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ヴァイオレット・ステージ  作者: 秋葉缶
25/27

サファイア対フィーリア

避難警告S

京都市民全員に市街退去もしくはシェルター避難の勧告が街中のスピーカーから不気味なサイレンと共に鳴り響いた。


『ネメシスが市役所付近で破壊行動をおこなっています。市民の皆様は至急地下シェルターに避難してください」


「マジ!?ネメシス出たの!?」


「なんかS級の力があるネメシスらしいよ」


「京都やばいな。戦争並みの被害が出るんじゃ……」


市民は口々に文句や驚きの声を上げながら避難を急いだ。

避難誘導には協会職員が行う。


「はいはいみんなー!落ち着いて行動しなよ!」


Cチームリーダー、メイメイはスキルを行使しながら、逃げ遅れている人がいないか確認しつつ誘導を行なっていた。



ズバァァァァァン!!!!!



メイメイの目の前にあったビルが数百m離れた場所から飛んできた空気の斬撃で半壊した。

避難民の間に悲鳴が上がる。


「ひえ…どんな戦いしてんのさ。ウルトラマンと怪獣が暴れてるみたいだ」



「おおおおおお!!!!!!」


フィーリアが雄叫びを上げながら拳をサファイアに振りかぶる。

ド、バァァァァァァァン!!!!と建物を何棟も破壊しながらサファイアに空気弾が向かっていく。


「【焔刃風】!!!」


真正面からフィーリアの攻撃を霧散させるサファイア。

白い炎は勢いのままフィーリアの体に直撃し、彼女の体に火傷の痕ができるが、苦しむどころか笑っていた。


「ははははは!!!」


サファイアは周りの被害を考え、市役所から3キロほど離れた林に目にも止まらぬ速さで移動していた。


「逃げてるだけじゃつまんねぇぞ!!!」


今度は蹴りでサファイアの首を落とそうと思ったのかビルの屋上を足場に距離を詰め、右足振りかぶった。

しかしサファイアは剣の腹で蹴りを防ぎ、逆にフィーリアを蹴り飛ばそうとする。


「ちっ!!!」


舌打ちしながらなんとか片手で蹴りを受け止めたがあまりの威力に林の中まで吹っ飛ばされてしまうフィーリア。

地面に激突する前に、手刀で斬撃を飛ばすがあっけなく短剣で防がれてしまった。


「いってぇな……」


雑木林の地面に叩きつけられ、悪態をつくフィーリア。

周りにサファイアの姿はなかった。


「(やっぱ強いなアイツ。スノウの妹だけはある…けどこれは防げるかな?)」


ゆっくりと立ち上がり、目を瞑り彼女は指を組む。

鬼無を敗北にやったあの技を使用するために。

深呼吸し殺戮の呪詛を告げる。




「【ニル】」




空気の斬撃が半径500mを超え、あたり一面に浴びせ続けられる。

ズバババババババババ!!!と幾万もの斬撃の重なりで空間まで切り裂かれているような光景だった。

周りの草木は一瞬で切り刻まれ、林が平地に地形が変化していく。


2人の戦いを見ようとしていた取材班のヘリに余波が直撃し、乗組員は即死した。


台風の風を凝縮したものを飛ばしているような、理不尽な攻撃だった。


「(【ニル】の発動時間は15秒。さぁサファイアはどうなっているかな?)」


辺り一体は砂埃と平地で500m先まで見渡せるようになっていた。

本日二度も【ニル】を撃ったフィーリアは流石に少し疲労の色が見えた。


「(死んだか…?)」


そう思った瞬間、サファイアの【剡斬】が真後ろからフィーリアの背中を焼いた。


「ぐぁぁぁ!!!!」


咄嗟に回避行動を取るフィーリアだが、全て動きを読まれており短剣の斬撃の餌食となる。

ズバァ!ズバァ!!と胸と左肩に深い切り傷が刻まれた。


「(痛っ…こいつどうやって…!?)」


フィーリアの疑問を読んでいたのかサファイアが剣を構え、トドメを刺そうとしながら口を開く。


「簡単です。全て捌いただけですから」


簡単と言いのけるサファイアだが身体中傷だらけだった。

フィーリアを牽制する意図もあったのだろうが、実際彼女の傷は回復し始めており無傷もいいところだった。


「ちっ!!」


決死の覚悟で両腕を前に出しサファイアから距離を取るフィーリア。


「(この技だけじゃ無理だ!仕方ねぇ…)」


サファイアから距離を離しながら天に向かって叫び始めた。


「おい!見ているんだろう墨染!!俺の封を、【サン・グイス】を5分でいいから使わせろ!!」


踊るように攻撃を回避しつつ、ここには居ない誰かに命令する。

サファイアは不審に思うが剣を振う腕を止めようとはしない。





「【虚雨葬剡きょうそうえん】」





サファイアは短剣を空に向け、ひまり達には見せたことのない技を発動させる。

短剣は空に散るように消失し空が白く光りはじめた。

幻想的な光景に避難中の人や協会の人間まで目を奪われた。



「なんだアレは……」



フィーリアは上空に目を向けると雲の合間に白光する剣を一本確認した。

その剣がいつに間にかサファイアの手に握られていた。

先ほどまでの素朴な短剣と比べ、国宝のような荘厳な装飾がなされた長剣だ。


それと同時にサファイアの全身に白銀の鎧が装着される。


「これは私の最強の装備です」


「はっ!それもアイドルの『天衣偶像』ってやつか?」


「天衣…?」


「【ニル】!!!!」


決死の覚悟で再び能力を発動させる。

幾万の斬撃が連続的にサファイアに襲いかかるが……。


「この斬撃は素晴らしいです。しかし私の鎧は崩せないようですね」


サファイアはゆっくりと歩を進める。

【ニル】の中を鎧の硬度だけで防ぐサファイアに、薄く目を開けながら焦るフィーリア。


「(全く効かないのか……。【フワワ】はともかく【サン・グイス】さえ使えれば状況は変えられるはずだ…墨染め)」


ここにいない人間を恨んでいると、シュ〜……とフィーリアの首に巻かれた呪詛の半分が消失し始めた。

それを感じたフィーリアは歯を見せなが笑った。


【ニル】を発動中に一言。




「【サン・グイス】」




フィーリアを中心に黒いオーラが滲み始めた。

元々体に巻いていた赤い布は燃えて無くなり、代わりに黒いドレスが装着される。

頭の上には赤い輪が浮かび上がっており、まるで神の使いのような出立ちだ。



「防いでみろ」



フィーリアはフワフワと体を浮かせながら、右手をサファイアに突き出す。


その直後、一撃で街を落とせそうな威力の光の矢が手のひらから発射され、サファイアに襲いかかった。


「っ!」


咄嗟に【虚雨憐剡】を横に振る。

タイミングよく矢に当たり、京都市中に響くかと思うほどの轟音が鳴る。


ズドォォォォン!!!


フィーリアとサファイアの攻撃が互いにぶつかり合い、タワー状に50m以上の余波が生まれる。


ビリビリビリと剣を振るった腕が痺れていた。


「(明らかに技のレベルが上がりましたね)」


サファイアは剣を構え高速で飛びながら炎の斬撃を飛ばす。

斬撃はフィーリアに触れる前にシュウウウ……と消滅してしまった。


「不可解な現象ですね」


近づくのはまずいと思ったのかできるだけ距離を離しながら攻撃を行う。

しかしその全てが悉く防がれる。



「【サン•グイス】はスノウですら簡単に突破できない絶対防御を自動で発動し続ける。…そしてこの技で終いだ」



フィーリアの体の周りに赤い粉塵のようなものが舞い始める。

そして一言。



「【ゲヘナ】」



カッ!!!と紅い光があたり一帯を覆い尽くす。

周りの景色が変わっていきフィーリアとサファイアは別の空間に転移させられた。

そこは空は紅く、地面は黒い岩でできており草木一本もないまさに地獄のような場所だった。


「ここは……」


異空間に飛ばされたサファイアはあたりを見渡す。

刹那、血で構成された先端の尖った触手が背中に勢いよくぶつかる。

鎧を貫けなかったがサファイアの体を前方に投げ出させることはできた。


「くっ……」


体勢を崩したサファイアに光の矢が放たれる。


「舐めるな」


迫り来る矢より速く回避し、フィーリアの死角に回り込む。

先ほどサファイアがいた場所の遥後方で光の矢が核かと紛うほどの威力で爆発していた。



「【虚式】」



サファイアが叫びながらフィーリアに近づき剣で突く。

フィーリアは今まではサファイアの斬撃を「消失」させることで防いでいたが……。


ザクッ!!と肉が裂ける音が響く。


「……?」


フィーリアは口から血を吐き、自らの腹に突き刺さる刃を信じられないといった様子で見ていた。

サファイアはすぐに刃を引き抜き距離を取った。



「嘘だろ…かはっ!!!お前どうやって…」



再び津波を思わせる血液量を操作してサファイアを追うフィーリア。


「(俺の操作する血液には神すら殺す毒があるんだがな。サファイアは何滴か浴びてるはずだが効いてねぇのか?)」


サファイアは「鎧」の効果によって毒や状態異常のスキルなどはほぼ全てを無視できる。


しつこく追ってくる血液を華麗にかわし続けるサファイア。

フィーリアは避け続けるサファイアに一旦攻撃を中止して質問した。


「何故俺の防御を貫通できた?」


サファイアは剣を構えながら答えた。


「私の【虚雨葬剡】はそれぞれの文字に対応する能力を一度だけ発動させることができる」

「何…?」

「私の知人らしきあなたでも知らなかったようで安心しました。あなたに使ったのは【虚式】。相手の防御を無視して攻撃を与える技。これに貫かれたものは『自らを守護する能力』を一定期間失う。…次は」


サファイアの次の一手が来ると思い、彼女より早く光の矢を発動させ、投げる。


サファイアは深呼吸し剣を構えた。



「【離剡】」



ドッパァァァァァァァン!!!!と剣から都市を丸呑みできそうなほどの真っ赤な炎の一撃が光の矢にぶつかる。

一瞬で矢を蒸発させ、フィーリアの全身を焼き尽くした。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


叫びながら後退するフィーリア。



「は…はゔ…!何故治癒ができねぇ!!?」



【虚式】の影響で防御も治癒もできない彼女は狼狽した。

フィーリアの【サン•グイス】は防御に焦点を置いた技だ。

発動さえできればサファイアの攻撃を無視して一方的に切り刻めるはずだったのだ。

それが今やされるがままの状態になっている。



「(間に合うか…)」



第三者から見れば圧倒的にサファイアが押しているように見えるが彼女も焦り始めていた。

【虚式】のタイムリミットが近づいていたからだ。

時間がくればフィーリアの自動防御が再開し、今まで与えた傷も回復されるかもしれない。

予定では【離剡】を放ったタイミングで倒し切る算段だったがフィーリアの耐久力が想像よりあったようだ。


フィーリアが血を吐きながら叫ぶ。


「黒龍閃!!」


ゴバァッ!!と黒い閃光が天から降ってきた。

最初の一閃を避けたサファイアだが、その後何百という閃光が襲いかかる。

しかし彼女は慌てることなく、その一つ一つをしっかり避けていった。


「(【虚雨葬剡】を使うと四つ以外の技は通常の斬撃以外封じられる。あと『雨』と『葬』のみ。早めに決めたいですが…)」


サファイアは再び炎の斬撃を飛ばし、フィーリアに隙を作らせる。

絶対防御が使えない状態だが、自力で飛び回り攻撃を回避していくフィーリア。


「ん……?」


ジュウウウウウウ……と自分の体から煙が生じていることに気づく。

サファイアに与えられた傷が治癒していた。


「(これは……)」


瞬間、サファイアの斬撃が目の前に飛んできたが、フィーリアの体に触れる直前で消滅した。


「くっ……!!」


サファイアは苦虫を噛み潰した顔をする。

フィーリアの自動防御が復活した。【虚式】の効果が切れたのだ。


「ウゼェ能力が切れたみたいだな!!!このまま蹂躙してやるよ!!」


高揚するフィーリアの手に光の剣が握られ、そのまま高速で飛行してくる。


「私を相手に白兵戦ですか?」


サファイアも剣を握り直し迎え撃つ。

2人の距離が近づくのは一瞬だった。


「バカが!!!!」


「!?」


フィーリアは光の剣をそのまま爆発させた。

核クラスの破壊力をゼロ距離で浴びる2人。


もちろんフィーリアは自動防御で無傷だ。

しかしサファイアは鎧があるとはいえ、ダメージを負った。

現在彼女は【虚雨葬剡】を発動しているため他の技が使えないため回復ができないのだ。



「やってくれますね!!!」



咄嗟に剣を振るうサファイアだがフィーリアの体を覆う透明の膜のようなものに防がれ、ダメージを与えられない。

悔しそうに歯を食いしばりながら距離を離そうとするが、フィーリアは逃すまいと近づいてくる。


「(俺もこんなダセェ戦いをしたくはなかったが、サファイア相手に矜持を守っていたらこっちが死ぬ。……『フワワ』を使うまではまだ死ねねぇ)」



「【城雨】」



3つ目の能力が発動する。

フィーリアが突如出現した50mほどの高さのある日本風の城の中に閉じ込められた。



「なんだここは!?」



焦るフィーリア。

突然自身が突然見慣れない和室に飛ばされれば驚くのも当然だろう。

サファイアの姿は見当たらない。



「その城は中から外へは出られないように結界が張ってあります。とはいえあなたならすぐ脱出できるでしょうけど……。だがその一瞬が欲しかった」



城から離れた場所でサファイアは剣を逆さにし刃を両手で握る。

刃を握るので当然両手の平から出血するが、彼女は苦悶どころか穏やかな顔をしていた。

刃が血を浴びることで刀身が光出し、剣の形状がまた変わる。


剣を握り、「柳の構え」で最後の技を放つ。




「【葬送挽歌】」




サファイアは剣を横薙ぎに振るう。

空に振っているだけだというのに、切先が空気に触れた瞬間から炎が吹き出して時空が歪む。

そのまま一閃。


音など遥か過去に置いていく速度の一撃。

初めに【城雨】で出現した城を豆腐のように切り飛ばした。

その後フィーリアの【ゲヘナ】世界の「果て」まで崩壊させた。


斬撃は世界を壊すだけでは終わらず、外の世界の、京都の雲まで切り裂き街に太陽の光を照らした。


バキバキバキバキ…………!!!!


フィーリアの世界が霧散していき、2人とも元いた林の中に移動した。



「あ、ぐ…ばはっ…!!!」



ドバドバ血を吐きながら苦悶の表情を浮かべるフィーリア。

【サン・グイス】で切り替わった衣装も元の赤い布に戻っていた。

腹に先ほどの斬撃を浴びたのか肉がしっかり抉り取られており、中から滝のように血が流れていた。


しかしまだ二本の足で立っておりサファイアを睨んでいる。



「最後の技は【虚式】が効いている間に撃ちたかったのですがあなたの手数が予想以上に多かったので賭けに出ざるを得なかった…。ギリギリ私が競り勝ちましたね」


サファイアが元の制服に戻っていた。


さっきまでの傷は【虚雨葬剡】が解けたため全て治癒できたが、残りの力がほとんど残っていないためドレスすら顕現できず、右手に短剣のみを握りしめていた。

  


「勝っただと?俺はまだ戦えるぞ」


「やめておきなさい。その傷で下手に動いたら…」


「ここで協会に捕らえられたら俺はもう『フワワ』を扱うことができねぇ…それなら…」


フィーリアが出血を気にせず指を組み始めた。

サファイアは斬るか引くか逡巡する。



「【ニル】!!!!!」



しかしそれを待ってくれるはずもなくフィーリアは【ニル】を発動させた。


体にとてつもない負荷がかかっているのだろう。

技を放ちながら鼻と口から血があふれでていた。


通常【ニル】の効果範囲は半径500m。

しかし弱体化した今の状況では半径50mが限界だった。


「はぁぁぁぁぁっ!!!!」


サファイアはその全てを捌き斬る。

彼女も残り体力は少ないが傷は全快していたため運動機能は問題がない。


「がはっ…」


血を吐きながらフィーリアはその場に倒れた。

気を失っているのか、放っておけばこのまま死んでしまうのは明らかだ。


「……」


サファイアはどうするか考えたが無駄かと思いつつも回復を試みようとし、フィーリアに歩き出す。


その時だった。




「噂通りの実力やなぁ、サファイアちゃん。けど、その子は預からせてもらうよ」




真後ろからやんわりとした京風の関西弁が聞こえた。

サファイアが全く感知できなかった。

咄嗟に振り向くがそこには誰も居らず、再び前を向くと倒れるフィーリアの横に優雅に立つ学生服の少女がいた。


小紫の姫カットで頭には大きな赤色のリボンを着けている。

初夏にも関わらず黒のストッキングを履いており手首には数珠を巻いていた。

いかにも「和風」という言葉が似合いそうな少女だ。


しかしサファイアの目を引いたのは彼女が着ている制服だった。


「その制服は……」


「分かる?そう、雷果ちゃんと同じ東條学園や。ウチの名前は墨染巴すみぞめともえ。出身はここ京都。よろしゅうな」


「フィーリアは渡してもらいます」


「あかんあかん、この子はウチの飼い犬みたいなもんやから。めっちゃ苦労して首輪付けたんやで?」


「ずっと疑問に思っていたんです…なぜ学生のあなた達はこのようなテロ紛いなことをするのか。メイメイさんは東條学園が特殊な境遇の子を集めていると言っていました。

だとしても市長の命を狙うことが自分の将来を閉ざしてしまう行為だと分かるはずです」


「昔の人間やのにテロなんて言葉知ってるんか。……将来ねぇ。その将来を守るためにやってるんやけどなぁ」


「ほう?」


「ま、おしゃべりはここまで。この子は連れて帰るからまた会おか」


「待ちなさい!!」


墨染はフィーリアを連れて、お札を取り出し一瞬でその場から消えてしまった。


「(全く気配を感じなかった。不気味ですね…彼女もS級と言うやつでしょうか)」




二人が去った後、ようやく警戒を解き短剣を解く。

あたりはフィーリアの放った【ニル】の影響で草木が切断され災害の後のようになっていた。


サファイアは大きく伸びをして深呼吸する。


「ふぅ…やっと終わりましたね。お仕事も終わりでしょう…。早く家に帰りたい」


自分で発した言葉に軽く驚くサファイア。

相変わらず記憶を失っている彼女だが、自然と自分の居場所がひまりの家ということを認識していた。



「戻りましょうか」



ひまりのことを考えながら歩み出すサファイア。

サファイアは感謝していた、ひまりが正体もわからない自分を当然のように受け入れてくれた事を。


このひと月、彼女にとっては夢のような時間だった。

初めての学生生活や澪やエリノア、舞子と共に波乱万丈な旅行に行った事など。

記憶を失う前の自分が求めていたような時間が気がしていた。


「っ!」


街に戻るために歩いていたサファイアだが前方数メートルにある倒木付近に人の気配を感じた。

倒木の下から夥しいほどの血が溢れ出ていた。

市民が巻き込まれたのかと急いで駆けつけた。


「え……?」



「ひゅー…ひゅー…さふぁいあ…ちゃん…」



寝食を共にした最愛の友人、ひまりが血を口と鼻から垂れ流しながら倒れていた。

一旦【ゲヘナ】で林での戦闘が落ち着いたように見えたのでサファイアを確認しに来たのだろう。

運悪く、戻ってきた瀕死のフィーリアの【ニル】に巻き込まれてしまった。


肩から下半身までバッサリと切られており内臓まではみ出ていた。

もうどう足掻いても助からない傷だった。


「あ…あ…そんな、ひ、ひまりさん…」


目に涙を浮かべながら信じられないといった様子でひまりを見る。

もうひまりの目にサファイアは映っていない。



ドクン



瞬間、サファイアの脳裏にひまりと瓜二つの人間が思い出される。

その人物も今のひまりと同じ様に血を流しながら倒れていた。

何百年も前の記憶。

スノウが倒れてる人物に膝をつき茫然としていた。


「う、ぐああ!!」


頭を抑えてうずくまるサファイア。

抑えていた記憶が次々と頭の中で再生されていく。


簡素な家でスノウが硬そうなパンをちぎりながら不味そうに食べている。

スノウ、サファイア、そしてもう1人いる。3人暮らしだろうか。


カンカンカン!!と鐘が鳴っている。

他の住民が「襲撃者だ!」と逃げ惑っていた。

スノウは「面倒くさいわね」とどうでも良さそうに立ち上がった。



「この記憶は……!?」



カッ!!

サファイアの左腕に装着されたリングが光出した。

光はそのままサファイアの体全身を包み込み、制服から披露したことのない赤いドレスに切り替わった。



「そうですか……このリングは、あなただったんですね」



リングを撫でながらボソリと呟いた。



サファイアは空を見る。

その気になればこのままスノウの元へ向かうことも、東條学園を襲うともできるほどの力が沸いていた。

しかし目の前のひまりに目を向けた。

優しく笑うサファイア。


「それでも今はひまりさんを優先したい」


サファイアは瞳孔の開いたひまりの側で膝をつき、痛々しい傷に手をのせる。

すると左腕の腕輪が光出し、2人の体を包み込んだ。


「私の力を全てあなたに捧げましょう」


ひまりの傷がみるみるうちに回復していく。

光は強くなっていき、やがて2人を視認できなくなるほど発光した。

数秒後、光のしずくがイルミネーションの様にまわりに降り注ぎ、その場にひまりだけを残して消えていった。


この日をもって草薙サファイアは消滅した。


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