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第四話


ゴルミーズ王宮は広大であり、ユーヤの見立てではそれは意図的なものを感じさせた。

廊下には長い直進が少なく、部屋に対する扉の位置は安定しない。無秩序のようで計算された複雑さ、それが格式を示すとされているようだ。逆を言うなら、整然とした効率的な構造は面白味がない、という考え方があるのだろうか。


ユーヤたちはアテムの案内で奥へ向かう。居並ぶ衛兵も少なくなり、プライベートな空間に踏み込んでいると分かる。

アテムはまた服を変えており、白いスーツ姿である。


「アテム王もやけに勿体ぶるものだ、用件など飛行船の中で言えばいいだろうに」


フォゾスの姫は不満げに羽飾りを揺らす。ユーヤとしてはアテムがここまで黙っている以上、それにも理由があるのだと判断していた。


(……僕が呼ばれた以上、事が妖精に関わることなのは間違いない)


(だが、アテム王はことさら平静を装っている)


(何ほどの事でもない、と余裕を示そうとする態度に見えるが……)


「ユーヤ様、私はご同行してよろしいのでしょうか」


水色リボンのリトフェットが言い、ユーヤははっと気付くようにそちらを見る。彼女は木陰の花のように気配が薄いが、発言の瞬間にふいに意識に浮上してくる。ユーヤと同じく、自分の存在感を増減させる技術を持つのだろう。


「いいんじゃないかな……アテム王も何も言わないし」

「分かりました」


「この部屋だ」


到達するのは大きな観音開きの扉。表面は布張りであり、中にはたっぷりと綿を詰めてある。扉自体も大きく重く、シュネス側の使用人がゆっくりと引き開ける。


「これって……」


見覚えがあると思ったのは映画館の防音扉に似ていたからだ。

中は暗がり。中央に台座があり、それを囲うようにいくつかの長椅子が置かれている。


「うわあ、映写室ですね。映画でも見るのですか?」


ズシオウはややはしゃいでおり、椅子のひとつにぴょんと座る。アテムは使用人たちに指示を出し、メイドたちは外周に並んだ。

部屋は八角形に近く、天井はプラネタリウムのような半球型になっている。


「これを見ていただこう」


ガラスの立方体に銀でメッキされた記録体。それが台座に据えられ、その上に藍色の妖精を座らせる。

そして第三の眼が開く。


景色が塗り変わる。しかしそれは室内が草原に変わるほど劇的ではなかった。映写室と同じく暗い部屋。雑然とものが並び、木箱が部屋の隅に積み上げられている。壁は古いポスターや何かの標本で埋まっていた。


中央には老人。すっかり白くなった髪と枯れ枝のような細腕。厚手のガウンを着て体を大きく見せている。眼には金の片眼鏡モノクル、指にもボルトのようにごつい金の指輪をしており、複数のネックレスや腕輪もすべて金である。埃っぽい空間にあって、その豪華な装いはいかにも浮き上がって見える。


「シュネスハプトにて虚飾の時を貪る者よ」


老人は語り出す。静かながらも深い怒りを込めるような、喉の奥から火を噴くような声だ。


「かの暴虐の時代は遠のき、平和に浴する時代のいたづらに長かれども、やんごとなき教えは千万の言葉として受け継がれていたはず。恐れ多くも妖精の王の御心を踏みにじる愚帝と、それに連なる者たちよ。今すぐ異端邪説を捨てよ。唯一なる妖精の王に従い、シュネスの統一を目指すことのみが我がバッハパテラの使命である」


何人かが息を吞む。この老人の顔を知っている人物だろう。


「王威の器物はアテムの身には相応しからず。今すぐにそれを渡し、ゴルミーズを出よ。さもなくば妖精の怒りが、七十七のシュネスの都にて無辜の民に降り注ぐであろう」


唐突に映像は終わり、また映写室の眺めとなる。


「以上だ。今の人物を知らぬ者もいるだろうから、説明しておこう。あの人物の名はカイネル。かつての名はカイネル=アテム七世」


アテム王はあくまで涼しい顔をしている。そして飲み屋で見かけた愚か者について語る時のように、砕けた様子で口を開く。


「顔から火が出る思いだが、我が父ということになる」


シュネス赤蛇国とは多氏族国家である。

アテム王が属するのは最大勢力であるバッハパテラ氏族。全人口の四割以上を占める。ゴルミーズ王宮は統一政府のような立場にあり、九割以上の氏族はその統治に従っているという。


それぞれの氏族は大きな争いこそ起こらぬものの、徴税権やインフラの整備、鉱山の採掘権や水利権を巡って裁判沙汰や小競り合いが絶えないという。


「そのような混乱はこの100年でだいぶ落ち着いてきた。だが先王の言葉によれば、余は異端の王であるという」


アテムは淡々と語っている。政治や経済についての話も交えた詳細なもので、ユーヤには根本的な価値観の違いから理解が難しい部分もあったが、何とかついていく。


コゥナとズシオウはといえば、少しゆるみがちであった。ズシオウは長めの楊枝で短冊状のものを突き刺し、端から唇で噛んでいる。


「ズシオウ、それは何を食べているのだ」

「あ、これですか? ビジューシのハチミツ漬けですよ。ヤオガミから「爽石そじゃく」を持ってきてたので漬けてみました。おいしいですよ」

「なるほど、爽石そじゃくといえば臭み消しになるとかいうハチミツだな。コゥナ様にも……」


手を伸ばそうとしてひっこめる。ユーヤがちらりと見れば、その壺に描かれてるのはデフォルメされたクマのラインダンスだった。


「ズシオウ、何だその壺は……」

「かわいいでしょう? 私が絵付けしたんですよ」

「手を出しにくいだろ」

「? そうですか?」


そのようなやり取りはさておき。ユーヤが問いかける。


「カイネル先王は王威の器物と言っていたが、何か特別な品がシュネスの王室にあるんだろうか。錫杖とか王冠とか」

「いくつかあるが、万世に受け継がれている特別なものというのは思い浮かばぬ。王権授受の儀式では王冠は毎回作り直すしな。カイネルの言っているのは妖精の鏡、ティターニアガーフのことで間違いないだろう」


妖精の鏡ティターニアガーフ

かつて大乱期の終わり、妖精の王から人間の王たちに贈られたという神秘の器物である。王の身柄を10年間、妖精の世界に連れ去ることと引き換えに、様々な超常的な事象を引き出すという。


シュネスでは、鏡についての伝承が失われていた。

それは鏡の性質によるものである。王の身柄を差し出すという発動条件を、歴代の王が受け入れるとは限らない。いつか、何者かに自分が生贄にされるかもしれないと考えることもあるだろう。それぞれの国で伝承は断片的にしか残っておらず、鏡の扱いがぞんざいな国も少なくなかった。海の底に沈められなかったのは幸運と思うべきだろうか。


(この鏡を、捨てることができるなら、だが……)


ユーヤのそんな思考は一瞬のこと、アテム王の話に意識を向ける。


「ある日を境に、カイネル先王が執拗に鏡を求めるようになった。すでに玉座から退き、テンシュネットの町で隠居の身であったにもかかわらず、資材を投じて傭兵を集め、いくつかの氏族を引き入れて紛争を起こしたのだ。妖精楽土派フェザラニアの復興をうたってな」

「フェザラニア……?」

妖精王グラニムを信仰する考え方のことだ。シュネスには信仰すべき神々は多いが、妖精楽土派フェザラニアはそれらの信仰を放棄させ、ただ唯一、妖精王グラニムをのみ信じよと教える」

「……」

妖精の鏡ティターニアガーフはハイアードに奪われていた、それは取り返さねばならぬ、鏡は国内になければならぬが……。だからといって古い信仰を捨てさせることは正しくないと考えている。特にシュネスハプトではすべての信仰を認めていたからな。余の王位ではそれをもっと推し進めようと思っていた」

「……信仰の対立、か」


図式は分かった。妖精王を信じる先王カイネルと、それ以外の様々な信仰を認めるアテム。

その争いの中で、先王はついに脅迫に、テロリズムに打って出たわけだ。


「そのようなことがあり得るのか」


コゥナが発言する。


「シュネスの七十七の都にて、無辜の民に不幸が降り注ぐと言っていた。仮にも王を名乗ったものが、国民を人質にとるなど考えられぬ」

「前例があるのだ」


アテム王が銀色の妖精を握っている。写真のように映像を投影できる妖精、銀写精シルベジアである。

壁に投影されるのは打ち壊された神の像、火の手を上げる建築物。


「この数ヵ月、妖精楽土派フェザラニアの活動が過激さを増している。いくつかの古代遺跡が破壊の被害にあっており、地方都市では宗教施設が放火の憂き目にもあっている。カイネル王の指示ではないかと目されている」

「うーむ、フォゾスにも妖精王と異なる信仰はあるが、ごく自然に両立しているのだが……」

「ユーヤよ、この事態について知恵を借りたい」


アテムが告げる。


「相手が妖精の鏡ティターニアガーフをほのめかしている以上、対応にあたる人間はごく少数にせねばならぬ。兵や資金ならばいくらでも貸し与えよう。事態の解決に協力を願いたい。外遊のついでと言っては何だが、群狼国ヤオガミの国主代理であるズシオウどの、そしてコゥナ姫にも協力を願いたいのだ」


そこでユーヤは、誰にも気づかれない程度に苦笑する。


(なるほど、彼らしい)


なぜ自分が呼ばれたのか疑問だったが、ようやく理解できた。

アテム王は、自分が知恵を絞って事態に対応する、ということが想像できないのだ。

大まかな指揮は執るが、直接的に何かを考えたり、不測の事態の備えをする、というのは臣下の仕事であると考えている。


もう一つ理由を上げられる。事態をシュネスの国内問題にとどめず、あえて他国の人間を巻き込むことは、アテムが国際的な後ろ盾を持つとも言える。

妖精王を唯一の信仰対象とする、それは言ってみれば大陸では多数派の考え方だ。それをテロリストであると断じ、悪なる考え方であると断じて各国の王に対応に当たらせる。これは政治色の濃い戦略である。アテムはやはり、なかなかにしたたかな王だと感じる。


(多神教を認めるシュネスの政策、それが今後、他の国と摩擦にならないとも限らない)


(それを見越して王たちを巻き込んだとすれば、恐れ入るとしか言えないな……)


(この場に王が集まるまで事情を説明しなかったのは、一対一ではどう反応されるか分からないから、だろうか。かつてハイアードで危機に対応した者同士だ、一度に呼びかければ、協力して事態に当たらざるを得ない……)


ともかく、この場では協力すべきだろう。そう判断して発言する。


「カイネル王の潜伏先は分かっているのか?」

「分からない。こちらでも探しているが、足取りがまるで掴めないな」

「テロ行為への備えは?」

「軍の駐屯を受け入れない都市も多い。古代遺跡を標的にされる恐れもある。とても手が足らぬのが正直なところだ」

「なるほど……」


実のところ、アテム王がユーヤにどれほど期待していたのかは未知数である。先述の通り、事態に関与させただけでアテム王としては十分と言えるかもしれない。それ以上の働きまでは望んでいなかった可能性もあるだろう。


「……先ほどの映像」


だが、この世界に呼ばれた者としての宿命のためか。

ユーヤは思い出していた。先ほどの映像。部屋の雑然とした印象を。


「あの部屋がどこか分かれば、潜伏している都市も分かるかもしれない」

「どこかの邸宅の一室のようだったが、ガラクタばかりで、手がかりなど見当たらなかったぞ。窓にも鎧戸が下ろされていたしな」

「鎧戸の隙間から外を覗けないのか?」


王たちは顔を見合わせる。それに答えたのはベニクギだった。


「ユーヤどの、藍映精インディジニアの映像はある一定以上の大きさの隙間は暗闇しか見えぬのでござる。例えば壁の隙間から日光が差しているような状況であっても、その隙間を除けば闇しかないのでござるよ」

「そうですね。箱の中に顔を突っ込んでも何も見えませんし、生物の体内を見るなんてこともできないんです」


ズシオウが補足する。仮にそんなことができた場合、いろいろと悪用ができてしまうだろう。当然の仕様とも言える。


「そうなのか……だが、あの部屋……」


――ガラクタばかり。


アテム王はそう表現した。それは、この世界においてはそれが当然の発想だからだろう。

推測する意味もない。何も分かるはずがない雑然とした場所。誰もが一目でそう思う状況。


ユーヤは知っていた。かつて、そのような混沌にクイズを見出した番組が存在したことを。

しかしその推理、この世界について何も知らないユーヤに出来ることではない。


「……もう一度、映像を見せてくれ、みんなで検討してみよう」


伝えることはできる。

クイズでないものをクイズに変える、そのような新しい発想を譲渡することなら……。



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