101品目・園遊会に向けて、新作料理の準備(フィリーチーズステーキとドネルケバブのテスト)
大食祭が終わり、季節は巡り。
街の中の様子もすっかり落ち着きを取り戻し、静かな日常が戻ってきた。
穏やかな天候、温かい気温。
やや湿気が強い事を除けば、この国の気温は実に過ごしやすい。
「そういえば、大食祭の次にくるお祭りは、一体何があるんだ?」
昼の営業に必要な仕込みを行いつつ、マリアンに問いかける。
別に祭り好きという訳ではないのだが、ある程度は前倒しで準備する時間は欲しい所だからな。
「次の祭りですか? 今が豊穣季の2月季ですから、あと1月季で王都では園遊会が行われますわ。年に一度、王国内の各領地の領主、つまり貴族が王城に集まり、顔を合わせるというだけなのですけれど。体調がすぐれないとか、はっきりと参加不可能な状況でない限りは、この園遊会は原則として絶対参加なはずですわ」
「あと、大商会や組合の参事とかは参加する筈だにゃ。その会場で料理が供されるけれど、料理人として参加する為には大食祭で選ばれた者しか参加出来ないにゃ」
なるほどねぇ。
つまりは、俺とは関係のない話という事か。
「まあ、色々と大変そうなことで」
「ユウヤ店長、他人事じゃありませんわ。以前、アイリッシュ王女殿下から招待状を受け取っていたじゃないですか」
「そうだった……ああ、確かに受け取っているな」
空間収納から、王家の封蝋が押されていた書簡を取り出す。
まあ、封蝋部分は割れて欠けてしまっているが、別にそれは問題ではないだろう。
そして書簡を今一度確認するために開いてみると、確かにアイリッシュ王女殿下から正式に、園遊会に参加して料理の屋台を出店して欲しい旨が記されている。
「そうだなぁ……それじゃあ、何を作るかっていうところか。折角だから、この国には無さそうな、珍しい料理でも作ってみたい所だ」
「にゃ、ユウヤの最新料理だにゃ。一体、何を作るのかにゃ?」
「まあ待て、今はまだ何もアイデアはない。料理のメニューなら幾らでもあるんだが、それを露店や屋台で出来ますかといわれると、大半は使えないからなぁ」
俺の知っている料理のレシピは、居酒屋や割烹などで供されるものが多い。
それらをアレンジして昼営業の料理等を作ってはいるのだけれど、全てが全て、そういう感じにアレンジ出来るものではない。
そもそも、生魚は多分駄目だろうし、香辛料の効いたものなど用意すると、後で何を言われるか分かったものではない。そう考えていると、確かに難易度は高そうだ。
「まあ、ちょいと考えてみるか……と、マリアン、今日からフィリーチーズステーキの作業に入ってくれ。シャットはマリアンと入れ替わりに、ホットドックを頼む」
「ええええ、わ、私が炭焼き場を使うのですか?」
「なんだ、夜の営業ではシャットがよく俺の代わりに入っているだろう。横で見ているから、やってみろ。何事も勉強だ」
「ということで、まず、マリアンがあたいにホットドックの作り方を教えるにゃ」
「わかりましたわ……では、まずは手を洗いましょう」
それじゃあ、シャットとマリアンがうまく料理が作れるか監督した後。
俺は園遊会のメニューについて、色々と考えることにした。
おそらくだが、俺の料理については宮廷料理人のエドリントさんや食通貴族のブリリアント・サヴァラン卿あたりから情報が流れていると思う。
そうなると、既存の料理では駄目だよなぁ。
「ユウヤぁ、これで大丈夫かにゃ?」
「ん、ああ、いい感じだな。チーズが少し多いかもしれないが、それは許容範囲だ。次はマリアン、フィリーチーズステーキを作ってくれるか?」
「は、はいっ」
まずは鉄板の温度調節から。
彼女の場合、俺のように長年の経験で火力を見るのではなく、炎の精霊に語り掛けて、火の勢いを加減しているらしい。
面白いのは、鉄板でタマネギやリブロースを炒める時、俺は鉄板のみで炒めるのだが、マリアンは鉄板の上、空中に炎球というものを出現させて、上火でも火を入れている。
まあ、火力が二倍になったからと言って早く仕上がるわけではないが、これだと均一に火を通しやすい。
「はぁ、魔術師っていうのは、こういう時は便利だよなぁ」
「ユウヤ店長も、このレベルなら出来る筈ですけれど」
「まあ、そうかもしれないがねぇ……どうにも、慣れなくてね」
そう告げているうちに、タマネギとリブロースは完成。その後のチェダーチーズを溶かすのも問題はない。まあ、白ワインが少し多かったかなぁと思ったが許容範囲ということで。
「あとは、鉄板でパンを焼いて……この間にリブロースと玉ねぎを乗せて、チーズを掛けて……はい、これで完成ですわ」
「うん、いい感じだな。では、味見は、フィリーチーズステーキにうるさいシャットに頼むか」
「任せるにゃ……では失礼して……モグッ」
「どうですの?」
黙々と食べ続けるシャット。
それじゃあ味見ではなくガチ喰いじゃないか?
「うん、ユウヤの味付けよりも薄いけれど、うみゃあ」
「はい、うみゃあを頂きましたわ」
「では、合格ということで」
「ありがとうございます!!」
それじゃあ、俺は飲み物と商品の手渡しを担当か。
しっかし、あの炎球を浮かべて焼くっていうのはいいな。
全体的に均一に広げれば、それこそ炎の鉄板を上にかぶせているようなものだから。
それこそ、ラクレットチーズを溶かす機械のように上に浮かべて使う事も……ああ、それだ!!
「よし、園遊会にちょうどいいメニューを思いついた」
「にゃんと、それは一体何かにゃ?」
「まあまあ、ちょいと待ってくれ。俺自身も初めての挑戦だから、うまく出来るかどうかわからない。それに、今回のメニューは俺一人じゃ無理だ、マリアンの魔法のサポートが必要でね」
「あら、それはどのような事でしょうか?」
「だから、ちょいと待ってくれって……もう少し具体的に見えてきたら、出来るかどうか確認させてくれ。今は、昼の営業に集中だ」
「「かしこまり!!」」
ふう。
さっきもマリアンに説明した通り、まずは試しで色々とやってみないとならないからなぁ。
ということで、一旦この話は置いておくとして、そろそろ営業時間なので看板をぶら下げてきますかねぇ。
〇 〇 〇 〇 〇
――カラーン……カラーン……カラーン
昼3つの鐘が鳴るちょいと前に、今日のうちの営業は終了。
いつもの常連さん、冒険者組合の若手達、そして旅商人や噂を聞きつけてやってきた隣国の商人達等、連日のように様々な客が来てくれている。
最近は常連さん達の好みが分かって来たのか、マリアンとシャットは客に合わせてチーズやケチャップの量を加減したり、盛り付ける前に軽く塩コショウをする等の調節を始めている。
というか、二人とも今日初めての担当なのに、よくそこまで理解しているなぁと、思わず感心してしまったよ。
本来なら、昼の営業では味を一定にしておく必要があり、夜のように対面の仕事の場合ならそういった加減はありなのだが。
ま、今日ぐらいはいいでしょう。
「……うにゅ……やり過ぎたにゃ」
「私もですわ。夜もくるお客さんですと、好みが分かってしまうもので……」
「何だ、二人とも気付いていたのか。それならまあ、今日はいい。また今度、詳しく説明するからな……と、それじゃあ一休みしてくれ」
昼は麻婆炒飯。
これはマリアンのリクエスト。
それをとっとと仕上げてから、俺はちょいと新しいメニューの仕込みも始めるとしますかねぇ。
「まずは、最初の仕込みか。使う肉は牛もも肉、それを薄くスライスして……」
牛モモ肉を薄くスライスし、それをボウルに入れておく。
そこにヨーグルト、オリーブオイル、タマネギの下ろした奴、塩コショウ、チリペッパー、タイム、クミンを加えてよく揉みこみ、冷蔵庫に入れて一晩おく……のだが。
ここは厨房倉庫の時間加速機能を使って一晩分の時間を加速。
そして漬け込んだ肉を取り出して金串にブッ刺すのだが、ちょいと工夫が必要。
今日のところは、片手で金串を立てた状態にし、そこに一枚ずつ上から刺して下で形を整える。
そう、今作っているのは『ドネルケバブ』だ。
これは二種類あって、肉汁が程よく溢れる牛肉を使うパターンと、脂少な目さっぱり味のチキンを使うパターンがある。
「そしてうちでは、ガッツリ肉を食べたいので牛肉を使う……と」
一通りの肉を突き刺した後で、これを立てたままゆっくりと回転させつつ焼く……のだが。
今日は横にして炭焼き台で中火の遠火でじっくりと焼いてみる。
――ジリジリジリジリ
ほんのりと表面の肉が焼きあがり始める。
牛肉の肉汁が零れ落ち、炭で蒸発して肉を燻していく。
「……ふむ、こんな感じか」
一旦肉を炭火から下ろし、焼けている表面部分だけをそぎ落とし、ふたたび串に刺さった肉は炭火の上へ。
そして削ぎ落した肉は、以前使って残してあったトルティーヤを厨房倉庫から引っ張り出す。時間停止しておいたので痛むこともない。
これもさっと炙った後、先ほど焼いたケバブを乗せてクルクルッと巻いて完成。
「……好みで野菜を入れてもいいか……となると、レタスとトマトは外せないよなぁ」
まあ、まずは味見として一口。
以前、縁日の屋台で食べたような鮮烈な味とは程遠い。
これは多分、香辛料の比率とかも関係しているのだろう。
「まあ、時間はあるので、今は幾つものタイプを仕上げるか……と、いかんいかん、肉が焦げてしまう」
慌てて炭の上から肉を下ろすと、急いで表面を削ぎ落す。
そしてまた炭の上へ載せてから、またトルティーヤを炙ってクルクルと巻いていく。
「んんん、ユウヤは何を食べているのかにゃ?」
「園遊会用の肉だ。味見してみるか?」
「あいにゃ」
「私も一口、お願いします」
「ああ、ちょいと待っていろ」
サクッと出来立てのドネルケバブを二つに切り、それぞれを二人に手渡す。
ちなみにドネルケバブというのはドネル(回転する)ケバブ(焼き料理)という意味でね。
中東では肉だけじゃなく魚や野菜をローストする料理の総称をケバブというらしい。
なお、今俺が作っているのは回転していないので、正確にはシシ(串を打った)ケバブ、つまりシシケバブに分類される。
これでもいいのだが、シシケバブの場合は肉串と対して変わらないんだよなぁ。
「ほら、こいつはドネルケバブという料理でね。ちょいとマリアン、食べてからでいいんだが、こう、湾曲した炎の壁のようなものって作れるか? できるなら火力は抑えめの奴だが」
「ええっと……炎壁を湾曲ですね、大丈夫ですわ」
「それなら、ちょいと頼む」
「わかりましたわ」
そのままマリアンの食後に、炭焼き台の上に湾曲した炎の壁を作って貰った。
その中に金串に刺した肉を立てて見たんだが、このままだと熱くて回すこともできない。
アイデアは良かったんだけどなぁ。
「アチチ……火力は悪くないが、こいつを回すとなるとやけどするよなぁ」
「ん? この串肉を回すのですか? こんなかんじで?」
――フゥン
マリアンが何かを唱えると、串肉がゆっくりと回転を始める。
「ああ、もう少し速度を下げてくれると助かる」
「このぐらいで?」
よしよし、そのまま暫く続けていると、いい感じに肉が焼け始めたので表面を大きめの牛刀で縦にこそげ落す。肉はそのまま重力に従い、肉の下に置いてあったバットに落ちていく。
「……ああ、さっき焼いたものよりもいい感じだ。では、こいつをまた炙ったトルティーヤで巻いて……」
再びドネルケバブの完成。
マリアンとシャットにも味を見て貰ったところ、最初に俺が作ったものよりも肉がしっかりと焼けているだけでなく、肉汁も溢れんばかりに出てきているらしい。
これはやはり、立てて焼くしかないよなぁ。
「……これでいい感じか。問題は、炎の壁と回転だが……」
「ユウヤ店長、明日一日頂ければ、今わたしが行っていた事が出来るようなマジックアイテムを作ってみますけれど」
「本当か……いや、それは助かるんだが。素材とかは高くつくんじゃないのか?」
「そうですわね……瓶ラムネを二本いただければ、あとは手持ちの素材でどうにでもなると思いますわ。要は、魔力を込める媒体と、術式を刻み込む媒体が必要なだけですので」
「以前、アイリッシュ王女殿下が話していたやつか。いや、それなら別に構わないが。越境庵の冷蔵庫に入っているから、出して飲んでかまわないぞ」
それじゃあと二本持って来て、シャットと二人でラムネを飲み始めた。
まあ、その程度でいいのなら別に構わないさ。
しっかし、そんな簡単に作れるものなのかねぇ……。
〇 〇 〇 〇 〇
――三日後
昨日、一昨日はドネルケバブの味の付け方の調整をしていた。
マリアンの方も、マジックアイテムが出来たらしく、ちょいと大がかりな縦型サラマンダーといった感じに仕上がっていた。
「本家の縦型回転肉塊焼器(ドネルケバブ焼き器)に近い形状だな。ここに串を刺して固定するのか」
「はい、このわずかな湾曲には手間が掛かりましたが、上手く出来ましたわ」
「はぁ……それで材料費はいくらかかったんだ? それぐらいは支払うぞ」
「う~ん、難しいところですわ。では、一週間食べ飲み放題で」
「はぁ……それでいいなら構いやしないが。とりあえず、このマジックアイテムのテストも兼ねて、一つ作ってみるか」
ちなみに肉についてだが、実は昨日から普通に漬け込んである。
それも、『牛モモ肉とラム肉』『鶏もも肉』の二種類を用意してある。
これはテレビで見た事があったので、急いでチャンネルを探し出し、メモして作ってみたのだが、予想以上にドネルケバブしていてびっくりした。
それで今日は、鶏もも肉のバージョンを作ってみることにした。
「まずは、金串に鶏モモ肉を刺していき……」
鶏もも肉は漬け込む前に、包丁を入れて開いてある。
漬け込む調味料は初日とほぼ同じだが、牛肉の方はヨーグルトではなく牛乳を使っている。
そして鶏肉の方はスパイス多めで漬けこんでみたが、どうやらこれが正解のような気がしてきた。
ゆっくりと回転する鶏もも肉の刺さった金串。
その奥の方では魔法による炎が上がっているのだが、横にあるつまみのようなものを回すことで温度調節が出来るように仕上げてくれた。
まあ、越境庵の厨房にあるガス台を参考にしたらしく、俺としても使い勝手のいい形に仕上げてくれたので満足だ。
「うにゃぁ……いい匂いだにゃ」
「ほんと、食欲をそそりますわ」
「ユ、ユウヤぁ、その肉を削ぐのをやらせてほしいにゃ」
「ああ、それは構わないが……薄くだぞ、どかっと厚切りにはするなよ?」
「任せるにゃ」
シャットがちょうどいい感じに焼けている部分をスッスッと、リズミカルに削ぎ落している。
これはあれだな、俺の手つきを真似ているんだな。
そして切り落とした奴はマリアンが炙ったトルティーヤで巻く。
今日は千切りにしたレタスと賽の目にカットしたトマトも用意しておいたので、一緒に巻いてくれた。
「それでは……頂きます」
「いただきますにゃ」
「いただきますわ」
そして待っていた試食タイム。
うん、これはいい。
焼き加減といい、肉の旨味といい。
香辛料を少し効かせているので淡白な肉のアクセントにもなっている。
「……完成だな」
「そうにゃ、もっと食べていいかにゃ?」
「ああ、なんならここにある肉、全て食べても構わんぞ」
「それは無理だにゃあ……」
「シャット、私の分もお肉を切って頂けますか?」
「あいにゃ」
すぐにマリアンとシャット、二人分を追加で作り始める。
この様子だと、園遊会が終わった後には、これも昼営業で使えるよなぁ……と、いかんいかん、レシピを登録しておかないと。
さて、園遊会まであと四日。
それまで、どれだけの肉を準備できるか勝負だな。
昼と夜の営業の合間に仕込まないとならないが、まあ、大丈夫だろう。




