18.では我々はこれで
「今後のことは改めて話し合えばよいと思います、母上」
重ねて譲歩を求めたのは、王太子パトリツィオ殿下でした。少し考えた後、王妃様はにっこりと笑顔を作ります。長く一緒にいた私には分かります。あれは納得できないけれど、外交上の理由などで譲歩した時のお顔でした。
「そうしましょう。一ヵ月程したら、また会いたいですわ」
「ありがとう、ございます」
ぎこちなくなかったかしら。上手に微笑んでいる? 自分の顔も声の調子も操るよう教えていただいたのに、実践できているか分かりません。お父様が握る手の温もりが、私を支えていました。ここでお話は終わりとばかり、侍女達がお茶と茶菓子を入れ替えます。
「ところで、次期王太子殿下はパトリツィオ様で確定ですかな?」
お父様が別の話題に振りました。この場で相応しい話題は限られるため、一般的な疑問を口にしたのでしょう。正式発表はまだなので、私も気になりました。
「貴族議会との調整は必要だが、今のところパトリツィオ以外に直系の男児がいないからほぼ決まりだろう」
国王陛下がにこやかに応じます。先ほどまでと感情を切り替えて対応できるのは、この方が王妃様と一緒に国を支えてきた王族だからでしょう。この国の王族は、他国に比べて手にする権力が小さいのが特徴です。貴族の決定権や意見を無視できない風潮がありました。
だからこそ、交渉や調整の能力は高いのかも知れません。複数の国で調停などが行われると、我が国が調整役に呼ばれることも少なくないのです。
「あとは婚約者を決めるだけね」
王妃様が私を見ながら微笑みます。貼り付けた笑みのままで応じましたが、お父様はパトリツィオ様に向き直りました。
「よい婚約者を得て、早く国民を安心させてくだされ。では我々はこれで」
話を打ち切ると、私の手を握ったまま立ち上がります。当然、私も一緒に席を立ちました。慌てて一礼し、最低限のマナーだけは守ります。青ざめた王妃様をよそに、パトリツィオ様は優雅に挨拶を返してくださいました。
「お気遣いありがたく。シモーニ公爵ならびにジェラルディーナ嬢もお気をつけて」
「ありがとうございます」
扉のところでようやく手を緩めていただけました。手を握って歩いたのなんて、幼い頃しか覚えがありません。不思議と心地よかったので、離すのが惜しく感じました。お父様は私の手を下から支えて室内へ一礼し、私もカーテシーを披露します。
そのまま廊下に出た私を、エスコートするお父様が大きく深呼吸しました。緊張しておられたのですか? 国王陛下は従兄弟ですのに。
「悪いがすぐに出発する。荷物はすべて置いていくが……大丈夫か?」
「はい。私物のほとんどは屋敷にありますわ」
王子妃教育の一環として自室はいただいておりますが、勉強関係の本や文具が中心です。ドレスも着替え用に持ち込みましたけれど、大切な思い出の品はすべて屋敷でした。
「ふむ、ランベルトには褒美が必要だな」
その言葉で謎が解けました。私物を王宮に置かずに持ち帰る話は、執事ランベルトから聞いたのです。私も王宮の部屋は借り物という意識があり、当然のようにその考えを支持しました。お陰で今回は持ち出す物もなく、とても楽です。
「兄上が心配している。早く屋敷へ帰ろう」
メーダ伯爵であるアロルド伯父様が王都にいらしたのですか? お会いするのは久しぶりなので、とても楽しみですわ。




