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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
王都ヴィターエで、てんやわんや

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116/140

116品目・大量の注文と最強の助っ人(越境庵フルメニュー)

 越境庵に12柱の神様を招く事になった。


 どの神様も趣味・趣向が異なるという事は、おのずと食べ物についての嗜好も異なるのは当たり前。

 そういう事だから、当日はユウヤの酒場は臨時休業。

 越境庵は貸し切りにして、神様を招いての宴会場のような感じとなる。

 そうなると、現在の仕込み状況ではメニューの全てを回す事など不可能、急ぎ通常営業に耐えうるだけの仕込みを行わなくてはならない。

 しかも明後日の夕方には神様達はやって来る。

 という事で、昼の営業はマリアンとシャットに全て任せる事にした。

 その事を昼の営業前に説明すると、二人とも何か考えているようで。


「つまり、今日と明日はユウヤが仕込んだ料理をあたしたちが売るだけでいいのかにゃ。それなら、あたしの担当はドネルケバブ巻きで決まりだにゃ。いつもより多めに仕込んでくれると助かるにゃ」

「了解だ。今日と明日の二日分なら、今仕込んである分で間に合う。それじゃあシャットにはそれを頼むとして。マリアンは会計と受け渡しでいいか?」

「出来るなら、私も何か販売したいのですわ……ユウヤ店長、どうでしょうか?」

「ふむ……」


 販売するということについては、特に問題はない。

 ただ、そうなると会計などで手を取られてしまいスムーズに料理を提供できないように思えるのだが。


「あ、うちの妹に会計を任せていいかにゃ? 近日中には村に戻るらしくて、お土産を買いたいけれどお小遣いが足りないって話していたにゃ。何かあったらあたしが責任を取るからお願いだにゃ」

「成程ねぇ。ま、シャットがそういうのならいいんじゃないか。今から来れるのか?」

「実は、手伝いで小遣いを稼げないか聞いて欲しいって頼まれていて、朝から斜め向かいの酒場で待っているにゃ」

「それなら話が早いな。すぐに呼んできてくれ」


 そう言うや否や、シャットが店から飛び出していった。

 まあ、シャットの身内だから大丈夫だろう。問題を起こしてシャットに迷惑をかけるとは思えないのでね。

 

「それじゃあ、マリアンは何を出したいんだ?」

「作り置きの寸胴の料理がありましたよね? それでお願いします」

「そうなると、今、昼営業に耐えられるだけのストックがあるのは……これかなぁ」


 常に作り置きを追加しているカレーライスと炒飯、麻婆豆腐、クリームシチューは常に在庫がある。

 これを巧く回してくれればいいか。


「では、カレーライスとクリームシチューをメインに回すことにしますわ」

「それで万が一にも料理が足りなくなったら、麻婆豆腐と炒飯を出すと……」

「うっ……そ、そうですわね」

「ははは。それについては、もう二つずつストックしてあるから大丈夫だ」


 そう告げると、マリアンが何故かほっとした顔になった。

 そしてシャットが妹を連れてきたので、会計などの手順について簡単にレクチャー。

 シャットの近くで対応して貰うことにしたので、何かあっても彼女がサポートしてくれるだろう。

 そんなこんなで昼の営業時間も二人に任せる事にして、俺はただひたすらに越境庵での仕込みを始めることにした。

 それでも、時間が足りるかどうか……勝負所だな。


………

……


──二日後・夕方

 メニューの仕込みについては8割は終わっている。

 残り2割は札幌で営業していた時でも人気が無かったものばかり。

 それでも一部の常連客が4回に1回あるかないかで注文してくるので、外すことが出来なかったものばかり。まあ、こっちの神様に通用するかどうかも怪しいのだが、兎にも角にも手が足りなかった。

 

「……ふう。時間のかかるものはこれで全てだったな」


 札幌で営業していた店のメニューは、ざっと60品目。

 それに黒板に書いてある日替わりメニュー20品目を追加して、トータル80品。

 そのうち15品は仕込みが追い付いていなくて提供出来ないと思うから、メニューとしては65品というところだ。

 

「お通しは四種類、『菜の花のお浸し、黄身酢添え』と『アサリのしぐれ煮』『煮込み肉豆腐』『自家製ポテトサラダ』ってところでいいか。刺身は本マグロ、鯛、鰤、八角、活イカ、サーモン、ヒラメ、サメガレイ、ニシン。冷凍ものでチップのルイベとイカゴロの沖漬け巻き。貝ものはホタテ、ツブ貝、北寄、アワビの四種。まあ、こんなところか」


 ちなみにほとんど鮮魚店に見立てて貰ったものばかり。

 イカゴロの沖漬け巻きは、釣りたてのイカを醤油タレのいれてあるポリタンクに放り込み沖漬けにしたものを使っている。

 その沖漬けのイカゴロ部分だけを取り出し、縦に細く包丁を入れた刺身用のイカで巻く。

 それをラップで包んで冷凍したものが『イカゴロの沖漬け巻き』っていうこと。

 季節限定でしか仕込めないのだが、以前仕込んであったものが時間停止処理したまま一本だけ残っていたので、これを提供する事にした。

 

「……このイカゴロ沖漬けとも、これでお別れだな」


 沖漬けを作るためにはイカ釣りに同行するか、知り合いの釣り名人に『沖漬けのタレの入ったポリタンク』を預けなくてはならない。

 つまり、どっちもできないこの世界では、これが本当に最後の一本ということになる。

 

「煮物は鶏肉の治部煮、豚の角煮、ふろふき大根、おでん、鶏手羽元のトマト煮……は出来ているので問題はない。後はストックから取り出して時間停止処理を外すだけだから大丈夫と」


 メニューを見ながら、一つ一つの料理の最終確認を行う。

 大体の仕込みは終わっている筈、問題なのは焼き台で焼くものと煮もの、揚げ物等が被らないことを祈るだけだが。12人分ぐらいなら、一人で回したことが何度もあったので大丈夫だろう。


「飲み物は全て冷やしてある、ビールのタンクも全て交換済み。まあ、交換ならマリアンにも教えてあるから大丈夫だな。よし」


 最終確認完了。

 ちょいと珍味系と酢のものの下処理がギリギリなのだが、営業中にオーダーの隙を見て仕上げてしまえばいけるはず。

 

「うん、これでいい。イレギュラーで1人2人増えても大丈夫だな」


──シュンッ

 そんなことを呟いていると、シャットとマリアンがホールに飛び込んできた。


「ユウヤぁ、昼の営業は完了したにゃ」

「片付けと掃除も終わりましたわ。店の外には臨時休業の看板も下げてきましたし、これで問題なく営業できますわ」

「それは助かった。まあ、営業中も越境庵の扉は開けておいてくれ、倉庫に開いておけば外で何かあってもすぐ対処できるだろうし、越境庵の中を見られる心配はないからな」

「かしこまりにゃ……では、着替えてスタンバる? するにゃ」

「どこで覚えたんだ……」

「テレビの、えっと、映画ですわ。なんか絵が動く奴でしたわね。準備することをスタンバるっていうのですよね?」


 まったく、相変わらず好奇心旺盛だことで。

 いつの間にか二人とも、日本語をマスターしていたのには驚いたがね。

 という事で、店内で席の準備を一通り頼んでから、俺も最後の仕上げを開始。

 よし、ぎりぎりだったが間に合ったな。


 〇 〇 〇 〇 〇


──ボーン・ボーン・ボーン……

 事務所に置いてあるアラームが17時を告げる。

 つまり営業時間である。


──シュンッ

 ホールでマリアンとシャットがお客様を迎える体制で立っていると、次々と店内に人が転移して来た。

 その中の一人、ヘーゼル・ウッド様がカウンター越しにこっちに向かってウインクしているのは、どうにも照れ恥ずかしいじゃないか。


「ユウヤさん、本日はよろしくお願いしますわ」


 ヘーゼル・ウッド様がそう告げると、集まった神様が一人一人、カウンター越しに近寄って来る。

 うん、正直言って、これは身が引き締まる思いだ。

 お客様は神様です、まさにその気合が高まってくる。

 日々、料理については真剣勝負と自負していたが、今日はそんな生易しいものではない。

 命がけの仕事になりそうだ。


「初めまして。私は月の女神カタルーニャ。今日は楽しみにしていますわ」

「火神アーラックだ……お手数を掛ける」

「水の女神レミィですわ。うん、ここはいい水の香りがしますわね」

「精霊の女神ターシュラーと申します。私、肉は食べられませんので……」


 一人ずつ挨拶をしては、シャットとマリアンに案内されて席についている。

 これはまた、老若男女という言葉が良く似合うかんじで、楽しそうに雑談を交えつつ他の神様の挨拶が終わるのを待っている。


「鍛冶神ヴァカルディじゃ。とにかくうまい酒を頼むぞ」

「冥王リヴザルト。君は、もう少し体を休めたまえ。休みの日でも、仕込みとか言って働いているではないか」

「妾は魔導女神のペルフィクションと申す。今宵の宴が終わったら、そなたに加護を授けようぞ。だからうまいものをたもれ」

「はっはっはっはっはっはっはっはっはっ、英雄神のジ・プラチナムだ。鮨というものを食べたいぞ」

「うちは商いの女神タマ=イナリや。熱いものは苦手やから、ひやこいもんが食べたいわ」

「法と秩序の女神クライヌリッシュと申します。うん、貴方はいい魂をお持ちですわね、一度、教会で禊をするといいでしょう。今以上に魂が昇華されるでしょう」


 そんなこんなで挨拶も終わり、ようやく緊張が少しだけ緩み始めたのだが。

 

「……」


 マリアンとシャットが、小上がりの方をチラッチラッと見ている。

 そっちに何かあるのかと思って視線を向けると、見た事がある神様が一人、小上がりに座っていた。


「ああ、これはどうも。恵比須さまはおひとりですか?」

「さすがに、信奉者がいない世界には他の神々はこれないからねぇ。わしだって、ユウヤがラッキーエビスを齎さなかったら来れなかったぞ」

「それはどうも。本日はごゆっくりしてください。マリアン、シャット、お飲み物を聞いてきてくれ」

「「かしこまり!!」」


 大急ぎで神様たちの間をぐるぐると回りつつ、飲み物の注文を受けている。

 これまだ好みがバラバラで、いきなりテキーラをジョッキで欲しいと言ってくる神様もいたと思えば、焼酎をボトルで入れてくる女神様もいた。

 日本の古き良き習慣? の『とりあえず、生っ』という声も聞こえてきたり、普通のミルクが欲しいという声も届いてきた。

 こんなにもバラバラだと、ちょいとオーダーについても手が回るか不安になった。

 そしてこっちの様子に気が付いたのか、ヘーゼル・ウッド様がなにやら目を閉じて天井を眺め始めている。


「それでは、本日は『神の宴・越境庵』にようこそおいでくださいました。司会はわたくし、クライヌリッシュが務めさせていただきます」

「堅物女神ぃぃぃぃぃ、引っ込めぇぇぇぇぇ」

「そんな事より、早く飲ませろ!! いや、もう飲む!!」

「ああもう……それではカンパーイ……」


──ガチャガチャガチャ

 ああ、もう。

 なんというか、本当に神様っていうのは気まぐれで、それでいて自己主張が激しいんだなと思ったよ。

 まるで大学生のコンパのようにも見えてきたが。


「ユウヤ店長。まずは神様4人分の注文ですわ」

「こっちも4人分聞いてきたにゃ。あと、エビスさまはタイのお刺身とおでんでいいそうだにゃ」

「了解、それじゃあ始めますか……って、うわ、なんじゃこりゃ」


 届けられた伝票の枚数、じつに24枚。

 一枚に20品書けるから、これだけでもとんでもない量になる。

 まあ、途中追加で重なっている分を伝票の下に書き足しているようだから、実質は65品以上はないのだが。

 それでも焼き物、煮物、揚げ物、小鉢、刺身がまとめてやって来たのはさすがにビビる。

 

──ギィィィッ……ガチャッ


「煮物を仕掛けてから小鉢を盛り込んで。よし、ここは大丈夫だ。次に焼き台に脂の落ちない串ものから仕掛けておいて、そして刺身の準備を……」


 手順は大丈夫。

 そしてマリアンが最後の伝票を置いてビールを注ぎに走った。シャットもウイスキーのボトルセットのためにバックヤードへ走っていったが。

 うん、どう見ても不慣れなせいか、手が回っていない。


「二人とも、相手が神様だからって焦る必要はない。もっと落ち着いていいからな」

「わ、分かっているにゃ……スーハースーハー、よし、ってニャ、貴方は誰だにゃ?」

『ウイスキーセットの準備ね、それはこっちで引き受けるので、ネコミミさんはビールに回って頂戴。そっちのお姉さん、日本酒は任せて大丈夫かしら?』

「え、ええ、は、はい」


 なんだか裏から変な声が聞こえてきたと思ったら。

 よく知っている女性がバックヤードから飛び出してきた。

 うちの作務衣を身に付けているが、名前は越境庵じゃない。

 札幌にある、俺の居た居酒屋の名前が背中にプリントされている。


「優也店長、ドリンクの仕切りは私が担当しますので。料理に専念してください。お待たせしました。こちらシーバスリーガルのエクストラボトルです。氷とグラスはこちらに置いておきますので……」


 どうして?

 なんでここに、バイトリーダーだった山本さんがいるんだ?

 そして普通に、何事もないかのように飲み物を運んでいる。

 まるで当然のようにシャットとマリアンに指示を出しているじゃないか。


「……俺は、何を見せられているんだ? こんなの現実じゃありえないよな」

「現実な訳がないだろう。兄貴、まさか夢の中でまで居酒屋をやっているとは思わなかったぞ……それで、俺は何をしたらいい? 指示を頼む」


 そして事務所から出てきた、作務衣姿の男性。

 それは俺の弟、あっちの世界で店主をしている筈の、有働耕平そのひとだった。


「耕平……まさか、お前まで」

「ん、なんだ? 何か言いたそうだけれど、そんなのは後回しだろう? こいつがオーダーで、まずはこれをクリアしないとな……ああ、夢の中の店も、現実の店も同じメニューで頑張っているのか。それじゃあ、焼き物と揚げ物は引き受けるので、兄貴は刺身と煮ものを頼むわ。手順は同じでいいんだろう?」

「あ……ああ、わかった……よろしく頼む」


 俺は夢を見ているのか?

 そう思ったが、ホールでは山本さんが張り切ってドリンクを回している。シャットとマリアンも彼女に従って色々と走り回っているが、だんだんとコツを掴み始めているのが判る。

 そして。


──シッ

 チラッとヘーゼル・ウッド様がこっちを見て、口元に指を当てている。

 そうか、つまりはそういう事なのか。


「うん、そうと分かれば、後は本気でやらせてもらうとするか」


 グレンガイルさんの拵えてくれた柳葉包丁を持って、俺はまず刺身の盛り合わせから始める事にした。ああ、後ろを任せられる奴がいるっていうのは、本当に安心出来る。

 特に、血を分けた兄弟で、俺の後継者だから尚更だな……。


いつもお読み頂き、ありがとうございます。


・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。



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夢の中でも再び共に有れる。 それは、どれだけの喜びでしょうか。 素敵なお話をいつもありがとうございます。 これからも応援しています。
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