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3,澄田のご先祖

 ちょんまげの結い方で、町人か武士かわかるという話を聞いたことがある。だが、俺はひろ子ほど時代劇マニアではないので、老人の身分はわからない。テレビで見る水戸のご老公と似た格好だが、服は木綿だろう。紺と茶色と灰色が混ざったような色で、糸の節が凸凹している。

そして、俺を以前からご存じらしい。


 「失礼ですが、どなた様ですか」

「ワシは、この家を守護している者じゃ」

へえ~、守護霊。話には聞いていたが、本当にいるんだな。


 「ひろ子と話がしたいんです。家に入れてもらえませんか」

「ふむ。ここはそもそもお前が建てた家じゃああるが。

 けどな、いったん死んだ者は、帰ってきたらいけんのんぞ。何の話か、聞いてもええか」

 そうか、戻ってきてはいけないのか。だから結界ではじかれたのか。

手っ取り早く、今、市内の霊園で、お墓の銅の花入れが盗まれていること。だから花入れを、銅からプラのものに取り換えるよう、家族に伝えるために戻ってきたと話した。


 ご先祖は眉をひそめる。日に焼けて桜の木の皮みたいになった額に、しわが寄る。

「花入れ泥棒の話はワシもラジオで聞いたわ。

でもそれ、どうでもよくないか、銅だけに。絶対、言わにゃあいけんのか?」

 駄洒落も古式ゆかしい。


 「ところが、今、銅の相場が二倍・三倍に爆上がりしているんですよ。だから泥棒が霊園に入ってくる前に、原因を元から断っておきたい。そう墓地の全体会議で決まったんです」

「ほうか。何もお墓のものを盗まんでもええのにのう。嫌な世の中になったのう」

 爺さんの眉毛は生え際は黒いが、ぼさぼさに伸びた先が白髪になっている。それをみると『百姓は生かさぬように殺さぬように』という、徳川家康の言葉を思い出す。


 「で? 銅の花入れのことを、ひろ子に伝えればええんじゃな」

「はい」

「現世に未練があって戻ってきてるんではないんじゃな?」

「未練……なくはないですけど。死んでしまったものはしかたがないと、最近は思うようになりました」

「あっさりしとるのう。でも、お前は前からそうじゃったな。ええじゃろう。入れ」


 玄関周りの結界が、ぱしゃんと落ちた。膝丈まで噴き出していた噴水が、急に勢いを失って落ちたようだった。

 


 「おじゃまします」

 家は、俺が現世を去ったときとまったく変わっていなかった。

玄関はいったところに猫足のコンソールがあり、家族の写真をいれた写真立てが数個並んでいる。廊下をまっすぐ進むと、つきあたりは台所。そこで右に曲がると、居間に入る。ひろ子は、布団を敷いて寝ていた。

 さっきご飯食べたばっかりなのに、もう寝とるんかい? 早っ!


 布団に近づき、寝ている妻に話しかける。

「ひろ子さんこんにちは。帰ってきましたよ」

……ぴくりとも動かない。

「熟睡してますね。せっかくご主人様が帰ってきたというのに」

「あ~。ひろ子は異常なくらい寝つきがいいからのう」

ご先祖が言う。そういえばそうだった。


 寝ている妻の頭に、念を送ってみる。

「起きてください~。あなたの愛しい夫が帰ってきましたよ~。こら! 起きろこら」

が、手ごたえはさっぱり、ひろ子はぐっすり眠っている。

ああ、やっぱり。

 

 「言うとくが、ひろ子には霊感はないぞ」

ご先祖が追い打ちをかける。

それもうすうす分かってた。しかし「夢枕に立つ」のがこんなに難しいとは思わなかった。ひろ子の体質を計算に入れていなかった。


 「大丈夫か?」

ご先祖が心配そうに俺の顔を見る。

しかたがない。ひろ子が起きている日中に、コンタクトを取るしかない。




☆☆☆




 翌朝、ひろ子は五時に起きた。俺の生前より一時間も早起きになっている。

 顔を洗い、歯を磨き、簡単な朝食(ご飯とみそ汁、昨日の残り物らしいおかず)を取る。


 バケツに水を汲み、勝手口と玄関のたたきにぱしゃぱしゃぱしゃっと水を撒いていく。それを外掃き用の箒で掃きだすと、水が蒸気となって立ち上がり、昨日までの結界とぴっしゃり重なった。結界が強化された。

こんなの、生きている間はまったく気が付かなかった。


 次に、ひろ子は花ばさみをもって庭に下り、花を切ってバケツに入れる。仏壇の真鍮の花瓶を二つ持ってきて、生け始めた。

白の八重咲の山アジサイ、オレンジ色に赤い斑が散っている檜扇(ヒオウギ)、赤や白の千日紅、あと幅広で切れ込みが入っている観葉植物の葉っぱ? など。


 先日お墓に供えてくれたのと同じだなあと、ぼんやり仏壇の花を眺める。と、突然、ひろ子が般若心経を唱えだした。

うひゃあ! 俺はあわてて仏間の襖をすり抜け、居間の隅まで退避した。

素人といえども、十代から唱えているからお経に威力がある。うっかり真正面に当たると成仏してしまう。



 結界は、ご先祖ではなく、ひろ子が毎日毎日、自分で張っていたのだ。無意識に。

しかも、お経には力がある。熟睡する質で、霊感もない。つけ入るスキがない。むしろ、うかうかしているとこっちが殺られる。最強の全自動除霊マシーンだ。

 対するこの俺は、三か月前に亡くなったばかりの新仏で、大した霊力もない。いったいどうしたらいいんだ?!



 抹茶色の砂壁にぺったり貼りついてお経をやり過ごしているところ、ご先祖が声をかけてきた。

「おい大丈夫か? 影が薄うなっとるぞ。成仏はしとらんようじゃが」


 「ご先祖様、ひろ子は強過ぎます。お力を貸していただけないでしょうか」

すがる思いで口走ると、

「実は、ワシは澄田の家を代々守護する者。お前とは血がつながっておらん」

 澄田は、ひろ子の旧姓だ。


 「たとえ血縁であっても、ワシの仕事は子孫を見守ること。生きている者に直に働きかけることはできんのじゃ」

申し訳なさそうに言われる。

「そうなんですか……」

   

 詰んだか? 万策つきたか?? 

 いやいや、サラリーマン時代だって、幾度も絶体絶命の状況から逆転してきたではないか。考えろ。絶対なにか方法があるはずだ。

俺はおもむろに、澄田のご先祖に話しかけた。






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