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第二十七話 +コラムその14



廻牢エンロ型墳墓だ!」


「こちらのポイントです! 太陽鳥ラーレーを追い抜きます!」


船体がきしむ。二つの巨体が風洞の中ですれ違う。

無数の紫晶精アメンジアを引きずるロープが砂地に落ち、枯れたサボテンを砕いてなお進む。二本の溝が航跡のように残っている。そして航跡が絡み合う上空で、黒の船が赤の船を追い越す、そのさまは日蝕のごとく。


「ぐっ……こ、このようなクイズに、何の意味が」


カイネル王は手すりにしがみつきながら、最大となっているラジオの音声に意識を絞る。窓の外を太陽鳥ラーレーの船影が流れていく。


「だ、だがあの二人……妙に食い下がる。攻めた早押しをしているのか……」


追い抜きの際は問い読みに空白が生まれる。その隙を見てスタッフに言葉を投げる。


「そこの者、今の得点状況はどうなっている」

「はい、カイネル様47点、コゥナ様とズシオウ様のチームが29点です」

「何……?」


まだ15問も終えていないはずだ。その得点状況の意味が一瞬、飲み込めない。


「む……そうか、通り過ぎた竜の爪ドレニアの数を基準とするのだったな」


そして前方を見る。すでにシュネスハプトの市街地は遥か後方。耕作地や牧場なども遠ざかり、広大な砂漠地帯に入っている。行けども行けども止めどない砂丘の波。時おりラクダや蛇の立てる砂塵が見えるのみ。

そして風の道の真下には、旅人を導くエメラルド色の柱が。


「……待て、それでは、まさか」


ふと去来するイメージ。この先には何がある。遥か東の果てにはラウ=カンとの国境。そこに至るまでには無数の遺跡とオアシス、そして竜の爪ドレニアが。


――問題。シュネス歴413年、赤の運河と呼ばれる/ラト


「ぐっ」


ぴんぽん


地導船ちどうせんだ!」


信号の往復。


「向こうのポイントです! 再び追い抜かれます!」

「まっ……まずい、ここから先、竜の爪ドレニアが増える!」


カイネルの焦りの顔の意味を察したものがいたのかどうか。

視点が急速に戻り、シュネスハプト郊外の飛行場へ。

蒼穹を見ながらアテムが問う。


「問題が、公平ではない……?」

指標柱ラペラというのは、遥か古代からあると聞いている」

「うむ、古代の王朝がそれぞれ同じようなものを建てたからな。時代によってオアシスの位置や町の位置が変わるため、何度も建て直されたのだ」


アテムは加えて説明する。砂塵に耐える強固な造りであるため解体が困難なこと。古い時代のものでもそれなりに有用である事などの理由で、長い年月そのままに放置されている柱がほとんどだとか。


そして柱がもっとも集中しているのは、長年に渡って鳥が渡りに使う風。それを目印として隊商キャラバンが東西を結ぶ風。

すなわち商人の道カム・ビザールに沿っての範囲である。


「ユーヤよ……異世界人であるそなたが、いつの間にそんなことを」

「いくつかの推測と……シュネスの基本的な情報は仕入れていたからね。アルバギーズ・ショーの過去回でも何度か出てきた話だし」


確かに、それは極めてマニアックな知識とまでは言えない。ユーヤが把握していても不思議はなかった。

だが。


「それが何の意味を持つ? 問題によってポイントが大きく異なる、それがゲームに偶然性を産んで盛り上がりに繋がる……ぐらいのことだろう」

「僕の世界の基準だと、5メーキの距離から0.145リズルミーキの隙間を見分けられれば標準的な視力と言われていた」

「ふむ……?」

「この数字は等倍できるので、1ダムミーキの距離なら直径1.45ミーキのものが見えれば標準となる。そして一般的な視力を1.0とすると、コゥナの視力は5.0はあるんだ」

「……! まさか!」


視点は移ろい、高空の飛行船へ。


「14点だ!」

「はい!」


――問題。世界三大城壁と言えばスマー/レ城


ぴんぽん。


「……リャオ奇城ギザイ城壁」


「正解です! 太陽鳥ラーレー側にポイントを!」


スタッフ達は、やはりこの世界で何十年もクイズに従事してきた人材なのか、その動きは練度を増している。指標柱ラペラの計測と正誤の判定、追い抜きの際のタイミング調整、激しい揺れと風鳴りの中で意思を交わす。


「よし! 行けるぞ!」


コゥナが大声で言う。彼女は展望デッキの一番前に張り付き、眼を皿にして前方を凝視している。

砂丘の奥には古代の柱。緑の石材で築かれた柱が、驚異的な視界深度の中で数え上げられる。


これまでの出題で、点数の偏りは2点から19点の範囲。

14点の問題が三択問題ならば、どれを答えても期待値は4.6以上、二択に絞れれば7になる。ならば選択肢をすべて聞く前に押すという戦略が成立する。

それを実戦できているズシオウの判断力も称賛されるべきか。


「10分経過しました! 次で40問目です!」


正解数はやはりカイネルの方が多い。しかしここ一番での攻めた押し、丁寧にポイントを拾っていくズシオウの健闘により、差はわずかにとどまっている。


「次は4点だ!」

「わかりました!」


――問題。ラグラット、アーバンリフ、パパロなどのブランドロゴは、古代人の何をモチーフにしているでしょう?


ぴんぽん


押すのはズシオウ、やや悩みつつ答える。


「足跡、ですか?」


正解の声。ズシオウが胸の前で拳を握る。


さらに偶発的な好機が起きている。

歴史ジャンルに限定すると言われてはいても、厳密にはそうなっていない。今の問題はファッションのジャンルに近いが、問題を提供する側が、よりバラエティに富んだ問題をと考えた結果であろう。

この事象に誰かの計算があったのかどうか、それはもはや誰にも分からない。


「いいぞズシオウ! 落ち着いて押していくぞ!」

「はいっ!」


しかし、と、ズシオウは後ろにいる夜猫バテートを見る。


段々と、こちらの正解が増えている気がする。

集中のために押しが鋭くなっているのか、あるいは練習の賜物か。


「……カイネルさま?」


そして再び、音速で飛ぶ鳥のような勢いで視点はユーヤとアテムに。


「作戦はよく分かった。だが、やはりカイネルは歴史ジャンルの頂点にいた人物だ」


アテムはブランデーを一口あおり、長い脚を組んで言う。


「今さら不安を吐きはせぬ……。だが、まだ何かある気がしてならぬ。例えば、カイネルの老体ではこのクイズに耐えられない、とかの作戦があるのではないか?」

「いや……そこまでの高齢には見えなかったし、王様ならそれなりに鍛えてもいるだろう。飛行船に酔うタイプという可能性はあるけど、外見で分かるものじゃない」

「うむ……人間の5%ほどは死ぬまで船酔いから逃げられぬ、などという話もあるが、カイネルは違うな」


では、何なのか。

問題への対策と練習、コゥナがその視力を活かせること。それを足してもなお、勝利に至るほど石を積めているとは思えない。

ユーヤは鉛のような沈黙を挟んで、重たげに口を開いた。


「……このクイズにおいて、最もこちら側に有利な点がある」

「それは何だ?」

「それは、カプセルクイズであるということ」

「カプセルクイズ……?」


ユーヤはふいにのっそりと立ち上がり、大きな窓のはまった壁際まで進む。アテムも同じように動いた。

飛行船のいくつかは繋留塔に接続され、荷物の積み込みも始まっている。勝負が終われば風の道は血管としての脈動を取り戻し、シュネスに日常を運んでくるのだろう。


空の彼方で行われている戦いを、知るものは鳥か、あるいは地の果てをさまよう旅人だけだろうか。


「カプセルクイズとは解答者を密室に閉じ込め、相手の様子を見えなくするクイズだ。メンタルが大きく影響するため、大番狂わせジャイアントキリングが起きやすい形式だった」

「ほう……」

「クイズは本来は楽しいものなんだ。出題者と解答者のコミュニケーションがあり、競技クイズならライバルとの視線のぶつかり、肩から伝わる熱気もある。その楽しい部分を、削った」

「削った……」

「飛行船の中はすごい音と揺れだろう。相手の姿も見えない。駆け引きの空気を感じる余裕もない。そもそもカイネル先王にはコゥナとズシオウの実力がまるで分からない。そんな中で戦い抜くのは、恐ろしいことだ」


アテムは数秒、表情が顔からこぼれるような顔になる。

ユーヤから指定されたのは飛行船追い抜きクイズという言葉のみ。

それがどのように実現され、カイネルらがどんな環境でクイズを戦うことになるか、最終的な形が決まったのはほんの数時間前だ。


ユーヤはこの形を読んでいたというのか。その環境ならば、カイネルは力を出せないと言うのか。


「カプセルクイズは、僕たちにとって憧れの対象であり、恐怖の対象でもあった。精神を削るような極限の戦い。こもる熱気に、内部に反響する音。ひたすら眼の前のクイズに答えるしかない。そんな中で、理想と思える早押しをしたのにポイントが得られなかったら」

「それは……すり減ってしまうな、心が……」

「一人で戦うことの艱難辛苦、その具現化こそがカプセルクイズだ。二人組のコゥナとズシオウは、それだけで精神的な優位を得られるんだ」

「…………」


恐ろしい。と感じる。

この飛行船追い抜きクイズ。見た目の雄大さとは裏腹に、まさに前後不覚の密林のごとく。あの飛行船で起きてるのはそんな戦いなのか。


カイネルはどのぐらい解答できているのか。何を感じているのか。


「――」


アテムは雪のひとひらが落ちるほどの声で何かをつぶやき。

そしてきつく眼をつぶった。







コラムその14 早押しクイズ解説



セレノウ上級メイド、リトフェットのコメント

「飛行船追い抜きクイズが始まっておりますが、ここではそこで出題されているクイズについて少し解説いたしましょう」


シュネス航空局長官、ジェスコーのコメント

「ジェスコーと申します。微力ですがお手伝いさせていただきます。ちなみに太陽鳥ラーレーの船長は私の甥ですな」


リトフェット(どうでもいい……)




問題、赤布旗レテゾニ金貨旗ヴァジュン熊革旗ラーゴルといえば共通する形状は何。


解、円形



リトフェット「2000年ほど前の太古の時代の話です。シュネスの遺跡では円形の赤布、2メーキ近い金属の円盤、丸く切られた熊の革などが見つかることがあります。長年の研究の末に、村の入口に吊るす旗だと分かったそうです」


ジェスコー「論争が長引いたのは壁画のためですな。壁画にこの旗についての絵があるのですが、どう見ても皿回しの様子にしか見えないので、かつては余興の道具とか、投擲武器とか言われてましたな」


リトフェット「アロー地方のある村では、竿を使って金貨旗ヴァジュンを投げる大会が今も開かれております。その説は否定されてるのですけどね」


ジェスコー「ちなみに最高記録は148メーキ、たしかセレノウのドレーシャとかいう選手の記録ですな」


リトフェット「きっとゴリラみたいな方なんでしょうね」




問題、小説家カグルナッツが著した「無限の旅」に登場する墳墓であり、のちに実在が突き止められたものといえば何。


解、廻牢エンロ型墳墓


リトフェット「カグルナッツとは小説家であり大学教授であり政治家。博覧強記の人ですが、彼が統一歴40年に著した「無限の旅」という小説に出てくるのが廻牢エンロ型墳墓です。渦巻き構造をしており、魂が永遠に留まるという願いが込められています」


ジェスコー「彼はシュネス西方に伝わる伝承などを研究し、当時このような墓が建てられたはずだと予想して小説に書いたのです。学術的に話題にはなりませんでしたが、その後、統一歴63年ごろにまさにそれに合致する遺跡が見つかったのですな」


リトフェット「ところが当時の学会は彼がどこかでこの遺跡を見て、発表せずに小説に書いたと決めつけました。彼が考古学者ではなく、門外漢の数学者だったからだと言われてます。ひどい話ですね」


ジェスコー「現在では再評価されておりますな。ちなみにカグルナッツは私の祖父の弟です」


リトフェット(それ持ちネタなのかな……)




問題、ラグラット、アーバンリフ、パパロなどのブランドロゴは、古代人の何をモチーフにしているでしょう?


解、足跡


リトフェット「これはセレノウのお話です。ザナ地方にあるガレモ石洞せきどうという場所では、洞窟の中で湿気だけを頼りに生きる苔があり、数千年かけて少しずつ成長すると言われてます。この苔に様々な足跡が残っており、研究対象であるとともに、デザイン的な美しさがブームになった時期があったのです」


ジェスコー「これらの足跡は4000年以上前のものもあり、大陸で最も古い遺物の一つですな。なぜそんな時代のものが残っているかと言うと、この洞窟は天然の有毒ガスで満たされており、近年までまったく立ち入ることのできない場所だったためです。半径数ダムミーキには一切の動物も虫も見られませんな」


リトフェット「これまで探索されたのは入り口から80メーキあまり。まだまだ奥があるとされています。ガス防護服の進歩を待たねばなりませんね」


ジェスコー「洞窟に残された足跡はほとんどが「行き」のものであり、帰ってくる足跡がないのです。そのため、勇気とか進歩とか前向きさのシンボルになっておりますな」


リトフェット「ポジティブ解釈にも程があると思います……」



・まとめ


リトフェット「一つの問題の背後には一冊の本あり。特に歴史ジャンルはドラマがあって興味深いですね。引き続き太陽鳥ラーレー夜猫バテートの追い抜きクイズをお楽しみください」


ジェスコー「ちなみに夜猫バテートの船長は私の妹の夫の恩師の向かいに住んでる方です」


リトフェット(うわオチつけてきた……)



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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば例の伝説のクイズ番組でも相当正解を積み上げていたのに終わってみれば数問しか答えていない回答者が逆転勝利で終わったとか何度もありましたね
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