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第十話





翌日。


雲一つない蒼天の下、シュネスハプトの街はいつもと変わらず賑わうかに思えた。


黄金の丘とも形容されるゴルミーズ宮、そこでは普段よりも一般人の入れる範囲が狭められ、武官らしき人物の姿もちらほらと見えたけれども、異常と感じられるほどではなかった。


アテム王は大勢の人間と会って会議を繰り返していた。実効支配下にあるランズワンの現状について。

その計画がいつから動いていたかについて。この件が他の氏族に伝わっているか否か。


大規模な軍事作戦も当然俎上にのぼる。昨日のアテムならば検討したかも知れぬが、今は慎重になっていた。

理由はいくつかある。ランズワンに外国人の観光客が多いこと。ヤオガミの鏡が敵の手中にあること。バッハパテラの氏族を割るほどの戦いになれば、他の氏族や外国の介入が起きかねないこと。

そして何よりも、計画の裏にかのハイアードの王子がいたことである。

動けば動くほどに足を絡めとられ、流砂に引き込まれる。そんな不気味な印象が、傲慢さを飼いならす王、アテムをも慎重にさせる。

結局はあらゆる事態を想定しつつ、相手の出方を見るという方向に落ち着いていった。


セレノウのユーヤの名前は何度か上がったけれども、その素性については慎重に秘されていた。


「事態は最小限度の規模にとどめ、かつ、確実に鎮静化させる」


アテムは居並ぶ重臣を前に、重々しく語る。


「セレノウのユーヤの協力を得ている。あれは一種の怪物。セレノウより借り受けた秘匿戦力とでも言うべき存在だ」


国際社会でまったく知られていない名である。重臣たちには戸惑いの色が濃い。そもそも外国人の手を借りて大丈夫かという意見もあったが、大陸の両端、シュネスとセレノウの関係ともなれば、それが直接的なリスクとまでは認識されなかった。


「バッハパテラの氏族を割る事態は、最悪のシナリオではあるが」


アテムは王としての威厳を示すかのように、あらゆる会議をその言葉で締めくくった。


「いざとなれば躊躇はいらぬ。各人、槍を研いで戦場に備えよ」





「ユーヤはまだ映写室か」


大股で廊下の向こうから来るのはアテム王。いつもの白スーツに、この時は金の額当てをかぶっていた。


映写室の前にはセレノウのメイドがいる。水色リボンで落ち着いた雰囲気の女性だが、隙のないプロ意識のようなものを感じる。


「はい、アルバギーズ・ショーの記録を見続けております」


ユーヤはシュネスハプトに帰ってきて以降。15時間以上映写室に閉じこもっている。食事は運ばせたが、どうやら一睡もしていないらしい。

あらゆる手段で過去のアルバギーズ・ショーの記録体をかき集めたが、その量は実に220個以上。とても三日で見きれる量ではない。


「月に一回の映画とはいえ、番組が始まって以降の20数年分の記録だぞ。まさか全部見る気なのか」

「他のメイドと分担にて視聴しております」


映写室だけではなく、客室などで別のメイドも記録体を見ているらしい。何やら書き留めたものをユーヤに届けているようだが、10年以上前の記録などは何の役に立つのか、と思わずにはいられない。

水色リボンのメイドは眼鏡を光らせ、手元のメモ帳を見て告げる。


「ユーヤ様からご要望を承っております。ランズワンで作られている他のクイズ番組の記録体、クイズ番組の関連書籍。できればランズワン・ラジオのクイズ番組の音声記録も欲しいと」

「手配しよう……。しかし膨大な量になるぞ。ランズワン・ラジオのクイズ番組は週に10本以上ある……」

「シュネスのセレノウ大使館、およびメイドの組合に応援を要請いたしました。午後からメイドが20人ほど来る予定ですので、作業用の部屋をご提供いただきたく存じます」

「わ、わかった」


「アテム王、お前からも言ってやってくれ」


廊下の反対側から現れるのはコゥナである。羽根飾りなどを取り払っており、手足にペイントもない。アテムよりはやや薄い褐色の手足は、年相応に細く見える。起きたばかりの時分はこのような姿なのだな、とひそかに思った。


「ユーヤのやつ、昨日から一睡もしてない! また倒れてしまうぞ!」


また、という部分に眉をしかめる。異世界から呼ばれてさほど日数も経っていないはずなのに、どれほど体を酷使すればそんなことになるのか。


「うむ……。だが、実はユーヤから言われていてな。説明は後でするから、とにかく集中して取り組ませてほしいと……。あとはベニクギが起きたら話をしたい、と頼まれているが」

「しかし……」

「ユーヤはかなり頑固者のようだ。説得してもこちらが丸め込まれかねない」


アテム王が言うなら相当なのだろう。とコゥナは内心思ったが、黙っておく。


「何かねぎらいの用意をしてやるか。按摩を呼ぶか、温泉の湯でも運ばせるか、それとも……」


と、そこで思い至り、ぽんと手を打つ。


「そうか、ユーヤはバフムスに興味を持っていたな」

「バフムス……コゥナ様も噂で聞いたことはあるぞ。人を堕落させる魔性の品だとか」

「別に麻薬のような危険なものではない。よし、何としても用意してやろう。産地はミオードだったな。使いの早馬を出すか」

「具体的にどんなものなのだ?」


アテムはそこでコゥナをちらと見て、曖昧に笑う。


「喩えるなら挙体異香、匂い立つような絶世の美女、というやつだ」





場面は移る。



広大なゴルミーズ王宮には内部に病院もある。外科に内科にと六人の医師が詰め、手術室をも備えた立派な病院であるが、その個室において寝台の上にいて、身を起こしているのは赤い髪の傭兵、ベニクギである。


「もう話ができるのか……?」

「大事ござらぬ」


白亜癒精ジンクキュリアでの治療はまだ行われていない。白夜の花が十分に集まらなかったこともあるし、ある程度傷がふさがってからのほうが副作用。すなわち痛みが小さくなるという理由もある。


だがユーヤの見たところ、十数か所は斬られたはずだ。即死でもおかしくないと思えたのだが。


求命門ぐめいもん、ラウ=カン風に言えば潜命ティエンミンと呼ばれる技にござる。無意識の作用で重要な筋肉や臓腑を守る……」


そのような発言には舌が重くなるようだった。ツチガマに敗北したことはれっきとした事実であり、手術と輸血を受けなければ落命の危険があったことも間違いない。本来なら剣士として恥に耐え忍ぶ頃でもあろうか。


「ベニクギ、無理はしないでくださいね」


ズシオウも安堵が半分、心配が半分という風情である。ベニクギが傷の痛みなど物ともせずに気丈にふるまうのは、ズシオウの前だからでもあるだろう。


「ご心配のほど痛み入り申す。それでユーヤどの、ツチガマのことを聞きたいのでござろう?」

「ああ……」

彼奴きゃつ辺鎖州へざしゅうの生まれ。辺鎖州とはかなりへんぴな土地でござるが、彼奴はそこで山賊の頭目をしておったのでござる」

「山賊……」

「山賊と言っても規模が大きくなれば豪族ともなり、英傑とも呼ばれる頃には士官の道も開けようもの。いまだ戦乱に明け暮れるヤオガミでは、そのような人物が侍となることもあるのでござる。彼奴は剣の腕にて名を挙げ、やがて中央にその名がとどろく頃、拙者とロニの座を争うこととなったのでござる」

「今ひとつわからないんだが、ロニになる・・、とはどういうことなんだ?」

「ロニとは特定の主君を持たない傭兵でありながら、その強さゆえに雇用関係を対等なものとできる、すなわち己の意志で主君を選べる人間のことでござる。免状などがあるわけでなく、自称しても一向にかまわぬが、ヤオガミにおいてロニとなる正式の手段はただ一つ。国主である大将軍クマザネ殿の御前でそう宣言することでござる。我は誰の下にもつかず、天下のため己の意志で剣を振るうと」

「……」


ユーヤには理解しにくい習慣である。天下一の剣客であると時の権力者の前で宣言する。ユーヤの常識では直後に四方八方から槍が飛んできそうだ。

だが、この世界ではあり得るのか。人間を超えるほどの人材が生まれ得る世界なら。


「国主と対等に渡り合う。かつてそれを成し遂げたロニは十人とはおらぬ。そして拙者とツチガマ、両雄並び立たぬは世の常。ついにクマザネ殿の前で力を比べあうこととなったのでござる」

「確か……剣の勝負と、雷問の勝負」

「左様」


ヤオガミにて早押しクイズのことを雷問と呼ぶ。雷のような一瞬の攻防ゆえにそう呼ばれるのだとか。


「ことは首都フツクニを沸騰させる戦いとなり申した。まず剣にて争い。百と五十の打ち合いの末、拙者が勝利を納め申した」

「ん……勝ったのか?」

「左様にござる」


ベニクギの声には硬さがある。昨日のあれは、再戦ののちに雪辱を果たされたことになるのだろう。

その上で過去の勝利について語ることは、恥ずべきことと感じているのか。


「次に雷問の勝負となり申した。クイズがあまり根付いておらぬヤオガミではござるが、ことは都をとどろかす噂となり、クマザネ殿の御前、試合場には全国から侍が詰めかけたのでござる」

「覚えています。私はまだ四歳か五歳でしたが、城が震えるほどの賑わいでした」

「勝負はどうなったんだ」

「勝負は打ち切られ申した」


端的に、どこか苦々しさをにじませて言う。


「打ち切られた……」

「物言いでござる。ツチガマがあまりにも早く押していた。誤答を嫌うヤオガミの気風にあって、その勘押しを侍たちは腹に据えかねたのでござる。七問目が終わった時、城の重鎮たちが一斉に立ち上がり、勝負の打ち切りを求めたのでござる」

「……あまりにも、早く押していたから」

「ツチガマが優れた判断力で、人よりも早い段階で押せたという可能性はあるでござる。だから出題内容は後から十分に検討がなされたでござる。結果は変わらず。偶然を期待しての勘押し、あるいは、これは誰も表立っては言わぬが、出題側と結託していたのではないか、という噂まであったのでござる」

「……あまりにも、早く」


ユーヤは少し考える風であったが、その検討は後に回すとしたのか、話を先に進める。


「それで……ツチガマはどうなったんだ」

「彼奴は不服を訴えた。声高にクマザネ殿までを痛罵したのでござる。それを取り押さえようと侍たちが殺到し。次の瞬間。試合場に鮮血が舞ったのでござる」


じわり、とベニクギの腕の包帯に血がにじむ。ほんの小指の先ほどであるが、血のたぎりを思わせる出血が。


それは悪夢のような光景だったという。間合いに入った瞬間に血しぶきを上げ、物も言わずに崩れ落ちる侍たち。

その場にベニクギがいなければ、あるいは全員が斬られていたかもしれない、と。それを知る侍は今も色濃く記憶しているのだとか。


「拙者は、ツチガマの右腕と左足に深手を負わせた」


包帯の巻かれた右腕を見て、ベニクギは床に染み込むような言葉をこぼす。


白亜癒精ジンクキュリアを呼ぶ媒体、白夜の花はフツクニがほぼ独占しており治療は不可能にござる。ツチガマは深手を負ったまま追手と斬り結びつつ、南洲なんしゅう、そして卯州うしゅうに逃れたあたりで消息を絶ったのでござる。最後に見た者の証言では、全身に二十以上の刀傷を受け、それでも追手と戦い、小舟を奪って嵐の海に漕ぎ出したとか……」

「……そこで、追跡が打ち切られたのか」

「卯州と、その周辺の沿岸に百人以上の侍が配されたでござる。しかし一年以上経ってもツチガマは見つからず、目撃者すらも出なかった。死んだと断定されても無理はござらぬ」

「……」

「拙者は他の侍たちを守れなかった。死者だけは出なかったでござるが、大勢が重傷を負ったことには違いないでござる。クマザネ殿からはフツクニの守護役を請われたものの、拙者はそれを辞し、海を渡ったのでござる」

「その後、私がハイアードキールの国屋敷に任じられました。そこでベニクギと出会って、主従の契りを結んだんです」


ズシオウがそのように締めくくり、ユーヤは口に手を当てて考える。


「……ツチガマは何を求めているんだろう。ベニクギへの復讐心、という感じではなかった。もっと大きくヤオガミ全体や、世界への復讐なんだろうか」

「ツチガマの剣はもはや拙者には判断がつかぬでござる。確かに殺気はあった。くろぐろとした怨念や、混沌たる憎悪もあったのでござるが、拙者だけに向けられた怒りではなかったでござる」

「……認められたい、のかも知れないな」

「認められたい……ですか?」


ズシオウが首をかしげる。


「彼女がベニクギと戦いたがっていたのは間違いない。あるいは僕がクイズの達人であると喧伝したズシオウともだ。真の達人ならば自分の実力を正しく評価してくれる、と思ったのかもしれない」

「実力を……」

「その四年前の決闘……ツチガマは本当に勘押しだったんだろうか」

「左様にござる」


一種のかたくなさをもって、それだけはきっぱりと断言する。


「何度も検討したこと。間違いござらぬ」

「……」


クイズ王は、時に余人の理解を超える。


どんな理屈で答えを求めたのか、世界の誰にも理解できない速さで押すこともある。

あるいは、押した当人すらも正確には把握できぬ神秘的な領域。それが確かに存在する。


あるいは、ツチガマもそうなのだろうか。

クイズがまだ浸透していないヤオガミでは、誰も理解できなかったほどのクイズの達人なのだろうか。


「……ありがとう、参考になったよ」


だが、仮にそうだとしても。

いつか誰かが、それを分かってやれるだろうか。


ユーヤですら分かるとは限らない。

あるいはこの世の誰にも分からない、孤高の領域こそが――。



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