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【書籍化決定】隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~  作者: 呑兵衛和尚
王都ヴィターエで、てんやわんや

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105品目・家族、遠方より来る(本格派のかつ丼と、ちいさなパーティーの準備)

 園遊会も終わり。


 あれから一か月が経った。

 王室御用達という看板の効果は絶大で、それまでは看板を掲げていたものの冒険者組合のあるような下町にまで顔を出すような貴族や大商会は皆無であったのだが、園遊会以後はちょくちょく店にまで顔を出す貴族も現れ始めた。

 そしてその都度、第二城塞都市であるエヴァン地区に店を構えないかという誘いを受けるのだが。

 あいにくと、今のウッドフォード地区から移る気がない事、王室から譲り受けた建物故、おいそれとほかに移ることが出来ない事を伝えると諦めてくれるようになった。


 マリアンの話では、彼ら貴族がわざわざウッドフォード地区まで足を運び、食事を楽しむということは皆無であるらしく。そのような事をするのなら、屋敷に料理人を招いて晩餐会などを執り行った方が貴族としての体面的にも良いらしい。

 もっとも、その料理人を招くという事についても俺が頭を縦に振らないので、激昂している貴族もいるらしいのだが。

 そこで腹を立てられても、わざわざ店を閉めてまでエヴァン地区にいって料理を作る気はない。

 王家の主催する園遊会や晩餐会に出店する程度でよろしければという話を振ってみたものの、その王家主催の晩餐会などでは俺を囲い込む為の話など出来る筈もなく。

 

 ここ最近では、そういった貴族も足を運ぶことが無くなって来た。

 王室御用達の腕を持つ変わり者の料理人、そういう風潮が一般的に流れ始めたとか。


「……それで、今日は何を作るのでしょうか?」

「今日からは、久しぶりに和食を作ってみる事にした。といっても、厳密的には和食という訳ではないのだが」

「和食は確か、ユウヤの故郷の料理だにゃ?」

「そういうことだけれど。和食というか日本食というか……う~む、どう説明してよいものか」


 作るのは丼物。

 テイクアウトオンリーで、ちょいと手のかかるものを作ってみる事にした。

 ここ最近はずっと、マリアンとシャットにも色々と教えるという名目で、フィリーチーズステーキやホットドック、焼き鳥盛り合わせといった簡単なものを任せるようにしていたのだが。

 そろそろここらで、どっしりとしたものを作ってみたくなって来てね。

 

「まあ、まずは見ていてくれ。まず最初に、揚げ置きしておいたトンカツを用意する」

「いきなりトンカツだにゃ?」


 そう。

 今日作るのは『かつ丼』だ。

 以前にも何度か作った事があるのだが、今日は本格的に作ってみる。

 使う材料はトンカツと玉ねぎ。

 タレはうちの定番、醤油1:味醂1:酒1を火にかけて『丼たれ』というものを用意する。

 今回はここに砂糖0.5を加えた、4つの調味料で作ったベースの丼タレを使用。

 そしてこの丼タレ1:出汁1.5でかつ丼のタレを作製。

 こいつを親子鍋にタマネギを乗せた所に注ぎ込み、火にかける。

 

――グツグツグツグツ

「うん、そろそろだな」


 タマネギに火が通り透き通って来た所でザクザクとカットしたトンカツをタマネギの上に並べる。

 そこに溶き卵を一気にかけて蓋をして、火を閉じて1分。


「使い捨ての丼の中に熱々のご飯をよそって。そしてこの上に……」


 蓋を開けて卵が半熟程度に仕上がっていたら完成、それを急いでご飯の上に載せて蓋をするだけ。

 あとは蓋の中で卵が蒸されていくので、勝手に美味しさが熟成されていく。


「これで完成だな。シャットは飲み物を担当、マリアンは横でご飯をよそって欲しいのと、完成したものを客に渡すのを頼む。今回は作り置きじゃなく、一から作るので時間が掛かる事も説明しておいてくれ」

「う~にゅ、いつもの作り置きじゃダメなのかにゃ? これじゃあ手間と時間がかかるにゃ」

「どうしても、時間を掛ける必要があるのでね……まあ、まずは賄い用に作るので、食べてみてくれ」


 急ぎ二人分のかつ丼を作って出してやる。

 いつも作っている賄い用とは異なり、卵の火加減が絶妙に仕上がっている。

 それにあわせてタレの甘さも調節してあるので、かつ丼を食べ慣れているお嬢さんたちでもびっくりするだろうさ。


「それじゃあ……食べてみるにゃ……」

「では、いただきます!!」


2人とも手を合わせてから、箸を使って丁寧に食事を始めた。


「ん~、いつものよりも卵が綺麗だにゃ?」

「透き通っていて、いえ、半熟なのですわね……それにタレが絡んで……」

「うみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「うっわ。なんですの、この味は……トンカツがサクサクじゃないですか」

「まあ、これが本物のかつ丼っていうやつだな」


 俺も賄い飯にありつきますかねぇ。

 初めて親方が作ってくれた親子丼、あの時の味が今でも忘れられなくてね。

 その時の技法で作ってくれたかつ丼なんて、たった一度しか食べる事が出来なかったんだよ。

 それ以後は、同じものを作ってみろってかなり作らされたからねぇ。

 かつ丼、親子丼は和食の中でも大衆料理、ささっと作れてガバッと掻っ込む料理。

 だが、そんな一杯の丼物でも、ゆっくりと味を楽しむ作り方があるって教わったのも、この一杯だったからなぁ。 


――グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

「ははは。シャット、まだ食べたいのか」

「ん~にゅ、あたいじゃないにゃ」

「わ、私でもありませんわよ……」

「それじゃあ、この腹の虫はどこから……」


 そう思って店内を見渡すと。

 入り口の扉が少し開いていて、そこから顔を覗き込んている猫獣人の子が、口から涎を垂らしそうになってこっちを見ていた。


「おいおい、まだ営業時間じゃないんだけれどねぇ……なんだ、腹が減っているのか?」


 そう話しかけた時、シャットがその少女の前に飛び出して行って、いきなり頭を拳骨を叩き込んだ。


――ゴイィィィィン

「にゅう……」

「にゅう、じゃないにゃ。ミャウ、いつ王都に来たにゃ、まさか一人じゃないよにゃ?」

「お父さん達も一緒だにゅ。ここでシャットお姉ちゃんが働いているって聞いたから、遊びに来たにゅ」


 いきなり子供に叫んでいるシャットだが。

 どうやら彼女の兄弟のようで。


「はぁ。シャット、とりあえずその子を店内に……奥のテーブルにでも座らせてあげてくれ、今、一人前作ってあげるから、待っていな」

「にゅう……ありがとにゅ」

「はぁ……ユウヤぁ、妹の分はあたいが払うにゃ」

「はは、シャットの妹なら家族の延長だ。ここは俺の奢りという事で、シャットたちは先に開店準備を頼む」


 という事で、急ぎもう一人前かつ丼を作って差し出した。

 その間に二人には開店準備をお願いしたので、こっちに集中することが出来た。


「ほら、これでも食べて待っていな。ちなみにだけれと、お父さんたちは一緒なのか?」

「にゅ。お父さんたちは宿に荷物を置きに行ったにゅ。あたしはシャットおねーちゃんの働いているお店に行っていなさいって言われたので、ここに来たにゅ」

「そういう事か。ちょいと今から仕事なので、暇かもしれないがそこで待っていな」

「わかったにゅ」


 さて、とんだ珍客万来という所か。


「シャット、後で両親が店に来るかもしれないから、その時は奥の席にでも案内して、飲みものでもサービスしてやってくれ。俺はそれに合わせてかつ丼を作るので」

「う~にゅ。なんだかユウヤに迷惑をかけたにゃ」

「何をおっしゃいますか。シャットさんのご両親が遊びに来てくれたのですよ、迷惑だなんて誰も思っていませんわ」

「そういう事だ。それじゃあ、ぼちぼち開店するぞ」

「「かしこまり!!」」


………

……


 さて。

 まず、簡単に顛末を説明しよう。

 いつもとは違うスタンスでのランチタイム営業、それはもう地獄のように忙しくなるかと思っていたのだが。餅は餅屋というかんじで、無難にこなすことが出来た。

 そしてシャットの両親だけれど、店の状態を外で見て察してくれたらしく、昼3つの鐘で看板を下げたあたりで来店してくれた。


「いつも、うちのシャットがお世話になっていると聞きまして」

「ぜひ一度、ご挨拶をと伺わせていただきました」


 カウンター席で、シャットの両親が丁寧に頭を下げているので。

 

「いえいえ、こちらとしても彼女には色々と助けて頂いていますので。ですから頭を上げてください」

「そうでしたか。いえ、娘から送られてくる手紙では、王都で一流の料理人の元で頑張っていると書かれていまして」

「冒険者として働いているかと思っていましたら、どうやら一流の料理人の元で修行というか、従業員として働いていると聞いて、ご挨拶にと伺わせて頂きました。これは娘がお世話になっているほんのお礼です」


 身の丈2メートルはあるだろうシャットの父親が、背中に背負っていた巨大な鞄から包み紙を取り出してカウンターに載せた。

 

「そんな、気になされなくても大丈夫ですよ」

「いえいえ、これはお納めください。私が山奥で獲って来たモリクックの燻製です。私たちが住んでいる里では、お祝い事があったりするとこうやって家長自ら、山奥でモリクックを取って来て燻製を作るという習わしがありまして」

「そういうことですか。では、ありがたく受け取らせていただきます。そうですね、シャット、今日はその奥のテーブルで、ご家族を招いてパーティーをするというのはどうだ?」

「う~にゅ、なんだか申し訳ないにゃ」

「パーティーするの!!」


 申し訳なさそうなシャットとは対極的に、笑顔で嬉しそうな妹のミュウ。

 確かに、顔つきがシャットとそっくりだ。


「ああ、楽しいパーティーをしてあげるよ」

「ほんと、それじゃあバーミーズお姉ちゃんたちにも話してくるね!!」

「ああっ、一人で飛び出したらだめだにゃ」


 そういって、ミャウが外に飛び出していったが、すぐにシャットが後を追いかけていった。


「それでは、今晩改めて、お店にお邪魔させていただきます。本当にありがとうございました」

「いえいえ、奥の席を貸し切りにしておきますので、今日は楽しんでください」

「それでは、また後程伺わせていただきますので」


 腰の低い両親も店から帰っていったのだが。

 マリアンが奥の席のテーブルをずらし始めている。


「ん、ひょっとして席が足りないとか?」

「もしもシャットさんから伺っている話が本当なら。シャットさんは双子で、その下に三つ子の妹がいるっていう話ですわ。さっきの子は下の妹の一人だと思いますけれど」

「おいおい、そりゃあ本当か」


 そうなると7席か。

 テーブルを二つ繋げて、椅子を7つ。まあ、入りきれないスペースではないから大丈夫か。

 しかし、猫獣人族の家族団欒か。

 シャットも本当に、久しぶりに会うのだろうし、楽しいパーティーにしてやらんとなぁ。  


いつもお読み頂き、ありがとうございます。


・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。



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