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第十四話





わずかに時をさかのぼり、ズシオウとコゥナは大勢の人々に混ざって整列している。


「さあ集いしクイズ戦士たちよ! 砂漠の伝説になりたいかー!」

「おおー!」


「転んでも泣くんじゃないぞー!」

「おおおー!!」


「燃え尽きるまで戦うぞおおぉー!」

「おおおおおーーー!!!」


腕を突き上げ背伸びして、声を枯らさんばかりに叫ぶ市民たち。司会者の男はウニのように尖らせた髪に鋭角的なサングラス。炎の柄を描いたジャケットを羽織り、左右の腕には赤い布を巻き付けている。大きく動くたびに赤い残像が見える。


「さあ! まずは一回戦! バラマキクイズの時間だ! 駆け抜けろ知の地平線! 掴みとれ幸せへのチケットを!」


「ズシオウ、ちょっと見てくれ、もうちょっと派手にした方が良かったか?」


側頭部からぴょんと突き出て後方に流れる羽根飾り、それの弾力を確かめつつコゥナが言う。


「大丈夫ですよ。コゥナさん気合入ってますね」

「うむ! 何しろ昔からよく見てた番組だからな! 妖精王祭儀ディノ・グラムニアとアルバギーズ・ショー。どちらかに出たいと思っていたのだ」


足首を回しつつ、両手を体の後ろで握手させる柔軟。


「化粧は落ちてないか」

「そのペイントですか? 大丈夫ですよ」

「父上は見てコゥナ様と分かるかな。何しろ登録が偽名だからな。国を出てから何週間か経ったから背も伸びてるはずで」

「落ち着いてください」


そしてコゥナは片眼鏡モノクルをかける。ズシオウもサングラスの片方のレンズに手をやり、すぐに着脱できることを確認する。


「最初は思い切り走ってくださいね。私はコゥナさんほどは走れませんが、頑張ります」

「うむっ」


ズシオウはやや落ち着いていたが、周囲の熱気にあてられそうになるのは否めない。

陽は東の空を駆け上りつつあり、肌に届く風が、踏みしめる砂がじわりと熱を帯びるかに思える。

参加者の盛り上がりは映画で見るのとはまるで違う。誰も彼も爪先立ちで伸びあがり、眼は見開かれて顔全体で叫ぶような様子である。今回の参加者は70人、しかし数百人もいそうな賑わいがある。


そっと、己の胸を押さえる。

浮足立ってはいけない。目的あっての参加であり、楽しみのためではないと分かってはいるが、この時代、ましてもズシオウの年齢となれば限度もあるのか、鼓動の加速を自覚せずにはいられない。


そして駆け出す。


集団を飛びぬけてコゥナが行く。自分も遅れぬように、しかし他人に巻き込まれぬように気を付けて走る。


「コゥナさん、すごい速さ……もう見えない」


最初の舞台は遺跡エリア。遺跡とは観光客用に整備された人工物ではあるが、その石材も敷石も当時の技法に則っている。砂地に白や黄色の石材は照り返しが激しいが。サングラスの中では丁度よい明暗ともなっている。


そうこうするうちに褐色の少女、コゥナが戻ってくる。ズシオウをあっさりと通り過ぎてスタートの方へ。


「うわ、もう!?」


集団はまだスタート直後の風情である。なだらかな階段をしばらく登る。左右に巨大な石像があり、等間隔に影を落としている。

ズシオウはズボンのポケットからレンズを抜き出し、サングラスの片方とさっと入れ替えた。


「あ、ほんとだ、見える」


視界が紫に染まる中で、黒い四角が道の端、石像の影にくっきり見える。他の参加者はそれに気づいていないのか通り過ぎていく。


「もらいましたっ」


拾って反転。周囲の参加者が驚きを見せ、まだどこかに落ちてないかと周囲を見回す。石造の影による強烈なコントラストがあるとはいえ、これほどの人数が封筒を見逃すのかと驚きつつ、駆けて行って司会者の元へ。


びゅおん、とまた褐色の影が通り過ぎる。すでに司会者の前には行列ができている。一人では処理しきれないためか、距離を開けて三人が並んでいるが、それぞれ十数人という数だ。


「うわ、もうあんなに……コゥナさん正解してたかな。私が正解すればチームで2ポイントってことだよね」


列は割と早く消化されていき、そしてズシオウの番となる。


「さあゼッケン16番、アンジュさんだ! さっきのコーナーさんと二人一組の参加だね! えーとお名前からするとお嬢さんかな?」

「ふふ、秘密です」


片目をつぶって笑うと、周りのスタッフからも微笑ましい笑いがこぼれ。そして封筒から紙が抜かれる。


「さあ問題……」


そして、赤い大文字が。


「おおっとお! これは何と書いてある!!」

「――え」





「バラマキクイズにおける最善の策とは、とにかくたくさん封筒を持ち帰ることだ」


ゴルミーズ王宮の会議の間、ユーヤが全員を前にして語る。


「答える際は列に並ぶが、もし列がなくてすぐに回答できる場合、呼吸を整えて落ち着くこと。単純な計算問題などでつまずく可能性を減らす」

「うむ、ゼイゼイ言ってて暗算を間違う、ありがちだな」


コゥナも同意を示す。


「あるいは最初から最後まで、何も考えずに走り続けるべきなのかもしれない。だからこれから教える技術は、万が一のため。追い詰められた時のためのものだ」

「追い詰められる……そんなことが起きるんでしょうか? 私とコゥナさんなら……」

「僕たちにとって」


ユーヤの声が、緞帳のように自他の間に下ろされる。場を支配せんとする意識を乗せて話す。


「テレビに出てクイズに答える。これは一生に何度もない大舞台だった。だが理不尽な敗北は常に存在した。ごく簡単な問題を度忘れするとか、予選で強すぎる相手に当たってしまうとか、知力とほとんど関係ないゲームをやらされるとか」

「……?」

「君たちは若いし、王家に連なるという立場だから、まだ見たことがないのかもしれない。映画として番組を何度も見ていても、そのような悲劇は編集でカットされてしまう。誰もその理不尽さを直視しない。敗者その人すらも、そういうこともある、と受け止めてしまう。なし崩しに押し付けられているこの世の摂理」

「ゆ、ユーヤさん、何の話をしてるんです?」


認識の違い。それはユーヤと王たちとの隔絶でもあった。

理不尽な敗北など経験したことがなく、考えたこともない人々。そこにユーヤの世界観が侵食していく。


ユーヤは眼を細め、そこには昏い光があった。この世の不完全性を知る哲学者のような眼。眠ることを許されぬ囚人のような眼が。


「世界が、理不尽だということさ……」







「な……!」


コゥナが絶句している。

蔓を巻いた足は砂で汚れ、小さな体を上気させている。


「残念! またハズレだあ!」

「そんなことが……! これで三連続・・・だぞ!」


拾ってくる速度ならばコゥナは他を圧倒している。事実、まだ三問はおろか、二問を回答した者も数名である。

だがコゥナたち、ゼッケン16番のチームはいまだ――0ポイント。


「ほんとーに申し訳ない! しかしこれもクイズの醍醐味! 運命の女神の悪意あるウインクだ! さあ頑張って行ってらっしゃい!」

「くっ……!」


振り向き、そしてサンダルが石を削るような急加速。1ダムミーキ以上の全力疾走を続けているが、速度が落ちる様子がない。

司会者が背中で叫ぶ声が聞こえる。


「さあそろそろ遺跡エリアの封筒は全滅だあ! 狙うは砂漠エリアだぞ! 勇者たちよ! 砂の熱さに悶えるがいい!」


当然、そのような流れを看過しない者もいる。


「貴様! 何か仕込んだな!」


立ち上がるのは遠く離れた二階家。アテム王が脇に立てかけていたサーベルを持ち、鍔に手をかけつつ立ち上がる。

カイネル先王は渋い顔を見せるのみ、両者の間に黒衣の騎士たちがさっと立ちはだかる。


「……馬鹿なことを言うな。ハズレの紙は封筒から出して確認しているだろう。どんな仕込みができるというのだ」

「あの司会者が奇術師のようなマネをして、ハズレの紙とすりかえた!」

「落ち着いてくれ、アテム王」


抜刀の気配に、さすがにユーヤも焦りを見せて言う。


「その可能性、実は考えていた。こちらのメイドが司会者の周囲で撮影を行っている。今のところ怪しい動きがあるという合図はないし、後から検証も可能だ。あのジュース売りの屋台のほうを見てくれ」


アテムはユーヤをゆっくりと見下ろし、己のオペラグラスを手に取る。そして指示された地点を見れば、メイド姿の女性がそっと佇んでいた。露店なども多いため、メイドに奇異の視線がゆくことはない。


「……確かに、あの娘は見覚えがある。セレノウのメイドの一人だな」


どかり、と憤りを露骨に顔に出しながら座る。


「しかしどうする。そろそろ通過者が出始めるころだ。ここまでで0ポイントはまずい」

「……どうしようもない。クイズはもう始まったんだ。あとは信じて見守るだけだ」


カイネルにそっと観察の目を向けるが、特に喜びも期待も見せない。苦い顔を続けている。

あるいは、この人物は自分が勝利するとか成功するというイメージを持たない人間なのか、と何となく思う。

彼の求めるのは旧態依然とした世界であり、変化も進歩も必要としてない、彼自身の勝利すら求めず、世界が安寧でよい、そのような印象を受けた。


「セレノウのユーヤよ」


アテムは肘をテーブルに置き、ぐっと顔を寄せて声を潜める。


「おそらく、コゥナ姫たちは例のあれを使う流れになるだろう。だが、本当にうまくいくのか」


ユーヤは胡乱げに視線を返し。どう答えたものかと逡巡するようだった。

だがやはり、クイズに関しては偽りを言わないのか、あるいは言えないのか、ユーヤは心に浮かぶままを答える。


「……無理だろうな。僕の教えたことだけでは」





「封筒の封を切らずに中身を見る、それは一種の命題だった。僕の世界では昔から様々な人間がそれを研究していた。この世界でも、あるいは挑んでいる人間はいるだろう」


ユーヤは赤の封筒を示す。やや横長の、ユーヤの世界では洋封筒と呼ばれるものだ。フラップ(フタ)の部分が三角形になっており、広い範囲が糊付けされている。


「映画で詳細に分析した。糊付けの範囲はかなり大きく、フラップを開いて隙間から覗くことは無理だった。また、フラップをはがすと紙が毛羽けば立つため、一度開封し、また糊付けすることもできない」

「そもそも、そんなこと不可能だぞ……」


コゥナが戸惑いの声を上げる。方法論的な理由ではなく、そもそもクイズの会場は撮影されている、ということを踏まえた発言である。


藍映精インディジニアにはっきりと映ってしまう。会場には何人かのスタッフもいるしな。もし見つかったら一発で失格だぞ」

「そう、開けることは論外だ。だが透かして見ることは禁止されていない。実際、番組でも封筒を透かして中身を見ようとする参加者がたびたび出てくる。追い詰められた参加者がそういう行動を取るのは自然だし、ドラマでもある。だから「覗こうとすること」は禁止にならないのだろう」

「それはしかし……セレノウのユーヤよ、そもそも透けない封筒だからだろう?」


白スーツのアテム王も、やはり困惑の色しかない。

言葉の大いなる隔たり、この感覚も何度目かのことだ。ユーヤはともかくも話を進める。


「……封筒を透かす手段はいくつかある。例えば、非常に肉厚な円筒を用意し、封筒にしっかりと当てて太陽に透かす。すると眼が暗順応を起こすため、わずかに透けた文字を読むことができる」

「そんな方法が……」

「封筒の表面をこすって薄くする。水や汗で濡らす。製紙のムラによる穴を見つけるなどの手段もある。とにかく僕の知る限りを教える。本物の封筒がどんなものか分からない以上、なるべく多くを伝えておきたい」

「ユーヤさん。これは、その……私たちにできることなんでしょうか。練習する時間もないですし……」

「……」


ズシオウが問い、ユーヤは直接はそれに答えず、場をゆっくりと見回す。


「……必要なことは、勝つ確率を上げることではなく、勝つこと」


各国の王たちと、いくらかの使用人。


そして。一人の女性。


「求めることは一戦一勝。それは技術というより、生き方の問題」


それは雪のように白いセーラー服。ユーヤはその人物に気付いているのかいないのか、過去の記憶を想起しながら語る。


「どのような強固な関門も、人間が作ったものである以上、脆弱性は必ずある。事前の対策だけでなく、その日、その場で確実に打開策を見つける。それが目指すべき理想であり、世界に立ち向かうスタンスというもの……」


それはユーヤの言葉なのか。

過去の誰かの言葉なのか。


その人物はユーヤの体の中にいるのか、ユーヤにずっと寄り添っているのか。


砂の王国の会議室と、夕焼けで満ちる図書室が重なり合う。


ユーヤの前には山と積まれた資料と、これから清書する予定の問題集。

部活の掛け声は遠くなり、校舎に人の気配は少なくなり、夜を予感させる鳥の声、夏の訪れを告げる蝉の声。


そして、机を挟んだ前には、彼女が。

その前には様々な形式の封筒が、あらゆる種類の紙が散らばっている。


彼女はそれを解き明かす。あらゆる角度から検討し、あらゆる手段で打開を目指す。


何かを話している。

それがユーヤの中に染み込んでいく、血肉となり記憶となり、人格の材料ともなる。


夢うつつの世界の中で、記憶と現実がすれ違うような一瞬。


(……彼女は)


彼女はユーヤに向けて様々な方法を語り。

ユーヤは王たちに向けて様々な方法を語る。


封筒の中身などに、運命を左右されたくない。

その意志だけを武器に、戦い続ける。


(……どんな、顔だったろう)


思い出せない。

言葉は一言一句たがえず覚えているのに。その声も、服装もありありと浮かぶのに。彼女は自分の一部でもあるのに。

何より、彼女はあんなにも・・・・・魅力的・・・なのに・・・





彼女の名は、氷神川ひみがわ 水守みもり


彼女には、顔がなかった。




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