126品目・フォーティファイド王国の大精霊祭(マリアンのフィリーチーズステーキ)
フランチェスカから頼まれていたドラゴン料理の提供も無事に終了。
その日は二人の王女殿下と二人の女神のお忍び来店という、世にも奇妙な組み合わせが発生したものの、特に何も問題はなく無事に閉店する事が出来た。
まあ、閉店際にアイリッシュ王女殿下が女神の二人にこっそりと頭を下げていたり、何も気が付かないアイラ王女殿下がご満悦の笑みでライスペーパーを大量に購入したりと、特に派手な問題はなくその日の営業は終了した。
そして翌日の昼営業後、俺はシャットとマリアンを伴ってフランチェスカのクラン【ミルトンダッフル】の本拠地に向かうと、暗黒竜の肉を預かる契約を行った。
すでに皮や内臓、骨といった部位は解体し終っていたため、本当に肉だけを預かることになったのだが。
総重量にして48トンの暗黒竜、そのうち肉の占める割合は55%。
つまり正肉歩留まり55%という、あまり食用部位のとれる割合がよろしくはない。
とはいえ、48トンの55%、加食部位は26.4トン。
このうち、うちがミルトンダッフル分として預かる部分は16.4トン、残り10トンが預かり賃として無理やり引き取らされてしまった。
「まあ……特に問題はないか」
俺の空間収納の貯蔵限界はない。
ということなので、一旦は全て俺の空間収納に移しておき、そこから料理人組合からの伝票を持ってきた人に【ミルトンダッフル預かり分】から手渡しする事になった。
まあ、体のいい【ドラゴン肉専門の精肉店】という事になってしまったのだが。
うちとしても、夜のスペシャルメニューにドラゴン肉を提供できるので、お互いにウィンウィンという事で決着した。
それから一か月間、毎日のように【ドラゴン肉の受け取り伝票】を持ってくる客がいたのだが、流石にひと月程度でどうこうできる量ではなく。
まだ預かり分のうち七割以上が残っている。
ま、これについては後日、料理人組合のほうでアイテムボックスの付与されている鞄などを持って来て、少しでも多く持って行ってくれる事になった。
という事で、今日ものんびりと仕事なのだが。
「そういえば、王城からの呼び出しって全くないにゃあ」
「そうですわね。名誉伯爵になったというのに」
「まあ、たまに貴族院からの報告書が届くだけだからなぁ。そもそも、俺の爵位は名誉のみであり、義務も権利もないって話だったろ?」
そう、陞爵してから一か月、本当に何もなかったのである。
この間、貴族院や元老院、王室会議など貴族としての責務はちょくちょくあったらしいが、俺の元に届くのは決定した事のみを伝える書面のみ。
特に利用されているとか、俺の預かり知らぬところで出張料理人をやらされるといった事もなく。
ただ、王様と王妃様が、越境庵の料理が食べたいから開けてくれないかという頼みごとが二度ほどあっただけ。
王女殿下たちについては、越境庵ではなくユウヤの酒場に遊びに来るようになった。
二人曰く、こっちでわいわいと楽しんだ方が美味しいという事らしい。
そりゃあ、越境庵では王族のみの参加だから、多少は硬苦しいのかもしれない。
「……まあ、平和なのが一番だにゃ。ドネル・ケバブの準備は出来たにゃ」
「おっけー。マリアンはどうだ?」
「は、はい、フィリーチーズステーキの準備、完了です」
「それじゃあ、今日はよろしく頼むな」
「「かしこまり!!」」
今日から、カウンターの中での焼き場は俺とマリアンが交互で行う。
既にシャットは一人でドネル・ケバブを回しているので、マリアンも一つの場所を一人で回してみたくなったらしい。
それで色々と基本の部分を教え込んでみて、まずは今日からフィリーチーズステーキを一人でやって貰う事にした。
ちなみに俺は飲み物とレジ係。
これで二人がちゃんと回せるようになったら、昼の営業は二人に任せてもいいかなと思っている。
その場合、俺は越境庵で仕込みをするだけ。
今のメニューよりもちょいと手の込んだものを出したくなって来たので、いい機会だと思ってね。
「それじゃあ、開店するぞ。よろしくお願いします!!」
「「よろしくお願いします(にゃ)」」
店の扉を開いて、営業中の看板を出す。
既に並んでいる客が一人、また一人と店内に入って来て注文をしている。
「はーい。お久しぶりね、ユウヤ店長」
「ああ、誰かと思ったらディズィさんか。本当に久しぶりだなぁ。ま、何か食べるんだったら、中に入って注文してくれればいいぞ」
「そうね。相変わらず、ここの食材からは余計な魔力を感じなくていいわ。それじゃあ、シャットの焼いているその回っているお肉を少し多めに……三人分ほど頂こうかしら」
「畏まりました……と、シャット、三人分よろしく」
「了解にゃ……って、ありゃ、ディズィ大使だにゃ」
何だか、久しぶりに知り合いに会って嬉しそうなシャット。
マリアンも彼女に気が付いたのか、軽く会釈をしてから仕事を再開した。
そしてドネル・ケバブ巻きを受け取ってから、ラムネ片手に奥の席にどっかりと座り込んだ。
ま、知らぬ仲ではないのでいいでしょ。
「そういえば、王都に来たのは仕事か何かか? 確かフォーティファイド王国の大使だったよな?」
「ええ。実は、この国の国王陛下に書状を預かって来たのよねぇ」
「へぇ、しっかり仕事しているじゃないか」
「あ~、そういう言い方って酷いと思うんですけれどぉ」
あはは、そいつはすまなかった。
まあ、ディズィが仕事については真剣に取り組んでいるのは知っているのでね。
そう告げて軽く謝ったところ、ちょいとへそを曲げたような素振りをしつつも話を進めてくれた。
「実はね、もうすぐ『大精霊祭』が始まるのよ。それも、今年のは百年大祭の年だから、近隣諸国の王家にも招待状を届けなくてはならなくてね。という事で、私がこの国にきた理由は分かったかしら?」
「ああ、お勤めご苦労さん。しかし、今からフォーティファイド王国へ向かうとなると、準備だけでも結構な時間がかかるんじゃないか?」
「それがねぇ。今回は長老衆から、『精霊の旅路』のスクロールを預かってきているわ。これがあれば、大精霊祭の会場であるフォーティファイド王国の王都まで一瞬で移動できるのよ」
へぇ。
精霊の加護のある巻物か、そいつは凄いなぁ。
そう思いつつ仕事をしていると、ふと、ディズィが店内をぐるぐると見渡し始めた。
時折立ち上がっては、店内の客の居ない場所をうろうろと徘徊したり、カウンターに座って椅子を確かめたり。
一体何をしているのだろう。
「ねぇ……気のせいかもしれないけれど……ううん、これは気のせいじゃないわね。この店内に精霊の力を感じるんだけれど」
「まあ、確かうちの食材については精霊の力が宿っているって話していただろ? それじゃないのか?」
「ううん、そういうのじゃなくて……そう、神気に近いものを感じるのよ」
「神気?」
そう問いかけると、どうやらディズィが話している神気と俺の知っている神威は同じものらしい。
神の力そのものであり、それが店内に感じられるという事だが。
「そう。精霊の女神ターシュラーさまの神気の残滓っていうのかしら。そういうのを感じるのだけれど」
「ああ、ターシュラー様なら、一か月ぐらい前にフラッときて、そこで食事をして帰ったけれど」
「へ?」
まあ、鳩が豆鉄砲を貰った……っていうのは、こういう表情なんだろうなぁ。
一瞬、何を言われているのかディズィは理解していなかったようで。
しばらくして、そのまま床にへたり込んでしまった。
「……まさか……ユウヤ店長って、ターシュラーさまと懇意にしているの? いえ、ここに来たという事はそうよね……」
そう勝手に納得してからは、テーブルに戻ってずっと、なにやらブツブツと呟いている。
そして何事もなく昼営業が終わったとき、ディズィが突然、俺の手を取って。
「ユウヤ店長、是非、大収穫祭に来てください。実は、此度の百年大祭では、世界樹の元に精霊の女神ターシュラーさまが降臨するのです。そこで神に捧げる供物をご用意して欲しいのです。女神さまも通う酒場の料理……ええ、きっとご満足いただけると思いますわ……お願いします」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。いきなりそんなことを言われても、少しは考える時間をください。その、何とかのスクロールで、帰還するのは一瞬なのですよね?」
そう説得すると、ディズィもどうにか落ち着きを取り戻したようで。
スーハーと深呼吸をしたのち、俺に向かって深々と頭を下げた。
さて、これはちょいと厳しい事になりそうだが。
前にも、フォーティファイド王国へは遊びに行くって約束していたからなぁ。
どうしたものか。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




