第1話 チェーリア
「背が高くて素敵ですわ」
たいていの女性たちがそう褒めてくれる。
髪と目の色が地味なのを補うかのような派手な顔も、女性たちに好評だ。
「ありがとう」
にっこり笑って相手の長所を存分に褒め返せば、女性たちがはにかんだ笑顔や、嬉しそうに頬を染めた可愛らしい顔を見せてくれる。
長身の美丈夫であったダヴィッド王の再来とも呼ばれるチェーリアは、海に囲まれた山の国とよばれるクリエラ国の第五王女だ。
王子ではない。
兄三人に姉四人、妹が二人に弟が一人いる、子だくさん王家の王女なのだ。
可愛いものが大好きで、お姫様の出てくるおとぎ話が大好きなのに、それが全く似合わない――それがチェーリア。
純粋に褒めてくれる人たちに嫌な顔をすることなど絶対にしないけれど、本当は高すぎる身長も、気を抜くと冷たく見えてしまう派手な顔立ちも大っ嫌いだった。
それなのに、基本的に小柄な民族であるクリエラでは、背が高いというだけでとても目立つ。十八歳になった今ではもう、兄たちと余裕で肩を並べられてしまう。むしろまだ伸びるのではと言われ、内心冷や汗をかいていたのは内緒だ。
いくら生まれつき大きくてもチェーリアは乙女。
いつかはおとぎ話のように素敵な人と恋に落ち、ひらっひらでフリッフリのドレスを着て、結婚式では新郎にお姫様抱っこをしてもらう。
兄や姉たちの結婚式を見てはそんな夢を見ていたが、十三歳の時に第二王女の夫をほんのすこーしだけ見下ろしてしまい、ささやかだと信じていた望みは儚く散った。
(悪気はなかったのよ。女の子に流行りの厚底のくつを履いてみたかっただけなの! スタイルがよく見えるって、みんなが褒めてくれたんだもん。まさか筋骨隆々で大きく見えるお義兄様が、それほど背が高くなかったなんて、遠目には気づかなかったのよぉぉぉ!)
姉と並んだ時のバランスで気づくべきだったのだ。
でも当時、チェーリアをきれいに仕立てようとしてくれた侍女たちに、文句が言えるわけもない。この靴に憧れていたのはチェーリア自身なのだから。
ダヴィッド王の武勇伝に心酔していた義兄は、むしろ笑ってチェーリアのことを褒めてくれたし、今でも可愛がってくれる。得意の剣舞も教えてくれたが、「かっこいい」だの「男前」だのは、間違っても年頃の女の子に向ける誉め言葉では(以下略)。
悪気がないのはわかっている。
それでも自分が人々から、
「一番素敵な王子様はチェーリア王女様」
などと言われているとなると心中は複雑だ。慕ってくれていることが分かる分、笑顔で応えるけれど。
(でもね、わたくしだって中身は、お花と砂糖菓子でできた可愛い女の子のはずなのよ。ぜんぜん、まったく、そう見えないのは知ってるけど)
だからいつのころからか、女の子らしい夢を見ることを諦めてしまった。
代わりに理想の権化のような姉妹たちを溺愛した結果、筋金入りの超絶姉妹大好き娘になってしまったのはたぶん必然だ。
(だってお姉様たちも妹たちも、綺麗なんだもの、可愛いんだもの。大好きなのよ、いいじゃない)
一般的な女性が自分の肩にも届かないことに、ひそかに羨望の眼差しを向けてしまうチェーリアは、よっぽどのことがない限り結婚をすることはないだろうと考えていた。
人間的には好かれたとしても、自分と変わらないくらい大きい、もしくは文字通り上から見下ろすような女を好ましいと思う男性はいないだろう。
恋愛はもちろん、政略結婚でさえ難しいに違いない。
そんな風に考えていたから、一番大好きな姉である第四王女、アマーリアの代わりに異国へ嫁ぐことになったことは、自分で決めたこととはいえ青天の霹靂と言えた。
同盟強化のためとはいえ、別名「王の妻たちの住まう場所」などと呼ばれる後宮を持つマルフィレア国の王室に、まさか自分が花嫁本人として向かうなどとは夢にも思わなかったのである。
「ねえ、先生。後宮ってなんですか?」
アマーリアの輿入れが決まったとき、家庭教師にまず質問したのがそれだった。
一夫一妻しか知らないチェーリアにとって、姉の嫁ぎ先が遠い海の向こうであるだけでも驚きだったのに、「妻たち」とは一体どういうことかと気になったのだ。
チェーリアの質問に、教師は少し困ったような顔をした。
「後宮は先々代の王が作られたものだそうですよ。詳しい情報は分かってはおりませんが、たくさんの優秀な女性がいると聞いております」
濁された言葉にチェーリアは、アマーリアの夫になる人は多くの妻がいるのだと瞬時に理解した。
以前読んだ古い小説に、マルフィレアではないが、はるか西の国の後宮を舞台にした恋愛小説を見つけて読んだことがあるのだ。大昔に民衆の間で流行った本らしく、多くの人がその物語を知っていた。
政略結婚は仕方がない。理由があってすることだ。
それでも姉には幸せになってほしいと願うチェーリアに、教師は心配いらないと笑った。
「アマーリア様は可憐な王女様ですからね。あちらでも大切にされますよ。寵姫なんて目じゃありませんわ」
ふふっと自信満々に言われ、それもそうだと納得する。
たとえ百人の妻がいようと、アマーリアが正妻だ。
「そうよね。アマーリアお姉様みたいに可愛くて美しくて、誰もが守ってあげたくなるような女性を、愛さずにいられる男性なんていないわよね」
「そうですとも」
事実、婚約者であるセドリック皇太子の肖像画は凛々しい美男子で、アマーリアとはお似合いのように思えた。手紙のやり取りも頻繁で、一度だけ中間にある島でのパーティーで顔合わせをしたという時も、いい印象だったとみんなが言っていた。
だから、とある理由で輿入れが困難となった姉の代わりになったのが、彼女とは正反対のチェーリアであることに少々――いや、かなり申し訳ない気持ちになったのは事実だ。
これはあくまで政略結婚。見た目は重要でない。
それでも小さくもないし、可憐でもない。お世辞にも女性らしいとは言えない王女であるチェーリアを妻にするなんて、相手が気の毒だとさえ思ってしまうのは否めない。
それでもチェーリアの決定に気遣う素振りを見せた侍女のジータたちには、晴れやかに笑って見せる。
「そんな顔をしないで。大丈夫よ。むしろわたくしが百一人目の妻だというならかえって気楽というものじゃない? 結婚式だけわたくしで我慢して下さればいいんだから。ね?」
そう。この同盟に必要なことは縁をつなぐこと、それだけ。形だけの妻で全然かまわないのよ――。