漂流生活
土曜日朝7時
津島エリノアは自室で目覚まし音と共に目が覚めた。
使用人には今日は1日出かけるからご飯が要らないことを伝えている。
通常アイドルは寮暮らしが一般的だが、津島家はアイドル一家という事もあり自宅からの通学を許されているのだ。
家はエリノアの風貌から想像できないような和風の家で、旅館並みの大きさがある。
朝歯を磨き顔を洗い、身支度をする。
母親と朝から顔を合わせたくないので、駅前のコーヒー屋で軽く朝食を取る予定だ。
パジャマを脱ぎ、私服に着替える。
「もう夏ですしオシャレより動きやすい服装の方がいいですわね」
エリノアはTシャツにGパンというお嬢様らしくないラフな服装で身を包んだ。
靴は運動靴だ。
「今日くらいは普通の女子高生の格好でいいでしょう」
リュックに麦茶やクッキーやらを放り込み、母親に見つからないようにしながら外に出た。
駅まで徒歩数分、あたりではセミが鳴き始めていた。
そして、静岡駅前のコーヒー屋に入ろうとしたところ舞子とばったりと出くわす。
「あら舞子さん。おはようございます」
「エリノアちゃんおはよー!もう夏だね〜」
「そうですわね。猛暑ではないものの日差しがキツくなってきましたわね」
「そのコーヒー屋に入ろうとしてたの?一緒していいかな」
「もちろんですわ!」
2人はコーヒー屋に入り、エリノアはアイスコーヒーとサンドイッチ。舞子はアイスティーとクッキーを齧っていた。
「私船旅なんかした事ないから楽しみだよ〜」
アイスティーを飲みながら舞子が話す。
「わたくしも休日に友人と遊びに行くのは初めてで緊張しますわ……」
「ふふ、初めては緊張するよね。けどひまりちゃんといたらいつの間にか楽しくなってると思う。私もそうだったから…」
「舞子さんはひまりさんと馴れ初めですか。気になりますわね」
「そのうち話してあげる」
2人は30分ほど店内に滞在し、店を出る。
すると今度はばったり澪と出くわす。
「おわっ!お二人さんおはよう。朝ごはん食べてたの?」
「おはようございます。えぇ、お陰様で色々お話できましたわ」
「そっか、なら用宗港に行こっか」
「はい!」
静岡駅から用宗港まで電車で最寄りの駅まで6分で行けるが、そこから港まで16分ほど歩く必要がある。
真夏ではないものの、3人ともシャツに汗が染みる程度には暑かった。
漁港とだけあってたくさんの船が停泊しており、周りには漁師が魚を揚げたり、船を出したりと忙しそうだ。
3人が漁港に着くともうひまりとサファイアは先に着いていた。
「ひまりさん、サファイアさん、おはようございます」
「あ、おはざす……」
「うす……」
エリノアが2人に挨拶するが、様子がおかしい。
ひまりはともかくサファイアまで「うす……」と愛想のない部員みたいな挨拶をするなんてただ事ではない。
事実、サファイアは俯いてモアイ像のような顔になっていた。
3人は嫌な予感がした。
「ひまりさん…。何かあったんですか?」
「うん…実はね、お父さんの船なんだけど。買ったばかりなのに海に浮かべた途端、船底から海水が溢れ出て来たんだ…」
「「「……」」」
3人とも黙って聞いている。
「まぁ…不良品だよね。けどどうしても今日出航しなきゃいけない旨を販売店に言ったら代替船を送って来たんだけど…」
「な、ならいいのではないですか?」
「それが…アレです」
ひまりに変わりサファイアがその代替船を指差した。
「そんな…」
エリノアはショックのあまり膝をつき、舞子は口を両手で押さえてシリアスな顔で驚いている。
なんとそこに浮かんでいたのは「アヒルの足漕ぎボート」であった。
よくカップルや家族で乗るようなタイプのボートである。
「あんの販売店め!!もう一回クレームつけてやる!!」
ひまりがスマホを取り出したがサファイアが阻止する。
「やめてください!今言っても何も解決しません!」
「客を舐めすぎだーーー!!!お父さんは泣きながら帰っちゃったし!!」
「う〜んどうするのこれ」
澪が顎に手を当てながら思案する。
サファイアがすかさず澪の疑問に答えた。
「先ほど相談したんですが私とひまりさんで交代で運転しながら沼津を目指そうということになっていたんです」
「無謀にも程がありますわよ!」
「いや…いいかもしれない」
「澪さん!?」
澪の思いがけない肯定にエリノアが驚愕する。
「確かに普通の女子高生じゃ無理だと思うよ。けど私たちはアイドル。これからsuruga⭐︎oneとしてやっていくならみんなの力を合わせて目標を成し遂げる経験も必要かも」
「おぉ〜!澪ちゃん良いこと言うね!」
先ほどまでの怒りは何処へやら。
ひまりも澪の意見に賛同した。
「エリノアと舞子はどうかな?」
澪の提案に2人ともうなづいた。
「確かに必要な経験かもね〜」
「えぇ、そう言うことならわたくしも賛成です。何がなんでも辿り着きましょう!」
「よし、足腰鍛えたいから私が運転するよ!」
澪が運転を申し出る。
アヒルボートは簡素な作りだが席は前2席、後3席あり、屋根も付いているため雨も凌げる。
壁はないため風は凌げないのだが……。
前の席に澪と舞子。
後ろの席にひまり、サファイア、エリノアが乗船し9時20分出航した。
漁港からアヒルボートが出る様子は、漁師だけでなく一般人まで信じられないものを見る目で注目を集めている。
「ついに出港してしまいましたわね…」
エリノアがポツリと呟く。
澪がボートをギコギコ漕いでいる様子がなんともシュールだった。
澪はアイドルということもあり肉体的にも常人の遥かに超える。
漕ぐスピードを速めていく澪。
段々とアヒルボートの速度が上がる。
「おおっ!?」
最終的にボートの速さは普通の漁船と変わらぬものとなりひまりは驚きの声を上げた。
時速20キロは出ているだろう。
「これなら早く着くかもですわね」
「まぁチンタラ走ってても今日中に着かないからね。ちなみにひまり、水族館までどんくらい距離あんの?」
「約42キロでございます」
「ふ、フルマラソンくらいあるんだね」
舞子が引き気味に呟く。
とはいえこのスピードを維持できるならそこまで時間はかからないだろう。
維持できれば。
出港から20分。
澪の悲鳴が上がった。
「ぎゃぁぁぁぁあああ!!!」
「澪さんどうしたんですの!?」
澪らしからぬ悲鳴に一行に衝撃が走った。
「つ、吊った……!」
「まぁそりゃあ約20分もこの速度で漕いでいたら足も吊るよね……。私が変わるよ澪ちゃん」
「頼んだ舞子……」
澪はふくらはぎを吊ったようでファールを受けたサッカー選手のように足を押さえている。
「澪さん、足が攣るのはミネラル不足らしいですわよ。麦茶をどうぞ!」
「ありがとうエリノア。ごくごくごく…うまいっ!!」
「にしても流石に少し怖くなって来ましたね。もう陸があんなに遠いですよ…」
サファイアがポツリと不安をこぼす。
ひまりも感じていたがアヒルボート一隻で海に出るのは景色の綺麗さより恐怖が勝つ。
大体6〜7キロほど進んでいたためもう引き返すにも勇気がいる状況だ。
「も、もしですわよ。もしこんな状況でサメにでも襲われたら……」
エリノアが最悪の展開を予想して震え上がる。
「駿河湾にサメはいるけど人を食べるまで大きいやつはこの辺にはいないよ。まぁ水深500m以上だとオンデンザメっていう数メートルの大きさのサメはいるようだけど」
澪がフォローに入る。
「あはは…サメ映画の見過ぎだよエリノアちゃん」
1分後
「も、もうだめ……」
舞子の足に限界が来た。
「まだ1分だよ!?しかも超ゆっくりだし」
ひまりは驚くがサファイアが助け舟を出した。
「まぁまぁ。5人乗りのボートを漕ぐのは結構な重労働。私が代わりに漕ぎますよ」
「ありがとうサファイアちゃん」
「あの…ひまりさん」
エリノアが言いにくそうにひまりに呼びかける。
「どしたのエリノアちゃん」
「もしかしなくても船の方角間違っていませんか?」
「な…に…?」
エリノアがスマホのGPSを使って現在位置を見せてきた。
「そもそも、わたくしたちは三保松原付近までは陸沿いに進めば良かったはず。本来こんな短時間で陸が遠くなるほどの場所に到着するはずがないのです…」
「…つまり?」
「このまま進んだら西伊豆町に辿り着きますわね」
仮に西伊豆町に辿り着いたとして目的の水族館までは徒歩だと15時間ほどかかる。
そうなれば旅行どころでないのでリーダーひまりはサファイアに指示を飛ばす。
「左に旋回っ!!」
「分かりました!!」
サファイアは操縦桿を握ると恐ろしい速度でペダルを漕ぎボートを急発進させる。
「速い速い!!時速15キロは出てるよ。さすがサファイアちゃん!」
サファイアが持ち前の肉体を使い水族館までの距離を縮める。
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数十分経った後、ひまりが皆に提案する。
「そろそろご飯にしない?」
「いいですね。私も少し漕ぎ疲れてきたので…」
サファイアは汗だくになりながら「ぜぇ…ぜぇ…」と息を切らしている。
エリノアはサファイアに麦茶を渡しながら質問した。
「しかしこんな海の真ん中で何食べます?お菓子しか持ってきてませんわよ」
エリノアの疑問にひまりはちっちっちと指を振る。
「海だからいいんだよ。この下にはたくさんお魚が泳いでるじゃん!」
「獲れたて魚を食べるのか。いいね」
「釣り道具持ってきたの?」
舞子の質問にようやく息を整えたサファイアが答えた。
「釣具も買ってあるんです。百均で買ったのですが…。けどひまりさんがエリノアさんなら大量に魚を捕獲できると仰ってました」
「わたくしですの?」
エリノアが意外そうな顔をする。
サファイアに変わりひまりが続ける。
「そう!エリノアちゃんのスキルで魚を気絶させるんだよ。そしたら魚が海上に上がってくるから獲放題。この方法は電気ショック漁法っていうらしいよ」
「ひまり、その方法都道府県によって制限されてるよ。静岡のホームページに許可されてる釣具に書いてないからやめといた方がいいかも」
澪は素潜りで魚を獲る事にハマっていた時期があるため漁業知識について詳しい。
ひまりは澪に忠告され愕然とする。
「な……」
「残念ですわね。なら百均の釣具で釣りましょう」
一行はひまりの持ってきた百均の釣り竿を使い魚を獲ることにした。
竿は二本なのでエリノアと舞子に託すことにした。
「釣ってみせますわよ…!」
「私も大きいの釣るよ〜」
「私は素潜りでなにかいないか見てくるよ」
澪は水着に着替えて海の中に飛び込んだ。
「私も何かした方がいいでしょうか」
心配するサファイアだがひまりは席に座るように促した。
「サファイアちゃんは休んでて。食量調達は私たちの仕事だよ」
「ひまりさんも何かするのですか?」
「私は調理係!【ツヴァイハンダー】を下からサファイアちゃんの炎で熱してもらってプレートにする。焼き魚の完成だよ」
「フライパンいらずですね!」
「うわっ!竿引いてるよ!!」
2人が喋っている間に早速舞子の竿が動いていた。
ハンドルを回すと魚が飛び出てくる。
「うわぁ!アジだ!」
ひまりの喜ぶ声。
30cmほどの大きさのアジが釣れた。
「すごく…大きいですわね」
「……ごく」
サファイアはよだれを垂らしながらニヤついていた。
ひまりはバケツに海水を入れてアジを確保する。
「アジ雄と名付けましょうか」
エリノアが謎のネーミングセンスを発揮していている一方で澪は生身で深海500mほどの場所を泳いでいた。
普通の人間なら56mが限界と言われているが、アイドルの肉体かつ澪のスキル【肉体強化】のおかげで水圧耐えていた。
陽の光は一切届かないがスキルで視力まで強化されている彼女にはうっすらと周りが視認できた。
「(まだ息も止められる。魚の場所も探知できるし昔より潜水できるようになってるね)」
もう10分以上澪は水上に上がることもなく泳ぎ続けていた。
「(きた…この大きさはメギスかな…)」
シュバッ!!と恐ろしいスピードで目の前に来た魚を掴む。
メギスは深海魚の一種で深海200m以上の場所に存在する魚だ。
「(そろそろ戻るか)」
「(ん……なんだ……?)」
澪が自分の場所より数百メートル深部に気配を感じる。
ただの気配ではない。
寒さと共に体の芯から凍りつくような緊張感が身を襲った。
「(下からヤバい圧力を感じる……。何かいるの?)」
恐る恐る海底を見る澪。
視界に入ったのは先が見えないほどの大きな触手だった。
長さは100mを超えるだろう。
そんな大きさの触手が1本でなく、8本。
「(な、にコイツは……!?)」
澪ですら怯えるほどの理解を超えた化け物。
手にしたメギスを知らぬうちに放していたことにも気づかなかった。
逃げるか、戦うか逡巡した直後。
『うふふ…私が見えているのね』
「(っ!!?)」
水中で話すことなどできるはずがない。
しかし澪の耳に入って来たのは紛れもない少女の声。
カラコロと耳に響く声は場違いにも可愛らしい声で、それがまた彼女の恐怖を誘う。
『今は見逃してあげるわ。もっと強くなったら遊んであげる』
そういうと一瞬で澪の視界からタコ足が消失した。
「(なんだったの…)」
ともかく急いでボートに戻る澪であった。
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「「フォーウ!!!」」
一方海上では水着姿のひまりとサファイアが、はっちゃけながら【ツヴァイハンダー】をサーフボードとして遊んでいた。
【ツヴァイハンダー】から出る衝撃波で波が無くても波に乗ることができた。
何故か2人ともグラサンをしている。
あれからアジが二匹、マダイ一匹を釣り上げ澪の帰還を待つのみとなっていた。
することもない一行はせっかくなので海で遊ぶことにした。
「待ちなさい、ひまりさーん!」
エリノアも水着に着替えて自らのスキルで海上を走り回っていた。
「にしても澪ちゃん遅すぎないかな」
舞子がボートで心配そうな顔をしている。
澪が海に入って20分以上経過しているため当然と言えるだろう。
ひまりとエリノアが互いに水鉄砲で牽制し合っていると、2人の中央から澪が勢いよく海上に飛び出して来た。
「うわっ!澪ちゃん!!」
「ひまり!今すぐボートに戻って!」
「へ…?」
珍しく慌てる澪に頭に「?」を浮かべながら従うひまり達だった。
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「深海に化け物がいたぁ?」
澪が体験したことを皆に話すがひまりは信じていなさそうに声を上げた。
ひまりだけで無く皆半信半疑だったが、澪が普段こういう冗談を言わないのであからさまに否定はしなかった。
「私が大体深海500mの場所で魚を獲ってたらもっと下の方から『私が見えてるの?』とか声がしたんだ。あんな大きいタコ足見たことないよ…」
「澪さん生身で深海500mまで潜れるですね。流石です」
サファイアが魚を焼きながら澪を褒める。
「仮に本当だとしてその方は敵なんですの?」
「私がもっと強くなったら遊んであげるみたいな事言ってたよ」
「……それ澪ちゃんが作り出した幻影のライバルとかじゃない?」
ひまりは焼き上がった魚を皿に均等に移していく。
ほくほくと湯気がたっており、皆の食欲をそそる。
「んな訳あるか!!」
「ま、まぁ今はお魚を食べようよ。ほら、全員分分けれたよ」
舞子が5人分に分けた魚を皆に手渡す。
いただきまーす。と合唱した後、真っ先にひまりが味に食らいついた。
「うんまーい!!」
「本当の意味で獲れたての魚を口にしたのは初めてですわね…。アジ雄には感謝ですわ」
「エリノアちゃんのネーミングセンスに草生えるよ」
「草ってなんですのひまりさん」
「面白いって意味!」
「もー!皆真面目に聞いてくれないんだから…」
澪がもういいやと言った様子でマダイを頬張った。
サファイアが少し真面目な顔で澪に尋ねた。
「その声なんですけど…もしかして可愛らしい声ではなかったですか?」
「え、なんで分かったの!?」
驚く澪にサファイアは腕組みをして唸る。
「……もしかしたら私、その方と会ったことがあるかもしれません」
「サファイアちゃん記憶思い出したの!?」
ひまりがサファイアに尋ねる。
「ぼんやりですけど。けどなんとなく昔この海で会ったような気が…」
「おぉ!!」
「なら食べ終わったら行って来たら?まぁそのタコいつのまにか消えてたんだけど…」
澪の提案にサファイアはうなづく。
「そうですね。けど今行って来ます。この思い出しそうな感覚があるうちに行っておきたいのです」
「そ、まぁサファイアなら大丈夫でしょ。気をつけて」
「行ってまいります」
言うとサファイアは戦闘用のドレスに切り替えて海水に潜っていった。
「さも当然のように深海まで生身で行くとは流石ですわね…」
「私たち本当に『アイドル•ウォー•フェスティバル』に出たら優勝しちゃうかもね」
舞子が魚の骨を取るのに苦戦しながら話す。
アイドル•ウォー•フェスティバルとは世界中のアイドル達が【スキル】を駆使して互いに倒し合うイベントのことである。
サッカーでいうとワールドカップ並みに知名度があった。
「絶対優勝ですわよ!ティアマトなんぞ叩き潰して、お母様のやかましい口を閉じさせてやりますわ!」
「いいねエリノア。あの雷果ってやつとはもう一度戦わないとだからね」
「あっはは。このモチベーションの高さ、リーダーとして嬉しい限りだよ」
その時である。
ゴォッッッ!!!!
轟音と共にアヒルボートから数百メートル離れた場所で災害規模の渦と共にドーム状に海水が形成された。
ドームの中には1人の人影があった。
「なっ…!!」
驚くひまり。
付近は暴風のあまりボートが転覆しそうになる。
皆にとっては初の光景。
しかしひまりにとっては2度目の光景。
「何ですのあれは!?」
「……もしかしてスノウちゃん?」
「はぁっ!?」
ひまりが呆然と呟いた内容に、澪は愕然とする。
舞子とエリノアも信じられないといった表情でひまりを見ていた。
エリノア含むsuruga⭐︎oneメンバーは全員ひまりとスノウの出来事は共有されていた。
グループ内で圧倒的な力を持つサファイアを軽くあしらったスノウ。
複数のスキルを使いこなし、その一つ一つが戦争クラスの威力であることも聞いていた。
「いや、よく見て!!」
舞子がドームの方向を指差す。
段々と海水でできたドームが崩れていて中にいた少女が姿を現す。
その少女は黒のゴスロリを着ており、三つ編みをツインテールのように結んでいる。
物騒なことにシザーマンが使いそうな大きな鋏を両手で握り、ガチンガチン!と鳴らしている。
ギギィ、とこちらをロボのような動作で確認すると一言。
『アイドルを発見、排除します』
無機質な声で宣告し、ゴォッ!!と飛行しながらこちらに迫ってきた。
「来ましたわよ!!誰がやります!!?」
「とにかくスノウちゃんじゃないから勝機はあるかも!!私が迎撃するから皆んなは船を守ってて!」
ひまりは【ツヴァイハンダー】を顕現させゴスロリに【紫雲脚】で爆速で近づき剣を振るう。
「はぁっ!!」
ひまりの体重の乗った一撃をゴスロリは鋏で真正面から受け止めた。
ガキィン!!と鋭い音が響きひまりの脚が一瞬止まる。
「ちっ!」
剣から生じる衝撃派で動いているため海上では常に動き続けないと海に落ちる。
移動と同時にゴスロリの腹を蹴り飛ばし距離を稼ぐ。
舌打ちしながら【紫雲脚】でボートの屋根の上に飛び乗るひまり。
「おいひまり!大丈夫!?」
「うん。アイツ…人間じゃないね」
「え、そりゃあ『ネメシス』だから…」
舞子の疑問にひまりは理由を話した。
「『ネメシス』であることには間違いないと思う。近づいて分かったけどアイツの体全部人形みたいな素材でできてるよ」
「ネメシスについてはよく分かっていませんからね。そういう個体もいるかもですわ」
「たった一撃しか入れてないけどアイツはおそらくC〜B級程度の力しかない。真っ先に白兵戦を仕掛けてきた割には技術はそこまでだと感じたよ。だからこのまま倒してくる!」
再びゴスロリに向かっていくひまり。
今度は真正面でなく彼女の周りを移動しながら撹乱させる。
『目標接近、迎撃します』
ゴスロリは飛行しながらひまりに近づいてくる。
「もらいっ!!」
『っ!』
ひまりは【ツヴァイハンダー】で斬撃を放つ。
ゴスロリは鋏で防ごうとするがあまりの威力を全て受けきれない。
体の一部がひまりの攻撃で崩れている。
「(思った通り。この子は遠距離攻撃に不得手なんだ。最初もこっちに馬鹿正直に突っ込んできてたからね)」
ひまりは畳み掛ける。
動きの鈍くなったゴスロリの後に回り込み、斬撃波を連射した。
ズバァン!ズバァン!とゴスロリに追撃を加え続ける。
『活動限界。帰還します』
「逃すかァァァァァァ!!!!!!」
ひまりは撤退しようとするゴスロリに【ヴァイオレット・ブラスト】をぶっ放した。
ドバアァァァァァン!!!!と陸地にまで聞こえるほどの轟音が鳴り響きゴスロリを襲う。
腕が赤く腫れ、スキルの行使が困難になったため【ツヴァイハンダー】の上に座り海を漂うひまり。
「逃げたのかな。消えちゃった…」
「おーい!ひまり!!!」
澪がアヒルボートを漕ぎながら、漂うひまりを救助に来た。
舞子のスキル【クロユリ】の触手でひまりを拾い上げる。
「さすがですわひまりさん!まさかネメシスに無傷で勝利するなんて…」
「えへへ。修行の成果だよ」
「一応協会に報告しとく?」
「あ、じゃあ私がするよ」
澪の言葉に舞子が反応し、スマホを取り出して協会に連絡を取る。
報告後現在地を送り、サファイアの帰還を待つのみとなった。
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「お待たせしました!」
ひまり達の戦闘から30分後、ようやくサファイアが戻って来た。
「あれ…何か皆さん疲れていませんか?」
「『ネメシス』が出たんだよ」
舞子の言葉にサファイアは驚く。
「本当ですか!?よく撃退できましたね…」
「ふっふ。サファイアちゃんの騎士たる私が単独で倒したんだよ」
「ひまりさん…凄いです!」
「てことで腕直して」
ひまりは真っ赤になった両腕をサファイアに見せる。
「また【ヴァイオレット•ブラスト】を使ったんですね…」
サファイアは白い炎を手のひらから出してひまりの両腕にかざす。
すると、みるみるうちに赤みが取れ腕が元の色に戻っていった。
「完全回復!!」
「まぁ誇張なく事実だからね。けどこのまま水族館まで行くのはさすがに疲れるね…ってことで休憩してるんだ」
澪の言葉にサファイアが提案する。
「ではこのまま皆さんを担いで水族館まで直行しましょうか?」
「さすがのサファイアちゃんでもそれは…」
ひまりが笑いながら無理だろうという顔をしていたが、サファイアは再び海に潜り軽々とアヒルボートを持ち上げた。
「うわぁ!!」
「皆さん何かに捕まっていてくださいね!」
叫ぶひまりを気にせず、サファイアはボートを持ち上げたまま新幹線を超えるスピードで水族館に向かう。
「あばばばばばば」
風圧でひまりだけでなく全員揺れている。
「や、ヤバいですわ!!皆さん何かにつかまって!!」
「妬けちゃうねぇこのスピード!!」
数分後。
沼津港の「びゅうお」という施設の下をゆっくり通過するサファイア。
「なんだあれは…」
ドレスの少女が水着の少女達を乗せたアヒルボートを抱えながら陸地に近づいてくる様子はとてもシュールで、市民はスマホでパシャパシャ写真を撮っていた。
次の日の新聞で一面を飾ったようだ。
それはともかくようやく沼津港に着いた一行。
アヒルボートを港に置かせてもらい、皆私服に着替えた。
「や、やっと着いた……」
ひまりが疲れた様子で道路に寝込んだ。
「ひまり、皆の注目を浴びてるからやめな」
「そうですわよ。むしろ目的はこれからだと言うのに」
「結局サファイアちゃんがほとんど運転してくれたね。ありがとう」
舞子がサファイアに礼を言う。
「いえいえ、皆さんの力あってこそです。澪さんも運転してくれましたし、エリノアさんは麦茶をくれました。舞子さんはマダイを釣り上げましたし、ひまりさんは『ネメシス』を撃退しました。誰か1人でもかけたら辿り着きませんでしたよ!」
「(麦茶…私だけしょぼい気がしますね…)」
少し役に立ててなかったのではと落ち込むエリノア。
とにかく全員生きて陸地につけた事を喜び合い、水族館に向かうのであった。




