127品目・大精霊祭、何方の殿下がでるのでしょうか(中華おこげのあんかけ)
ディズィが大精霊祭の招待状を手に、王城へと向かった翌日。
この日は、夏日だというのに空から雪がチラチラと降って来ている。
空から降って来た雪は、大体二階程の高さで溶けて雨に変わる。
日本にいた時は、こんな天候など想像もしていなかったのだが、ユウヤの酒場の外では、空を眺めてオオ……とかヘェ……といった声が上がっている。
「気温的には28度っていう所なのに、何で雪が降っているんだ?」
馴染の冒険者が向かいの酒場から出てきて空を見上げているので、思わずそう問いかけたんだが。
帰って来た答えは、とんでもないものだった
「ああ、これは精霊の女神さまが気まぐれで降らせている奴だな。この時期の熱い天候が続くと、気まぐれで雪が降る事があるんだよ。これなんてその予兆でね明日はガクっと気温が下がるんじゃないかなぁ。ユウヤ店長の故郷では、こういうのは無かったのかい?」
「なかったですねぇ……という事は、明日は温かい料理を用意した方がいいっていう事ですか」
「そういう事さ、じゃあね」
軽く手を振って、冒険者は何処かへと向かっていく。
そして入れ替わりにシャットとマリアンも店の外に出てくる。
「うにゃぁ……精霊の気まぐれ日が来たにゃあ……」
「この様子ですと……明日は積もりますね」
「本当か。はぁ……明日のお勧めは冷やし中華でも作ろうと思っていたんだが。それじゃあなしで、別の物でも考えるか……」
「「冷やし中華ってなんですか(にゃ?)」」
ああ、二人とも食い気味で聞いてくるか。
「そうだなぁ……ラーメンサラダは食べたことがあっただろう? あれをもっとシンプルな具材にして、冷やし中華スープを掛けて食べるんだよ」
「それって、ラーメンサラダとどう違うにゃ?」
「スープの違いかな」
「でも、ラーメンサラダって、色々なドレッシングで食べますよね?」
「おっと……そう来るか。まあ、乗っている具がサラダ系かハムなどの具材なのか、ドレッシングか中華スープかの違いで……まあ、これ以上はやめておこう」
このあたり、しっかりと説明するには基礎知識が必要になってくる。
鶏のから揚げとザンギの違いとか、北海道人にとっての当たり前は、内地の人にとっては当たり前じゃないからなぁ。
ちなみにこの『内地』っていう呼び方も、俺ぐらいの年代の人は当たり前に使う北海道の方言で、本州あたりの事を指しているんだけれど。
まあ、そもそもの『内地』って日本の領土を指している時代があるから、それじゃあ北海道は……っていう考え方をしていやがる人もいるのは事実。
閑話休題。
そんなこんなで、昼営業はいつもの通り。
今日は俺の『かつ丼』とマリアンのドネル・ケバブの二品。
今日のシャットは会計と料理の受け渡しを担当、マリアンが色々な料理を学びたいっていう事らしくてね。それならと言う事で、昼営業は二人が料理担当で一人が飲み物と受け渡し担当で話し合いが付いた。
まあ、仕込みについてはまだまだこれからだけれど、一つ一つじっくりと教えて欲しいというから。
こっちとしても、久しぶりの親方モードが出過ぎないように気を付けないと。
………
……
…
そんなこんなで昼営業も無事に終了。
そして予定外に夕方から一気に冷え込んで来たので、夜のメニューは大幅に変更。
「鍋料理でも出すにゃ? 鳥すき焼きの出番かにゃ?」
「いや、ちょいと面白いものを用意するつもりだ。それで、二人は今日はどうするんだ?」
「冷え込んできたら客足も止まりますので、今日は私とシャットはテーブル席で楽しむ事にします」
「セルフサービスだにゃ。料理もお鍋でいいにゃ」
「はいはい。それじゃあそうしますか……」
そのまま俺は仕込みを開始。
そしてあっというまに営業時間がやって来るが、やはり客足はばったり。
「うにゃ。そろそろ温かいものが食べたいにゃ」
「はいはい。それじゃあ急ぎ用意するから待っていろって」
――カランカラーン
そんな話をしていると、やはり噂をすれば影。
「こんばんわぁ。テーブル席を使わせてもらっていいかしら?」
「ディズィか。相席でいいなら構わんが。王城に招待状は持って行ったのか?」
いつもより綺麗な礼服を身に付けているディズィが、コートを脱ぎつつ入店する。
そして壁に掛けてあったハンガーにコートを通して掛け直すと、マリアン達の席に入っていく。
「後二人程来るんだけれど……どうしようかな」
「それなら、もう一つの席を用意しますね。シャット、手伝ってくださいな」
「了解だにゃ」
あれよあれよという間に、テーブル席がもう一つ完成。
それを繋げて一つにした辺りで、更に来客が。
――カランカラーン
「ユウヤ店長、ディズィさんが来ていると思いますけれど……いらっしゃいますか?」
「ああ、奥の席へどうぞ。それにしても、二日連続でいらっしゃるとは、何かあったのですか?」
「ええ、ちょっと相談がありまして……では失礼します」
「こんばんは。姉さまとお話があって参りました」
アイラ王女殿下に続いて、アイリッシュ王女殿下も来店。
そのままディズィと同じ席に着くと、シャットに飲み物を頼んでいるんだが。
「ああ、注文はこっちで聞きますよ。二人は今日は休みなのでね」
「ユウヤぁ、この席だけは任せるにゃ。その代わり鏡月を一本欲しいにゃ」
「後、割り材と炭酸もよろしいでしょうか」
まあ、その程度でいいのなら任せますか。
という事で、テーブル席ではマリアンとシャットが飲み物を用意した後、何だか神妙な話し合いが始まっている。
「ユウヤ店長、料理ですけれど、王女殿下はみんなでワイワイと食べたいそうなので。お鍋を頼んでよろしいでしょうか」
「では、ちょうど仕込んでいるものがあるのでそれを出しますか……しばしお待ちください」
では、まず最初に。
具材である海鮮の下拵えを始めますか。
材料は剥き海老と烏賊、ホタテ、アサリの剥き身の四種類。
まずは剥き海老だけれど、これは最近になって一般流通を始めたシロアシエビを使う。
というのも、普段使いのブラックタイガーやクルマエビでは大きすぎる、ボタンエビなどはさっと火を通すには良いが、煮物となると不向き。
そうなるとシロアシエビ……ああ、バナメイエビと言えばわかってくれるよな。こいつを使うのがちょうどいい。低カロリーで高蛋白質、何より安くて美味い。
こいつは鮮魚店に頼んで仕入れたものを、さっと洗って皮をむくだけ。
頭は付いていないが、背わたがしっかりと残っているので綺麗に掃除する事。
烏賊はいつものように冷凍のものを解凍して内臓を抜き、皮と軟骨を取り除いて掃除したものを鹿の子状に切れ目を入れて短冊状に。
ホタテも冷凍のものを使用、解凍してからさっと酒塩で洗い、四等分しておく。
あさりの剥き身も冷凍の板状のものを溶かして水洗い、後ざるに入れてしっかりと水気は切っておく事。
野菜は白菜としめじ、きくらげ、ニンジン、しいたけといった所か。
「白菜は、芯の部分を取り除いてから。葉の部分は等分して食べやすい大きさに。芯は斜めにそぎ切りして、葉と同じ大きさで」
しめじは石突をとって抵当な大きさに毟っておく。しいたけも同じようにするが、こっちはしっかりと包丁で縦に二等分、人参は長さ二センチ程度に拍子木状に切っておく事。
きくらげは水で戻して汚れを取り除き、シイタケと同じぐらいの大きさにカット。
「さて、それじゃあ始めますか。まずは野菜から……」
大きめの中華鍋で野菜を炒める。
軽く火が通って来たあたりで海鮮一式を纏めて放り込み、さっと炒めたら中華スープを注ぎこんで中火で煮込む。
煮込む時間だけれど、『白菜の芯と海鮮に火が通るまで』。
あまり長時間煮込むと、海鮮が硬くなってしまうのでね。
そして軽く味見をしてから、酒、醤油、塩で軽くあたりを取っておく。
餡掛けにするのであまり濃くしない事。
「そして、火にかけてそろそろかなというところで……おこげの出番だな」
予め温度を上げておいた天ぷら鍋で、鍋巴を揚げる。
これは中華系食材店では普通に売っているものを使用。
以前なら、余ったご飯をラップの上で伸ばした後、ごま油を敷いた鉄板に入れてオーブンでさっと焼いて作ったのだけれど。
「こっちの世界に来てからは、ご飯が余ったためしがないからなぁ」
時間停止処理で、常に炊き立て熱々が食べられるのと、食いしん坊娘さん達がいるので余る事はない。
と、話を戻すか。
鍋巴を上げる温度は中高温。端っこを少し折って油に投下し、おこげがブワッと膨らんでばちばちと音を立てていたら丁度いい温度。
低いといつまでも膨れないし、高いと膨れる前に焦げてしまう事がある。
この辺りの温度調整は、数をこなして慣れるしかない。
「さて、それじゃあ仕上げに入りますか……鍋巴を揚げたら、先に作って置いた海鮮中華スープをあんかけにして……」
そして揚げたての鍋巴を、これまたガス台で軽く熱した鉄鍋に入れた後、鉄鍋とあんかけ中華スープを一緒に持ってテーブル席へ。
「……ユウヤ店長、これは初めて見る料理ですね」
「ええ、ちょいと危ないので、紙エプロンで体を隠してくれますか?」
「こうですか?」
「ふぅん。何だかおもしろいですわね」
テーブル席でワクワクしているアイラ王女殿下アイリッシュ王女殿下、そしてディズィさんとうちのお嬢さんたちの前に鍋敷きを置いて。
その上に鍋巴の入った鉄鍋を乗せたのち、ここに中華海鮮スープを一気に投入!!
――バチバヂバヂバヂバヂバヂバヂッッッ
高温の鍋と鍋巴に熱々の餡が掛かり、バチバチと豪快な音を立て始める。
やがて鍋の中でぐつぐつと沸騰した中華餡と、そのスープを吸って少しずつ柔らかくなった鍋巴が見え隠れして……これで完成。
「お待たせしました。これは【中華おこげのあんかけ】といいまして。本来は寒い時期に食べると最高なのですが。今日は何でも『冬精霊のきまぐれ日』という事で気温も下がっていますので、こちらをお楽しみください」
「ありがとうございます……では、話し合いはこれを食べ終わってからという事で構いませんね?」
「はい。この件だけは、どうしてもアイラお姉さまには譲りたくありませんので」
まあ、この手のやり取りについては最終的にアイラ王女殿下が折れてアイリッシュ王女殿下に決定する流れだろうなぁと思うがねぇ。
どうやら、大精霊祭にどっちが招待されるかという事で揉めているらしく、アイラ王女殿下はじっとアイリッシュ王女殿下の話を聞く側になっている。
ま、食事でもとって楽しいひと時を過ごせれば、そのうち答えも出てくる事でしょう。




