ、夕方6つの鐘が鳴る頃には宿に戻る事……という事で、まずは宿を取ってからだな」
「わかりました。もう、さっきから見たいお店が彼方此方にあって。エルフの秘宝って、外に出回る事がない程の貴重品が多いのですよ」
「はは、わかったわかった。まずは宿からだ」
という事で、急ぎ宿を手配してチェックイン。
そしてさっきの説明の通りに夕方6つの鐘までは自由行動という事にした。
すぐさま二人はどこかに飛び出していったのだが、俺はどうしたものか。
「こういう時こそ、エルフの料理を食べてみるというのはどうですか? 私のお勧めのお店を案内しますよ?」
「へぇ。女神さまもご贔屓の店ですか。それじゃあ、折角なのでお願いしますか」
「うむ、ついて来なさい」
そのままターシュラーさまに案内されて、向かったのは王都西方の歓楽街。
その入口近くにある小さな酒場に入ると、ターシュラーさまは店員に一言。
「いつものを二人分、所望したいのですが」
「はい。少々お待ちください」
まだ14歳ぐらいの少女が、にこやかに厨房に向かっていった。
この世界って、子供の時から働いているから逞しいよなぁ。
今の接客だって、隙がないというかにこやかな笑顔で、声もはきはきと通りがいい。
かなり若い内から接客経験を身に付けたんだろうなぁ。
「……ユウヤ殿、勘違いしないように話しておきますが、彼女の年齢は確か78歳ですからね。接客についてはベテランですよ」
「ええ……っと、ああ、エルフって早熟した後は、ゆっくりと歳を重ねるのでしたか」
「ええ。大体1000年近くは生きる長命種ですからね。ハイエルフに至っては不老不死に近いですから。不慮の事故や重い病などに煩わない限りは、死ぬ事なんてありませんからね」
「はぁ。それって、楽しいのですかねぇ……と、いえ、これは失言でした。種が異なれば、生き様も変わるというのを失念していました」
いかんいかん。
思わず声に出してしまった。
すると、ちょうど料理を運んできた店員が高らかに笑っているじゃないか。
「あはは。そういうことを言う人は珍しいですね。まずはこちらをどうそば。ターシュラーさまの大好物、フォーティファイド産野菜の煮物です。後、さっき話していた不老不死のことですけれど、大抵は研究に時間を費やしたり本を書いたりと、時間を有意義に使っていますよ。ハイエルフは意外と多趣味な方が多いのでね」
「成程、ありがとうございます」
「まあ、この国に来た人達がよく考える事ですから、気にする必要もありませんよ。私達にしてみれば、短命種の人って何を考えて生きているのか不思議なぐらいですからね。限りある時間を有意義に使う。でも、それなら好き勝手な事をして生きていた方が楽しいんじゃないかってね……ま、これは種族の持つ概念の違いなので」
「そうですね、ありがとうございます」
そう告げて頭を下げると、手をひらひらと振ってから別の客の元へと向かって行った。
「さて、これがターシュラーさまのお勧めの料理ですか」
「うむ。これがなかなかに美味でなぁ。では、さっそく食べる事にしようか」
「ええ、いただきます!!」
両手を合わせてそう告げる俺と、右手で軽く印を組み頷くターシュラーさま。
こういった文化の違いもまた、実に楽しい。
そしてスプーン片手に、まずはスープの真ん中に浮いているジャガイモのようなものを掬ってみる。
――ホロッ
すると、スプーンを突き刺した所からポロポロとジャガイモが剥がれ、スープに溶けていく。
これは柔らかく煮込んであるなぁと感心しつつ、まずは一口。
「んん? あ~、そういう事かぁ」
「おや、ユウヤ殿にはこの料理が何であるのか分かったのですか?」
「流石に全てを分かる事は出来ません。ですが、俺の故郷にあった煮込み料理に『ポトフ』というものがありまして。野菜やソーセージ、ベーコンなどを一緒に煮込んだものなのですが、それに近い感じだなぁと思ったのですよ」
「ほうほう、そのポトフとやらも食べてみたいですね。作り置きはあるのでしょうか?」
「そういえば、こっちの世界ではポトフは作った事がなかったなぁ。それじゃあ近い内に作りますか。それにしても……このスープは絶妙に甘くて美味しいですね」
牛乳や豆乳かと思ったがどちらも違う。
でも、そんな感じの風味を感じてしまう。
そんな事を考えていると、前の席に座っているターシュラーさまが『ドヤァ』っていう顔でこっちを見ている。
心が見過ごされているのか、それとも俺の考えが顔に出ているのか。
まあ、今はそんな事より、この美味しいスープを楽しむ事にしよう。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。