122話・藩王国の運命と、その顛末と
神々がユウヤの酒場を訪れた5日後。
ティラキート藩王国の王城では、大藩王モスカル・サラディン・ヴェルナ・ティラキートが渋い顔をしつつセッティ《クッションソファーのようなもの》に上半身を預け、眼下で畏まっている人々の言葉に耳を傾けている。
彼の眼下に居るのは、ティラキート藩王国の国教である火神アーラックの神殿を治める巫女アフラハウディと彼女の従者たち。
そして大藩王への貢物を側近に納めた後、静かに話を行っていた。
「わが大藩王よ……アーラックより神託が届けられました。第二王妃であるローゼスは療養という名目で故郷へと赴きましたが、その胸中には大藩王への謀反の芽が生まれているそうです。このままではやがて、王妃の立場を利用して大藩王の命を奪うやもしれぬと」
淡々と告げるアフラハウディ。
彼女が身に纏っている白い法衣の首からは、火神アーラックとの約定が記された小さな宝石が下げられており、それが今もなお、淡く輝いている。
これこそが巫女の証であると火神アーラックの神託がはるか昔に告げられた故、大藩王といえど神により選ばれた巫女の言葉を蔑ろにする事はない。
だが。
「大藩王、そのものの言葉に耳を傾けてはいけません。彼女こそ、この国の転覆を狙う悪女。急ぎその者を神職より解雇するのが正しいかと」
口元をヴェールで隠している女性が大藩王の横に立ち、静かにそう呟いている。
だが、アフラハウディはそんな女の戯言などに耳を貸す事はない。
「恐れながら……大藩王さま、その女こそローゼス王妃の手の者かと。この私が急ぎ、その者を追い出して差し上げましょう」
その言葉と同時に、アフラハウディの側近達が立ち上がり女の元へと歩み寄る。
神職である彼らだからこそ許された行動なのだが、女はスッ、と右手を側近たちに向けると一言。
「貴様らこそ、私がジ・マクアレンと知っての狼藉か?」
――キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
その静かな言葉が室内に浸透する。
そしてアフラハウディも、今の女の言葉が真実である事をすぐに理解した。
室内に染みわたったのは、まさしくジ・マクアレンの神威そのもの。
彼女の側近たちもブルブルと震えつつその場に跪くと、両手を組んで命乞いを始めた。
だが、そんな事は一向に気にする事もなく、ジ・マクアレンは淡々と話を始める。
「さて。大藩王モスカル・サラディン・ヴェルナ・ティラキートに告げる。火神アーラックは神威裁判により、その身柄を12柱とより降格処分となった。ゆえに、柱神以外の者の国教は認めない故、この国より火神アーラックの齎した加護と盟約全てを廃棄する」
――ニンマァァァァァァッ
そのジ・マクアレンの言葉を頭を下げたままアフラハウディは聞いている。
そして今までの盟約は破棄されたものの、邪魔であった火神アーラックがこの国より消滅したことにより、今後は好き勝手に神託という形で国の運営に横やりを入れることが出来るようになる。
国の守護神を失ったことにより、このティラキート藩王国は神の加護から外されるのだが。
大藩王の表情は全くと言っていいほど、変化はない。
だが、恐れを知らないアフラハウディは、頭を下げたままジ・マクアレンに問いかけた。
「恐れながら。ジ・マクアレン様、今後のこの国の国教については、どの神を讃えればよろしいのでしょうか」
「そうですね。では、この国の事をもっとも考え、長き時の間、この国を見守っていた火神アーラックを今一度、12柱に昇格し、新たにティラキート藩王国の守護神としましょう」
――ビシィッ
そのジ・マクアレンの宣言の直後、アフラハウディの首から下げられていた約定の宝石に亀裂が走った。
「は? あの……今、なんと申されましたか?」
「新たに火神アーラックを、この国の守護神とする。それで良いですね、アーラック!!」
――ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
そのジ・マクアレンの宣言の直後、アフラハウディたちの背後に炎の巨人アーラックが姿を現した。
「こ、これはこれはアーラックさま。私は今代の巫女であるアフラハウディです。今まで通り、今後ともよろしくお願いいたします」
まだ約定は生きていると思っているアフラハウディだが。
火神アーラックは頭を左右に振る。
「新たな巫女は、我が直接、選別する。アフラハウディよ、今までご苦労であったな。今、この瞬間を持って、そなたを巫女より解雇する」
力強く重々しい声が、室内に響く。
だが、アフラハウディはアーラックの言葉に頭を傾げると、胸元に下がっている約定の宝石に手を掛ける。
「これは異なことを……このティラキート藩王国の巫女は、私アフラハウディの一族が代々務める事になっています。それは、この約定の宝石にも刻まれている事実。それを違えるなど、神としてはあまりよろしくないのではないでしょうか?」
口元をヒクヒクと引き攣らせつつ、アフラハウディがアーラックに向き直してそう呟くが。
「ああ、それは確か、この藩王国の先代守護神の約定だな。だが、その者は降格し守護神より解雇され、約定は効力を失っている。という事で、これより新たな守護神である火神アーラックが、先代巫女一族に告げる……これまでの『約定を盾に取り私利私欲に溺れた』罪を償って貰うとしようか」
「な、な、なんだって……火神アーラックよ、この約定の宝石が見えないのか!」
相手が神そのものである事などすっかり忘れ、アフラハウディは卑屈な笑みを浮かべつつ約定の宝石を手に取り掲げて見せたが。
――バッギィィィィィン
その刹那、宝石が粉々に砕け散った。
「さて……今まで散々、巫女家には天罰が堕ちないという事を逆手に取り、私利私欲に塗れた神託をばら撒いて藩王国を好き勝手に操っていたな……では、初代巫女家との約定が無い以上、ここからは私が判決を下す」
「ヒイッ!」
ガクガクと震えつつ、アフラハウディが後ろへ下がっていく。
そして慌てて大藩王の方を振り返るが、彼はアフラハウディの目を見て頭を左右に振る。
「我らが神よ……判決を」
「120年の火罪を」
そう火神アーラックが呟く。
その瞬間、アフラハウディの姿がスッ、と消えた。
彼女は火神アーラックの神殿にて、生きたまま120年の業火に晒される。
魂が全て燃え尽きるまでの120年、彼女は指一つ動かすことが出来ず、延々とその肉体を、魂を業火にて燃やされるのである。
それが、神をないがしろにし、神託という名で己が欲望を満たし続けていた一族への刑罰である。
「初代巫女家との約定、それを歪曲して己が欲望のままに好き勝手な事をしていた者に相応しい最後だな。では大藩王よ。残りの者の始末は任せた」
「神の仰せの通りに」
大藩王モスカルは軽く一礼して告げると、火神アーラックは満足して姿を消す。
「では。私も戻りましょう……大藩王よ、此度の神の採決はとある者の慈悲によるもの。これを教訓とせよ。そして同じような過ちは二度と起こさないよう……」
「畏まりました。我が名、モスカル・サラディン・ヴェルナ・ティラキートが三度の転生魂に誓いましょう」
「では……」
ジ・マクアレンの神威がスッと消えると、大藩王の顔にどっと汗が噴き出した。
「これが……神の御威光か……アフラハウディよ、そなたは道を誤った。巫女としての路を外れ、人としての道を外れた。そのような者は、藩王国には必要はない……」
それだけを告げて、大藩王は静かに瞳を閉じた。
………
……
…
――時間・戻ってユウヤの酒場
ベルタン枢機卿から、ティラキート藩王国の顛末について説明を受けた。
まさかそんな事が起こっていたなどとは知らなかった為、店内にいる客や従業員一同、言葉を失ってしまった。
これが、この前の神々の貸切の後に行われた会議の結果であり、火神アーラックは若干の神威没収と【神々の奉仕】という罰が告げられるだけで罰は終わったらしい。
「成程。では、これで藩王国での顛末は全てという事ですか」
「ええ。これでようやく、ローゼス王妃も藩王国に帰ることが出来ます。という事で、ユウヤ店長もご注意ください。王妃の側近たちは、あの手この手であなたを藩王国へと連れていこうと画策するかもしれませんが。すべては運命の女神であるヘーゼル・ウッド様の思し召しがあります」
「つまり、騒がしくなるけれど落ち着いていなさいってことですね?」
そう問い返すと、ベルタン枢機卿はにっこりと笑っている。
「つまり、ユウヤはいつも通りここにいるっていう事だにゃ」
「それを聞いて安心しました」
「まあ、力ずくで連れていこうものなら、アイラ王女殿下たちが黙っていないだろうからねぇ」
ほんと、これで大きな問題が終わってほっとしたよ。
「そうそう。神々からの神託がもう一つありまして。『たまに人間の姿で飲みに来るが、貸し切りにする必要はない』という事です」
「……はぁ? それは勘弁してもらいたいけれどねぇ。ま、団体でなければという事で、よろしくお願いします」
最後の方は、神棚に納めてあるヘーゼル・ウッド様の御柱へ。
するといつものように、御柱がカタカタッと鳴り響く。
これにはベルタン枢機卿も驚いて神棚を見るが、すぐに右手で印を組んで祈りを捧げている。
「さて、これで湿気た話は終わりじゃな。ユウヤ店長、お勧めのつまみでもらおうか」
「そうですね。私は炙ったチーズとパンを頂けますか? 後は厚切りベーコンの串もお願いします」
「畏まりました」
――カランカラーン
そんな話をしている内に、次々と客が入ってくる。
さて、今夜も忙しくなりそうだな。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




