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第十三話





そして、天にはひとすじの雲もなく。


晴れ渡るランズワンの朝。そこに広がっているのは祭りの光景であった。


古式ゆかしき泥レンガの町にはテントが並び、軽食やお土産物を売っている。他に似顔絵、占い、そして辻クイズなど、この世界で何度か巡りあった光景である。本来はこれが町のいつもの姿なのだろう。まだ朝も早い時間であるが、観光客がぼちぼちホテルから出てきている。


「ユーヤよ、コゥナ様たちは受付をしてくるぞ」

「ズシオウと二人だけで大丈夫?」

「馬鹿にするな、行くぞズシオウ」

「うん、行ってきますねユーヤさん」


ある建物には行列ができている。そこがつまりはアルバギーズ・ショーの受付だそうだ。シュネスの国民だけならず、外国人も多く並んでいる。


ズシオウは茶のズボンに白いジャケット。木彫りの面から大きめのサングラスに変わっている。お忍びの時はその大きなサングラスに変わるらしい。

コゥナはいつもよりペインティングに気合いが入っている。複雑な模様が首筋や脇腹にまで伸びており、気合いのほどを思わせた。

すねには植物の蔓がぐるぐると巻かれ、レガースのような眺めになっている。


脇を見ればアテム王はユーヤと同じような夜会服になっており、漆黒のネクタイとポケットチーフをアクセントにしていた。

いちおう彼もサングラスをしているが、溢れ出る気品というか色気というか、ユーヤの言葉でいうと芸能人オーラに似たものが隠れていない。観光客に見つからねばよいが、と少し気をもむ。


「大人気のバラエティ映画って聞いてるけど、それにしては毎回の参加者は100人に満たないぐらいなんだな」

「日程の問題だな」


アテムが腕を組みつつ応じる。


「アルバギーズ・ショーは三回戦まであり、三回戦は日をまたぐこともある。受け付けも朝の七時から八時までだ。ランズワンに前日から宿泊しておくか、早朝に他の町から駆けつけねばならん。飛行船を持たぬなら、ランズワンに二泊三日の滞在が要求されるのだ」

「撮影の都合でそんな早い受付なのかな。それとも、あえて参加者を絞ってるのか」

「ショーとしてなら50人もいれば十分なのだろう」


ユーヤたちはなんと朝の四時起きである。

民間の飛行船を貸切状態にしてやって来たが、例の装甲飛行船との乗り心地は雲泥の差であった。あの飛行船は大きいというだけでなく、各部にジャイロでも仕込んで揺れを抑えてるのか、と何となく思う。


「そういえば、あの船は大丈夫?」

太陽鳥ラーレーか。破棄した浮遊体の換装と、損傷部分の修理は完了した。今は点検中だが、終了次第ここに来るよう言ってある。帰りはそれに乗れるだろう」

「そうか……」


アテムはふとユーヤを見る。


「そわそわしてるが、二人を心配してるのか」

「え、いや、受付を通らなかったらどうしようとか、他にも心配することはたくさんあるし」

「余はそれよりもツチガマが心配だな。あの戦闘力は認めざるを得ぬ。戦いにでもなったら、連れてきたこの者たちで太刀打ちできるかどうか」


アテムとユーヤ、その周囲を固める黒衣の男たち。

城にいた騎士たちよりも頑健な印象があり、ローブの下に見える腕は丸太のよう。腰に吊った剣は握りがすり減っており、男たちの積み上げてきた鍛練を語る。まだ氏族間の紛争が続くシュネスでは、このような練達の兵士も生まれるのだろう。


そして人の気配。

同じような男たちを従え、カイネル=アテム七世が現れる。

老人はやや疲れた印象があった。おもむろに、しわがれた声を放つ。


「……アテム、あのお二方の受付は済んだか」

「問題ない。少し面接があるらしいが、落とされることはなかろう」

「うむ……あちらの建物を観覧の場に用意してある。移動しよう」


ここはランズワンの町外れにあたり、シュネス風の広大なオープンセットの一角である。


たどり着くのは簡素な二階屋、がらんどうの室内にロフトのような二階部分の床が見えている。作りかけのような印象なのは撮影用のセットだからだろう。

その二階部分にはいくつかのテーブルと椅子、果物やワインなどもあった。やはり王族というべきか、その程度の飲食物はいつ、どんな場所でも供されるらしい。


窓は窓枠もガラスもなく、がらんと大きく開けている。砂漠と遺跡、そして打ち合わせをするスタッフなどの姿も見える。


「ここなら落ち着いて観戦できよう」

「うむ……」


アテムも椅子の一つにどかりと座り、自分の兵が差し出したオペラグラスを受け取る。


「カイネル、あのヤオガミの剣士はどうした」

「連れてきておらぬ。あれは振る舞いの奔放さが過ぎる」


連れてきていない、という言葉にアテムは耳をぴくりと動かすが、特にそれ以上の反応はない。

こちらもベニクギは連れていない。事ここに至って荒事に流れる可能性は低いだろう。ユーヤはポーカーフェイスのままに胸をなでおろす。


「カイネルよ。確認しよう。ズシオウどのはツチガマとベニクギの勝負を引き継いだ。我々もそれに乗る形で勝負を行う」


アテムの言葉に、カイネルはあるかなしかのため息を漏らしつつ頷く。


「ズシオウどのとコゥナ姫が勝てば、お前が奪ったヤオガミの鏡を返し、投降してもらう」

「うむ……ヤオガミの国主代理とフォゾスの姫君、あの二人がツチガマに負けるか、その前段階としてアルバギーズ・ショーで負ければ、アッバーザ遺跡の破棄を叶えよ。そして我々は自由とともにここを去る」

「いいだろう」


ユーヤはアテムと同じ卓に座り、慎重に二人の様子をうかがう。

冷静に考えればカイネルが圧倒的に有利な賭けである。しかし老人の顔は浮かない。


本来はするはずのなかった賭けであること。そして、カイネルがひどく慎重な、簡単には勝利の確信を持たない人物なこともあるが。


(……信用していないんだな。ツチガマのことを)


そのように分析する。

無理もなかろう。剣の腕はともかく。クイズ戦士という言葉とは結び付かない人物である。

むろん、ロニの座を競いあった以上、人並み以上のクイズ戦士なことも間違いないが。


「む、始まるようだ」


アテムが言い、ユーヤもオペラグラスを借りて外を見る。


まず簡単なセレモニー、司会者のシャウトと参加者のときの声。


そして早速クイズが始まる。

上空には飛行船。それが四色の封筒をばら撒いて。そして銅鑼の音がけたたましく響き、一斉に走り出す人と、それを追いかけるような土煙が。







「バラマキクイズについてだが」


ゴルミーズ王宮の会議の間、各国の王とごく少数の側近だけが集まっていた。

テーブルの上には舞台となるランズワンの地図。特にバラマキクイズの行われるオープンセットの見取り図がある。


「僕の世界では、有名ではあるがさほど一般的なクイズとは言えなかった。経験したことがある人間はごく少数だ。だから技術といっても、大半は伝聞や想像のものになる」

「バラマキクイズの技術というのが……ピンと来ないんですが」


ズシオウも疑問が表情に出ている。


「バラマキクイズは偶然が支配するクイズだと思われている」


ユーヤはゆっくりと、なんとか皆に己の世界観を伝えようと話す。


「だが、そうではないと考える者もいた。厳密に言えば、この世に完全なる偶然の事象は一つもない。投げ上げたコインの裏表、一年後の天気、枝に降りた鳥がいつ飛び立つか、すべては何らかの理由によって決まっている。言い換えれば、ある人間にとって偶然は受け入れ・・・・がたい・・・ものだった。あらゆる手段を駆使し、勝負から不確定なものを排除する、そんな境地を目指す者もいたんだ」


それは、この世界とユーヤの世界との隔たり。

ユーヤだけが見てきたもの、信奉しているものというべきか。


「それは理想論に過ぎないかも知れない。しかし僕は見たことがある。どのような偶然をも制御する、そんな特異点の向こうにいた王を」

「ううむ……」


アテムもまだ信じきれない、という顔である。

ユーヤは全員の反応を見てから、話の方向性を変える。


「そこまでの技術でなくても、単純なコツのようなものならいくつかある。まず第一に、飛行船・・・を見ない・・・・ことだ」

「見ないこと、だと?」





『おーっとこれは速い! ゼッケン16番のコーナーさん! これはフォゾスの森の民の扮装かあ! まさに樹上を駆ける猫科の獣! 木漏れ日すら照らせない褐色の脚線美だあ!』


その細い脚から生み出されるのは信じがたいほどのパワーレシオ。石の階段を飛び越え、砂を蹴立ててぐんぐんと加速。後方の参加者を引き離していく。


そして遺跡エリア、高さ6メーキはある神獣の像のそばに数枚の封筒。

その一枚、紫の封筒をさっと拾って急反転。サンダルの底をざりざりと削って一気に反対方向へ加速。

追い付いてきた参加者たちの間を縫って走る。


『おおーっと! お見事、風のように参加者たちをかわして戻ってくるぞ! ルールのおさらいだ! 他の参加者と衝突したり、封筒をはたき落としたらペナルティがあるぞ! 他にも封筒を投げることや、複数の封筒を持って走ることも御法度だあ!』


司会者の名はアキューラといい、その弁舌とメリハリの効いた声で、絶賛売り出し中の人物である。アルバギーズ・ショーでは三代目の司会を務めている。

妖精により拡声されているのだろう。声はオープンセット全体に響いていた。


「なんだ……あれは」


カイネルが呟く。


「あの娘、何か眼鏡をかけているぞ」

「娘ではない。フォゾスの大族長の娘、コゥナ姫だ」


アテムが尊大に答える。


「眼鏡の事ならあれは片眼鏡モノクルだ。勝負のために用意したものだ」

片眼鏡モノクルだと?」

「そうだ。余も知らなかった……というより考えたこともなかったが」


その切れ長の眼がユーヤを一瞥し、片頬だけでにやりと笑う。


「このバラマキクイズ、まさに技術的余地の金鉱脈だな」





「飛行船を見てはいけないのか?」


コゥナが問い、ユーヤは深く頷く。


「20年もやってる番組だ。問題が撒かれる範囲は慎重に調整されている。多少風がある場合でも同じところに落ちる。エリアには階段などの段差が多く、上を見てると速く走れない。それなら真っ先に問題の落ちるエリアを目指した方がいい」

「なるほど……」


ユーヤは地図の上に、問題に見立てた紙片を撒く。


「遺跡エリアから砂漠エリア、そして古代都市エリアと三つの区画にまたがって撒かれる。最初は遺跡エリアだ。転んで怪我しないよう慎重に。すね当てとか防具を身に付けてもいいかも」

「森の民は岩場を走るときは蔓を足に撒くな。コゥナ様もそうしよう」

「うん、それと引き返す時だ」

「引き返す時?」

「簡単に言うと後続の参加者を迂回するか、集団を突っ切るかの選択になる。他の参加者に衝突するとペナルティがあるけど……」

「うむ、ぶつかった方がその場で一分待機だな」

「その危険は避けたい、できれば迂回を」

「大丈夫だ。コゥナ様なら多少の人混みはよけて走れる」

「……分かった。でも無理はしないように」

「うむ」


そして、と、ユーヤは用意していたものをテーブルに広げる。


それは四枚の封筒だった。赤、青、紫、緑の四枚である。大きさはA5といったところか。


「お、これは……」

「本物じゃない。メイドさんに再現してもらったものだ。オープンセットを探してもらったが、撮影に使われた本物は手に入らなかった」


そんなことをしてたのか、と王たちも多少あっけにとられる。


「この四枚、拾われるのが一番多いのはどれだと思う?」

「どれ……?」


全員が顔を見合わせる。


「紫だ。これが砂漠の黄色の中で一番目立つからだ。続いて僅差で赤、青、そしてだいぶ離れて緑となる」

「……セレノウのユーヤよ、緑の封筒は拾われないのか?」

「そう、色相というのはこの世界にもあると思う。近い位置にある色は目立ちにくい。特に黄色に緑というのは自然に溶け合うので、そこに異物があると気付かないことすらある」

「では、緑に気を付けて探すということか?」

「それもいいが、こんなものを使ってもいい」


ユーヤが取り出すのは、急ぎ発注を出していた片眼鏡モノクル。銀縁でやや大きめのものだ。

しかしレンズがはまっていない。


「何だこれは?」

「これをポケットに入れておいて、必要に応じて嵌め込む」


そして広げられるのは、四枚の色ガラス。


赤、青、紫、そして緑のレンズが――。



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