124品目・近所の常連のノリ。そんなもんでしょ(ドラゴン肉の解体と、低温調理ドラゴンカツ)
目の前に並んでいるのは、ドラゴンの肉塊。
さすがにユウヤの酒場では処理が難しいという事で、俺は単独で越境庵に転移。
その厨房で各部位の解体の続きを始める。
冒険者が肉を解体する場合、ブロックごとに切り分けて終わってしまうので、血管が残っていたり筋や骨が咬んでいる事がある。
という事で、今日の所は各部位の掃除を始める事にした。
「しっかし。流石は幻想世界最強種と言われているだけあって。肉質が凄いよなぁ」
まずは皮を剥がすところから。
これは動物や爬虫類の皮を引き剥がすというより、魚の薄皮を引く感じに感じる。
ここは一発、グレンガイルさんから購入した柳葉包丁で一気に引いてしまった方がいい。
――スッ
「ああ、成程ね。こいつは魚というよりも、鮫とかに近いのか。それでいて皮目が二重になっているので、本皮の下にある薄皮まで切り落とさないと駄目っていう事だよなぁ。しっかし、これはなかなか手強いわ」
スッスッと、いつもの調子で表側の分厚い皮を剥がしていく。
すると綺麗なピンク色の肉塊の上に、うっすらと白く半透明な膜が付いている。
これは筋膜で、可食部位ではない。
これは筋切ナイフを使って削ぎ落すように切り落としていく。
「軽く切れ目を入れてから、筋膜に沿ってスッスッと肉を分けていく……と」
こいつはコツを掴むと、筋膜や筋から肉を剥がすのが楽になる。
ただ筋や筋膜に沿って包丁をあてがい、角度を付け過ぎないようにして軽く引くだけ。
本当に、スッスッと小刻みに包丁を動かしてもいいし、一気にスッと引いてしまってもいい。
慣れるまでは時間が掛かるが……っていう所だ。
「さて、このブロックの解体はこんなものか。ここは確か……ああ、背中の内側中央、サーロインのあたりか。それにしても、そこだけで10キロっていうのもなんだかなぁ」
ありがたみがないというか、何というか。
とりあえずは肉を軽く押してやると、牛のサーロインよりもヒレ肉に近い弾力を感じる。
ちょいと端っこを切ってフライパンでステーキのように焼いてみたが、こいつはどっちかというと揚げ物の方がよく合いそうだよなぁと感じた。
という事で、他の部位もいくつか解体して下処理を行い、時間停止処理をして次のステップへ。
「それじゃあ、やってみますか」
まず、フードパックに厚さ5センチほどにカットしたドラゴンのサーロインを入れる。
ここに臭み取り用のブーケガルニとオリーブオイルを加えてしっかりと口を閉じた後、63度のお湯でじっくりと湯煎。
時間的には大体、4時間程度って所だな。
これは豚肉のやり方をアレンジしたものなので、自宅でやる場合はもう少し時間を掛けた方がいい。
まあ、このまま時間短縮処理をして1分程で完成させると、湯煎からフードパックを取り出し、ドラゴンロイン(ドラゴンのサーロイン)を出して表面を軽くふき取っておく。
「後はトンカツと同じ方法でカツを揚げて……付け合わせはキャベツでいいか」
キャベツと人参を千切りにして、さっと水につけてシャキッとさせておく。
後は食べるちょっと前に水から出してざるに切って余計な水分を落としておけばいい。
次はドラゴンロインのカツを揚げるのだが、ちょいと表面に付ける小麦粉を少しだけ多めにしておく。
これは肉質を柔らかくするためで、こうする事で揚げている時に肉汁が衣の外に流れ出なくなる。
卵を絡めやすくするという意味合いもあるけれど、こっちの方が大切でね。
小麦粉の代わりに片栗粉をまぶす人もいるので、好みで色々と試してみるといい。
――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
低温調理で中まで火は通っているので、内部まで熱くなっていれば大丈夫。
衣がきつね色に揚がったあたりで出来上がりと。
――ガタガタッ
「……ふぅ。そこのカウンターに隠れている二人。君達の分も用意してあるので、ご飯とみそ汁を注いでホールで待っていろ」
「ほら、見つかったにゃ」
「別に隠れている必要はなかったのですわ。ただ、シャットさんが声を掛けても気付いていなかったので……申し訳なく」
「何だ、そうだったのか。それでシャットは何の用だ?」
「さっき、料理組合の人が来ていたにゃ。ミルトンダッフルが討伐した暗黒竜の食べ方について、色々と教えて欲しいって。でも、よくユウヤはこんな面倒臭い事を引き受けたにゃ」
ああ、そういうことか。
別に面倒だとは思っていなくてね。
生前……というのもおかしいが、うちの店の近所にいたおっさんたちが猟銃の免許を持っていてね。
よく週末とかに狩りに出かけては、夕方になって毛を毟っただけの獲物を持ってきていたんだわ。
ほんと、この前のフランチェスカみたいに。
まあ、料理を作った後で、残った肉についてはうちが貰っていたからなぁ。
ついあのノリで受け取ってしまったんだよ。
そうシャットたちに説明すると、二人とも『成程』と納得している。
「まあ、それなら残ったお肉は貰ってしまって構わないのではないですか?」
「許可を貰ってからな。まあ、貰えなかったら手間賃と調味料の原価程度は請求するが、フランチェスカの事だから豪快に笑って寄越してきそうでなぁ……と、ほら、完成だ」
皿に豪快に乗せたドラゴンロインのカツ。
炊き立てご飯とみそ汁もあるので、今日の夜営業前の賄い飯はこれで。
「随分と分厚いにゃあ……中まで火が通っているにゃ?」
「ああ。コンフィと言ってね、オリーブオイルで低温調理して火は通してある。うまみもそのまま閉じ込めてあるので、切ったら肉汁が溢れてくると思うぞ」
「そ、それはまたなんというか……ユウヤ店長の店の料理にしては豪快ですね」
「あっちでも、特注で厚さ5センチのトンカツとか作ったことがあったからなぁ。ま、今回は特別という事で」
まだ5枚ほど低温調理したのち、時間停止処理をして仕舞ってある。
こいつが美味かったら、後でフランチェスカを呼んできて貰うとするか。
さすがにドラゴン肉で、今まで作ったことがないオリジナルの料理をっていうのは無理なんでね。
だから、既成のレシピから、使えそうなやつを引っ張り出して使ってみるしかないんだよ。
「……それにしても、今日は随分と静かだなぁ。ひょっとして不味かったか?」
さっきから、ドラゴンロインカツを一口食べた二人の反応がない。
これはまさか不味かったのかと思ったがそうではないようで。
心配なので『詳細説明』で状況を確認してみたら。
『……暗黒竜の肉を食べたことにより、『対毒・対炎・対物理攻撃』の効果が付与されています。効果時間は残り23:57:15……』
おっと。
なんだかとんでもない事になっているな。
「うんみゃあ」
「はぁ……これは予想外ですわ」
「そんなにうまかったのか……どれ、それじゃあ」
端っこを焼いて試食したときは、そんなにうまいとは思っていなかったが。
まあ、A5和牛のヒレステーキを塩コショウで食べた感じ……って、十分に旨いか。
どれ、それじゃあ一口。
――パクッ
「ふむ。ああ、なるほど。こいつは確かに旨いな。コンフィで旨味を閉じ込めて、さらに日本人の大好きなカツにしたから美味しさが凝縮したっていう感じだな」
「な、な、なんでそんなに冷静だにゃ」
「そうですわ。私達は一瞬、意識を失いかけましたのよ」
「あたしなんて、雲の上でおじいちゃんが手を振っていたのを見かけたにゃ」
「そうか? まあ、確かに旨いことに変わりはないが」
仕事上、どうしても初めて食べる料理は分析してしまうんだよ。
その延長上のようなものだったから、感動よりも感想っていう感じになっていたんだろうさ。
「ま、これなら十分だな。シャット、ちょいとひとっ走りしてフランチェスカを呼んできてくれるか?」
「分かったにゃ」
賄い飯を食べ終わってから、シャットに頼んでフランチェスカを呼んできて貰った。
という事で、俺たちもユウヤの酒場に移動。
炭も熾して開店準備を終えた辺りで、ちょうどフランチェスカと料理人組合の副組合長であるメドックさんも来店。
「ユウヤ店長、もう食べられるようになったのか。そいつは凄いなぁ」
「ああ。まずは一品っていう所だ。それで、残ったドラゴン肉なんだが」
「ああ、全部ユウヤ店長にあげるから、好きに使っていいよ。私は、たまにドラゴンの料理が食べられればいいからさ」
ほら、な。
やっぱり近所の猟師さんのノリだったか。
それならまあ、こっちとしても新しい料理の勉強にもなるので、ありがたく受け取っておくか。
「それで、メドックさんは偶然掴まった口ですか?」
「ええ。ドラゴンの素材について、討伐者であるミルトンダッフルにその権利がありますからね。可食部位については料理人組合に卸していただけないかと相談に行っていたところ、シャットさんが嬉々としてやってきまして」
「それは運がいいですね。それじゃあ、今から準備しますので」
「ああ、よろしく頼むよ。そうそう、マリアン、どうせ試食したんだろうから、そのドラゴン料理に合う酒を貰えないか? 多少は高くてもいいからさ」
――ジャラッ
懐から財布を取り出し、そこから金貨を数枚取り出してカウンターに並べる。
確かこれ一枚で1万メレルだったかな?
そんなものを10枚も並べられても、一杯でそんなに高い酒は置いていないからなぁ。
「ユウヤ店長。これって『あれ一択』なんですけれど」
「そうだな。それじゃあ出来たところで頼む。ということで、こいつは一枚だけ受け取っておきますよ。今、おつりを用意しますので」
「いいってことさ。解体と料理を作る手間賃として貰ってくれ」
「ほう。ということは、素材の販売でかなり儲けたという事ですね」
気のせいか、メドックさんの目がキラーンと輝いている。
「ま、まあな……ああ、そうだ、ユウヤ店長って確か、特製のアイテム鞄を持っていたよな? 確か時間停止処理がされているんだったか?」
「まあ、ありますが」
「うちのドラゴンの素材、預かってくれないか? さすがに買い手が付かないものもいくつかあってね、このままだと腐ってしまいそうでさ。いくらドラゴンの肉が生命力の塊だと言っても、ものには限度があるから」
まあ、個人の空間収納なら無限に入るので問題はないが。
「預かり代で、ドラゴン肉を追加で10キロ」
「よし、乗った」
これで交渉成立。
横でメドックさんがあっけに取られているけれど、そんなもんだろうさ。
「よし……丁度出来上がったな。お待たせしました。暗黒竜のサーロインで作ったカツ定食です」
「サーロイン?」
「ああ、背中の下側中心部にある肉の部位の事をサーロインって言ってね。そこを低温調理してからカツにした。ご飯とみそ汁、香の物とポテトサラダ、キャベツも添えてあるのでどうぞ」
「これはまた……」
「そしてカツといえば、飲み物はこれです。エビスの生っ!!」
――ドンッ
フランチェスカとメドックさんの前に、ドカッと中生が並べられた。
「それじゃあ、頂くとするか」
「私は、真竜種の肉を食べるなんて初めてですよ。たまにダンジョン産の亜竜種、アースドレイクの肉が買取で来るので、品質確認の為に少しだけ食べた事はありますが……では」
――スッ
ナイフを肉に突き立てて軽く引くだけで、カツがスーッと切れていく。
肉よりも衣の方が硬いかもっていう心配すら出てくる。
「それじゃあ、まずは肉の味を楽しむということで」
「そ、そうですね。ではユウヤ店長とフランチェスカさんに感謝して」
――パクッ
ほら、な。
二人とも時間が止まったように、ぴくりとも動かなくなった。
さて、さっきの二人の様子から察するに、意識が戻って来るまでは5分って所だろう。
今のうちにドラゴンテイルを切り分けて、ネギま串にして焼くとしますか。
「シャット、看板を出してくれるか?」
「あいにゃ」
「ユウヤ店長、夜のメニューでドラゴンロインのカツは出すのですか?」
「いや、流石に低温調理には時間が足りないから、売るとしてもこいつだな」
――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
焼け始めた竜ねぎま串から肉汁が零れ、炭に垂れて煙と香りが立ち昇る。
こいつはまた、上質な肉だな。
これなら十分、日替わりメニューに使えるんじゃないか。
さてと、まだ意識が帰って来ないから、今の内に二人前分の串を焼いてしまうかねぇ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




