114品目・隠れ居酒屋『越境庵』の本領発揮(神々のリクエストはオーダーチョイス)
アイラ王女殿下とローゼス王妃の願いで、俺は神々の供物を捧げる事になったのだが。
ぶっちゃけると、何を捧げてよいものかさっぱりわからん。
こうなると、聖域に赴いて直接話をするしかないと思い、朝一番で第三城塞にある聖光教会へと赴いた。
ローモンド・スチル大司教に挨拶を行い僅かばかりの寄進を行った後、俺とマリアンの二人は教会奥にある聖域へと入る許可を受けた。
「……ふむ。以前、キャンベルの聖光教会にある聖域に行った事はあったけれど、ここはそれ以上だな」
「そうですわね……」
聖域のある部屋に入ったときに、最初に感じたのは清浄なる空間ということ。
半円上の巨大なドーム状の大ホール、天井にあたる部分には空が映し出されてあり、雲が風になびいている。そして中央に有るはずの巨大な柱はなく、その代わりギリシア風の神殿がそこに佇んでいた。
「ああ、テレビで見た世界遺産にも、こんな感じの建物があったよなぁ」
「ユ、ユウヤさん、発想がずれていますわ。ここは聖光教会の奥にある聖域の筈ですが、この空間の広さはどう見ても合いませんわ。建物の10倍以上の広さがあります」
「う~ん、まあ、そんなものなんじゃないかなぁ」
広さに驚くというよりも、俺はその神殿の中央にある広場にいる女性に驚いているんだけれどねぇ。
白いローブを身に付けた女性が、広場のベンチに座って俺たちを手招きしている。
「あら、随分と早くいらっしゃったのですね、ユウヤさん」
「まあ、こういう事は早い方が良いと思いまして」
「え……あ、あの……ユウヤさん?」
俺が話している女性は、運命の女神ヘーゼル・ウッド様。
不思議なことに、どこかで会ったことがあるような、そんな感覚がする。
以前どこかで……ああ、確かに、俺はこの神様と会ったことがある。
それも、この世界に来る前に。
「ああ、マリアン、この方がヘーゼル・ウッド様だ」
「そ、そんな唐突に紹介しないでください。ああ、どうしましょう……」
俺の横で頬に両手を当ててオロオロしているマリアン。
まあ、そうなるよなぁ。
どうして俺自身がこんなに冷静なのか、逆にヘーゼル・ウッド様に質問したいところだよ。
「まあ、マリアンも落ち着きなさい。あなたの日頃の行いは、御柱から見せて頂いていますよ。これからもより精進してください。運命の女神は、いつもあなたを見守っています」
「ああ、ありがとうございます」
マリアンが感動して、その場に跪いてしまった。
まあ、本来なら俺もそうするべきなんだろうなぁ。
「いえいえ、ユウヤさんはそのままで。あなたに跪かれたら、私がジ・マクアレンさまに叱咤されますので。それで、今日ここに来たのは、アーラック神の後始末の件ですね?」
「はい。ローゼス王妃の話では、このままだとアーラック神は十二柱より降格、その結果としてティラキート藩王国の主神から降ろされる可能性があると伺いました。そうなると、ローゼス王妃を罠に嵌めようとした巫女の一派が、神託という名目で好き勝手する可能性があるのですよね?」
これは俺なりの予測。
そしてそれがあっているのか、ヘーゼル・ウッド様が悲しそうな顔で頷いている。
「そうですわね。その結果、ティラキート藩王国は10年も経たず現大藩王の退陣、ローゼス王妃と入れ替わりに王妃の座に就いた女性の第一子が大藩王に付きます。そして翌年には……ティラキート藩王国は周辺国家に対して宣戦布告を行うでしょう……ここまでが、今見えているティラキート藩王国の運命です」
「そ、そんな……それじゃあオーバーホルト遊牧国家はどうなるのでしょうか……」
「国家は解体、遊牧民は皆、大藩王の名の元に隷属扱いとなります……が、それはまだ決定した未来ではありません。私が運命の女神であることをお忘れですか?」
そう告げると、マリアンは涙をぬぐって頷いている。
「ですが、神たる存在は外界の事に対しては直接手を下すことが出来ない。そのためには神託として言葉を届ける必要がある……が、ティラキート藩王国への窓口がアーラック神である以上、届けた言葉も歪められてしまうということですか」
「ええ。後数日のうちに、神々の会議が始まります。恐らくはその場で、アーラック神は降格処分となるでしょう。ですから、その前に神々に願いを届けなくてはなりません。そこでユウヤさん、神々の会議の場で食べる事が出来るような供物をご用意出来るでしょうか?」
なるほど、そういう繋がりですか。
「ヘーゼル・ウッドの使徒である貴方が作りし供物、それが神々を満足させることが出来れば、会議に参加する神々の心も和らぐ事でしょう。それに供物に対しての返礼を行う必要がありますので、そこを私に預けて頂ければ。私からアーラック神の処分についての減刑を皆に伝える事が出来ます」
「ですが、それではアーラック神と現在の巫女との間に交わされた盟約を打ち破ることが出来ず、今のような状態が続くのではないでしょうか」
「ええ。ですから、私に預けてくださいとお願いしたのです。事が神々の摂理ゆえ、具体的な方法についてはお伝えすることが出来ません。ですが、大丈夫です」
そこまで言い切るのでしたら、ここはヘーゼル・ウッド様の案に乗ることにしますか。
「では、俺は全力で供物を用意させていただきますが、他の神々の好みって、どういう感じですか?」
「そうですね……獣肉が駄目な者もいれば、野菜が苦手な方もいらっしゃいます。逆に肉至上主義的な方もいれば、甘味一辺倒の方、辛いものが大好きな神もいらっしゃいまして」
「う、うわぁ……ユウヤ店長、そんな料理ってあるのですか?」
「獣肉が駄目で野菜も駄目で肉大好きもいればスイーツ大好きもいる、辛いものが好きな神もいるってことは、逆に辛いものが駄目っていう神もいる可能性があるか……うん、普通に考えれば、一品でそれを作るのは不可能だな」
そりゃそうだ。
以前バイトの学生さん教えて貰った漫画でも、『辛くなくて臭くなくて……』っていう感じの食べ物の話が書いてあったよなぁ。
そいつを参考にすればいいんだが、そういうわけにもいかないのでね。
「ユウヤ店長、それじゃあ、どうするのですか?」
「ん? いや、解決策はあるんだが。そのためにはマリアンとシャットの力も借りないとならなくてね」
「そ、それなら幾らでも力をお貸ししますわ。私の故郷の存亡の危機ですから。シャットも説得して見せますわ」
「そっか……じゃあ、何とか出来るな」
うん、解決っていう程のものじゃないんだわ。
俺には俺にしかできないことがある。
そして俺に出来ることと言えば、料理を作ること。
それなら、やるしかない。
「ヘーゼル・ウッド様、会議がはじまる正式な日付はいつですか?」
「今日から3日後ですね」
「では、明後日の夕方ですが、越境庵にいらしてください。それも会議に参加する十二柱の神々の皆さんと一緒に。当日は神々限定の貸し切りとしますので、皆さんでテーブルバイキングを楽しんで頂けると幸いです」
「テーブルバイキング……ああ、つまり好き勝手に注文をして、好きに飲んで食べてくださいという事ですか。それでしたら、自分の食べられるもの、好きなものだけを注文できますけれど……大丈夫ですか? 一度に十二柱の料理をつくるなんて」
そこは難しくはない、慣れているので大丈夫。
問題は、料理や飲み物を運ぶ給仕が足りるかどうかだ。
「あ、あの……ユウヤ店長、まさかとは思いますけれど」
「ああ、当日、神々相手に給仕を頼む」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
ま、絶叫するよなぁ。
自分たちの世界を見守っている神々に料理と飲み物を運ぶんだから、そりゃあ驚くのは無理もない。
「さっき話しただろう? マリアンとシャットの力も借りないとねって」
「う、うう、それは……はい、頑張ります」
マリアンも観念したらしく、これで当日は大丈夫だろう。
「では、私から他の神々に招待状を送っておきます。二日後の夕方、人間界で夕方五つの鐘が鳴ったとき、越境庵に直接伺わせていただきます」
「はい、それで大丈夫です。では、ご予約承りましたので、当日、お待ちしています」
「ええ、それでは……」
そう告げてから、ヘーゼル・ウッド様の姿がシュンッと消えた。
そして聖域が狭くなったように感じたので、恐らくは本来のあるべき大きさに戻ったのだろう。
「或いは……元の世界に戻って来た……っていう所かな。それじゃあマリアン、戻ってシャットを説得しますか」
それが一番だ。
「はい……もうこうなったら、彼女も巻き込んであげますわ」
「はは、その意気だよ」
こっちは今日から、通常営業の準備をする必要があるからね。
こっちの世界での夜の営業じゃない、俺が生きていた時代の、あの居酒屋の準備を。




