113品目・ぶっそうな計画と、神の鉄槌?(神への供物について)
まもなく昼休憩も終わり、夕方の営業準備を始めなくてはならない。
もっとも、その前に仮眠を取っていた所、突然のけたたましいノック音で目を覚ましてしまった。
まったく、いくら急ぎの用事があるとはいえ、もう少し優しくノックして欲しい所なんだけれどねぇ。
という事で
作務衣を着こんで急ぎ店の入り口へ。
鍵を開けて扉を開くと、窓から見た通り、ターバンのようなものを巻いている白い衣服を身に纏った人達が待っていた。
『失礼します。ユウヤの酒場の店主、ユウヤ・ウドウさまですね?』
『ローゼス王妃の願いで、貴方を王城にお連れするために参りました。急ぎ支度をお願いします』
うん、まさか今日とは思っていなかったな。
それにしても急ぎ用意しろとは、こっちも夜営業の準備というものがあるんだけれどねぇ。
「誠に申し訳ありません。本日は夜の営業がありますので、王城へ行くことが出来ません」
『ふむ。王妃の願いを無碍に断るというのですね?』
「無碍に……ではないですね。いきなりやって来て、こっちの事情も聞かずに連れて行くっていうのは、いささか強引ではないですか?」
そう返答すると、なにやら目の前の男性の表情が変化した。
なんていうか……怒り? 俺の話に納得いっていないのか、いきなり憤怒のような顔付きに変わったんだが。
『強引ではないですね。全ての民は、王家のために尽くすのが当然。そして王家は全ての民に平穏を齎す……ゆえに、貴方は私達と共に王城に向かい、ローゼス王妃の願いを聞き入れる義務があるのです。分かりましたか? 愚民が』
「……まあ、さっきも話しましたけれど。ローゼス王妃には、日を改めて伺いますとお伝えください。では、これで失礼します」
今、愚民って言われたよな?
まあ、罵詈雑言なんて酔っ払いを相手にしているとよく聞かされたものだけれど……それでも愚民と言われた事はないよなぁ。
なかなかに新鮮だが、俺の言葉が聞き入れられていないという事は理解した。
だって、後ろにいた人達が一斉に腰に下げている剣に手を掛けたからな。
まったく、血の気が多いことで。
『王妃の願いを無碍にするという事はすなわち、その魂を捨ててもいいという事。王家に対する不敬は、その命を持って償っていただくしかない』
「ほう。それでは、王家御用達の料理人に対して剣を抜いたおぬし達を、私たちは罰する必要があるのですが……それについては、どう考えていますか?」
ちょうど藩王国の男たちの後ろに止まった馬車から、アイラ王女殿下が降りてきてそう呟く。
『このような、王家の血に対しての敬意も何もない者を王家御用達にするとは……じつに嘆かわしい。このような者の代わりなど、いくらでもいます故』
「……私は、今日、すぐに連れてきなさいなどという命令をした覚えはありませんが。ラギア隊長、これは貴方の独断なのでしょうか?」
アイラ王女殿下の後ろから、白いマントを見に纏った女性が降りてくる。
そして彼女の声を聴いた藩王国の連中が一斉に振り向き、彼女の前に跪いたんだが。
『ローゼス王妃、これは我らが神であるアーラック神の言葉なのです。我がティラキート藩王国の王家には神の血が流れてている、何人もそれを疑ってはいけない、何人もその血に敬意を払わなくてはならない……と。ゆえに王妃の望むものを用意するのが我らが使命なのです』
「それは、我が国の事であって、この国には関係のないこと、しかもユウヤさまはヘーゼル・ウッド様の使徒であらせられます。そのような方に剣を向けたあなたこそ、ヘーゼル・ウッド様に対する不敬ではありませんか?」
そうローゼス王妃が告げた瞬間、男たちの表情が真っ青になり、武器を納めてから俺に向かって片膝をついた。
『アーラック神の姉であるヘーゼル・ウッド神の使徒、ユウヤ・ウドウ殿、我らが非礼をお許しください』
はぁ。
なんというか、神の言葉というかそういう戒律のようなものに縛られているんだろうなぁ。
おそらくは、ここで俺が受け入れなかった場合、この人たちは『では、わが命を持って』とかいって自害しそうだからなぁ。
前に見た衛星放送のドラマで、そういうのがあったのを思い出したよ。
仕込みの合間の休憩時間に、うちの弟が楽しそうに見ていたからなぁ。
俺はどっちかというと、アメリカのお宝鑑定団みたいな番組の方が好きだったがね。
「分かりました。では、今の言葉を謝罪として受け入れます……でいいですか?」
前の方は目の前の隊長達に、後ろはローゼス王妃への問いかけ。
すると隊長達に見えないように、王妃がコクリと軽く頷いてくれた。
「ありがとうございます。では、ラギア隊長は一旦、王城へと戻ってください。私はお姉さまと後程戻ります。それまでは、自室で待機するように」
『かしこまりました』
項垂れる事なくそう返事を返すと、隊長たちは離れた場所に待機させていた馬に乗って王城のある第一城塞へと戻っていった。
「はぁ、なんだか面倒臭い事になってきたなぁ……という事で、マリアン、シャット、もういいから降りてきなさい」
「んんん、終ったにゃ?」
「こちらはいつでも、守りの結界を放つ準備が出来ていたのですけれど」
俺が外に出た時から、二人は気配を消して三階の窓からこっちを見ていたらしい。
まあ、俺はずっと前を見ていたけれど、何となくそんな感じがしていたのでね。
「ではユウヤ店長、少し話をしたいのですがよろしいですか?」
「ええ、まだ夜の営業の準備は出来ていませんが、それでよろしければ」
さて、とりあえずアイラ王女殿下とローゼス王妃を店内に招き入れて……。
奥にあるテーブル席に案内……する前に、アイラ王女殿下が先に入っていき座った。
………
……
…
「ローゼス、貴方もここに座りなさい」
「はい、おねえさま……」
さっきのあの迫力はどこに消えたのかっていうぐらい、ローゼス王妃がおしとやかに、もとい淑女の振る舞いで椅子に座った。
「お待たせしましたにゃぁ。あ、アイラ王女殿下だにゃ、ご無沙汰しているにゃ」
「あら、シャットさん。ごきげんよう」
「アイラ王女殿下にはご機嫌麗しく」
シャットとマリアンもようやく降りてきて、アイラ王女殿下に挨拶しているのだが。
シャットのそれは挨拶というよりは……いや、王女殿下が何も言わんのだから、こっちも何も言うまい。
「そういえばシャットさんとマリアンさんには紹介が遅れましたわね」
「初めまして。ローゼス・サラディル・イルナ・ティラキートです」
そうローゼス王妃が告げた瞬間、マリアンがガタッとその場に片膝をついた。
右手で何かの印を組み上げているが、その様子をローゼス王妃もじっと見ている。
「これは、ローゼス王妃とは……」
「立ってください、その印はオーバーホルト南方の民ですね。ここはユウヤ・ウドウさまの城であり、貴方はその従者……いえ、家族です。そのような態度を取る必要はありません」
「かしこまりました……いえ、わかりました」
んんん?
なんだかマリアンとローゼス王妃の態度がおかしいんだが。
まるで主君と従者のような態度だよなぁ。
そう思っていると、アイラ王女殿下が俺を手招きしているので近寄っていくと、羽根扇子を広げて口元を隠して。
「どうやら、マリアンの故郷は元・ティラキート藩王国に属していたようですわね。100年戦争時に藩王国から幾つもの遊牧民族が独立してオーバーホルト遊牧国家を作ったという歴史があるのです。彼女の手の印は遊牧民族の氏族長の家に伝わるものですから、元主君家に対してあのような態度を取ったのでしょう」
「なるほど……さっぱりわからないにゃ」
「シャットさんはそれでいいですわ。ユウヤ殿はご理解いただけたかしら?」
「まあ、なんとなく」
元主君家に仕えていた大名が、戦乱の折に独立したっていう所だろうな。
でも、元々の主君家に対しての忠誠も残っていると。
確か戦国時代の、備前の国の戦国大名もそんな感じじゃなかったかなぁ。
記憶があやふやで、そのあたりははっきり覚えていないかな。
とまあ、そんな話をしているうちにマリアンもこっちに戻って来たので、彼女に飲み物を用意するように頼み込んだ。
「さて、それでアイラ王女殿下、何か私に話があったのではないでしょうか?」
「そうですね。その前に」
「ユウヤ殿、この度の騒動について、誠に申し訳ありません。神の使徒たるユウヤ殿に刃を向けるなどあってはならない事です」
「ああ、その件はさっき謝罪を受けましたのでおしまいという事で」
「それが……そうはならないのです」
何故? と思ったのだが、それについてはアイラ王女殿下が詳しい説明をしてくれた。
ローゼス王妃の嫁いだ国であるティラキート藩王国は神の言葉が絶対な国家。
ゆえに神の巫女と呼ばれている女性が力を持つらしいのだが、どうやら藩王国でもローゼス王妃の事をよく思わない一派があるらしく。
この度の旅行で王妃を亡き者としようと画策する者がいたらしい。
そしてラギア隊長を巧みに操り、神の使徒である俺を襲撃させることで、その責任を取らせようと計画していたらしい。
ラギア隊長はローゼス王妃の守護騎士なので、その責務はローゼス王妃にある、神の使徒に対しての不敬の責任は王妃の座を退いて……っていうところか。
そんな説明を聞いても、俺には何も出来ないのだが。
「では、ラギア隊長の一件は分かりましたが、謝罪を受けたのでもうこの話は終わりではないでしょうか?」
「ですが、これは私たちの件だけではありません。巫女は恐らく、この件を神託として聞いたと伝え、ヘーゼル・ウッド様の使徒に対しての不敬を働いた責務を取りせるつもりでしょう。アーラック神も、今代の巫女の振る舞いには頭を悩ませているようで……神託という体裁で好き勝手なことを告げている巫女の存在を疎ましく感じているそうです」
「はぁ……では、アーラック神が直接、巫女を罰せばよろしいのでないでしょうか」
そう問いかけたのだが、アーラック神は巫女の血筋に対して天罰を落とすことはないらしい。
それが過去に巫女の系譜と交わした盟約の一つであるらしく、それを逆手に取って今の巫女が好き勝手していると。
しかも反ローゼス王妃派と手を組んでいるという事だから面倒なことこの上ない。
おそらくは、それを知った大藩王が、ローゼス王妃を故郷へと逃がしたんじゃないかなぁ。
「……この件は、アーラック神ではなくこの国の主神であるジ・マクアレンさまから直接、聖域にて伺いました。そしてアーラック神のふがいなさに、他の十一柱神が怒り心頭だそうでして……アーラック神を十二神より降格するかどうかという話し合いが始まったそうです……このままでは、ティラキート藩王国は主神を失ってしまうのです」
「ふむふむ。それで、俺に頼みがあるのですね」
「はい……神々の怒りを鎮める料理を作って頂けないでしょうか? これはヘーゼル・ウッド様の頼みでもあります」
「そうなんですか?」
思わず神棚に視線を走らせてしまったが、どうやらそんな感じらしい。
祀ってある御柱が、申し訳なさそうにコトコトと音を立てている。
「う~む。神の供物よりも凄い料理ですか。神饌をそのまま出しても納得しないでしょうからねぇ」
「はい。それでアイラお姉さまに相談したところ、ユウヤ店長と相談してみてはという事になりまして、急ぎ馬車でやってきたらあのような騒動に直面したのです」
「そういうことでしたか」
神饌というのは、神に供える食べ物のことで。
米、塩、水、酒の四種類を儀礼的にお供えしなくてはならないのだが。
こっちの神様に備えるとなると、普通にすぐ食べられるものの方がいいよなぁ。
日本だと、生饌と言って、未調理のものを供えるのが昔からの習わしでね。
地域や時代によっては熟饌という、しっかりと調理されたものを供えるらしい。
どっちかというと、こっちの方がいいだろうなぁ。
「私としても、大切な妹を陰謀に嵌められて不幸になってしまうのは見たくないのです。どうにかお力をお貸しいただけますか?」
「アイラ王女殿下にまで頭を下げられて、それを断るような狭量ではありません……では、俺の方でもちょいと考えてみましょう」
「ありがとうございます……」
「どうか、ローゼスの事をお願いします」
王女殿下と王妃に頭を下げられた以上は、男としてやるしかないよなぁ。
まずは……直接、ヘーゼル・ウッド様に話を聞きに行きましょうかね。
神様によっては、食べたいものや嗜好が変わっているかもしれないからね。
まあ、流石にこの時間から教会に向かったら、店の営業に影響が出るのでそれは明日の朝一番という事で。
そしてアイラ王女殿下達は王城に戻っていったので、うちはいつものように営業準備を開始し、夜の営業を始めることにした。
しかし……神様の揉め事とはねぇ。




