53.孤立無縁だが幸せな攻防
真実は我々の胸の内に秘めるべきだ。義父になるシモーニ公爵リベルト様と頷き合う。
国王は、事実上の監禁生活が待っていた。だがそれも幸せな方だ。平民になった側妃とヴァレンテは、今後表舞台に出ることはない。ここ数日姿を見せないメーダ伯爵アロルド様が処分に動いたはずだ。溺愛する姫を悲しませた者を、有能なアロルド様が許すわけもなかった。
王妃と第二王子は、アナスタージ侯爵が忠誠を差し出して、助命嘆願した形だ。今後、姫に関わらないことを条件に認められるだろう。
婚約者のジェラルディーナ姫は、心が透明で純粋な方だった。隠し事が出来ないし、素直すぎて貴族令嬢らしくない。だからこそ素晴らしいのだが……悪い男に食われないよう守るのは、私の役目だろう。このような名誉を得た幸運、美しい彼女の隣に立つ権利を与えて頂けたことは、騎士の叙勲より価値があった。
「ジェラルディーナ様、そちらの書類を……」
「ルーナと呼んでください。そうお願いしましたわ」
ぷんと頬を膨らませて、唇まで尖らせる。淡いピンクに彩られたその唇が、魅惑的に誘う……いや、そんな邪念を持つのは間違っていた。彼女はただ不満を露わにしただけ。何の話だったか?
「ですが、まだ婚約者ですから。それにジェラルディーナ様は私の主君です」
柔らかく拒む。御名を口にできるだけで嬉しいのに、愛称など! まだ早い。私が暴走したらどうするのか。この方は美しい姫君だが、身勝手な欲の対象にしてよい人ではないのだから。戒めのために、距離を置く呼び名が必要だった。
「騎士だからですか? だったら騎士をやめてください」
思わぬ発言に、あんぐりと口を開けて止まる。何を返そうとしたのか、頭の中は真っ白だった。愛称を呼ぶために騎士を辞職しろ、と? 本当に、この方が口にしたのだろうか。口と同じように見開いた目は、尖らせた唇に釘付けだった。
「ルーナ、無理を言ってはいけないよ」
窘めるように間に入る公爵の声に、慌てて表情を取り繕った。瞬きして口を閉じ、ごくりと生唾を飲む。今聞いたことは幻聴だ、都合のいい言葉を切り取って記憶しないよう自分に言い聞かせた。
「無理ではありません。我が侭です! 私の我が侭を許すと仰ったでしょう?」
ふふっと笑うその顔に、視線は釘付けだった。唇が弧を描き、リップの艶が目に焼き付く。あの唇に触れたいと欲が疼いた。
「我が侭か、それなら仕方ない」
「え?」
思わず無礼も失礼も投げ捨てて、本音の疑問が溢れた。いいんですか? 仕方ないと許したら、私が暴走しますが? 必死に訴えるが、リベルト様は無情にも目を逸らした。あ、ずるい! 娘の前でいい顔しようとしてますね? それでいて私が暴走したら、アロルド様と一緒に追求するつもりでしょう!
私の予想はおそらく当たりで、期待に満ちた我が姫の希望を叶えない選択は出来ない。心に太く重い理性の鎖を巻いて、私は了承するしかなかった。
「畏まりました、これからはルーナ様とお呼びします」




