26.私は父親として失格だった
王都へ続く街道の途中で、大きな川を渡る。以前は国境だった川の向こう側が、シモーニ公爵領だった。かつて小国として独立した土地は、豊かな実りと温厚な人々によって築かれた平和が馴染んでいる。
この小国は直系王族が絶えたことで、我が国に併合されることになった。戦いを望まない国民の気質が、隣国の庇護下に入ることを受け入れたのだ。調印式で我が国の領地となった小国は、当時王弟であった父上が拝領した。それ以降、小国であった頃と変わらぬ文化を保ち、静かで平和な日々を繰り返している。
母上がこの小国の公爵令嬢だった。直系ではなくとも王族の血を受け継ぐシモーニ家は、領民にとって国王と変わらぬ存在として愛されている。それが伝わるから、両親はもちろん、私達もこの領地や領民を大切に愛し守るのだ。
「もうすぐですわね」
父が生きていたら、孫ルーナの王都行きを断固として拒んだだろう。橋を越える馬車の窓から見える景色に、頬を緩める愛娘の横顔。己の罪が胸に突き刺さる。私も妻も、選択を間違えた。
この子の未来を思って手を離したが、本当にルーナの将来を考えるなら親の庇護下で過ごさせるべきだった。今になれば分かる。王都に出向いた時、遠慮がちに微笑む彼女の姿ばかり見ていた。距離があるようで寂しく、だがどう伝えればいいか迷った。
王宮の夜会で顔を合わせれば、王族の姫君さながらに振る舞うルーナは遠くて。挨拶をした後の言葉は上滑りした。まるで気持ちの通わない外交のように。あれは私達の罪だ。窓の外の故郷に目を輝かせる今の姿が、本来の娘なのだとしたら? 私は彼女から、本当の笑顔すら奪ったのか。
「ああ。ようやくルーナと帰ってきたな」
被害者は娘だ。なのに、私が泣きたくなるなど……。振り返ったルーナの明るい表情に釣られ、沈んだ気持ちが浮上する。柔らかい笑みを返せただろうか。
「お父様、よろしければ膝枕をしますわ」
夜通し走る馬車の旅は辛かろう。そう考えて眠る娘に膝を貸したが、まさか逆に気遣われてしまうとは。情けないと思うより、喜びが先に立った。
まだやり直せるのか? お前が私達を拒まないなら、溢れんばかりの愛情を注ごう。過去に注げなかった分の愛や慈しみを、ルーナに示したかった。今度こそ、間違えたりしない。たとえ、シモーニ公爵家が王家に睨まれるとしても、私はお前の望みを叶えたいのだ。
言葉に甘えて横になる。窮屈な馬車の中で、柔らかな娘に触れてその温もりに目を閉じた。まだ取り戻せるものはある。がたんと大きく揺れた馬車に、優しい手が頭を支えた。触れるやや冷たい指先は、私を許すように頬を撫でる。
この子は優しいから、私達を責めたりしない。その気持ちに甘えないよう、ルーナを包み込んで愛そう。彼女自身の意思で選んだ人に渡すまで……いっそのことそんな日が来なければいいと願うのは、父親として失格なのだろうね。口元が歪んで、胸が苦しかった。




