110品目・配達用三輪車と、病に倒れたローゼス王妃(チキンのトマト煮スープ、ショートパスタを添えて)
流行り病が本格化してから、今日で一週間。
ユウヤの酒場では毎日のように炊き出しが行われており、最近では昼飯時に鍋を手に中華粥を買いに来るお客の姿も増えている。
また、『流行り病の特効薬でもある中華粥』のレシピを公開して欲しい、売って欲しいという客も大勢いたので、一通りの作り方等は全て伝授してみた。
もっとも、生米が入手できないのでまったく同じものを作る事が出来ない事と、神の加護が無いと特効薬としての効果はないですよとしっかり釘を刺しているのだが。
やはり『効果が無いぞ、責任を取れ』と怒鳴り込んでくる輩もたまに見かける。
もっとも、そういった連中は欲に目が眩みうちにやって来た奴等ばかりなので、基本的には無視を決め込んでいる。
なにより、周囲の客の冷たい視線に負けて、すごすごと帰っていくのが大半なのだが。
「……ほんと、そろそろ流行り病にもいなくなって欲しいにゃあ」
「シャットの家族は、中華粥を食べて二日後には元気さを取り戻しましたからね。それだけユウヤさんの作る料理には効果があるっていう事ですよ」
「神の加護で耐性が付くっていうと……俺の故郷では、『鍾馗さま』の絵を玄関に張り付けておけば、流行り病は来ないっていう言い伝えもあってねぇ。まあ、鍾馗さまの絵なんて持ってもいないから、うちの店に張る事が出来ないけれど……そもそも、うちにはヘーゼル・ウッド様がいらっしゃっているので、問題はないからなぁ」
――コトッ
うん、神棚の御柱が嬉しそうに揺れている。
そろそろ聖域にお邪魔しますので、もう暫しお待ちください。
「ふぅん。病を退治する神様にゃ。うちらには薬神さまが当てはまるにゃ」
「そうですわね。薬神キンギンガ様が、おそらくはユウヤ店長のいう鍾馗さまに該当するのではないでしょうか。全ての薬を司り、病を癒す神様。治癒神パレットさまの眷属神であり、全ての病に悩む方に薬を齎すと言われていますわ」
「へぇ、それはありがたいねぇ……と、これで今日の昼営業分の中華粥は完成だ。トッピングはこっちの寸胴に入っている『もやしと卵のあんかけ』と、『揚げワンタン』でいく。とりあえず、こいつを一つずつ、教会まで配達して来てくれるか?」
「あいにゃ!!」
「わかりましたわ。では、あれを貸していただけるのですね」
マリアンのいうあれとは、今回の流行り病で、どうしても教会へ中華粥を配達するのに必要になったので、急遽『大人用三輪車』を型録で取り寄せたのである。
俺の普段使いのやつは事務所の隅っこに置いてあるので、マリアンとシャットの二人分を取り寄せ、後ろの荷台にクッションを敷いてから密閉した寸胴を乗せて運んでもらっている。
ちなみにとある貴族が三輪車に目を付けたらしいが、盗まれないように三輪車から降りたらマリアンのアイテムバッグに保管して貰って取り上げられないようにしている。
まあ、貴族にとっては、自分で乗って動かせる『馬の要らない』小型馬車程度の認識だろうけれど、やはり珍しいもの好きな貴族には堪らないのだろうなぁ。
「それじゃあ、大司教さまによろしくな」
「あいにゃ、いってきますにゃ」
「では、すぐに戻りますので」
――チリンチリン
ベルを鳴らして走り出す二人。
それを見送ってから、俺は次の料理の仕込みを開始。
というのも、流行り病が広がり始めた頃、俺が中華粥を配っている事が王家に伝えられたらしく、褒賞として10万メレル(100万円)を第一王女殿下より頂いたのである。
だから炊き出し用に中華粥を作っても赤字にはならないのだが、これで儲けを出す気など俺にはないので、きっちりと料理にして町の人たちや王城にも返すことにした。
「それじゃあ、王城に返礼する料理も仕込んでおきますか」
作るのは、西洋の病人食、つまり『トマトとチキンのスープ』。
日本人に『病気の時はおかゆ』という定番料理があるように、西洋では『病気にはトマトスープ』といった感じの定番料理がある。
それを仕込む事にした。
まあ、うちでも日替わりメニューに作った事があるので、別段難しくも何ともない。
酒を飲んだ後のあっさりした一品ではないが、結構人気があったのでね。
「まずは、地鶏のもも肉を小さめの一口大に切り、大きめのフライパンで炒めて……」
表面がきつね色に焼きあがってきたら、ここにタマネギと人参、ニンニクのみじん切りを加えてさらに炒める。
そしてタマネギが透き通って来た辺りで、トマトの水煮と鳥がらスープを加えて、じっくりコトコトと煮込んでいくだけ。
ちなみにトマトの水煮は缶詰を使用。というのも、トマトの水煮と鳥ガラスープは同量で煮込むのがうちのレシピなので、トマト缶を開けたら、そこにスープを注いで鍋に入れるというのを繰り返すだけ。
こうすれば缶詰に残っているトマトとかもスープに溶け込んで無駄にならない。
「これで後は、弱火でコトコトと。さて、これだけじゃ食べ応えが無いので、あれも用意しますか」
アレとはすなわち、ショートパスタ。
そう、トマトとチキンのスープの仕上げに、茹でたてのショートパスタも混ぜて出す。
後はサワークリームとか、パセコン(パセリのみじん切り)とかはお好みでね。
「トマトスープに合わせるのなら、ペンネ一択だよなぁ」
ということで、倉庫からペンネの乾麺を持って来て茹でる。
ゆで方とかについては、今更説明は必要ないだろう。
大抵は、袋の裏に書いてある説明書通りにやれば大丈夫。
よく『作った料理がおいしくない』とか、『味が今一つ』とか呟いている方もいるが、そういう人は基礎から見直した方がいい。
あ、この場合の基礎というのは『余計なアレンジなし』という意味でね。
よく自己流で料理を作ったり、材料や調味料を計らないで作る人もいるけれど、そういうのは基礎がしっかりしているから出来る事であってね。
『出来る女性は無計量』
とかいっている人は、今一度考えを改めて貰いたいものだ。
基礎がしっかりとしているからこそ出来る技であることを、声を大にして叫びたい……。
閑話休題。
「と、そろそろいいな」
茹でたペンネをざるに切り、さっとオリーブオイルを少量絡めてからバットに入れて、そのまま時間停止処理を行う。
まあ、トマトスープも寸胴二つ分あればいいか。
それと、作り置きしてあった料理も少し追加しておこう。
麻婆豆腐とカレーなんて、マリアンとシャットがよくリクエストしているのでそろそろ心もとないんだよなぁ。
ま、昼の営業が終わったら、王城まで届けに行ってきますかねぇ。
………
……
…
――ゴォォォォォォン
昼1つの鐘がなったころ、常連たちは鍋を片手に中華粥を買いに来る。
買いに来るのだが……。
「ユウヤ店長、麻婆豆腐って販売していいのですか?」
「こっちはカレーの注文が入ったにゃあぁぁぁ」
「待て待て、売ってもいいが、病み上がりに大丈夫なのか?」
「大丈夫らしいにゃ」
最初のうちは中華粥を買いに来る客ばかりだったのだが、それじゃあ時間があるということでユウヤの酒場で麻婆豆腐とカレーを仕込んでいたのが不味かった。
ここ最近は、昼のメニューが中華粥一択だったので、新しい味が欲しくなっていたのかもしれない。
「まあ、それなら中華粥と同じ量で販売してくれればいい。マリアンは麻婆豆腐を、シャットはカレーを頼む。中華粥は俺が販売するから」
「かしこまりましたわ」
「了解だにゃ!!」
という事で、急遽、通常営業も並行で行う。
おかげで昼3つの鐘がなるまではお客の波は途切れる事無く、仕込んだばかりの麻婆豆腐とカレーは全て売り切ってしまった。
そしてようやく一段落したので、看板を休憩中に差し替えているとき。
「あら、今日はもう終わりなのですか?」
「今日はお父様の名代として参じました」
王家御用達の馬車が店の前に止まり、アイラ王女殿下とアイリッシュ王女殿下が馬車から降りて来た。
「ええ、昼の営業時間は午後3時まででして。それで、本日は国王陛下の名代と伺いましたが、どのようなご用件でしょうか。とりあえず、こちらへどうぞ」
さすがに外で立ち話というのは問題があるので、急ぎ王女殿下たちを店内へ招待する。
それにしても、まさかの国王直々の用件とは予想外である。
また、なにか無理難題を押し付けられるのか?
「ローゼス姉さまの為に、一度でいいので越境庵を開いてあげて欲しいというのが、お父様である国王陛下のたっての願いですけれど、可能でしょうか」
「ローゼスは私の妹です。今は藩王国に嫁いでいるのですが、大藩王からたまには帰省してみてはと許可がでたそうで、久しぶりに王国へ帰って来たのです。ですが、ついうっかり母上が越境庵の事を話してしまい、どうしてもユウヤ店長の料理を越境庵で食べてみたいと話していますの」
「なるほど……まあ、王城で開く程度でしたら、別に構いません。それで、いつがよろしいのでしょうか」
そう問いかけると、二人とも難しい顔をしている。
何かあったのだろうか。
「その……日付の事ですが、実はローゼスが流行り病にかかってしまいまして。それで、教会からユウヤ店長の料理を食べさせてみてはと言われましたので、もしよろしければ病気のローゼスのための料理をお願いしたかったのですけれど。それは大丈夫でしょうか」
「ああ、それは丁度いい。実はですね、こちらのスープとショートパスタを、王城まで届けようと思っていたのですよ。教会で話していたのは恐らく、この中華粥の事だと思いますけれど、こっちのトマトスープの方が馴染があるのではないですか?」
スープと中華粥の入った寸胴をカウンターに並べると、王女殿下たちの表情がとても嬉しそうに変わっていった。実にいいタイミングだが、ちょいとローゼス王女殿下……じゃない、ローゼス王妃の容態も心配である。
「それは助かりますわ。これは後程、王城まで届けて頂けるのかしら?」
「そうですね。今からでも持って伺いましょうか? さすがに今日のすぐで越境庵を開けることは出来ませんが、デザート程度でしたら、その場で用意出来ますよ」
「それは……ありがとうございます。では、私たちは急ぎ、王城に戻ってこの事を伝えておきます。ユウヤ店長は後程いらしていただければ。すぐに応接間まで案内するようにと伝えておきますので」
「畏まりした。では、後程」
それだけを告げて、王女殿下たちは王城へと戻っていった。
さて、それじゃあ急ぎ支度をして、王城へと向かう事にしますか。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




