番外編 胡蝶の館と忘れじの匠 1
ここからは番外編となります。
クイズというよりはこの世界のある一場面、日常の一コマのようなお話です。
よろしければ、しばしお付き合いください。
異世界クイズ王 番外編
胡蝶の館と忘れじの匠
海鳥が舞う。
早朝の空にて翼に風を受け、広大に広がる白亜の街を見下ろしている。
ここは大工と船乗りがひしめく造船の町、水路をめぐらす流通の街、そして経済と文化の街。
その片隅には瀟洒な公館。ささやかながらも細部に趣向を凝らし、何世代も続く屋敷のような、あるいは粋人がひそむ湖畔の山荘のようなたたずまい。
在ハイアードキール、セレノウ大使館にて、一人のメイドがホウキを振るう。
「め、め、メイドは世のたからー、そうじに、せんたくに、ひまを見つけてつまみぐいー」
踊るようにくるくると回転しながらホウキを振るうのはどこか古典的な装いのメイドである。背中に垂らした髪をオレンジのリボンでまとめている。
どういう手の動かし方をしているのか、周囲から吸い込まれるように落ち葉が集まってくる。
「男もメイド、にゃんこもメイド、へびとか煮込めばそのうちメイドー」
「メイド長」
歩いてくるのは水色リボンのメイドである。やや背が高く背筋が伸びており、銀縁の眼鏡を光らせている。
「適当な歌うたわないでください、お客様に聞かれたらどうします」
「あ、リトちゃんおはよー! 二日連続のメイド日和だね!」
「昨日がメイド日和だったのを今知りました」
それはともかく、と眼鏡を押し上げつつ言う。
「副長のリトフェットです。もう勤務中ですのであだ名はおやめください」
年に一度の祭典、妖精王祭儀。
その時期はハイアードに世界中から人々が集まり、七日と七晩の大騒ぎが続くという。それは山火事とか大嵐にも例えられるのだとか。
そのために集められたのは世界各国に散らばるセレノウの上級メイドたち。オレンジのリボンはそれらを束ねるメイド長、名をドレーシャ・ヴォーといった。
「掃除も結構ですが、メイド長たるもの優先させるべき業務もあるのでは? 書類も山のようにあるのですよ」
「会議室に積んでたやつだね! もう全部終わったよ!!」
特徴としては、まず声が大きい。
「……王女殿下の到着は四日後です。これから日ごとに忙しくなりますよ。シェフと食事についての打ち合わせや、集められたメイドたちへの業務の振り分けも」
「うん、振り分けは考えといた! シェフさんと打ち合わせもして、時間のかかる仕込みも終わってるよ。港町だからお魚が安いよね!」
「……二階に壊れている箇所がありまして」
「第二寝室の窓枠だね! 直しといたよ!!」
「……それなら結構ですが」
本来、大使館つきの上級メイドとはまさにメイドの極み。ほとんどは貴族の子女が集まる養成校から輩出され、それも成績上位で卒業した才媛に限られる。
しかしドレーシャは一般向けの国家試験をパスし、いきなり大使館勤務となった特例的存在である。
しかも配属直後にメイド長への抜擢。家事仕事のみならず、学問、運動能力、そしてクイズの知識も求められる試験において、歴代最高の成績だったと言われるが、大使館にはまだ信じてない者も多い。
「では私も仕事がありますので、これで」
そして二人が別れようとしたとき。
ぱたぱた、と息せききって駆けてくるメイドが一人。
「ドレーシャさまー!」
それはセレノウ大使館に勤務している一般メイドである。朝の気配の中で汗を散らしながら止まる。
「大変なんです」
「どうしたの! 世界の危機!?」
「なわけないでしょう」
リトフェットはツッコミながら数歩横に歩き、ぎらりと眼鏡を光らせる。そのような角度の計算は瞬時にやれるようだ。
「セレノウより送られるはずの御料馬車が破損したとの報せがありました。王女は替えの馬車でお送りするので、ハイアードではそちらにある御料馬車を使ってくれと」
「そうなの!?」
ドレーシャは背骨を思い切りのけぞらせて驚き。
そしてゆっくりとリトフェットを振り向く。
「このぐらい驚けばいいかな?」
「別にリアクション求めてませんが」
ドレーシャは姿勢を戻し、ぽんと手を打つ。
「御料馬車かあ、確か4頭立てのベリーズ式馬車だったね。じゃあ今から磨き直さないと!」
「馬車庫の中ですよ。あそこは御者や馬丁などの馬方の領土です。勝手に入ったのですか?」
「ううん、大使館が出来てからの予算書類を全部見といたんだよ! だいぶ昔だけど計上されてて、それで知ったの!」
「……そうですか」
セレノウの気風というべきか、仕事の線引きであるとか、縄張り意識が割としっかりと存在していた。
大まかにはメイドが取り仕切っているが、庭園は庭師、厨房と食在庫は料理人、そして馬車を収める馬車庫は馬方、馬にまつわる人々、という具合である。
一般メイドは汗をかきつつ言う。
「で、ですがメイド長、馬方は到着しておりません。セレノウから王女とともに来る予定でしたので」
「よーっし! じゃあ王女様が到着する前に、馬車をピカピカにしちゃうよー! おー!」
そして三人は馬車庫へと向かう。
「おー!」
「やりませんけど」
※
「ほえー、でっかいねえ」
馬車庫は大使館の裏手にあり、見た目は白一色の箱のような建物である。周囲に丈の高い樹が植わっていて、その姿を隠されている。
「なんか周りがゴミゴミしてるね?」
「少し無骨な建物ですからね。高い木を目隠しにしてるのでしょう」
こんこん、とリトフェットが壁を叩く。
「密度の高い音……カンラ岩石ですね。軟玉の一種で、宝石のように滑らかに磨き上げることもできます。高価な石ですよ」
「ふうん、実はいいもの使ってるんだぞ、ってことかな。セレノウの人ってそういうことするよね……」
両開きの戸を押し開ける。中はほこりっぽい空気が満ちており、乾燥している。明り取りの窓も下ろされているため、内部はわずかな光しかない。
そこには二頭立ての小型の馬車、王室専用の四頭立て馬車、ほか使用人向けのものや、補修部品などがぎっしり詰まっていた。馬車だけで5台ほどありそうだ。
「いっぱいだね! さすが王様だよ!」
「これでも少ない方です。シュネスのゴルミーズ宮には馬車だけで二十台ほどありますからね。来客用の馬車置き場となれば百台は軽く置ける広さでした」
「そっか、リトちゃんシュネスの勤務だったね。えーっとところで御料馬車って」
ドレーシャはエプロンが車体に触れないように歩いている。岩をすり抜けて泳ぐ魚のようだ。
ちらりと横を見ると、石灰らしき粉っぽさを感じる土のう。それに古新聞などが積まれている。
「物置きにされちゃってるねえ。お祭りの時期以外だと馬車は使わないからなあ」
やがて馬車庫の一番奥へ。
「あった、これだね! 大昔の馬車だったはずだけど、割と綺麗……」
それはやや大きめの馬車である。カボチャのような曲線的なライン、全体を房飾りや布飾りで覆い、使われている木材も一級品。何よりあちこちに数え切れないほどの彫刻がある。
けして豪華一辺倒ではないが、どことなく執拗な、全体を仕事で埋めねば気がすまないと言うような、そんな職人の意固地さを感じる。
「あれ?」
と、立ち止まるのはドレーシャ。同行していた一般メイドも止まる。
「メイド長、どうされました?」
「これどうやって出すの?」
ぽつんと落とされる疑問に、数秒遅れて言葉が返る。
「ええと、まず他の馬車を出してから、車輪の留め金を外して……」
「そうじゃなくて、これ出ないよ。入り口より大きいもん」
それにはリトフェットが反応する。すばやくポケットから巻き尺を取り出して馬車に当てる。
「幅2メーキと41リズルミーキ……公道の通行幅ギリギリですね。確かにかなり大型ですが……」
国によって多少の差はあるが、ハイアードでは馬車は幅5.3メーキ以下の道には入ってはいけないという法律がある。通行人も考慮すると2.41メーキは許容範囲の限界というところだ。
実際には御料馬車となれば大通りしか通らないので、あまり問題にはならない。
リトフェットは入り口にも巻き尺をあて、そして一瞬だけ驚嘆の色を見せる。
「2.35メーキ……確かに通りません」
「やっぱり!」
ドレーシャは正面からシルエットを見る。普通の馬車ならば、最も横幅のある場所は車軸であるが、この馬車は土台に客車部分がかぶさるように作られており、客車は車軸の幅とほぼ等しく作られている。
やや外側に膨らんだような扉。花がつるを伸ばすように、木材を曲げて外枠にしてある客車。どれも横幅を一杯まで使っている。内部は四人乗ってもまだ広々と感じるだろう。
「とりあえず、そこのあなた」
と、リトフェットが一般メイドを指差す。
「はい」
「馬車を磨き上げねばなりません。それと他の馬車も一度外に出しましょう。一般メイドたちを集めて、この馬車庫の物を全て出すように」
「分かりました」
メイドはスカートを軽くつまみながら走り去っていく。
ドレーシャは馬車の周りをうろうろしていた。
「おかしいなあ」
「どうしました、メイド長」
オレンジのリボンを揺らしつつ、かんかんと土台の木材を叩く。何年も乾燥させている一級品の木材であり、金属に近い音が鳴った。
「これ釘がほとんど使われてない……セレノウの職人技だよ。材木に溝を刻んで組み合わせて、乾燥して縮むとがっちり噛み合うように出来てる」
「そのようですね」
「解体できないよ……どうやって出し入れするんだろう」
ドレーシャは馬車と入り口を何度か見比べる。四角い入り口。扉を外したとしても間口の広さは変わらない。頭の中で馬車を立体的に描き、回転させたり斜めに突っ込ませたりしてみるが、やはり通らない。
リトフェットはかるく髪をかきあげて、やや気だるげな声を出す。
「大した問題ではないでしょう。そもそも馬車は男たちの管轄です。我々は磨き上げておけば仕事は果たせます。出し方については馬方に任せればいいのです」
「ダメだよ!」
ぴょん、と御者台に飛び上がり、ぐっと拳を握る。
「メイドたるもの! 屋敷のことは全て把握しないといけないの! こんな謎を放置したままじゃメイドの名折れ! なんとか真相を突き止めるよ!」
「面白がってるだけじゃないでしょうね」
「それが大半だよ!」
「素直に認めすぎです」
ふう、と息をついてリトフェットは頭を抱える。
そうこうするうちに一般メイドたちが入り口から入ってきて、高い位置にある採光窓を開けたり、内部の補修部品、石灰の土のうなどをバケツリレーで外に出していく。
「ま……素直にセレノウに手紙を出すべきかも知れませんが、それでは面白くありませんね。それにメイドたるもの。誰にも頼れない状況でも正しい判断をせねばならない。ここはお手並み拝見と行きましょう」
「ん? 聞こえないよリトちゃん」
「いえいえ、何でもありませんよ」
※




