脱兎の狐さん
広がる木々の風景、一見ダンジョンから脱出できたと思わせる自然な景色だ。しかし、穂香は既にここはまだダンジョンの中だと結論付けていた。
穂香がここがダンジョンの中だと言う根拠は3つある。
一つ目の根拠は不思議な門の存在だ。穂香が不思議な門をもう一度くぐると、ここに来る前にいた洞窟の中に繋がっていた。だが穂香がダンジョンに最初に踏み入れた時は、不思議な空間の歪みのようなものだった。ただ、これだけではダンジョンに別の出入り口があっただけかもしれないので根拠が薄い。
二つ目は電波が圏外であることだ。スマートフォンを持って周囲を歩いてみたが、アンテナ一つ立つことはなかった。しかしこれも単に電波が繋がりにくい場所にいるだけかもしれないので、説得力に欠ける。
そして最後の根拠だが、これは間違いないだろう。ダンジョンの外にモンスターはいない。
ヴヴヴヴヴ~!!
「い~や~!!」
懸命に走る穂香の後ろからは、カマキリを大きくしたようなモンスターが飛行して迫ってきている。巨大カマキリは歩行スピードこそ遅く、長距離飛行もできないようだ。それでも体の色と同じ緑色の前羽を大きく開き、透明な後羽を羽ばたかせてジャンプするように短距離飛行を何度も繰り返して迫ってくるので引き離すことができないでいた。
恐ろしいのは巨大カマキリの両腕の大きな鎌で、穂香の良く知る虫のカマキリの前脚はサメの歯のように鋭くとがったギザギザの突起が並んでいる感じだが、巨大カマキリの鎌はそれとは違いまるで本当の鎌のように鋭く滑らかな刃のような形をしている。その鎌は見た目ばかりでなく、切れ味が鋭いことは間違いない。穂香が気を背に休んでいたところに、突然現れた巨大カマキリに驚いて腰を抜かした際、その鎌で穂香が背にしていた木をいとも簡単に切り裂いてしまったのだ。
それを見た穂香は脱兎のごとく逃げ出して今に至るというわけだ。
(蟻からカマキリにレベルアップはずるいよ! カマキリ怖すぎる! やっとダンジョンから出られたと思ったのに~~!)
頑張って走る穂香の横を実に楽しそうに並走するシロの姿があった。
そして、シロから『戦う、頑張って!』という思念が飛んできて穂香は愕然とした。
(さっきのスライムはノーカウントだったの~~!? じゃあ、今回はお願いすれば……。いやでもあのカマキリの鎌はさっきの蟻とは比べ物にならないくらい危険だよね。シロを危ない目に合わせる訳にはいかないよ。だったらやっぱり遠距離攻撃が一番だよね)
シロにお願いしたら喜んでカマキリに挑みそうだが、危ないことはさせられないと穂香は覚悟を決めた。すぅっと息を吸い込み、背後から穂香目掛けて一直線に飛んでくるカマキリを横に飛んで躱した。
『狐火!』
穂香が息を強く吹くと青白い炎が勢いよく穂香の口から噴き出た。その炎は、まだ着地にする前の巨大カマキリに直撃した。
「やった! 当たった!」
穂香が自分の攻撃が当たったのを喜ぶのもつかの間、巨大カマキリは炎を嫌がるように振り払うことで体に付いた火を消してしまった。そして、巨大カマキリは穂香の思わぬ反撃に怒ったようで、両鎌を大きく振り上げ威嚇し、躍起になって穂香に突っ込んできた。
「わぁ~!? ごめんなさい~〜!!」
再び逃げ出した穂香を追って木々を切り倒してながら、巨大カマキリが迫ってくる。とはいえしばらく逃げるうちに、巨大カマキリの移動方法は短距離飛行しかないことに穂香は気が付いた。
(思ったより動きが単調? 移動の隙を狙えば攻撃できそうな気がする)
冷静になった穂香は先ほどの要領で、穂香目掛けて飛行してくる巨大カマキリを横に飛んで躱した後に狐火を浴びせること数回。巨大カマキリは上手く飛ぶことができず、墜落してしまった。どうやら透明な後羽が所々焦げてボロボロになって、飛べなくなってしまったようだ。
(今がチャンス!)
『狐火!』
それを勝機と見た穂香は燃えてっと念じながら狐火を巨大カマキリに向けて放つ。ついに巨大カマキリは狐火に呑まれ、地に付した。
「た、倒したの?」
穂香は倒れた巨大カマキリを見詰める。すると巨大カマキリの死骸は穂香に見守られる中、徐々に地面に沈んでいき消えてしまった。
「はぁ……はぁ……、やったよ」
こみ上げた達成感にグッとこぶしを握った穂香を祝福するように尻尾を大きく振ったシロが嬉しそうに穂香の周りを駆け回る。
「はぁ……、喉……乾いた……お水……」
穂香は疲れ切ってしゃがみ込み、狐耳をぺたんと閉じた。そして、乾いたのどを潤すために水筒を取り出そうとステータスボードで収納画面を開いた。そのまま、カバンを取り出そうとした穂香は収納画面に表示された見覚えのないものを見て首を傾げた。
「あれ? 何か……増えてる?」
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<収納>
5/100
・ショルダーバッグ
・スライムの皮膜 ×1
・白刃蟷螂の鎌 ×1
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収納画面には、穂香が入れたカバン以外に入れた覚えのないものが表示されていた。
読んでいただきありがとうございました。