104品目・園遊会も幕を閉じますか(簡単フルーツ蜜豆、白玉と二種の餡子を添えて)
やれやれ。
まさか精霊の加護の有無というだけで、流れ人と認定されるとは予想もしていなかったよ。
それでも、あの場の事は他言無用、すべて国主と藩王の胸の中に留めておいてくれるという事でどうにか話はまとまったのだが。
この園遊会が終わった後で、一度、聖光教会に向かう事になるとは予想もしていなかったな。
「まあ、久しぶりに近況報告がてら、お供えをもっていくという事でいいだろうな。その時にヘーゼル・ウッド様にお願いして、精霊の加護云々について相談をすればいいか……」
そう思いつつ露店の場所へと戻ってみると、なにやら騒がしい事になっているんだが。
遠目に診てもはっきりとわかる、うちの露店の混雑具合。
しかも、近くには丸テーブルが並べられていたり、給仕たちが忙しそうに集まっている貴族たちに飲み物を提供したり。
それに貴族だけじゃない、身なりのいい商人や魔導師といった風体の人達まで集まっているじゃないか。
「……ああ、ユウヤぁ、大盛況だにゃぁ、飲み物の追加をお願いするにゃあ」
「こっちも大変ですわ、ユウヤ店長、巻いてあったお肉がそろそろ尽きてしまいそうです」
「よし、ちょいと待っていろ」
大急ぎでシャットとマリアンの元に駆け寄っていくと、まずはシャットの飲み物の補充から。
箱から取り出して渡すなんて言う時間が惜しいので、シャットの横に段ボール箱とプラケースに入った飲み物を次々と積んでいく。
「シャット、後は任せて大丈夫だな? マリアン、場所を代わるので、クーラーボックスに氷を入れてくれ」
「かしこまりましたわ」
すでにケバブロースターの前に刺さっている串には、肉がほとんど残っていない。
だから急ぎ、下焼きしておいた二本目の金串を取り出してセットすると、やや火力を強めにして肉を焼き始める。
こいつは牛もも肉のケバブではなく、鳥もも肉を使ったあっさりタイプのケバブ。
時間的に、参加者の皆さんの腹が膨れて来たあたりで肉質と味を変えようと用意しておいたのだが、ここにきてそれが功を奏したようだ。
ジリジリと肉が焼け一香ばしい香りがあたりに広がっていくと、周囲のテーブルで歓談していた貴族の侍女や給仕たちが集まって来る。
「こちらに2人前頂けますでしょうか」
「コルシカ侯爵が、こちらの料理のレシピを欲していらっしゃいます。お教えいただくことは可能でしょうか」
「ジュラー伯爵家が、こちらの料理人を召し抱えたいと」
「少々お待ちください、まず二人前はこちらをどうぞ……レシピについては、後日にでもうちの店にいらしていただければ作り方は教えられます。ただし、香辛料や特殊な調味料を必要としますので、それらについてはお教えすることは出来ません」
一度に色々と尋ねられても困るのだが。
まあ、料理については提供することも、教える事も問題はない。
ただし、料理人を召し抱えたいというのは無しだ。
「ジュラー伯爵さまには申し訳ございませんが、私は人に仕えて料理を作る気はございませんので」
「え、伯爵家ですよ? 貴族が一介の料理人を召し抱えるというのにお断りするのですか?」
「ええ、わがユウヤの酒場は、アイラ王女殿下とアイリッシュ王女殿下のお墨付きを頂いております。それに、両殿下からも召し抱えたいと仰って貰ったことがありましたが、それもお断りしていますので」
こう告げることで、他の貴族達も殿下の頭をすっとばして俺を召し抱えようとする事は出来ない。
まず最初に両殿下のご機嫌を伺い、その上で俺を召し抱えてよいか打診する必要がある。
本来ならば、『王室御用達』の看板があるので、そのような話を振ってくる事はない筈なのだが、
園遊会という独特な雰囲気が、貴族たちの気を緩くしてしまったのだろう。
「そうですか、それは残念です」
「そ、そういうことなら仕方あるまい……しかし……ううむ……」
俺の言葉に納得がいって貴族同士で歓談を始めるもの、諦めきれずチラッチラッとこっちを伺うものなど、三者三様な反応を示してくれている。
そんな中。
――ザワッ
人混みが左右に分かれて、白装束の女性達が姿を現わす。
倭藍波の姫巫女とその侍女たちである。
「ごきげんよう、ユウヤ店長」
「ええ、姫巫女さまにはご機嫌麗しく。さて、どうぞこちらをと料理をお勧めしたい所ですが、あいにくと本日は肉料理が主となっておりますので」
侍女のみなさんはともかく、姫巫女さまは生臭物は厳禁。
それを知っているのか、俺がどのような反応をするのかニヤニヤと笑って見ている貴族の姿もある。
ここで姫巫女さんに恥をかかせてとか色々と言いたそうな雰囲気を醸し出しているんだが、俺、あの貴族達に何かやらかしたかなぁ。
「そうですか……それは残念です」
「ですが、姫巫女さまにのみでしたら、限定で一品、この場で作って差し上げられますが……いかがでしょうか?」
「え、そのような事が出来るのですか?」
「ええ、簡単なものでよろしければ。少々お待ちください」
ちょうどケバブの方も一段落してきたところなので、マリアンに任せても問題はあるまい。
「マリアン、少しだけ頼む」
「かしこまりましたわ。また新作ですの?」
「そういうことだ。それじゃあ、ちょいと失礼して」
ケバブロースターの横にあるテーブルに移動。 さっと手を洗ってからまな板の上に寒天を取り出して賽の目状にカットする。
こいつはデザート用に仕込んでおいたものなので、ある程度は在庫を持っている。
寒天だってデザート用の粉末に水と砂糖を加えてさっと加熱したのち、流し缶に流し込んで冷やして固めるだけ。
このカットした寒天をボウルに入れておき、ここにカットフルーツを入れていく。
「さすがに、旬の果物を用意することは出来ないけれど、こういう時の為にストックはしてあってね」
カットフルーツはちょいと手抜きだが缶詰を使用。
シロップを切ってからこいつもボウルに入れておく。
そしてフルーツ蜜豆になくてはならないものが、赤えんどう豆。
とはいえ、こいつも生のものを用意する時間もないので缶詰で。
今のご時世、普通に生もの素材を用意しなくても手軽で美味しい素材が缶詰で売られているからなぁ。
手を抜ける所は抜いて時短出来るというのが実にいい。
「そして、これを纏めてさっと混ぜてから、ガラスの器に盛り付ける……のだが」
これじゃあ流石に心もとない。
それならひと工夫ということで、白玉粉を練って丸めて団子状にし、さっと茹でてカットフルーツ缶に入っていたシロップに晒しておく。
あとは餡子を用意。
いつもの缶詰のものを二種類。
粒あん、こしあん、それぞれをガラスの器に盛り込み、ここにカットフルーツと混ぜ合わせた蜜豆、白玉を盛り付けて完成という事で。
「お待たせしました。ユウヤの酒場特製、カットフルーツを使った蜜豆です。白玉と餡子はおまけという事で。侍女の皆さんの分もご用意してありますので、どうぞ」
「ありがとうございます……」
俺の元からフルーツ蜜豆の皿を取って丸テーブルに移動する侍女たち。
そして侍女頭の方が毒見を行った後、ようやく姫巫女さんもフルーツ蜜豆を食べ始めた。
「懐かしい味……それでいて、故郷では感じられない果物や、研ぎすまされた和菓子の餡子まで使われているとは、ユウヤさんの菓子には、いつも感服させられますわ」
「それはありがとうございます。では、ごゆっくりとお楽しみください。とりあえず、予備に作って置いたものもこちらに運んで置きますので」
実は、大きめのガラス鉢にフルーツ蜜豆を一緒に作っておいた。
こいつを丸テーブルに置いておき、レードルとガラス皿、スプーンを添えておけば後はおなじみのセルフサービスという事で楽しんでもらえるだろう。
ほら、興味を持った貴族子女の方やご婦人たちも、フルーツ蜜豆に引かれて集まり始めた。
あとは貴族同士、楽しく語り合っていただくとしましょうかね。
………
……
…
そして姫巫女さんの料理が一段落したとき、ケバブロースターの近くにはオーバーホルト遊牧国家の国主であるメアリー・ウィンクル・アントワープ国主がやって来ていた。
どうやらケバブロースターの事について、マリアンが説明を行っている真っ最中のようで、楽しそうに語り合っている。
それならあっちは彼女に任せて大丈夫だなと、俺はシャットの元に向かいジュースの空きケースや段ボールの処理を始めることにした。
「シャット、こっちはどんな感じだ?」
「ん~、貴族の侍女さんや給仕の人達が購入に来る程度で、とくに混雑はしていないにゃ。さっきはいきなり大勢で集まって来たので、一気に品切れになっただけにゃ」
「そっか、それじゃあ、後は大丈夫だな」
「もうすぐ昼3つの鐘だにゃ。それで上級貴族たちは帰るので、後は皆てんでバラバラに帰っていくだけにゃ。マリアンはずっと、楽しそうに話をしているけれど、あの貴族はどこの人だにゃ?」
ああ、そういえばシャットたちは知らなかったんだよな。
「海向こうの大陸の、オーバーホルト遊牧国家の国主さんだ」
「ん~、オーバーホルトというと、古代遺跡のある国だにゃ。マジックアイテムの研究と開発については、他の国家の追従を許さないとかで。マリアンも昔、そこ出身の錬金術師にマジックアイテムのノウハウを学んだって話していたにゃ」
「ああ、そういうことか」
道理で、マリアンがいつもより楽しそうに話をしている訳だ。
それじゃあ、邪魔をしては悪いので、後はこっちものんびりとさせてもらいますかねぇ。
いずれにしても、この園遊会は大成功の裡で終わりそうだし、これで今暫くは王家の無理難題も飛んで来る事はないだろうから一安心だよ。




