11.私の実の娘になってくれないかしら
国王陛下に微笑みかけ、王妃様に助けられて身を起こした私は事情を聞いて溜め息をつきました。なるほど、そういう事情だったのですね。
メーダ伯爵家を継いだ伯父様は、本家の跡取りとしては気性が激し過ぎました。そこで次男であるお父様が本家を継ぎ、伯父様は補佐に回られたのです。苛烈な性格を、弟であるお父様が制御することで本家も分家も纏まり、シモーニ一族は安泰となりました。
その伯父様の領地は、我がシモーニ公爵領と王宮の中間に位置しています。今回の婚約破棄騒動を受けて、伯父様は兵力や兵糧をかき集めたのです。噂はすぐに広まり、王家の対応に眉を寄せた各貴族家が追従しました。まだ数日だというのに、伯父様の元に集まった兵力は大きいと聞きます。
「どのくらいの兵力が集まっているのですか?」
「王都を守る近衛直属部隊のおよそ2倍よ」
「まぁ……」
驚きの声を上げた私に、王妃様は微笑み、国王陛下は青褪めていました。攻め込まれたら士気の低い近衛兵は逃げ出すでしょう。王妃様はそう言い切ってからりと笑います。まったく怖がる様子もなく、そのほがらかさは心地よいほどでした。
「なるようにしかなりませんが、シモーニ公爵は戦を止めるでしょうね」
先を見通した王妃様の発言に縋るように、国王陛下は無言で頷きを繰り返します。こういうお人形、見たことありますわ。確か隣国のお土産で有名な赤い牛……でしたか? 頭が揺れるように出来ていて、こっくんこっくんと首を縦に振る姿が愛らしかったと思います。
「お父様もお母様も、戦いで人が死ぬのはお嫌いですわ。もちろん私も望みません」
「そうね、シモーニ家の本家は穏やかですもの。私は分家のメーダ伯爵に近いのよ。もし私が最愛の娘を傷つけられた立場なら、国王の首を獲るでしょうね」
首を獲ってしまうのですか? 王妃様なら、剣を手に戦う女騎士も似合うと思いますが……少し血腥いお話ですね。眉尻を下げて困惑した顔で、頷くことも出来ずに聞く私の金髪を王妃様の手が優しく撫でる。とても心地よくて、気づけば目を伏せていました。
「メーダ伯爵はまだ兵を集めているところで、シモーニ公爵は兵の招集を止めるでしょう。一時中断といった形に落ち着け、公爵は王城へあなたを迎えに来るわ」
お父様がお迎えに……私は領地に帰れるのですね。婚約破棄された私を迎えに来てくださるなんて、何という幸せな娘でしょうか。お父様とお母様の娘に生まれたことへの感謝が絶えません。
「パトリツィオを覚えていて?」
「はい、第二王子殿下ですね。とても優しく接していただきました」
「あの子と婚約して欲しいの。今度こそ、私の実の娘になってくれないかしら?」
ひとつ年下で、お優しくて穏やかな第二王子パトリツィオ殿下――あの方の妻に私が望まれている。パトリツィオ殿下は王妃様の血を引くご子息です。王妃様はまだ、私を娘に望んでくださるのですか。ヴァレンテ様の御心を逃がしてしまった私でも、構わないと?
「ここで返事をしなくていいわ。シモーニ公爵が到着して、改めて話しましょうね」
はいと小さく声に出し、私は暖かくなった心を両手で包む。胸元を覆う形の手に、まだ希望は残されている気がしました。