第五話 +コラムその12
そして風景は塗り変わる。
老人が部屋の中央に座して、先ほどと同じ言葉を繰り返す。
「ヒントはこの部屋だけだ、ここは倉庫なのか、それとも何かの作業場なのか」
ユーヤは部屋を歩き回る。木箱を靴がすり抜けている。
「作業場にしては机が見当たらぬぞ」
アテム王もユーヤがやろうとしていることが掴めず、曖昧な顔をしている。
「……だが僕は作業場だと思う。カイネル先王の発言しているこの位置、部屋の中央がぽっかり空いている。本来はここに机があったんじゃないかな。壁には道具らしきものがかかっているし、それにラジオもある」
指差す。木箱の上にラジオが置かれている。
「あれを聞きながら仕事をしてるのかも」
「ふむ、確かに真新しいラジオだ。高級品だな。だが、こんな部屋でどんな仕事を?」
「……僕のいた世界とは色々と違うが、職業の種類にそこまで差はないと思う。何か、気になるものがないか探してみてくれ」
そして全員が立ち回り、さほど広くもない部屋をあちこち動き回る。メイドたちも入れると十数人である。動きやすいように映写室の長椅子は取り払われ、部屋の外に運ばれた。
最初に手を上げるのはズシオウだった。
「ユーヤさん、これ関係ありますか?」
それは色とりどりのガラス片である。大きめのコインほどのサイズで、広口の瓶に詰め込まれている。
「色ガラスか、これを使う仕事に心当たりが?」
「いえ、綺麗ですから住人さんの好みが分かるかなあと」
「…………。そうか、ありがとう、続けて探してくれ」
「はいっ」
「セレノウのユーヤよ、これはどうだ」
アテム王が指差すのは壁にかけられた道具類である。錐にノミ、金づちに大きめのハサミもある。
「色々あるが、この刃物はあまり見覚えがない。特殊な道具かも知れぬ」
それは言うなれば包丁の前半分を切り落としたような、極端に寸の詰まった鉈である。何度も研がれて、よく磨かれている。
それについてコゥナがコメントする。
「うむ、これは革職人の鉈だな。なめした皮を加工するのにこのような刃物を使う」
「皮を扱う道具か……」
「それとコゥナ様も見つけたぞ、あれだ」
古本が山と積まれている場所、その物陰に何やら赤いごつごつした物が見えている。
「あれは?」
「フォゾスで獲れるツリバシガニ、淡水に棲むもので世界最大のカニだ」
「…………カニ?」
「そうだ、大きなものでは足を広げると2メーキにもなる。肉は水っぽくてうまくない」
「……インテリアとしての需要はあるのかな?」
「あまり聞かない。まあ世界最大の淡水蟹だし、物好きが飾ることもあるだろう」
「……」
ひと通り王たちの見解が示され、そこでメイドたちも発言する。
「ユーヤ様、タイトルが確認可能な書籍は51冊、すべてのタイトルを紙にまとめました」
「ああ、ありがとう」
それらはまた皆で検討する。内容はどこにでもあるような小説、詩集、健康についての本、観光案内、鳥や虫の図鑑などである。小説には内容の簡単な説明も添えてあり、ホラー小説やサスペンス小説が多いらしい。
「それと、本の間に針金が挟まっていますね」
「針金?」
水色リボンのリトフェットが示す。確かに積まれた本の隙間から針金がはみ出している。円形にまとめてあったものらしく、黒い鋼線が虹のような形になっている。
「直径は0.1リズルミーキ(約1ミリ)ほどです。表面の色合いから見て、熱処理して柔らかくしている鉄線です。この部屋にいくつか落ちています」
「なまし鉄線ってやつだね。だがかなり細いな、この細さだと針金細工に使うものを連想するけど」
「ユーヤどの、針金細工ならば真鍮線の方が一般的でござる。鉄線は錆びてしまうので飾り物には向いてござらぬ」
「……ううむ、余も手遊びに針金細工をやるが、鉄線の利点と言えば安いこと、丈夫なこと……」
アテム王からお手上げの気配が流れてくる。
「セレノウのユーヤよ、こんなことで何か分かるのか?」
「分かる」
間髪入れずに断言する。それはそのように確信してるというより、今の思考を乱されたくないという牽制の言葉でもある。
「クイズに取り組むときは、必ず分かる、という気持ちを疑わないことが大事だ」
「……だがセレノウのユーヤよ、これがクイズだとすればやはり、運次第ということも」
――運じゃないよ
「……っ」
――答えは必ず見つかる、気づくか気づかないか、その曖昧な部分を技術で埋める
――だから私たちは、番組に潜る
――潜って、一体化して、番組と溶け合っていく……
脳髄にしびれるような痛み。どこか遠くで雷が鳴ったような、全身を走るこわばりの気配。
ごくりと喉を鳴らして、浮上しかけたものを封じ込める。
「……。見たところ、一番、核心に近いのはあのカニだ」
「カニ……?」
「あれが一番意味不明だ。僕のいた世界でこういうクイズが存在したが、他の家には普通はないもの。特に見た目が奇妙なものが核心に迫るヒントなことが多かった。それはつまり、インスピレーション、創造性に関係する器物だ」
「創造性……何かを産み出す仕事ということか。余には職人の世界はあまり縁がないが」
「そう……この部屋の本来の住人は何かを創造する仕事だ。あの映画のポスターから見ても、この部屋には創造性を与えるものが詰め込まれている。そして部屋の主と、部屋とは互いに影響しあう。それを利用して解く」
「影響?」
「例えば……猫が好きな人ならば、部屋に猫を模したものがたくさんあるだろう。それを見るうちにますます猫が好きになる。もし猫をどうとも思っていない人がその部屋に住んだら、だんだんと猫が好きになるかもしれない」
王たちは顔を見合わせる。
この男が言わんとしてることがわからない、という反応である。
それはそうだろう。王たちは強い自我を持っている。自分以外の何かに「なる」という感覚など考えたこともないに違いない。
「……こういうクイズを知っていると言ったろう? それはとても優れた番組だったが、回数を重ねるうちに、ごく一部のマニアたちが解き方を会得していった。それは果たして技術的なことなのか、あるいは番組を見続けるうちに脳に変化が起こったのか、だんだんと、分かるようになったんだよ」
コゥナが、見たことのない獣に問いかけるような顔で言う。
「な、何をだ……?」
「同調、という感覚が……」
ユーヤは心を鎮め、視野を拡大させる感覚を持つ。部屋を俯瞰的にとらえて物の配置を、空いている空間の形状を掴む。この部屋の主はどのように座り、どこを見ているのか。
扉から、部屋の主として入っていく。
おそらくは中年期、ややだらしない性格だが、マニア気質で仕事にこだわりを持つタイプ。
部屋の中央、本来はあったはずの幻の机に座り、部屋のポスターをぼうっと眺める。あるいは画集やガラクタ類、カニの甲羅などを眺めて脳を創造性で満たしていく。
そして作業に取りかかる。針金を捻じ曲げ、形を作り、それに紙粘土で肉付けをする。
「なるほど、紙粘土があるんだ、それの芯材だから安い鉄線でいい……」
「……セレノウのユーヤよ、どうした?」
アテムが呼びかけるが、ユーヤには届いていない。
何かに乗り移るような深い集中。夢の中のように周囲がゆっくりと動き、脳だけが熱を持って手元の粘土細工を仕上げていく。何かを作っているという実感だけをすくいとる。
「形はできた。これをどうする。これが完成じゃない、今のこの姿勢から……」
脇に手を伸ばす。そこにあるのは広口瓶の中のガラス片。取り出すのは緑のガラス、それを目に当てれば粘土細工は緑に染まる。
これをどう加工しようか、獣の皮を貼ってもいい、小石や砂をまぶそうか、あるいはツノやキバを作ってみようか。
それはこの世の生き物ではない、想像を具現化した、新しい生物――。
そして、ある一瞬。
残りすべての連想が一気に行われ、濃霧の中に答えの言葉が。
「……怪物?」
言葉が浮上して、そして後から理屈が浮いてくる。
「そうだ。怪物の人形、あるいは着ぐるみの原型、この世ならぬ生き物の立体造形を行う職人。それがこの部屋の主じゃないか」
「怪物……ですか? でもユーヤさん、そうとだけ言われても」
「ランズワンだ!」
アテム王の声。そこには熱が乗っている。
「なるほど、そうか、まさかランズワンに潜んでいたとは。宗教的な争いなどとは無縁の町だ。盲点だった」
王は己の侍従たちを集め、早口に指示する。
「まもなく日が暮れる。急ぎランズワンの駐留部隊に早馬を出せ。他の町との通商路を封鎖せよ。明日には我々も乗り込む」
「かしこまりました」
侍従たちが急ぎ映写室を出ていく。いつのまにか映像は切られており、防音のフェルトを貼った八角形の部屋に戻っていた。
「コゥナ、ランズワンというのは?」
「うむ、映画の都だ。シュネスは国策として映画を奨励している。ランズワンには複数の映画会社があり、大規模なオープンセットも組まれたりして観光地となっている」
「砂漠にある映画の都か……僕の世界にも似たような町があるよ」
「怪物の出てくる映画はコゥナ様も好きだぞ。ランジンバフの森にも映画館があって、よく見に行ってた。それに」
「それに?」
「コゥナ様が一番好きな番組も作られている。シュネスで生まれたクイズの祭典、『アルバギーズ・ショー』だ」
その単語にズシオウも反応する。
「あっ、知ってますよ! クイズにゲームを取り入れた人気映画ですよね、月に一度かかさず見てます!」
この世界にテレビは存在しないが、無数にある映画館がその代替になっている。矢継ぎ早に新作が封切られるだけでなく、ニュースやバラエティ、連続ドラマなどがあるという。
「大陸で初めてバラマキクイズをやった番組ですよね!」
「うむ、コゥナ様だけでなく森の皆にも人気があるぞ、やはりクイズ戦士と名乗る以上、体力もなくては……」
(……バラマキクイズ)
その言葉が、心の奥深くにある何かに触れる。
それは何らかの予想とは言えぬ、ユーヤ自身ですら気づかぬ、針の先ほどの予感に過ぎなかったが。
コラムその12 移動、通信に関わる動物たち
フォゾス白猿国、コゥナのコメント
「今回は大陸で利用される動物たちについて教えてやろう。古来より様々な家畜が飼われていたが、特に近年では品種改良が進み、交通や伝達に役立っている」
ラウ=カン伏虎国、睡蝶のコメント
「妖精があまりに便利なので見落とされがちですが、動物たちもすごく優秀ですネ」
・伝書鳩
コゥナ「大陸における一般的な郵便とは馬車によるものだが、外国への手紙だと軽く十日以上かかってしまう。そのために伝書鳩も人気がある。手紙を銀写精の記録体に保管することで、一つの記録体に数百の手紙が入るのだ」
睡蝶「これは届け先で代書屋により清書され、宛先に届けられますネ、でもやはり、郵便屋さんに中身を見られてしまうのが難点ですネ」
コゥナ「鳩は長距離用と短距離用があり、特に国境を超えるような長距離便はフォゾス原産の双翼鳩が用いられる。二対四枚の羽を持ち、一日におよそ800ダムミーキを飛ぶのだ。フォゾスでは鳩の繁殖と調教が行われている」
睡蝶「手紙の他に新聞社なども利用してますネ。どの国の新聞でも刊行の二日後には世界中で読めますネ」
コゥナ「ちなみに肉はしっとりとして柔らかい。鳥にしては臭みが強いので野菜を合わせたほうがいいな」
睡蝶「味いる?」
・輸送馬とラクダ
コゥナ「馬の品種改良はこの100年ほどで一気に進んだ。馬車を牽く馬、競馬場で走る競走馬、軍馬に農工馬などはすべて違う種類だ。輸送用には力の強い紺眼種、長距離に強い草峯種などが用いられる」
睡蝶「シュネスではラクダが使われますネ。力の強いものなら家一軒を運べるとも言われてますネ」
コゥナ「岳頭と呼ばれる巨大なラクダだな。頭が大きく首が長く、顎を砂地に打ち付けて、驚いて飛び出てきた虫などを食べる。シュネスではこのラクダに小屋のような荷車を引かせ、ラウ=カンからフォゾスまでを旅する隊商が見られる」
睡蝶「でも近年では南海を回り込む船便の方が盛んで、隊商は少なくなったですネ、ちょっと寂しいですネ」
コゥナ「南海には海賊が出るから、隊商も需要はあるだろう。ちなみにラクダの肉は脂が多く臭みも強い。市場にもあまり出回らない。まずいから」
睡蝶「ラクダのコブはラウ=カンでは高級食材ですネ」
コゥナ「コブは脂肪の固まりだぞ……ラウ=カンの人間はどんな趣味を……。いや待てよ」
睡蝶「? 何ですネ、じろじろ見て」
コゥナ「なるほど、脂肪を身に付けるには脂肪を食べる……」
睡蝶「おじんくさい……」
・その他
コゥナ「大陸には他にも様々な家畜がいる。特にフォゾスでは猿や蛇、昆虫やモグラまで役立てられているぞ」
睡蝶「ラウ=カンにも伝統的な虎使いたちがいますネ。観光資源にもなってるので、一度見に来てほしいですネ」
コゥナ「虎か、味はどうなんだ?」
睡蝶「食べ物チガウ、虎はトモダチ」
コゥナ「しかし虎は人を食べるし……」
ユーヤ「強いものが弱いものを補食する。それは人間が関わってはいけない自然の掟なのです!」
アテム「おい皆の者、大変だ、ユーヤがテンションを上げている」