17.不思議な合図に困惑しました
「お……王妃、様?」
震えながら声をかけると、王妃様はひとつ深呼吸をなさいました。気持ちを落ち着けておられるのかしら。すぐに笑顔を浮かべましたが、なぜだか恐ろしく感じます。貼り付けた仮面のようで、笑顔ではないと思ったのです。緊張に渇いた喉をごくりと鳴らし、用意されたお茶に手を伸ばしました。
「ジェラルディーナ」
お父様が私の名を愛称で呼ばない。これは合図のひとつで、二つの意味がありました。公爵令嬢としての振る舞いを求められる時や、外交上の場で他国の方がおられる時……今回は違います。であれば、動いてはいけないと危険を知らせる時の呼びかけでしょう。
カップを一度手に取った私は、膝の上に置いてからそっと戻しました。王妃様はその所作を食い入るように見つめています。指先が震えそうになるのを堪えながら、作法通りに置いたカップは音もなく元の位置に収まりました。
「どうしたのかしら。震えているわ。具合が悪いの? 部屋に戻りましょうか」
「いえ、お気遣いなく」
声をいつもより強く張って、私は口角を持ち上げました。笑みに見えるかどうか、ぎりぎりの表情です。この緊張感が怖くて、早く逃げ出したくて両手を膝の上で握りました。その上にお父様の温かく大きな手が重ねられます。ほっとして肩から力が抜けました。
顔を上げる勇気が出て、王妃様を正面から見つめます。悔しそうで、どこか悲しそうな。何かを堪える顔で眉を少しだけ寄せて、それでもお美しいと感じました。凛とした百合を思わせる方ですわ。
「領地に戻り、正式に婚約の申し出があってから判断いたします。今回の婚約解消は王家の過失である以上、我が娘にも考える猶予をいただきたい」
この程度の譲歩は当然だ。お父様の言葉の端端からは、王家と距離を置こうとする意思が見られました。王家に私が嫁ぐことを良しとしない風潮があるのかも知れません。お祖父様が王弟殿下だった経緯から、目を掛けていただきました。
親戚として親しく過ごしましたが、他の侯爵家や伯爵家も王妃を差し出すことは可能です。現在の王妃であられるリーディア妃が私を大切にするほど、お父様やお母様に批判が集まったのでしょうか。他家にしたら、私は邪魔者です。
産まれた時から王妃になるべく育てられた公爵令嬢。その地位や生まれから決まった話であっても、第一王子殿下に婚約破棄を申し渡されるような、不出来な娘ならば交代も止む無し。そんな世論があっても当然ですわね。
なぜか……私は自らが領地に帰ることを疑いませんでした。お父様の態度はもちろんですが、心のどこかで王妃様を信じきれなくなったのだと思います。じっと私を見つめる青い瞳が、ひどく恐ろしく……触れるお父様の手を握り返しました。
「王妃、そのくらいは譲歩しても良いのではないか?」
無言になった王妃様に尋ねる形で、国王陛下が念押しなさいました。




