第十二話
黄金の街並み、太陽に染まる静寂。
そこを走る参加者たちはあるいは真剣に歯を食いしばり、あるいは楽しそうに笑い交わしながら走っている。
「さあ今回の参加者は63名、このバラマキクイズで一気に25名に絞られるぞ! 砂漠に集いしクイズ戦士たちよ! 見せてくれ大腿筋の躍動を! 流れる汗のきらめきを!」
飛行船から撒かれるのは赤、青、紫、緑の封筒。やや重いのか回転しながら急降下していく。
そこは遺跡のようだった。おそらくは飛行船から見たランズワンのオープンセットだろう。石造りの神殿。崖に刻まれた神獣の像。朽ちかけた円柱。そんなものを脇に見て走る。
「ルールの解説だ! バラまかれたクイズは実に400問! 遺跡エリアから砂漠エリア、古代都市エリアにまたがって撒かれているぞ! このエリアと私アキューラとの間を往復し! 3問正解した時点で勝ち抜けだ! 往復で約400ミーキ! それは体力の弱肉強食世界か! おのおの背負った幸運の女神たちのバトルロイヤルか!!」
司会者のいる場所から空撮の視点へと移る。真上から封筒が落ちてきて、下方へと落下していく。手を伸ばせば掴めそうな感覚が臨場感を高める。
下方には参加者たちが走っている。封筒を撒いているのはやはり飛行船であり、その底に妖精を吊り下げて撮影しているらしい。
視点が切り替わる。会場内に置かれた妖精たちの視点。家の屋根ほどの高さから参加者たちを映している。石の大階段を走り抜ける若者、巨大な砂丘を息を切らして登る女性など次々と切り替わっていく。
「中継地点がだんだん増えてきてるね」
それはユーヤの発言。20年以上の録画をずっと見ているが、バラマキクイズが始まった初期の録画ポイントは、司会者の待っている場所の一つのみだった。
やがて録画ポイントを増やし、参加者の動向をリアルに見られるように進化している。
中には参加者の頭に乗せて撮影という回もあったが、5回ほどで見られなくなった。酔うだとかのクレームがあったのかもしれない。
「うむ、最近だと10箇所以上あるな。編集も工夫されているぞ」
「確かに……」
3ポイント獲得で勝ち抜けというルール、一人の参加者が1200ミーキ以上走り続けることになる。
中には封筒が見つからずに焦ったり、自分の来た方向が分からなくなる参加者もいる。見せ場を編集して立て続けに見せてくれる。
「三面鏡!」
「正解! これはお見事!」
「封筒っ……封筒どこー! 一枚っ……一枚も見つからないー!」
「これに出るのが長年の夢でした。サンジェミー農園の梨ジュースをよろしく! おいしいよー!」
そしてお約束のものも見られる。
「おーっと出たー! これは何だー!」
封筒から勢いよく引き抜かれる紙に、赤で刻まれたハズレの文字。
「うわー!」
「よーし頑張って行ってこよう! くじけるな若者よ! 枠はまだ残っているぞー!」
「このバラマキクイズはコゥナ様達に有利だぞ」
と、小声で囁かれる。
「何しろ12歳以下は二人一組で出てよいのだ。二人で3問答えれば勝ち抜け、他の組より圧倒的に有利だ」
「……」
「問題もほぼ答えられる。連続でハズレを引き続けるようなことも滅多になかろう」
「そうだね」
ユーヤは眼を皿にして立体映像を凝視する。あらゆるものを見定める冥府の審判者のように。
「……」
どうも生返事だな、とコゥナは感じる。
昨夜から睡眠もとらずに番組を見続けて、一体何を探そうとしているのか。
「……ユーヤよ。そもそもバラマキクイズに戦略などあるのか?」
ユーヤが真剣に取り組んでいるのは分かっているが、任せきって何も問わないのも不誠実な気がして、そう話しかける。
「クイズが知力、体力、時の運だというなら、バラマキクイズは体力と運の勝負だろう。そもそも、知力に劣る者でもゲームに参加できることが醍醐味のゲームではないのか」
「あるよ」
やはりどこか上の空の様子で答える。
「どんな形式のクイズにも運は介在するけれど、ある種のクイズ王たちはそれを嫌った。運に左右されず勝利したいと願った。偶然を制御しようとしたんだよ」
「偶然を……?」
「それにこのゲーム。見た目以上に混沌としている。最大の問題はハズレカードの存在だ」
「ハズレなどあまり出ないぞ。一度だけ四連続ハズレが出た男などもいたが」
「思い出して。63名の参加者、25名の勝ち抜けに対して400枚の封筒。最後まで回収されない封筒があるとしても多すぎるんだ。編集されているだけで、実際はかなりのハズレが出ている。おそらく四分の一以上はハズレだ」
「そ、そうなのか?」
「ハズレが多いほど見せ場を録りやすいからね。司会者に張り付いてるとかなり頻繁にハズレが出ると感じるはずだけど、それは参加者や、映画の視聴者には分かりにくいから」
「しかし四分の一か……ん?」
そこで考え込む。
「ユーヤよ、それはもしかして三連続でハズレを引かない人間が相当数出るのでは」
「そう。四分の三の当たりを三回連続で引く確率は42%。そして今回の参加者、63人中の25人勝ち抜けというのは39%。つまり一度でもハズレを引くと、単純に考えれば四問目を持ってくるまでに通過枠が埋まってしまう」
「そんなことになるのか!?」
「実際には不正解も出るし、二人組の参加者が有利になるのも間違いない。でも対策をしなきゃいけない。万が一にも負けは許されないんだ」
「対策……」
ハズレを引かないように回避する、という意味なのか。
(あるいは……)
何らかの手段でハズレを引かなかったことにする、という意味か。
コゥナの想像する範囲では、後ろ暗い手段しか浮かばない。
「……分かった。見終わったら急ぎ、ゴルミーズ宮に戻ろう」
必要になれば何でもやる。
どんな手段でも。
それがユーヤの役割であり、王族である自分達の役割なのか。
コゥナはそっと眼を閉じて、ただ腕から伝わるユーヤの体温だけを感じていた。
どこまでもついていこう。
一度は国の命運をも、委ねた相手なのだから。
※
深夜。
早朝のランズワン行きのために、コゥナとズシオウは早めに休ませた。ユーヤはといえば机に向かって資料に当たっている。
居室は暗く、蝋燭の明かりだけが机上を照らす。妖精のランプもあるらしいが、ユーヤには蝋燭の方がしっくりきた。
資料とはランズワンにあるオープンセットの地図。カレンダーと記念日の本。メイドたちによってリスト化された過去の出題などである。ユーヤにしか分からない記号をがりがりと書き込んでいく。
ほとんどの問題はユーヤには解答できず、何を言ってるのかすら分からないものも少なくない。だがそれでも手が動く。経験という名の小さな脳が腕にあって、意思を持っているかのように。
メイドのリトフェットが背後にいて、そっとその背中に呼び掛ける。
「ユーヤ様」
「うわっと、どうしたの?」
「ノックはいたしましたよ。三回ノックしても応答がなければ、入ってきてよいと仰っていました」
「そうだったね。ちょっと集中してたから……何かあったの」
「ランズワンに潜入させていたメイドからの報告です」
「何か変わったことがあった?」
よほど忙しいのか、また資料にペンを落としつつ言う。
「いえ何も。カイネル先王とツチガマが潜伏しているのは先日の邸宅ですが、望遠レンズにて観察を続けていても、何も変わったことは起きません。ユーヤ様の危惧しておられたような、映画会社との接触も確認できません」
「ランズワン・ムービーズはカイネルとは無関係なの? 番組に介入されるかと思ってたんだけど」
「無関係のようです。カイネル先王は駐留兵を押さえているぐらいで、あとは偽造された公文書で先日の作戦、つまり全住民の屋内待機を行ったようですね。カイネル個人の兵力はおよそ百というところでしょうか」
「百……」
あるいは、本当にここで戦力を投入したほうが話が早いのではないか、という考えはユーヤにも訪れる。
この世界にそこはかとなく流れる平和に浴した気配。力づくで物事を解決する、という考え方が希薄な空気、そういう部分のスキをつけるのではないか、という想像がよぎる。
(落ち着け……)
ペン先を拭いて冷静になろうとする。
やはり慎重になるべきだろう。
何より、もうカイネルとの勝負の契約は交わされたのだ。
(……妖精が見ている)
妖精の鏡に関する約束を、無理やり反故にすることは危険だと感じる。
それに第一、カイネルが大人しく捕縛されると考えるのはさすがに楽観が過ぎるだろう。鏡が彼の手にあることも無視できない。
まるで手を出したくない理由を探してるようだ、と軽い自嘲を覚えつつ口を開く。
「分かった。引き続き監視を」
「はい。それとツチガマについてですが」
「彼女が何か?」
「望遠にて監視していたメイドによれば、何といいますか不気味だと。ほとんど部屋から動かず、ずっとラジオを聴き続けているそうです」
「ラジオ……そういえば先日もいきなりラジオを聴きだしてたね」
「はい、一種偏執的な様子だそうです。こちらの監視には気づいているでしょうし、何らかの偽装でしょうか」
「それもピンと来ないな……。チャンネルは何を?」
「パルパシア遊興放送のようです。トーク番組とクイズ番組、少しの音楽番組という構成ですね。昼の帯番組の「まだ見ぬあなたと」ですとか、クイズなら「深夜のクイズウォーカー」などが人気です」
「……」
クイズの勉強でもしてるのだろうか。
あるいは、世情に関わろうとしていない、という印象もある。
ラジオの世界への没頭。それは世界から自己を切り離す行為か。あるいは何かから隠れようとしているのか。
「……何かに役立つかも知れない。パルパシア遊興放送の各番組についての資料を」
「はい」
「……監視は慎重にね。けしてツチガマと接触しないように」
「心得ております。メイドにとって戦闘は最後の手段ですので」
「そ、そう……」
報告も終わったが、リトフェットはまだ立ち去らずにいた。ユーヤの様子をまじまじと見ている。
「ど、どうしたの?」
「ユーヤ様、やはり徹夜が過ぎます。少しはお眠りになっていただかないと」
「大丈夫……昔は一週間ぐらい徹夜できてたし、肉体も若返ってて」
「添い寝いたしましょうか?」
「そういう問題じゃないから」
しゅるり、とリトフェットは水色のリボンを外し、腰の後ろあたりで何かのボタンをぱちりぱちりと外す。
「ご心配なく、内緒にいたしますので。さ、そこの寝台へ」
「いや、あのね」
がん。
椅子を引きかけたユーヤの脇で、そんな音がする。
見れば、椅子の背もたれに万年筆が突き刺さっている。合金製のペン先が根本まで埋まり、木材に亀裂が走っていた。
はっと気付く、ドアの隙間に数人の影。ユーヤが視線を向けるとさっと隠れる。一瞬だけ見えたのはメイド服のスカート。
「おや、あの子たち、仕事を与えていたのにしょうがないですね」
そしてドアへ歩いていってぱたりと閉め、またユーヤに向き直る。
「では添い寝」「帰って」