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第十九話



「ユーヤ様、二回戦はランズワンを移動しながらのクイズとなります。この場所では全ては観覧できませんが、移動なされますか」


リトフェットがそのように提案する。


「そうだね……都合のいい場所があればいいけど」

「必要ない」


カイネルが口を挟む。


「我々の侍従も藍映精インディジニアで撮影を行っている。届けさせるそばから見ればよい」

「うむ……もう撮影場所の近くは観光客で一杯だろう。セレノウのユーヤよ、我々はここで観戦といこう」


アテムもそのように言い、ユーヤは両者を少し見比べてからうなずく。


「第二ラウンドも運の要素はあるが、二人の実力なら何とかなるだろう。あとは明日の決勝、タイムレースだけだな」

「……そうだね」


先ほどの悪夢のようなハズレ連発を乗り切ったためか、アテムには楽観の色が見える。無理もないだろう。


ユーヤはずっと、彼の一生について回るようなポーカーフェイスを続けていた。その抱える不安を誰にも明かすことがない。


(……タイムレースクイズ。2分とか5分とか時間を決めて、ひたすら早押しクイズを続けるという形式だが)


(コゥナとズシオウ、やはりあまりにも若い。早押しの練習はしたが、もし参加者の中にひとかどのクイズ戦士がいたら……)


伝えられるだけの技術は伝えた、あとは二人を信じるしかないのか。


(……運を天に任せる。この国の命運がかかっているとも言える勝負で、そんなことが許されるのか)


(せめて……他の参加者についての情報でもあれば……)


――さあ一時となりました。百貨店のロッティ・フェンメリーがお送りする「まだ見ぬあなたと」のお時間です。


――わたくし、クロナギとのひとときをお楽しみください。


――本日もパルパシアの空は快晴。第4スタジオより素敵な時間を皆さまとご一緒したく思います。



背後に音が生まれる。

それはラジオだと察せられた。劣化した音質と、パーソナリティの独特の話し方で分かる。


カイネルがやや声を張って言う。


「なぜ来たのかツチガマ。待っておけと言ったはず」

「は、もともとわしが受けた勝負じゃろう。聞くところに寄れば、バラマキクイズでは九死に一生だったとか。あやうく勝負の行方を見逃すところじゃったのお」

「そもそもお前が勝手に受けたことで……」


カイネルは明確な苛立ちまでは行かずとも、かつての王たる己を意識するかのようだった。毅然たる態度で言葉を行き来させる。


ツチガマはそんなカイネルにはあまり関心のない様子で、鷲鼻の面で匂いを嗅ぐように視線を動かす。

その面が、ある位置でぴたりと止まった。


「セレノウのユーヤ、ベニクギの容態でも聞いておこうかのお」


ユーヤはオペラグラスを片手に広場の方を見ていたが、その言葉にゆっくりと振り向く。


「……ベニクギの傷については、体術で致命傷を防いでいたらしい。驚くべき回復力でもう動けるようにはなった。妖精の治療はそのうち行う」

「ふむ、まあもはや負け犬よのお。ゆっくり静養しとけえと、そう告げておくがよいのお」

「……伝えておこう」


ユーヤはまた窓を向く。

その異世界人を、アテム王は少し怪訝な様子で見ていた。

ユーヤのオペラグラスは眼に当たっていない。

鼻の高さにあって、ユーヤはどこを見るともなく、じっと微動だにしない。時が止まったかのように。


「……?」

「今は2回戦かのお、観戦に行ってもええが、人ごみは面倒じゃからのお」

「うかつに動くな。お前は目立ちすぎるし、何をしでかすか分からん」

「は、仕方ないのお」


――さあ本日のゲストについて、皆さんと一緒に考えていきましょう。まず最初のヒントカードは。


「それとラジオを消せ、仮にも先王たる私にとる態度か」

「これしか楽しみがないからのお。まあ良いわな、わしはねぐらに帰ろうかのお」


アテムは憮然とした様子でそれを眺めている。


「相変わらず妙な女だ……。先日は「面白いものが見れそうだ」と言っていたではないか。コゥナ姫たちの勝負を見たくないのか」

「見たくないんじゃない。見られない・・・・・んだ」


蚊の鳴くような大きさだが、すいと意識の隙間を抜けて耳朶に刺さるような声。アテムはユーヤの顔を見る。


「ユーヤ……?」

「アテム」


がし、とその手を乱暴に掴むのはユーヤの手。わずかに震えつつも、火傷しそうなほどに熱を持っている。


「……どうした?」

「……どうか、僕を信じてくれ。必ず、最後の勝利を手に入れる」

「何か作戦があるのか? しかし今はコゥナ姫もズシオウどのもいない。勝負の当事者がいない中で、いったい何を……」

「全ては説明しきれない。時間がない。ツチガマが帰る前に仕掛けなければ。どうか、これから僕がやることに話を合わせてくれ」


アテムはそのユーヤの声に、数瞬動きを止める。


今の声。

まるで学生のようだった。タキシードに身を包んだ麗人のように装っていたが、今は少年のようにも見える。

ユーヤに対して無意識のうちに感じている芝居がかった気配。自分を精一杯に大きく見せようとする気配が、この時は見えない。


つまり声に工夫をこらす余裕もない。本来の彼自身の姿。それを垣間見た気がする。


「任せよう」


そう答える。


「鏡を取り返してもらった恩はもちろんだが、お前はまさに信念の奴隷。お前の持つ世界観のために生きる男だと知っている。だからお前は人を超えた働きができ、世界を変えるほどの力を持っていると、そう信じている。だから全て任せる」

「ありがとう……」


そして。


「カイネル先王」


ユーヤは言い、唐突に高圧的な、背もたれに寄りかかるような尊大な気配を放つ。一瞬、テーブルに足を置いたのかと錯覚するほどの急変。


「何だ」

「ツチガマのいるうちに、賭けの上乗せレイズをしようか。今の優勢を逃す気はない」

上乗せレイズだと、いったい何を」

「こちらはアテムの持つもう一枚の鏡、シュネスに伝わる妖精の鏡ティターニアガーフを賭けよう」

「ゆ……」


アテムは何か言いかけるが、意志の力でそれを無表情の奥に隠す。


「こちらが勝てば、あなたの知る、あなたの同士の情報のすべてを話してもらう。ここ数年、シュネスでの部族抗争の影にあなたがいることは分かっている。妖精の王を絶対的な君主と崇め、他の古い信仰を討ち滅ぼさんとする組織のことはな」

「何だと……?」


カイネルは、はっきりと困惑の色を見せ。

ごくり、とアテムは喉を鳴らす。


それは動揺というよりも、ユーヤが何を言い出したのか分からなかったからだ。


確かにここ数年。部族間、あるいは氏族間の争いは増えている。だがそれはシュネスの人口が増えたことによる資源の奪い合いや、カイネルの乱心とアテムの王位継承の前倒し、それによる政情不安などが主要因とされている。

信仰がどうこうという争いもなくはないし、国内の不安の影にカイネルがいるという噂も確かにある。しかしそれは部分的なものであり、彼こそがすべての黒幕などとはとても言えない。


(つまり、ユーヤは相手がチップを持っていないことを承知で言っている)


(情報を求める、という透明なチップを相手に与えているのだ)


(そこまでしてでも、カイネルを勝負の盆に上げようというのか)


だがカイネルの反応は重かった。舌に鉛でも乗っているかのように、緩慢に語る。


「……仮に私がそれを告白できたとして、勝負に乗るとでも思うのか。そもそも、この勝負すら不本意なもの……」

「受けるとも。だがそれとは別に」


ユーヤは立ち上がり、何事かとこちらを向いていたツチガマの方へと歩いていく。

そしてテーブルの上でトークを続けていたラジオを、そのテーブルごと真横に張り飛ばす。


ロフト状になっていた二階からテーブルが落ち、ラジオだけは二階に残ったが、怯えるように物陰に転がり込む。下から一般メイドたちのざわめきが起こる。


「な」

「話の邪魔だ」


ツチガマは、面の奥で眼を丸くする。

なぜ自分の前でそんなことをする。


分かっているのか、自分は一瞬でお前を唐竹割りにできるのだと、そのように眼が言っていた。


「以前から思っているが、君の態度は腹に据えかねるな。コゥナたちに任せようかと思ったが、僕の手で叩き潰したくなってきた」

「おんしゃあ、気がふれとるのか……」

「それは君のほうだろう」


ツチガマは女性としてはかなりの長身であり、背を伸ばせばユーヤよりわずかに目線が高い。それを下方からめつけるように見上げる。


「順序が逆だろう。ロニが王とも対等と見なされるのは、大勢の前でその力を証明したからだ。それを成し遂げていない人間が王の前で不遜に振る舞う。それが狂人の行いでなくて何だ」

「は、力を証明しておらぬのはベニクギの方じゃろう。どこまで聞いておるか知らんがのお。あやつとわしは、クマザネの前で」

「ああ、君の」



「あの醜い、いんちきな技のことか」



瞬間。

場の温度が氷点下まで下がるような感覚。


ツチガマから吹き出す氷のような気配。冷たい泥に膝まで埋まるかのように、微動だにできず、体温を奪われる感覚。


「何、と」


ぎん、と刀が床に突き立つ。

その異様な長太刀をいつ抜いたのか、いつ突き立てたのか誰にも見えぬ早業。


「お前たち、ユーヤに張り付け」


アテムが指示を出し、周囲にいた黒衣の男たちが前に出る。腰のサーベルに手をかけつつ、ユーヤを左右からの太刀筋より守らんとする。

同時にカイネル側の護衛も反応する。ツチガマを抑えるかのように背後につくが、肩を掴んで引き倒したりはしない。このヤオガミの剣士に手を出すことが、どれほどの危険を伴うか知っているのだろう。


「何と、言った、おんしゃあ……」

「いんちきと言ったんだよ。僕だけじゃない。あの場でみんなそう思ったと聞いているぞ。常識ではありえない早押し。おそらく出題者を買収したんだろう。姑息な真似を」

「あれはわしの実力じゃ! 皆がそれを理解できぬだけよ! どいつもこいつも節穴の眼をしとる! 定石通りの押し方しかできぬ! だからわしが」

「もし君が」


一触即発の空気。ユーヤは平然と喋り続ける。

後方のアテムやリトフェットも動けない殺気の中で、この男は常人ではあり得ないほど平静を装っている。胆力や度胸とはまったく別の次元で己を律している。


「いんちきなど何も使っていないと、魔法じみた力で正解できたと、仮にそうであったと言うなら」


そして面の奥にある眼を、真正面から見据えて言う。


「それこそロニになろうなどお門違いだ。ロニとは最も優れた侍の称号。ヤオガミが求めるのは公明正大で万人が認める人材であって、醜い鷲鼻の魔法使いじゃないんだよ」


ツチガマの腕が、蛇のように動く。


羽虫の羽ばたき一つより短い極小の時間。それを認識できた人間がいたなら、そこではユーヤも、護衛の騎士たちも静止して、静止した時間の中でツチガマの刀が、水咒茅みずちが走り。ユーヤの首を。


ぎん。


その音で世界に時間が戻る。


背後から、ユーヤの耳のそばをかすめて伸びる刀が。それがツチガマの長太刀を受け止めている。

騎士の一人が黒衣を脱ぎ、ぬるりと現れる。それは緋色の傭兵。


「……ベニクギ、来ていたのか」

「ユーヤどの……いくらなんでも無茶が過ぎる。ツチガマを挑発するなどと」


そのツチガマは、今まで見せていたような余裕はなかった。面からのぞく眼を血走らせている。


「ベニクギ……気配絶ちの技で隠れておったか」

「この御仁は死なせるわけにはゆかぬ。拙者たちヤオガミにとっても恩人にござる」


(挑発)


そう、挑発だ、とアテムは思考する。


ユーヤは自分がツチガマと戦おうとしている。そのための挑発。そこまでは分かる。


(しかし今のやり取り、どこにそのような、命を奪うことへの躊躇すら吹き飛ばすほどの言葉があった?)


(ツチガマが何か不正を? 馬鹿な、当時から囁かれたことと聞いている。今さらそこまでの激昂を見せるなど不自然だ)


(魔法使い……? 確かそう言っていたが、まさか、魔法などというものが……)


「クイズで決着をつけろ、魔法使い」

「その前に首を寄越せえよ! その柔首やわくびを! なあ! セレノウのユーヤああ!!」


ぎゃり、とベニクギの刀との間で火花が散る。溶接のような激しい火花が。


「あれでいいだろう」


す、と指を伸ばす先に。まだ床の上で喋り続けているラジオが。


「あん……?」

「パルパシア遊興放送、昼の帯番組の「まだ見ぬあなたと」では冒頭に本日のゲスト当てクイズがある。明日のこの時間。その日のゲストを先に当てたほうが勝ち、一発勝負、それでどうだ」

「……」


その時、アテムは感じ取る。

氷の針で突かれるようだった殺意の気配。それがふいに引いている。

だが爬虫類のような、泥に潜む虫のような、どろどろとした不気味な気配が残っている。ツチガマは何かを考えているようだが、それが何なのか分からない。


刀が擦れ合う音は止み、不自然な空白の時間が、数秒。


「……ええじゃろう」

「何……!」


カイネル王が椅子を飛ばして立ち上がる。

ツチガマは刀を引いて、カイネルが何か言いかけるのに先んじて言った。


「カイネルとの勝負はどうするんじゃ、適当な業者でも呼ぶのかのお」

「王と王の戦いというだけじゃない、国の命運がかかっているからな。それにふさわしい舞台となれば、こういうのはどうだ」


そしてこの日の最大の驚きを、砂漠の王たちは迎えることになる。




「タイムレース、飛行船追い抜きクイズ」


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[一言] >「その前に首を寄越せえよ! その柔首やわくびを! なあ! セレノウのユーヤああ!!」 妖怪首置いてけがここにも誕生してしまった まあそんだけ今回の挑発は腹に据えかねたんでしょうが 煽りが…
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