120品目・新しい柳葉包丁と、不思議な来客(燻製入りポテトサラダとエンシェント・エイジ8年)
耕平に渡してしまった柳葉包丁の代わりを、グレンガイルさんに打って貰う事にした。
その為、昼営業が終わってからすぐに、彼の鍛冶場へとやって来たのだが。
――ガギィン、ガギィン
鍛冶場の表側にある店舗にいるにも関わらず、奥の方から鎚を振るう音が響いてくる。
そして店内に入ってすぐに、店員さんらしいドワーフの女性が手もみしつつ近寄って来た。
以前、ここで砥石を買った時は渋い男性店員だったのだが、今日はいないようだな。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか? そちらの棚には様々な武具の見本が並んでいますので。お気に入りのものがありましたら、お声掛けいただければ製作日数とかを確認してきますけれど」
「そうですか……」
チラリと棚の方を見てみるが、何処を捜しても柳葉包丁のようなものは並んでいない。
普通に使えそうな牛刀のようなものはあるのだが、それだとちょっと違うし、何より鍛造ではない。
「いえ、この店の責任者であるグレンガイルさんに一本、打って欲しくて来たのですが」
そう説明すると、先ほどまでの営業スマイルが一変して渋い顔になった。
「ああ、貴方も師匠の名声を聞いてやってきた口ですか? 貴族や組合の紹介状はお持ちで? そうでなかったら、師匠は今、個人的な注文は全て断っていますので」
「いや、そういうものは持っていないんだが……そうか、忙しいのなら仕方が無いか」
「そうです。どこで噂を聞いてきたのか知りませんが……どう見ても冒険者や騎士にも見えませんし。ま、師匠の刀剣をコレクションとして加えたいというのなら、絶対にお引き受けしませんので」
ま、そうだろうねぇ。
刀剣や武具っていうのは、こっちの世界では使ってなんぼのものだろうだからなぁ。
地球では、古い刀剣や武具は美術品として観賞用に用いられることも有るけれど。やっぱり使ってなんぼなんだろうねぇ。
「いや、また今度、直接お願いしますので」
「ですから、どうやって直接頼むのですか? うちでは紹介状が無い方は御取次しませんよ」
「なんじゃ、騒々しい……何かあったのか?」
凄い剣幕で怒られていると、奥からグレンガイルさんが顔を出して来た。
そして俺の顔を見るなり、目をぱちくりとしている。
「師匠、この方が師匠の名品を一本打ってほしいといってきまして。紹介状も何も持っていないので、お断りしていたのですよ」
「なんじゃ、ユウヤ店長がわしの鍛冶場までやってくるとは珍しいのう。何を打って欲しいのじゃ?」
「いえ、実はちょいとありまして。柳葉包丁を一振り、打ってほしくて来たんですけれど」
「ほう、この前渡したのはどうしたんだ?」
ここは誤魔化しても駄目だろうと思い、一通りの説明をした。
まあ、神々が来店したという部分は伏せておいて、高貴な方々の宴会で手が足りず、弟が手伝いに来たという事にしておいた。
その上で、餞別に渡した包丁がグレンさんの打ってくれた物だと説明したら。
「はーーーーーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっ。これはいい。わしの打った包丁を渡したのか。つまり、儂の作った柳葉包丁は、ユウヤ店長の国では伝説の一振りとして後世に伝えられる可能性があるという事だな?」
「ああ、そうなりますよねぇ。でも、研げない包丁になってしまったので、どうしたものかと」
「研げないということは、欠けないという事。そもそも、ユウヤ店長の国では、アダマンタイトを研ぐことが出来るのか?」
そう問われても、誰も試したことがないからわからないんだよなぁ。
アダマンタイトが存在しているなんて、聞いたこともないからな。
「無理じゃないかなぁ。という事で、折角グレンガイルさんが打ってくれた柳葉包丁を、勝手に他人に渡して申し訳ないと思ってね」
「それは別に良い。さっきも話した通り、むしろ光栄じゃよ……と、ちょっと待っておれ」
「え、あ、あの……師匠、この方は紹介状を持っていないのですが」
「クリシュラ、彼は儂の行きつけの酒場『ユウヤの酒場』の店長じゃよ」
「……えええええ、あの旨い酒を売ってくれた店の店主でしたか……これは申し訳なく」
突然、クリシュラと呼ばれた店員さんが平謝りして来た。
まあ、紹介状もなくやってきたこっちにも非があるので、別に構いませんよと話してあげたら、大層頭を下げられたんだが。
「ほれ、この中から好きなものを持っていけ。まだ試作ではあるが、前の物よりも切れ味はいいはずじゃ」
そう説明してから、カウンターに4本の柳葉包丁が並べられた。
長さはどれも尺一(一尺一寸)、柄は白木の八角。
以前渡してくれた物と同じようなのもあれば、あれよりもどっしりと重く感じる物まである。
その中から一振り、妙に手に馴染むものがあったので、それを売ってもらう事にした。
「では、これと同じ奴を」
「ああ、それじゃあ、それを持って行ってくれて構わん」
「……はぁ? これは見本じゃないのか?」
「いや、試し打ちしたやつじゃから、それの切れ味とか使い勝手を後日、教えてくれればいい。代金はそうじゃな……一週間、食べ飲み放題で」
一週間の食べ飲み放題か。
ドワーフに酒の飲み放題を許したら破産しそうな気もするが。
まあ、耕平に渡した柳葉の事も考えると、それでいい事にするか。
それに、一週間の飲食代の10倍以上の価値がありそうな気がしてきたからなぁ。
俺も結構、損得抜きでものを考えることもあるが、グレンガイルさんは更に上だからなぁ。
「ああ、それじゃあとっておきの酒を数本、用意して待っているから」
「よろしく頼む……と、クリシュラ、客じゃぞ」
「は、はいっ。いらっしゃいませぇ」
どこかの冒険者の一団が来たようなので、邪魔しては悪いからとっとと退散するとしますか。
「それじゃあ、夜にでも顔を出してくれ。助かりましたよ」
「いや、こっちとしても研鑽を磨くためには必要なことじゃから。では、また夜にでも」
ということで、持ってきた包丁ケースに柳葉包丁を仕舞って、とっとと帰りますか。
〇 〇 〇 〇 〇
――その日の夜
予想通り、グレンガイルさんが来店した。
それも一人ではなく、鍛冶場の同僚らしいドワーフを連れて。
いつものようにグレンガイルさんはボトルキープしているウイスキーをロックで豪快に飲んでいるし、もう一人の方は生ビールを楽しそうに飲んでいる。
「さて……今日は何をつまむとするか……ウイスキーに合わせるとなると、やはり焼き鳥かのう」
「ま、それが無難といえばそうですけれど、こいつは如何ですか?」
そう告げてグレンさんの前に差し出したのは、ポテトサラダ。
それも燻製チーズとカリカリに焼いてバラバラにしたベーコンも混ざっている。
ちなみにポテトサラダの作り方はいたって普通。
ゆでで皮を剥いたジャガイモを、賽の目に切ってボウルに入れる。
同じように皮を剥いて茹でた人参と生のキュウリをスライスして、ジャガイモの入っているボウルに入れて、さっと混ぜておく。
そして焼いて油を落としたベーコンを、揉むように砕いてボウルに入れたのち、賽の目にカットした燻製チーズを入れてさらに混ぜるだけ。
途中でマヨネーズと粒マスタード、塩、粗挽き黒胡椒を加えてさっと混ぜたのち、一晩冷蔵庫で寝かせておく。
出来立て熱々のポテトサラダも美味いが、燻製の香りをしみこませたのもまた酒に合うのでね。
「では、ちょいと失礼して……ふむ。これはいい、酒が進む一品じゃな……と、シャット、それは儂の鳥串じゃな、焦がすなよ?」
「なんであたいが焼き鳥を焼いていると、みんな焦がすなっていうかにゃぁ」
「はは、冗談に決まっているだろう。マリアン、そろそろユウヤ店長のお勧めウイスキーをボトルで頼むぞ」
「はい、承っていますので……どれにしますかね……」
頭を傾げつつ、マリアンが奥へと向かう。
入荷したウイスキーは、越境庵のバックヤードに置いてあるのでね。
あとはマリアンのお手並み拝見、今日は焼き物をメインで頼んでいるので、どれをチョイスしてくるかねぇ。
「お待たせしました。こちらはエンシェント・エイジの8年です。樽に詰めて8年間熟成したバーボンウイスキーで、焼き鳥に合うウイスキーの一つです」
「ほほう。これはまた、面白いものを。では、グラスをもう一つ貰えるかな?」
「畏まりました」
一緒に来たドワーフさんと二人で、楽しそうに飲み始めた。
ちょうど焼き鳥の盛り合わせも仕上がったので、それを差し出した時、新たに一人、お客さんがやってきてカウンターに座った。
白い法衣のようなものを身に纏っているから、多分だが教会の関係者だろう。
「すまないけれど、ソーセージの盛り合わせと角煮というものを頂けるかな?」
「畏まりました。シャット、ソーセージの盛り合わせを一つ頼めるか、俺は角煮を用意するので」
「任せるにゃ……」
急ぎ準備をはじめる俺とシャット。
そしてマリアンが良く冷えたおしぼりを持っていく。
「お飲み物は、どうしましょうか」
「赤ワインを頂けますか? もしもあるのでしたら、ドメール・クリュニーをお願いしたいのですが」
「えぇっと……申し訳ありません。そちらは取り扱っていません」
「では、こちらのお店のお勧めのワインを」
いそいそとワインを取りに行くマリアン。
でも、ドメール・クリュニーっていうと、ブルゴーニュのワインか。
うちでは使った事もないワインの銘柄なんだが、何でそんなワインを知っているのだろう?
「お待たせしました。ベリンジャーの ナパ・ヴァレーです」
「うんうん……あまり知らない銘柄だけれど、しっかりとした造りなのは香りで分かるね……では、頂きます」
そう告げてから、胸の前で小さく十字を切っている。
こっちの世界の神々の中で、十字を切る宗教はあったかなぁと考えてしまうが、そもそも知っている宗教が少ししかないので後回しだな。
そして焼きあがったソーセージを摘まみつつ、楽しそうにワインを嗜んでいる姿は、何処にでもいる酒飲みの姿なんだがねぇ。
どうにも、気になって仕方がない。




