悪役令嬢? いいえ、ただのお嬢様ですわ!
「エリザベート、ミリエラに数々の嫌がらせをした罪で断罪する!」
王宮にある応接間。
わたくしよりも三つ年下の婚約者、今年で十三になるエリック王子が高らかに宣言した。
そして、わたくしに嫌がらせを受けたと主張する男爵令嬢。エリック王子より更に一つ年下のミリエラは彼の腕の中に収まっている。
弱々しい振りをしているけれど、こっそりとわたくしを見る目は怯えていない。可愛いらしいお嬢様だこと――と、わたくしは微笑みかけた。
「エリザベート、聞いているのか!」
「……え? あぁ、ごめんなさい、聞いていませんでしたわ」
「――っ。おまえがミリエラに嫌がらせをした罪で断罪すると言ったんだ!」
「断罪、ですか」
断罪には処刑という意味もあるが、ここでの言葉は罪を裁くという意味だろう。おそらく、言葉的に格好いいといった理由で使っているのだろう。
お可愛いことと、わたくしはふっと息を吐いた。
「なにがおかしい!」
「わたくしは王国の南部を支配するヴィルムヘイム侯爵家の跡取り娘ですわよ? 仮にミリエラを虐めたとして、罰せられると思っているのですか?」
「ミリエラを虐めたと認めるのか?」
「……仮にと申しましたわよ。曲がりなりにも一国の王子なら、相手の言葉を正しく読み取る程度の能力は見せていただきたいですわね」
「~~~っ」
エリック王子が悔しさに唇を噛む。それでも反論してこないのは、自分の能力が不足しているという自覚があるからだろう。
本当にお可愛いこととわたくしは微笑む。
「まぁいいでしょう。それよりも断罪の件でしたわね。残念ですが、彼女に嫌がらせをした程度で、わたくしを罰するのは不可能ですわ」
ヴィルムヘイム侯爵家は、この王国の南部を支配している。そして、残り半分の北部はいくつかの貴族が牛耳っていて、王族が支配しているわけでもない。
王族が支配するのは、王都周辺にある僅かな土地だけだ。
もしもヴィルムヘイム侯爵家になにかを強制するのなら、北部の貴族達を一人残らず味方に付ける必要がある。そうしてようやく、わたくしを罪を問うことが出来る。
「ち、力があれば、なにをやっても許されるとでも言うつもりか! おまえが悪事を成したというのなら、それを止めるのは僕の役目だ!」
「力を持つ人間として、自制は大切ですわね。だけど……はっきり言いましょう。その娘が明日の未明、路地裏で無残な姿で見つかったとしても、エリック王子がわたくしを断罪するのは不可能ですわ」
それだけの権力を持つお嬢様。
それがヴィルムヘイム侯爵家の跡取りであるわたくしだ。
「さて、その上で問いますわ。ミリエラ、あなたはわたくしに嫌がらせをされましたの?」
「そ、それは……」
ミリエラが視線を揺らす。
「エリザベート、彼女を脅迫するつもりか?」
エリック王子がミリエラを自分の背後に庇おうとする。
「わたくしは彼女に聞いているのです」
あなたは黙っていてくださいと無言の圧力を掛ける。それでも女性を護ろうという気概があるのだろう。その身を震わせながら、彼は必死にその場に留まっている。
本当にお可愛いことと、わたくしは微笑みを浮かべ、その頭に手を乗せた。
「エリック王子、わたくしは真実を知りたいだけですわ」
「……彼女を脅したり、しないか?」
「しませんよ」
する必要もありませんし――と、わたくしは笑う。
それを信じたのか、彼は道を空けてくれた。
「という訳で、ミリエラ。エリック王子に取り入った目的を話しなさい。あなたの妹が最近倒れたことと関係しているのかしら?」
「ど、どうしてそれを?」
「わたくしを誰だと思っているの?」
ミリエラには二つ年下の妹がいる。最近その妹が病に倒れ、彼女はその治療法を探して走り回っていた。その直後の出来事と考えれば、彼女の目的は自ずと見えてくる。
「治療にエリック王子の力を借りようとしたのね?」
「……い、妹は関係ありません」
彼女の声は震えていた。
彼女の訴えが嘘であることは、彼女自身が分かっているはずだ。しかも、たとえその訴えが事実だったとしても、わたくしは痛くも痒くもないとあきらかになった。
状況は彼女にとって不利でしかない。わたくしがその気になれば、彼女は今夜にでも死ぬ。それを理解し、妹に被害が及ぶことを恐れたのだろう。
だからわたくしは、彼女の頭に手を乗せた。
「落ち着きなさい。わたくしは別に、あなたを断罪するつもりはないわよ」
「……え? どう、して……?」
「わたくし、がんばる子や、したたかな子が好きなの。だから、エリック王子を籠絡してわたくしを陥れ、妹を救おうとした手腕は評価しているのよ」
「え、っと、その……あの……」
彼女の視線が泳いだ。
彼女からしてみれば、イエスともノーとも言えない質問だから無理もない。
「ミリエラ、わたくしに仕えるつもりはない?」
「はい?」
「その才能をわたくしのもとで発揮してくれるなら、あなたの妹を救ってあげるわ」
わたくしの提案に、けれど彼女は表情を険しくした。
「妹はなんの病気か分かっていないんです。治るかどうか分からないのに、軽々しく救うとか言わないでください……っ」
「こんなときでも冷静に判断できるのね。ますます気に入ったわ。そして安心なさい。わたくしが用意した医者の見立てで病名も分かっているから」
「……え?」
「さっきも聞いたけど……わたくしを誰だと思っているの?」
わたくしが笑えば、彼女は大きく目を見張った。
彼女の妹が患っているのは少々珍しい病気だが、病気と分かってしまえば治療することは難しくない。その治療に必要な者は既に手配済みである。
「……本当に、妹を救ってくれるのですか?」
「そう言っているはずだけど」
「おね、お願いします! 私はどうなってもかまいません。すべての罪を認め、償います! 下女でも、奴隷でも、好きにしてください! だから、どうか、妹を助けてください!」
止め処なくあふれる涙をそのままに、必死の表情で訴えかけてくる。なりふりを構わず妹を救おうとする彼女の姿をわたくしは綺麗だと想った。
「では、今日からわたくしの侍女になりなさい」
「……侍女、ですか?」
「あら、不服かしら?」
「いえ、まさか、そんな……っ。ありがとう、ありがとうございます!」
泣きじゃくるミリエラの頭を撫でて、彼女を医者と共に家に送らせる。その後ろ姿を見送って、わたくしはエリック王子に向き直った。
途中から自分が騙されていたことを理解したのだろう。いまはすっかりと項垂れていた。
「……で、なにか言いたいことはございますか?」
「その……えっと……、なか……った」
「あら、聞こえませんわよ?」
「~~~っ」
エリック王子は顔を真っ赤にして、だけど意を決したように口を開いた。
「すまなかった! 彼女の企みに気付かず、一方的におまえを責めてしまった!」
後悔しているのだろう。その整った、あるいは可愛らしい顔が苦渋に満ちている。
「裏取りをしなかったのは失敗でしたね。それに、彼女の目的に気付かなかったのも減点です。ですがそれより問題なのは、無謀にもわたくしを断罪しようとしたことですわ」
エリック王子はまだ十三歳と年相応に幼いが、決して愚かではない。王族ではあっても、その力がヴィルムヘイム侯爵家の後継者であるわたくしに及ばないことは知っているはずだ。
なのに、どうしてあんな真似をしたのかと問い掛けた。
その問いに対し、彼は少し困った顔で視線を彷徨わせた。
どれくらいそうしていただろう? 彼は意を決したように口を開く。
「それは……おまえが裏で悪いことをしているなら、それを止めるのは婚約者である僕の役目だと思ったからだ」
「婚約者として、ですか……」
わたくしを想ってのことだと知り、少しだけ胸が熱くなる。
自分の方が立場が弱いと知りながら、それでも婚約者としてわたくしを正そうとしたのですね。少し未熟な部分はありますが、歳を考えればこれから成長していくでしょう。
「……エリック王子」
「なんだ、エリザベート」
「わたくしが道を誤ったら、また今日のように止めてくださいますか?」
「ああ、もちろん。僕はおまえの婚約者だからな!」
無邪気に笑う。
……本当に、わたくしの婚約者様はお可愛いこと。
それから数年後。エリザベートはヴィルムヘイム侯爵の地位を継いだ。そうして立派に南部を統治する彼女は名君として後世にその名を轟かせることになる。
そんな彼女の傍らにはいつも、可愛らしくも立派に成長した入り婿王子と、したたかで可愛い侍女の姿があったというのは、彼女を知る者のあいだではとても有名な話である。
お読みいただきありがとうございます。励みになりますので、ブックマークや評価を残していただけると嬉しいです。また、一章が完結した長編の「侯爵令嬢の破滅実況」も読んで頂けると嬉しいです。
下記のURLをコピペ、あるいはもうちょっと下のタイトルをタップ(クリック)でも飛べます。
https://ncode.syosetu.com/n0239ig/