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規格外の花嫁は王子に魔法をかけられる  作者: 相内 充希


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第5話 セドリック②

 セドリックはチェーリアを船から降ろした後、自分の馬車に彼女を乗せて王城に戻った。

 セドリック自らが操縦する町用馬車は、二頭立ての二人掛けだ。幌をたたんだフルオープンなので、街の案内をしながら行こうと提案し、快く承諾してもらえたときは、恥ずかしながらわくわくして胸がはち切れそうだった。


 彼女の荷物や従者について指示を出し、セドリックの変化にいち早く気づいてニヤニヤしているダリルを無視して馬車に向かう。隣を歩くチェーリアを意識して、生まれてこの方経験したことがない胸の高まりに呼吸が苦しくなったほどだ。


 だが、その高まりを止めたのは民衆の声だった。


 チェーリアの姿に驚く声が上がったのには気づいていた。

 こんなに背の高い美しい女性を見たのだ、当然だろう。むしろそんな誇らしい気持ちでいたが、漏れ聞こえた声に心臓が凍り付く。


「なあ。あれは男か?」

「ドレス着てるから女だろ? でかいなぁ」


「あの胸見てみろよ、すげえな。なんだあれ。気持ちわりー。何詰めてんだ?」


「ありゃあ王女様じゃなくて別の人かもな。あの胸、どう見ても子持ちだろ」


 そんな声が妙にはっきりと、しかもあちこちから聞こえたのだ。

 もちろん大きな声ではない。今日は簡素な服装のため、セドリックを見ても皇太子だと気づいていないかもしれない。好奇の目を向けてはいても、あくまで声はひそめたものだ。

 だがセドリックは耳がよく、悪口はよく通る。


 チェーリアに聞こえてないことを願ってさりげなく彼女を見ると、一瞬傷ついた目が見え、怒りで目の前が赤くなった。

 たしかにチェーリアの姿は、この国の一般的な美女に当てはまるものではないだろう。背の高さもだが、この国で大きな胸の女は、子を産んだばかりの母親くらいだ。


 聞いた話によれば、女性はドレスを着るときに胸をつぶして鎖骨の下に丸いふくらみを作るという。そのため横から見れば胸から腹にかけてはほぼ平坦なのが普通だが、チェーリアの胸は横から見てもまろやかでふっくらとし、古代の女神のような美しい曲線を描いている。胴回りは驚くほど細かったが、腰は魅惑的な大きさで長い脚との均衡が美しい。


(こんなに美しい女を見て男か、だと?)


 しかしチェーリアは一瞬まつげを震わせた後、怒りに震えるセドリックを見て驚いたように一瞬目を丸くし、次いでクスッと笑った。そして人差し指を唇にあてるのでドキッとした。


(私に黙ってろと?)


 いぶかしみつつも、そのしぐさの可愛らしさに息を飲むと、彼女は自分の意が通じたとわかったのか小さく頷いた。


「大丈夫、慣れてます。町の皆さんは私を見て驚いたみたいですね」


 慣れてるとの言葉に胸がギリッと痛んだものの、彼女が小さくアマーリアみたいじゃないからと呟いた声は、なぜか姉に対する誇らしさが感じられ、セドリックは少し首を傾げた。アマーリアは妹が自慢で仕方がないといった感じだったが、チェーリアもそうなのだろうか。

 その後振り向いたチェーリアは、ついてきていた自分の侍女たちに頷くと、小さくもう一度「大丈夫」と囁く。

 そしてセドリックに向き直ると少しためらった後、「いつものことなんです」と、自分のドレスを見下ろして恥ずかしそうに頬に手を当てた。


「あの、セドリック様。今の私はちゃんと女性に見えてますか?」

「はっ?」

 想定外の質問に間抜けな声が出る。しかもあまりに驚いてつい、

「当たり前でしょう。チェーリア様はどこからどう見ても、魅力的な美しい女性にしか見えない。私はこんなにも素晴らしい女性に会ったのは初めてだ」

 と一気に口走ってしまった。本音が駄々洩れすぎで、あとから思い出しても顔から火が出る。


 口元をおさえたチェーリアから小さく、「わお、さすが」と聞こえた気がしたが、淑やかにほほ笑まれ空耳だったかと納得する。自分が口走ったことに動揺してそれどころではなかったのだ。


 チェーリアはそのままどうしようかという風に左右を見渡した。

 すると、何かを発見したのか「あら」と呟くのが聞こえ、視線を辿ると幼い少女が二人、目を丸くしてこちらを見ているのが目に入った。その手にはリボンで束ねた野の花が握られている。


 チェーリアが視線を送ると、五歳前後と思われる少女たちが後ろにいる母親らしき女性を振り返った。母親のほうも戸惑ったような顔をしていたが、チェーリアの様子に勇気づけられたのか少女たちの背をそっと押す。

 子供とはいえ用心のためにセドリックが警戒すると、チェーリアはまたも「大丈夫です」と言って、驚いたことに膝をついて少女たちを出迎えた。


「「あの! 王子さまのおよめさんにきた、クリエラの王女さまですか?」」


 そろえた幼い声にチェーリアが優しく微笑む。


「ええ、そう。お嫁さんになるために来たチェーリアよ。よろしくね、かわいいお嬢さんたち」


 王女からマルフィレア語で肯定されたうえ、可愛いと褒められた少女たちの顔が嬉しそうに赤くなる。


(お嫁さん)


 すぐ隣で聞いていたセドリックの耳に、低く柔らかい彼女の声が何度もこだました。


 その後、幼い少女たちにつられたのか、若い娘たちがチェーリアの周りに集まり、結婚のお祝いだと次々に素朴な花束が渡される。


「ありがとう。素敵なお嬢さんたち。うん、綺麗な花だね」


 若い娘たちを遠巻きに、おそらく悪口――のつもりはなかったのかもしれないが――を言ったであろう男たちが、唖然としてその様子を見ている。

 セドリックは彼らが、気さくに民衆に接する王女の強烈な魅力に気圧されたのが分かり、少し胸がすく思いがした。

 したのだけれど……


(いや。いやいやいや。ちょっと待て。なぜ女たちのほうが頬を染めてるんだ。女の目ってこんなに輝くものなのか?)


 見ればチェーリアは、二階の窓からのぞいていた女たちに気づいてバチンと派手なウインクをしていた。その可愛らしくも女性らしい色っぽさと、どこか異国の騎士を思わせる倒錯的な凛々しさに民衆が盛り上がるとチェーリアは軽く頷いた。


「セドリック様、参りましょう」

「――はい」

 場の空気を凍らせなかったどころか、すっかり周りを魅了したチェーリアの手が、その時少しだけ震えていることにセドリックは気づいた。


(私がカッとしたために……)


 実は空気を凍らせかけたのはセドリックだけではなかったのだが、その時は全く気付かずにただただ反省した。皇太子である自分がもし声を荒らげたりしていたら、大変なことになっていただろう。

 普段感情的になることなどないのに、あの時は周りが完全に見えなくなっていたと気づいたセドリックは、いくつもの意味で場を救ってくれたチェーリアに感謝した。


 そして、彼女が楽しめるよう面白おかしく街の話をしながら帰途についたが、自然な彼女の笑い声を引き出せたとき、セドリックは自分が完全に、彼女に夢中になっていることに気づいたのだった。


   ◆


 チェーリアのための部屋は、レースや花に彩られたものが用意されている。

 アマーリアの助言を受けて、これでもかというくらい甘い作りにしたと聞いているが、大変喜ばれたらしい。

 アマーリアの話題に頻繁に出てきたチェーリアだが、彼女が妹を可愛いと何度も言っていたのが理解できた気がした。

 もともとアマーリアに用意していた部屋など、

『無駄な装飾は不要ですわ』

 とバッサリだったため、チェーリアには女の子らしい部屋をとアマーリアから教えられた時には、後宮の者たちが非常に喜び、大いに張り切ったのだ。




「だがなぁ。彼女の年齢から考えて、他に婚約者がいたんじゃないだろうか」

 セドリックがずっと気になっていたことを口にすると、ダリルは肩をすくめる。

「その可能性はなくはないですねぇ。でも、そんなこと気にしても仕方がないでしょう。もともとこれは政略結婚なんですし」

「そうなんだけどな」


 ちらりと浮かぶのは、彼女と一緒に来た従者の男だ。

 チェーリアの乳兄弟だというヴィートは礼儀正しかったが、セドリックは時折睨まれているような気分になった。敵意と言えるほど強いものではないのは、彼が綺麗に感情を隠しているからではないだろうか。


「婚約者のそばに、ああいういい男がいるのもなぁ」

 元婚約者がいたとしても、これがアマーリアやほかの女性なら全く気にならないところなのに。


「殿下がそんなことを気にするなんてね」

「笑うな」

「いやぁ。でも殿下、それを言ったらジャスミン様もチェーリア様に夢中ですよ? メイドたちにも大人気ですし」

「――――ああ、うん。たしかにな」


(なんであの方は、女にまでモテるんだ? いや、私以外の男から懸想されても困るのだが)


 チェーリアが女性たちに向ける視線は甘い。

 それこそセドリックに向けられる視線とは比べ物にならないほどに。

 所詮は突然姉の代理で嫁ぐことになった見知らぬ男だ。仕方がないとわかっている。

 それでも叶うなら、チェーリアに自分のほうを向いてほしいと願うのは、行き過ぎた願いだろうか?


「結婚まであと三か月か」

――――長い。

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― 新着の感想 ―
[良い点] セドリックのメロメロっぷりが好きです! そして繊細美麗容姿なアマーリア様、性格が男らしかった(笑)
[良い点] セドリックさん、いい男じゃないですかー!( *´艸`) 怒ってくれるの、嬉しいです♡ しかし、セドリックさんの嫉妬はどこに持っていけば……女子?(笑)
[一言]  なかなかの温度差ですね(^^)
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