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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
王都ヴィターエで、てんやわんや

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118品目・思い出話をしよう(瓶ラムネ)

 12柱の神々の御帰り。

 

 そして神様達の粋な計らいで、耕平と山本さんは時計の針が0時を指すまではこっちの世界に留まる事が出来るようになった。

 だが、色々と聞きたい事もあるだろうと思い、まずは俺が事故死してこっちの世界にやってきた所から順を追って説明をする事にした。

 そして幾つもの街を旅し、この王都にたどり着いてこうやってのんびりと店をやっている所まで説明すると、それはもう二人とも驚いているじゃないか。

 まあ、それもその筈だ、死んだ人間が、こうやって地球とは異なる世界で生きて生活をしているのだから、驚くなという方が難しいだろうさ。


「………なあ、兄貴。さっきの神様にお願いをして、生き返るっていうのは無理なのか? まだ、うちの店には兄貴の力が必要なんだ………俺じゃあ、駄目なんだよ」


 椅子に座ってそう告げる耕平。

 ぎゅっと両拳を強く握って、絞り出すように呟いてる。

 ま、その気持ちは分からなくもないが、生き返るなんて言うのは無理だろうさ。


「去年、俺の一周忌のとき、店を貸し切りにして宴会を設けていただろう。あの時、実は俺も店の中にいたんだ」

「え……」

「そうだったのですか」

「ああ。でも、俺は死んでいて、手助けすることもできない。だから、店の隅っこで、みんなが頑張っているのをじっと見ていた。まあ、味付けについてはさっきも話した通りだ、レシピはしっかりと置いてきてあるから、それを参考にしてくれればいい」


 そう説明はするが、やはり耕平としても納得は出来ていないのだろう。

 だって、とか。

 でも、とか。

 こっちで色々と話をしても、やはり帰ってきて欲しいの一点張り。


「………神様に頼み事って言われてもなぁ。そもそも、今回の件では、俺が神様に頼まれて宴会を設けた、その代償として一つの国が亡ぶのを避けることが出来るようになった、それだけなんだ。だから、今更、もとの地球に生き返らせてほしいだなんて、ひとつも考えていなかったんだよ」

「………」

「それによ、俺の身体はもうないだろう? 一周忌が終わったっていうことは、そういう事だ。俺は、あの墓の中にもいない。魂はここにある………あ、山本さん、神棚にこんな感じの……御柱が祀ってあっただろう?」


 そう問いかけると、耕平も山本さんも『あっ』、と思い出したように顔で驚いている。


「そ、そうなんだよ、兄貴が亡くなった翌日に、あの彫刻のような柱がおいてあって。誰が置いたか分からないけれど、あれは避けたら駄目なような気がして、ずっと祀っているんだよ」

「毎日ね、店を開ける時にはお水とお酒、塩と米は交換していますよ………あれってなんなのですか?」

「御柱は、俺の魂が消える前にこの世界へと助けてくれた運命の女神ヘーゼル・ウッド様のご神体だ。あれがあるっていうことは、少なくともこの世界と地球は繋がりを保っていると思っていいだろうさ」

「毎日、お祈りします」


 はは。まあ、お手柔らかに頼むよ。

 今、ここで話をしているっていうことは、夢として記憶から消えるのだろうからな。

 覚えていてくれたらで、別に構わないさ。


「そういえば、優也店長って死んだ時から歳は取っていないのですね。昔のままなので、ホッとしましたよ。最初に事務所から出て、厨房で昔ながらのスタイルで仕事をしている優也店長を見た瞬間、もう泣きそうになっていましたらね」

「へぇ………そいつはどういう事なんだろうな」


 少なくとも、今の俺の外見は30代前半の若さだったはず。

 それが60歳直前の昔の姿に見えたっていうのは、なんだろうなぁ。


「あの、ユウヤ店長。恐らくですけれど、ヘーゼル・ウッド様は、耕平さんと山本さんには『魂の姿』を見えるようにしてくれたのではないでしょうか?」

「んんん? マリアン、それってどういう意味なんだ?」

「はい。魂というのは、その方がもっとも精力的に生きていた姿を取ると言われています。ですから、耕平さんたちにとっては、当時の姿がもっとも印象的だったのではないでしょうか?」


 そういわれると、俺と耕平は腕を組んで考え込んでしまう。


「にゃはははは、ユウヤと耕平さん、同じ格好しているにゃ。やっぱり兄弟にゃ」

「ああ、シャット、あんまり茶化さないでくれ………こっ恥ずかしいからな」

「あいにゃ、かしこまりだにゃ」

「ははは。まあ、兄貴を生き返らせるには、神様にお願いするしかないのか……でも、俺じゃあ無理だろうな。それで、兄貴は、もう帰ってこれないっていう事でいいんだよな?」

「年に一度ぐらいは、幽霊になって見に行くこともあるかもしれないが……その時に、腕がなまっていたりサボっていたら、夢の中で説教だな」


 ハハハッと、ようやく耕平が笑ってくれた。

 ああ、俺の事で悲しい顔なんてしないでくれ。

 

「あの、優也店長。この店の外って、どうなっているのですか?」

「この越境庵の外は、ユウヤの酒場に繋がっています」

「こんな感じだにゃ」


 マリアンの説明で、シャットが正面入り口の扉を開く。

 まあ、そこは倉庫なので大したものはないのだが。

 すぐにマリアンとシャットが、耕平たちの手を取って店の外へと引っ張り出してくれた。

 そして俺も、思い腰を上げて越境庵から『ユウヤの酒場』へと移動することにした。


………

……


――ユウヤの酒場

「へぇ。カウンター席が8つとテーブル席が2つか」

「冷蔵庫はないのですか。でも、越境庵から運んでくるだけなので、そんなに手間ではないのかぁ」

「ま、そういうことだ。外はもう日が落ちて暗くなっているので、顔を出す程度なら構わんとはおもうぞ」

「そうなの……えっと、つまりこの扉の外って、異世界っていうことになるのですよね?」

「にゃははは。越境庵の外はもう異世界だにゃ」

「え、本当なの?」


 山本さんが恐る恐る、扉を開けて頭を出している。

 うん、時間的にはそろそろ夜22時ってところだろう。

 近所の冒険者組合や酒場の灯り程度しかないが、夜空を見上げれば最高の風景は見られるだろう。

 シャットが山本さんの手を引いて外に連れ出したので、そっちは彼女に任せておくさ。


「……兄貴。死んだ人にこう尋ねるのもどうかとは思うんだが……今は、幸せなのか?」


 真剣な顔でそう問いかけられると、こつちも真剣に返すしかない。


「そうだな。自分の好きなことが出来て、仕事の仲間が出来て。毎日を面白おかしく過ごしている。そういう意味では、俺は死んでからも新しい幸せを見つけたっていう事だな」

「そっか。それなら、いいか」


 まあ、耕平には耕平の生き方がある。

 だから俺の後ろばっかり見ていないで、そろそろ正面を見て歩いてくれればいい。

 

「耕平、店を頼むぞ」

「任せておけって。次の三回忌のときにでも、ヘーゼル・ウッド様に頼んで見に行くからな」


――コトコトッ

 そう呟いた時、店の神棚に備えてあるヘーゼル・ウッド様の御柱が触れていた。

 うん、どうやら三回忌には顔を出させてくれるらしい。


「分かった……あと。兄貴の墓なんだけれど、梓義姉さんと一緒に入っているから安心してくれ。ちゃんと仏壇にも、二人の写真が飾ってあるので」

「ああ、梓と一緒か……そりゃいい。生きているときも、死んでから(・・・・・)も一緒っていうのはいいねぇ。ま、よろしく頼むわ。ただ、判っているとは思うけれど」

「ああ。兄貴は墓の中にはいない。こっちで生きているっていう事だろう? そう考えると、梓義姉さんもひょっとして、こっちの世界にいるんじゃないか?」


 そう考えるのも、無理はないか。

 でも、梓が俺と一緒になって、その三年後には梓は病気で亡くなったからなぁ。

 耕平にとっても、たった3年間の義姉だったけれど、今でも手を合わせてくれているのはありがたい。

 そうそう。あの日、梓は俺を悲しませないようにと、笑っていたんだよ。

 『優也さん……貴方の未来に……幸せがいっぱいありますように……』ってね。

 大丈夫だ。

 俺は、今、幸せだからな。 


――ガチャッ

 おっと、山本さんが戻って来たか。


「優也店長、本当にここって異世界なのですね。エルフもドワーフもいましたよ」

「あたいは獣人だけれど?」

「あはは、シャットちゃんもいたわね。ほんと、こんな体験が出来るなんて、思ってもいませんよ……」


 そう山本さんが呟いた時。


――ボーン……ボーン……

 開けっ放しの越境庵から、0時を告げる時計の音が聞こえてくる。

 そして耕平と山本さんの姿が、ゆっくりとだけれど透き通り始めた。

 すぐさま俺は、厨房に置いてある柳葉包丁を手に取りさらしでぐるぐる巻きにすると、それを耕平に押し付けた。せめてもの選別だ、夢じゃなかったら枕元にでも置いてあるだろうさ。


「兄貴……三回忌には必ず顔を出せよな。いいな、絶対だからな」

「優也店長、また会えることが出来たらその時は、ゆっくりと呑みましょうね。シャットちゃん、マリアンさん。優也店長をよろしくお願いしますね」

「あいにゃ!! 山本さん、これはあたいからの贈り物だにゃ、獣人族の友愛の印だにゃ」


 シャットも首飾りを外して山本さんに手渡している。

 それだけじゃない、マリアンも一枚の護符を渡しているんだけど、あれってなんだ?


「山本先輩、越境庵のホールは私とシャットにお任せください。耕平さんも、お元気で」

「はは……二人とも、それじゃあな、それと兄貴……ありがとう」


 そう告げた瞬間、二人の姿がスッ、と消えていった。


「……さて。それじゃあそろそろ、寝るとするかねぇ」

「あたいも明日は朝一で冒険者組合だにゃ。それじゃあ先に寝るにゃ」

「はは、お休み」

「私も、今日は疲れたのでそろそろ失礼します」

「ああ、また明日な」


 二人とも、階段を駆け上がっていく。

 さて、戸締りでもして、俺はちょっと飲んでからでも寝るとしますか。

 本当に久しぶりに、生きている二人に会えるとは思っていなかったからな。

 とはいえ、空酒というのもなんだし。

 

「……ほんと、久しぶりに、さしで飲みますか」


 事務所の俺の机。

 そこに置いてある、亡くなった妻の写真。

 それをカウンターに持って行って、彼女が好きだったラムネの瓶を開けて供えておく。

 そして俺も、いつものように酒の肴と日本酒を用意して、ちょいと一杯ひっかけますか。


〇 〇 〇 〇 〇


――深夜2時

 いつの間にか、ユウヤはカウンターで眠っていた。

 傍らには妻の写真と、彼女が好きだったラムネの瓶。

 妻である梓の死後、優也はその悲しみから逃れるように、より仕事に没頭していた。

 それでも彼女の事は忘れまいと、つねに傍らには彼女の写真が置いてある。

 それは異世界に来た今でも、事務所の机の上にそっと置いてあった。

 そして神棚にもこっそりと一枚の写真を納めてあるのを、そこに祀られている御柱は知っていた。


――フワサッ

 眠っている優也に、毛布をそっと掛ける。


「……本当に、私の事はずっと覚えているのですよね……」


 そう告げると、女性は目の前に置いてある写真立てをそっと手に取る。

 そこには、優也とその妻である梓の幸せそうな姿が写っている。


「もっと、貴方は自由に生きていいのに……でも、私の事を覚えていてくれて、ありがとうね」


 そっと写真立てを元に戻すと、女性はその場からスッ、と立ち去っていく。

 そしてその日、優也は久しぶりに楽しい夢を見た。

 それは、優也と梓、耕平、マリアンとシャット、そして山本さんといった馴染の面子で、楽しく居酒屋で仕事をしている夢を。

いつもお読み頂き、ありがとうございます。


・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。



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