102品目・園遊会の会場で、親睦を深めるっていうのも(ドネルケバブと、カルボナーラ・タリアレッテ)
さて。
いよいよ園遊会当日。
俺達のように露店の出店許可を得ている料理人や商会は、朝9つの鐘が鳴るまでに王城へと集まる事になっている。
その際、露店に必要な荷物や食材等は全て確認する必要がある為、一旦、検査を受けるべく王城敷地内の一角にある『来賓用停車場』に集められ、そこで個別に魔術によるチェックが行われるらしい。
ちなみに何故、『らしい』かというと、『ユウヤの酒場』を始めとする『王室御用達』の称号を得ている料理人や商会の荷物は、一纏めに大きな魔法陣に入れられ、そこで一度に検査されておしまいだそうで。
「……ユウヤの酒場の持ち込み食材はどこにあるのかな?」
「うちのは機材や食材、飲料など全てアイテムボックスに納めてありますが。それも出した方がよろしいのでしょうか?」
検査員らしい魔導師に問いかけられたが、手元にある書面を一つ一つ確認して頷いている。
「ふむふむ。ユウヤの酒場の推薦人はアイラ王女殿下とアイリッシュ王女殿下であるか。よし、それでは問題がない、通ってよし」
「ありがとうございます……と、しっかし、王女殿下の推薦って、そこまで絶大な効果があるとはねぇ」
「当たり前ですわ。そもそも王室御用達の称号を得るには、最低でも宮廷料理人3名の推薦が必要で。その後、総料理長やブリリアント・サヴァラン卿の審査も加わるのですから」
「そして最後に王族の信認を得るのが大切なのですが……ユウヤ殿はその全ての条件をクリアしていますからねぇ。という事で、こちらがユウヤの酒場の露店場所です。案内の者についていってください」
マリアンの説明の後、一人の魔導師から地図のようなものを受け取った。
これから向かう庭園は王城裏手にあたる広い敷地の一角にあるらしく、露店の場所についても細かい指示が出ているらしい。
そのまま案内されるがままに指定場所に進んでみると、意外と庭園の外れの方にうちの露店の場所を示す立札が置いてあった。
「へぇ。王族や来賓客の席からはかなり離れているなぁ……こりゃあ都合がいい。目立たなくて助かるな」
「なんとなく、悪意を感じない事もないにゃ」
「ええ。どうせどこか大商会の関係者が、裏で手を引いたに決まっていますわ……って、アイラ王女殿下ならいいそうですわね。でも、この場所は全体を見渡すにはいい場所ですし、楽団の指定場所からも離れていますので声も通りやすくて助かりましたわ」
ま、注文を受けてから作るスタイルなのでね。
ということで急ぎ露店を設置するのだが、今回は切り札を一つ購入してある。
万が一、雨天にでも遭おうものならケバブは焼けなくなる。
その為の天幕付きのテントを『モノタロウ』で購入した。
そもそも制服や使い捨てのトレーなどはここで仕入れているので、物は試しで型録を確認してみたら、しっかりとあったんだわ。
横幕と屋根付きのテント、大きさは2間×3間(3.6m×5.4m)、12畳分の大きさといえば想像できるだろう。
そいつをシャットと二人で組み立ててから、その中にテーブルと露店用の炭焼き台、そして調理用テーブルとマリアン特製『ケバブロースター』を設置。
ついでにクーラーボックスも準備して、今の内にカップ酒と瓶ジュース、瓶ビールも用意しておく。
まあ、ウーガ・トダールの露店の拡張版みたいな感じで準備を終えると、後は予め仕込んであったケバブ用の肉をロースターに設置して魔力を注ぐだけ。
「さて、これで一通りの準備は出来たか。今日は俺が料理担当、シャットはドリンクを頼む。マリアン、すまないが貴族相手の接客になると思うが頑張ってくれ」
「任せるにゃ。飲み物は瓶ごとだすのかにゃ? それともコップにいれるのかにゃ?」
「さすがに瓶で飲めとは言えないからな。今日はこいつを使う」
越境庵に置いてあるウォーターサーバー。
それで使っているPCT樹脂製の透明なタンブラーを使う。
安くて丈夫で透明性が高く、カップホルダーを付けると持ち運びも便利。
おそらくは持ち帰る客もいるだろうが、それについては必要経費という事にしておこう。
という事で、ジュースの栓を抜いてタンブラーに注ぎ、カップホルダーにセットして完成。
「おお、いつもよりも持ち運びにいいニャ」
「マリアンはこれで頼む」
使い捨てのペーパートレーにキッチンシートを敷いてあるので、ここにドネルケバブのサンドイッチを置くだけ。あとはオンスカップという使い捨てのソース入れにマヨネーズソースとスイートチリソースを入れて完成だな。
「なるほど、これは持ち運びにもいいですね。では、本日はこれで」
「そういうことだな。後はまあ……時間まで暇だよなぁ」
園遊会の開始時刻は正午から。
そして夕方5つの鐘でおしまいとなるが、大抵の貴族は園遊会で王族や上級貴族が退場するとポツポツと帰っていくらしい。
目的はあくまでも、王族ならびに上級貴族とのお目見えと情報収集。
貴族同士の仲が悪い場合は、とにかく相手の脚を引っ張って自分が優位に立つために様々な策を講じてくるとか、とにかく大変だそうで。
「ふぅむ……あと1時間ちょいは暇か。マリアン、シャット、他の露店の様子でも見てきてくれるか? もしも料理を購入できそうなら、買って来てくれると助かる」
そう告げて、金貨の入っている財布をマリアンに預ける。
「わかったにゃ」
「では、購入可能なお店を探すところからですわね。園遊会は貴族の戦場であると同時に、参加している料理人の戦いの場でもありますので」
「あたい達の分も買って来ていいにゃ?」
「当然」
「わかったにゃ」
楽しそうに出かけていく二人を見送ってから。
厨房倉庫経由でホールの椅子を一つ引っ張り出し、ついでに本棚に置いてある料理の本を取り出してのんびりと見ている。
越境庵で仕入れる事が出来ないものの一つが、この雑誌類。
もう一年以上、新しい雑誌などは見ていないので、当時追っかけていた漫画などがどうなったのか、かなり気になってはいる。
「……ま、料理本については、弟の耕平も大量に持ち込んでいたので、飽きることはないんだがねぇ……」
俺と違って様々な分野の料理に貪欲なせいか、そういった本が大量に積んである。
今回用意したドネルケバブだって、この本に書いてあったのを参考に、幾つか調べさせて貰ったからなぁ。
「すいません、ちょっとよろしいでしょうか?」
温かい番茶と羊羹を楽しみつつ読書を続けていると、ふと、目の前にどこかの商会の関係者らしき人物が立っているのに気が付く。
この場所で料理の匂いをさせていないという事は、多分関係者もしくは責任者という所か。
「ええ、別に構いませんよ、暇をもてあそんでいただけなのでね」
「そうですか。私はラングドック商会の副頭取を務めさせていただいているダディナと申します。こちらの調理道具で、本日はどのような料理を作る予定だったのですか?」
どうやら、ケバブロースターに興味があるようで。
まあ、あちこちから料理の匂いが立ち始めていることから、どの露店も最終準備に入ったのだろう。
それならうちも公開しても問題はないか。
「ああ、うちではドネルケバブを用意する予定です。少々お待ちください」
厨房倉庫から、巨大な金串に刺してある肉を引っ張り出す。
ちなみに前焼きは終えて形も整えてあるので、ここからはじっくりと炙っていくだけ。
それをケバブロースターにセットして、魔石に魔力を注ぎ込んで稼働させる。
――ボウッ
背面に炎壁が出現し、金串がゆっくりと回転を始める。
やがて肉が焼ける香りが立ち始め、ジリジリと香ばしさを含んだ音まで聞こえ始めた。
「こ……これは……このようなマジックアイテムは見た事も聞いたこともありません。お願いです、これを売ってください!」
「あ~、申し訳ないが、こいつは非売品でね。うちも特注で作って貰ったんだわ。ま、そういう事なので諦めてください。代わりと言ってはなんですが、こいつをどうぞ」
――スススススッ
焼きあがった牛肉のケバブをナイフで切り落とし、それを炙ったコッペパンを割って中に挟む。
その上にチェダーチーズを掛けると、それを耐油袋に包んで手渡した。
「そうですか、それは残念です……と、これが、こちらの料理ですか?」
「まあ、本番ではこのトルティーヤで巻いて食べるのですけれどね。試食用という事で、どうぞ」
「ありがとうございます、では遠慮なく……」
――モグッ
ケバブサンドを一口齧ると、モグモグと味を確かめ始めている。
自分では作らなさそうだが、研究のためにゆっくりと味を確かめる所なんて好感が持てるねぇ。
喉を詰まらせるとまずいので、厨房倉庫経由でオレンジジュースの入っているピッチャーを引っ張り出し、コップに入れて渡した。
「喉を詰まらせると危険ですので、こいつはオレンジジュースです」
「オレンジジュース……ですか。このあたりでは見かけない商品ですね」
「まあ、うちはちょいと独特なもので」
そう説明すると、ダディナさんがゴクゴクッとジュースを半分ほど飲む。そして再びケバブサンドを食べ始めて……を繰り返し、気が付くとケバブサンドもジュースも空になっている。
「ふぅ。ありがとうございます……しかし、実に美味しい料理でした。こちらはレシピを公開しているのですか?」
「いえ、非公開ですね。うちの料理はちょいと癖があるので、真似できないのですよ。まあ一部の料理については、あちこちの酒場や料理店で真似して作っているようですけれど。それについては別に、咎める気もありませんので」
そう告げると、ダディナさんの瞳が鋭く変化した。
「では、こちらの料理を我が店舗で真似ても、別段問題はないと?」
「むしろ、うち以外で作っているものを食べてみたい気はしますので。公開していない理由だって、後で勝手に登録されて、うちで使えなくなったら困るというだけですから」
過去には、そういう店舗があったっと料理人組合のメドックさんに教えて貰ったのでね。
公開にしてどこでも自由に使っていいと言われていたとある料理が、ある日まったく別の店舗が登録して非公開にしてしまったとか。
今ではそういう事が出来ないようにしてあるらしいが、何処で裏技を見つけてくるか分かったものじゃないからねと笑っていたからなぁ。
「はははっ、そうですか。いえ、大変参考になりました……と、こちらの書物は何でしょうか? 随分と綺麗な挿絵が……って、これが挿絵なのですか!!」
テーブルの上に置いてあった雑誌を手に取り、パラパラとめくり始めた。
まあ、きれいな料理写真なんだけれど、挿絵としか感覚的に取れていないからなぁ。
「なんという……文字は何が書いてあるのか全く分からないが、これは料理の指南書なのですね
しかも、どの料理も見た事がないものばかり……お願いです」
「はい、お断りします。でも、そこで見ている分には好きにしていいですよ。後で返していただけるのでしたらね」
――スッ
厨房倉庫経由でもう一客の椅子を取り出すと、それをダディナさんに差し出す。
「ああ、そうですか……では、こちらで読ませていただきますね」
「どうぞ。ラングドック商会には、知り合いが就職させてもらったので」
「知り合い……ああ、ビーフィーターが料理で色々と教えて貰った人がいると話していたのは、貴方の事でしたか。彼らはいい才能を持っています、将来が楽しみですよ。では、少々読ませていただきますね」
そんな感じで、テントの下で読書を始めているダディアナさん。
やがてうちの料理の香りに興味を持ったのか、あちこちの露店からも人が集まって来た。
そんな中に混ざってマリアンとシャットが戻って来てくれたので、集まってきた人たちにもケバブサンドを振る舞うとしますかねぇ。
〇 〇 〇 〇 〇
「ん~、まさか露店でこれがたべられるとはなぁ」
「王都では有名な、タリアレッテの専門店だにゃ」
「キャンベルやウーガ・トダールにも支店を持っているそうですわ。そこの最新メニューだそうですよ」
試食に集まって来た人たちも帰っていったので、俺達は今の内に腹ごしらえを開始。
マリアンたちが貰って来た料理をテーブルに並べているのだが、その一つが、俺も興味を持ったカルボナーラ・スパゲッティだ。
この王都の老舗が作った新作料理とかで、名前はまだないらしい。
「では、ちょいと味見を……うん、これは……んまい!!」
「うわぁ、ユウヤの『んまい』が出たのは、久しぶりだにゃ」
「そうですわね……それ程までに美味しいので……んんん? これはまた斬新ですわ」
「んみゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
久しぶりって、そうか、いつの間にか普通に使っていたのかよ。
ま、それはそうとして、これは本当に旨い。
生クリームを使わないタイプのカルボナーラだ、俺が働いていたゴルフ場の洋食さんが作ってくれたパスタと五分五分じゃないか。
「うーむ。ベーコンを細かく切って炒めて。別のボウルに卵黄と粉チーズを加えてよく練って、そこにベーコンを炒めた時に出る脂を混ぜて伸ばしているな。タリアレッテはフライパンで炒めるときにゆで汁を加えてしっかりと乳化させて、そこに練ったカルボナーラ生地を混ぜ合わせているか……ただ、仕上げに黒コショウをかけてやると、もっと引き立つんだがねぇ」
淡々と呟いているが、それを聞いていたシャットとマリアンがポカーンと口を開いて話を聞いていた。
ってこれこれ、口元から涎が零れそうじゃないか、うら若き乙女たちがそんな顔をしては駄目だろうが。
「ユウヤぁ、余っている黒コショウはないかにゃ?」
「余分はないが余裕はある。取り寄せればすぐに届くからな。それにしてもなんでまた、そんなことを聞いたんだ?」
「このチーズとパンチェッタのタリアレッテを作っていた露店の店主が、後一つ何かが……って呟いていたにゃ」
「そうか……ほら、これならどうだ?」
ペッパーミルを取り出して、シャットとマリアンの間のタリアレッテに上から掛けてやる。
それを食べた瞬間、二人が向き合ってウンウンと頷いている。
「「これですわ(にゃ)」」
「そっか。じゃあ、こっちを少し、持って行ってくれ」
厨房倉庫経由で、粗挽き黒胡椒の入った袋を取り出し、そこから少し分けて紙皆敷に包んでマリアンに手渡す。
「香辛料の一種で、黒胡椒を荒く挽いたものだって説明してくれ。この王都なら手に入るはずだからな」
「わぁ、それでは行ってきます」
「気を付けてにゃぁ」
はは、シャットは食欲担当か。
そんな感じでマリアンが戻って来た時、さらに別の料理を大量に貰ってきた。
黒胡椒のお礼だってさ。
「ちょうど腹ごなしで食べていた所でしたので、ちょっとかけて混ぜるとさらに美味しいですよって説明したら、すぐに試していまして。それはもう、飛び上がっていましたよ」
「うちの故郷じゃ、香辛料なんかて普通に使えたからなぁ。藩王国からの流通量では、入手することが出来ない高級品なんだろうなぁ……と、そろそろ準備を再開するか」
「はいにゃ」
「かしこまりました」
それじゃあ、余計な荷物は全て厨房倉庫に放り込んで。
ちょうど昼前の鐘(半鐘)が鳴り響いたので、そろそろ園遊会が始まるようだな。




