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第十七話 +コラムその13


「通過者の方、こちらへどうぞー」


スタッフが呼びかけ、25組26人の通過者はぞろぞろと移動する。

到着したのは中ががらんどうになっている建物の一つであり、テーブルが並べられ、バイキング形式の食事と飲み物が用意されていた。


「こちらで待機お願いします。2ラウンド目は午後1時より開始でーす」

「トイレは向こうにあります。外出はお控えください。どうしても必要な方はスタッフにお申し出くださーい」

「ユーヤさんのとこに戻ったりできないんですね」


ズシオウが物珍しそうに見回している。


「知らないのかズシオウ。基本的にアルバギーズ・ショーの間は参加者はカンヅメだ。宿泊もホテルが指定されている」

「なぜなんでしょう?」

「収録に二日かかるからな。冷やかしで出て途中で帰ってしまうやつもいたらしい。その防止と、あと参加者の交流とか、ホテルでの日常の素顔なんかも収録するのだ」

「あっ、ありますそういうの。早朝にインタビューに押しかけて、すっぴんの人が逃げていったり」

「先々月の回だな、コゥナ様も見たぞ」


言いつつも、すでにコゥナは両手に取り皿を持っていた。料理のテーブルを回って同じように料理を盛り、パスタとサラダを脇に添え、フルーツなども同じように盛る。ズシオウはその後をついていく。


「そう言えばコゥナさん、さっきの封筒はどうやって選んだんですか?」


空いている丸テーブルがあったので、二人して卓についた。


「蛇だ。蛇がやってきて、いくつかの封筒を無視して奥のものに噛み付いた。あれがハズレの封筒だと思った」

「蛇、ですか?」

「父上に聞いたことがあった。蛇は熱を感じることができる。それによって落ち葉に隠れた虫などを探せるのだと。ハズレの紙は赤い。色がついているものは、白いものよりほんの僅かに熱されやすい。だから蛇が反応したと思った」

「そんな方法が……」


それが百発百中の手段だとは、コゥナですら思っていない。

問題用紙を引けたのはただの偶然かも知れぬし、確率論的に自然な収束とも言える。

だがやはり、何かしらの運命的な意味を見出さずにはおれない。


「……皮肉なものだ。父上の教えに助けられた」


コゥナは一度席を立ち、ジュースと水をコップに注いで戻ってくる。


「コゥナ様は、本当は父上に反発して国を出たのだ。いちおうは正式な外遊だが、家出と言ってもいいほどだった」

「そうなんですか?」

「目的はもちろんフォゾスの鏡の奪還だった。だが、クイズ大会でフォゾスの成績が振るわなかったことに腹を立てていたのも本当だ。コゥナ様ならもっと活躍できると思った。実際は、それどころではなかったがな」


だが。と、コゥナは眼を伏せる。


「何もうまくいかなかった。ユーヤはもちろん、多くの人々に助けられてばかりだ。自惚れていたのだ。だから悪運の精霊が寄ってきたのだろう。悔い改めるべしと言っているのだ」

「そんなことは……ハズレのことだって偶然ですよ」

「いや、思えばずっと、迷惑のかけ通しで……」


過去には色々のことがあった二人でもある。コゥナは今それを言うべきだと思って向き直る。


「あの時は済まなかった。ヤオガミの国屋敷に忍び込んだことは心から詫びる。鏡を盗もうとしたことは、森の戦士として許されざることだった」

「……コゥナさん。あれから何度も謝ってくれたじゃないですか。もうそのことは……」

「いや、行いの重さを分かっていなかった。今なら分かる。自分の浅はかさも、小ささも。そしてきっと、まだ本当には分かっていないのだ。そのことが本当に恐ろしい。だから何度でも詫びたい。償いたいと思うのだ」

「……」


コゥナはその言葉をまっすぐに受け止め、自分の心臓の中で暖めるかのように胸に手を置く。

そしてその熱を持った手で、コゥナの手にそっと触れた。


「いいんです。誰も彼も必死だったんです。行き違いも、勇み足も、人の世に必然として起こることです。最初は乱暴な出会いでも、長いお付き合いになることもある。取り返しのつかないことなんか一つもない。私はそう信じます」

「……ありがとう、ズシオウ」


コゥナは視線をゆっくりと上げて、そしてズシオウの姿を見て、少し視線を止める。


その姿。


姿勢のために見上げるような形になったためか、一瞬だけコゥナよりも大きく見えた。だぶついた服の内側には芯の通った肉付きがあり、玄妙な笑みをたたえる口元は大人びた落ち着き。

子供ではない、まるで若い侍のよう。

熱意に溢れ、世界のすべてを知ろうとする好奇の眼。それでいて自身を律する厳しさも持つ。そんな人物が垣間見える。それは少年期の揺らぎが見せる幻。いくつもの将来の可能性が重なり合うような姿。


「ズシオウ、お前、おと……」

「さあ、そんなことよりお昼ごはんにしましょう。たくさん走ったからお腹ぺこぺこです」


一瞬後にはもう、その笑顔からは無邪気さしか感じられない。


「そ、そうだな」


そしてコゥナは2つのプレートと、2つのコップに向き合った。


「ところでズシオウ、取ってこなくていいのか?」

「えっ」





「ユーヤさま」


観覧の場にて。

メイドのリトフェットが肩越しに囁く。館の入口辺りには何人かのメイドがいて、先ほどまで何かを計算していた。


「集計できた?」

「はい、メイドたちの報告を合算いたしました。参加者は71名、撒かれた封筒は各色100ずつの400通。読まれたものは272、うちハズレは65でした」

「……ほぼ四分の一。やはりそうなのか。極端にハズレを多く入れて、映像化の際にカットしてるのかもと思ったけど……」

「ハズレを六回連続で引く確率は、4096分の1ですね」

「……」


それは偶然なのだろうか。


カイネル側が工作をした気配は微塵もない。

ならば、妖精の干渉があったのか。


考えて考えすぎということは無いはずだが、この時点で干渉する意味は感じない。それに、妖精が直接干渉してくるなら、他にいくらでもやりようはある。


(それとも……正解を引・・・・いたこと・・・・にこそ干渉があった、としたら……)


「ユーヤ様?」

「……わかった。午後から第二ラウンドだったね。君たちも今のうちに食事とか休憩を」

「かしこまりました」


「カイネルよ、惜しかったな。このバラマキクイズは最も運に左右されるクイズ。落ちる可能性があるとすればここだった」

「……もとより、偶然など期待してはおらぬ」


アテムの挑発的な言動に対して、カイネルは気だるげな、いっそ眠たげなようにも見える様子で言う。


「……第二と第三ラウンド。そしてツチガマとの勝負のどこかで我らが勝てばよい」

「は、無駄なことだ。お前が出るならともかく、いくら年若とはいえ王が一般参加者に負けるはずがない」

「……」


偶然を信じない人間、その存在をユーヤは知る。

七割八割の勝ちの目があろうと、運を天に任せた瞬間に必ず負ける、と考える。

そういう人間は実力だけを信じるようになるか、あるいは何回もの勝負のうち、一つでも拾えれば僥倖だと思うようになる。


ユーヤは前者であり、カイネルは後者。


ユーヤの出会ってきた王族の中で、あるいは自分に一番近いのはこの人物かもしれぬ。そんなことをぼんやりと思う。


カイネル先王がわずかに表情を変えている。ほぼ常に暗鬱とした無表情を貫く人物だったが、密かに唇を噛み、辛酸を舐める気配が感じられた。


ユーヤは思考する。

このような大会では、後半になるに連れて運の要素が減らされるのが常道である。

次の5人組パネルクイズも、最終ラウンドのタイムレースも運の要素は少ない。今回から新たなゲームが投入されでもしない限り、あの二人の力なら優勝は十分狙える。しかもユーヤが分析した資料が大量にあるのだ。


「……私も食事にさせてもらおう。席を外す」


カイネルはあくまで静かに、落ち着き払って席を立った。

その背を見送ってからユーヤが尋ねる。


「……アテム、カイネル先王はクイズ戦士なのか? 彼が相手ならともかく、と言っていたが」

「勿論だとも。妖精王祭儀ディノ・グラムニアへの出場経験も豊富だ。歴史ジャンルでは無敵。かつてはラウ=カンのゼンオウ殿に比肩する文系クイズのゆうだった」


もっとも過去の話だがな、と簡潔にまとめる。

この世界の王なればクイズは当然の教養。失念していたことを少し恥じる。


「歴史ジャンル……」

「まったく不可解なことだ」


周囲にいる騎士やメイドたちに傾聴を促すかのように、やや声高になって言う。


「かつては率先して遺跡の発掘や古代文字の解読を主導していたが、ある日を境に真逆の考えを持ち始めた。発掘を中止させ、考古学への助成を打ち切ったのだ」

「ある日、というのは?」

妖精の鏡ティターニアガーフがハイアードに流出していたのは知っているだろう。あれは伝承が失われていたのだが、その由来を発見したのは誰あろう、カイネルだ」

「……」

「それは時期で言うと数年前になる。カイネルは血相を変えて鏡の奪還を唱えた。余は王位を継ぐための準備期間であったが、カイネルは先ほど言ったような奇行を繰り返すようになり、余は王位継承を早めてそれを止めたのだ。さらにカイネルが原因かは分からぬが、国内での内紛も増えてきてな。鏡の奪還を行動に移すまでには、今年の妖精王祭儀ディノ・グラムニアを待たねばならなかった」

「……つまり、鏡の存在を知って、妖精の王への信仰に強く傾倒し、旧時代への探求を疎むようになった……」

「そういうことだろうな。まあ話としては分からなくもない。泥濘竜アルバはあくまでも伝説。実際的な存在として妖精王グラニムがいるなら、それに傾き、没頭することも理解しよう」


言葉を出し切ってしまうと少し冷静にもなったのか、アテムは手元のワインを少し呷ってから続ける。


「だがそれはあくまで信仰上の問題。遺跡や古文書の価値が減じるわけではない。ましてや埋め戻すなど論外だ」

「……そうだね」


ユーヤはそう言うだけにとどめ、その実、何かをずっと考える風であった。

ともかくも日は天頂に至り、陽気はいや増して、クイズ戦士たちの戦いの時間を予感させていた。










コラムその13 群狼国ヤオガミ



群狼国ヤオガミ、ズシオウのコメント

「ここでは東方の島国、ヤオガミについて解説させていただきます。大陸諸国とは文化や風土が大きく異なる国ですが、理解の一助となれば幸いです」


フォゾス白猿国、コゥナのコメント

「コゥナ様も手伝うぞ。ヤオガミについて知りたいしな」



・戦乱国家


ズシオウ「ヤオガミは八十八の地域に分かれています。その中で首都フツクニを中心とする神央しんおう五十二州を取りまとめるのが大将軍クマザネ様ですね」


コゥナ「他に地方豪族もいるらしいな」


ズシオウ「はい、西方のトジモリ様。北方のジュロウ様。南方の沖合にて海賊国家を自称されるナナビキ様などです。一万石を超える豪族は二十以上もおられます」


コゥナ「戦争も起きているのか? フォゾスにも部族間の抗争はあるが」


ズシオウ「ここ十年ほど、クイズによって決着をつける方法が広まって戦は落ち着いていますね。来たるべき大戦おおいくさがいつか起きる、と言われる方もいますが」


コゥナ「クイズで決着か、それなら平和でいいな」


ズシオウ「初期はやり方がちゃんと伝わっていなかったので、相手を斬った方が解答権を得るとかだったそうです」


コゥナ「意味っ!」



・侍と刀


ズシオウ「侍を定義することは難しいのですが、一つには主君を持つ傭兵です。定まった主君を持たない流れの傭兵をハグレといい、その中でも別格の存在がロニですね」


コゥナ「簡単に言うなら刀を差しているのが侍だな」


ズシオウ「そうです。あの刀は余州や嶄州ざんしゅうなどの刀璽とじ衆によって作られます。特に洞炉ほろ衆、南慈なんじ衆、裏散花うちかばね衆、隈実くまざね衆は四大衆と呼ばれ、そこで造られる刀は折れず曲がらず、はがねをも斬り裂きます」


コゥナ「隈実くまざね衆の刃物は輸出もされているが、ヤオガミの法で刃渡り8リズルミーキまでと決まっているらしい」


ズシオウ「そうなんです。個人で刀を差してる人も見かけますが、あれは密輸品か、大陸の技術でそれっぽく作った刀ですね」


コゥナ「ナイフなら手に入るので、父上が買っていたな。ヤオガミの相場らしいが、一本60万ディスケットも納得の切れ味だった」


ズシオウ「え?」


コゥナ「え?」



・まとめ


ズシオウ「大陸ではヤオガミのことはあまり知られていません。まだまだ戦の絶えない未開な国とも思われていますが、国屋敷の主として、少しでも前向きなイメージを広めていきたいですね」


コゥナ「まだ聞き足りないな、また機会があればたくさん聞いてみたいものだ」



(おしまい)




ユーヤ「納豆ってある? 蒸した大豆を藁に包んで発酵させたやつ」


ズシオウ「藁坡豆わらばにのことですね。今度お持ちしますね」


ユーヤ「あるのか良かった。じゃあ他にも明太子とか寿司ずしとか、クサヤみたいに魚醤発酵させた干物とか……」


コゥナ「これはカンだが、それおじんくさい食い物だろ……」


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