高校受験
この物語はフィクションです。
ご都合主義的要素がふんだんに含まれております。
その点をご了承いただける方に読んでいただければと思います。
葉桜高校の教室で、学生服を着た生徒達が真剣に解答用紙と向き合っていた。ただし、生徒たちが着ている制服に統一感はない。それどころかこの高校の制服を着用している生徒は一人もいなかった。
それもそのはずで、今日は高校入試の試験日。近隣の中学校から志望者が受験に来ているのだ。
稲森穂香も葉桜高校を志望している中学3年生だ。穂香は教室で本日最後の試験科目である社会の回答用紙の最終確認を行っていた。
(1192年に征夷大将軍になったのは源頼朝で、1985年に制定されたのは男女雇用機会平等法? ……よし! 全部埋めたし、きっと大丈夫!)
ほのかは自分で自分を勇気づけて、試験の終了を待った。
「はい。それでは皆さん、時間になりましたので回答をやめてください」
プリントが回収されていく。
(ふ~、終わった~)
試験会場ということもあり他の人の目があるので、見た目上は姿勢を正し、しっかりした様子を取りつろっているが心はぐてっとだらけていた。
試験の最終科目が終わったので、受験生は先生に退室を促され教室を後にした。穂香も同様に教室を出て、高校の校門前にやってきた。
周りを見てみると同じ高校の出身者で集まっていたり、おそらく他校でも部活や塾で交流のあった人たちが集まって試験の結果について話している。穂香は、時々同じ中学校の生徒とあいさつを交わしつつも、そのまま校門の前にいた。
「おっつー」
穂香が声がした方に振り向き、やや視線を下に下げるとやや眠そうな顔をした少女の姿があった。ほのかの身長は女子にしてはやや高めの170㎝を超えており、150㎝を切る小柄な少女を見ようとするとどうしても視線を下げるようになってしまうのだ。
「みゃーちゃんもお疲れ様」
穂香が少女に笑顔を向け言葉を返す。少女の名前は夏目美夜子。穂香の幼馴染である。家が隣同士であることから、幼稚園から高校の受験先まで一緒という長い付き合いだ。別に幼馴染だから必ず仲がいいというものではないだろうが、この二人は仲のいい関係を気づいてきた。
「みゃーちゃんはテストどうだった?」
「ん、ばっちり」
美夜子はぐっとサムズアップして答えた。
「穂香はどうだった?」
「ばっちり! ……って言いたいところなんだけど。社会がね~。なんとか回答欄は全部埋めたけど不安だよ~」
あれは違ったんじゃないだろうかとか、もっと勉強しておけばよかったと穂香は頭を抱えた。
「まぁ、穂香ならきっと大丈夫。心配し過ぎ」
美夜子はそう言って、穂香を励ますように背中を叩いた。肩を叩かないのは手が届かないからではない……きっと。
二人並んで帰路につく。高校から家まで徒歩で15分。偏差値が丁度よかったというのもあるが、二人にっとてはこの立地が魅力で葉桜高校を選んだといっても過言ではない。
「ねぇねぇ、せっかくだし打ち上げ行こうよ」
「え~? 明日じゃダメ?」
「何か予定あるの?」
「ゲームが私を待ってる。我慢しすぎて手が……」
そう言って美夜子はほのかに震える手を見せる。禁断症状で多が震えているというアピールだ。美夜子は試験勉強のためにしばらくゲームを我慢していたのだ。
ほのかは目を細めて言う。
「でもゲーム我慢してたのってここ一週間くらいの話だよね?」
試験前なのにギリギリまでゲームに手を出していたのをほのかは知っている。また、美夜子が自分より要領がいいことを知っているので注意したりはしてこなかったのだ。
「一週間は私にとって長い」
「明日でもいいけど、徹夜でゲームして起きてこないなんてことないよね?」
「……保証はできない」
美夜子はプイッと視線を逸らした。
「カラオケ行って、うちで夕ご飯食べていきなよ。お母さんもそのつもりで用意してるだろうし」
美夜子の親は海外赴任中なので、よく稲森家で食事をご相伴にあずかっているのだ。
「まぁ、それくらいなら」
二人は家への帰路を外れて、チェーンのカラオケ店に寄り道した。そして数曲歌った後、ドリンクバーでお代わりのジュースを入れ一息つく。
「高校生になったら、アルバイト始めようと思うんだ。みゃーちゃんも一緒にバイトしない?」
「バイトやだ、働きたくない」
「じゃあ、部活入るの? またバスケ部とか。みゃーちゃん運動神経いいから」
「部活はもういい、面倒くさい。正直もう体育会系のノリについていけない。身長小さいから高校生になったらレギュラー取るの難しいし。私は勝てない勝負はしない主義」
美夜子はグラスに挿したストローで飲み物をかき混ぜながらほのかに聞く。
「穂香は何でバイトしたいの? バレー部は入らないの?」
穂香はその高い身長を活かして、バレー部のレギュラーとして活躍していたのだ。
「う~ん、高校は将来のことも考えて料理とかやりたいなって思ってるんだ。だから、飲食店のアルバイトとかしてみようかなって。アルバイトすればほしい調理器具も買えるし、家で料理する材料費も稼げる。食べに行きたいお店とかにも行けるからね」
「なるほど」
美夜子は、確かに高校生ともなれば将来のことも考えていかなければならないだろうと感心した。
「みゃーちゃんは将来なりたいものはあるの?」
ほのかの質問に美夜子は、ぐっとこぶしを握って答える。
「プロゲーマーに、私はなる!」
「あはは、みゃーちゃんゲーム上手いし好きだもんね~」
「うん、そもそもバスケは体力作りと状況判断能力を養うためにやってた。すべてはプロゲーマーになるため」
「え? そんなに前から決めてたんだ」
穂香は驚いた。美夜子は自分以上に将来のことを考えていたようだ。
「将来も大事だけど、もっと女子高生ライフを楽しもうよ~。何かしたいことないの?」
「したいこと……。旅行とか行きたいかな。温泉好きだし」
「いいね。じゃあ夏休みまでにお金貯めて旅行しようよ」
「ん、そうだね。働かなくても稼げる方法を考えないと」
「みゃーちゃん……」
穂香は真剣な顔で悩み始めた美夜子に苦笑いをするのであった。
読んでいただきありがとうございました。