召使いなんだから、第1皇子と恋愛なんて出来ません!
「ファルト様、起きてください。ファルト様ぁ〜…。……ファルトおぉ!!」
「うわっ…!? なんだ、サリィか…。」
「何だじゃありません!毎日毎日何回起こしてると思っているんですか!!もう、剣のお稽古は始まっているのですよ!」
ファルトは全く焦る様子はない。
寝癖がしっかりついた頭をかきむしり、大口を開けて欠伸をしている。ベットから降りようという素振りもなければ、剣の稽古に行こうなどという気はさらさらない様に見える。
それは今日に始まった事ではない。第1皇子という地位にいながらも、全く自覚もあったものではない。
「ほら!さっさと着替えて剣のお稽古に行ってください!ヴェング様はもう既にお稽古に入られています!第1皇子として、しっかりなさってください!」
「え〜、いいよ、別に。面倒事は全部ヴェングがやってくれればいいんだよ。別に王位を継承したいわけでもないし。2年ばかり早く産まれてきただけじゃないか。」
そう言うと、再びベッドにゴロンと寝転がってしまった。
傍から見て、次期王位継承者としてふさわしいのは勤勉な弟のヴェングのほうに違いない。国を思えばこのままファルトの意志を尊重し、王位継承を断念させるほうが得策だろう。
しかし、召使いとして、幼い頃からファルトに仕えてきた身として、ファルトがこんな自堕落な人間ではない、もっと優れた人間であると確信しているために、お節介を焼いているのだ。
「はぁ…」と溜め息を吐き、横になったファルトを叩き起こそうとベッドの脇に立った。
そして、日頃のイライラを右手に込め、それを思いっきり振り下ろした。
「ファルトおおぉぉ!!!起きろおぉぉ!!」
「スキあり。」
ファルトは渾身の平手を身体を半回転させて躱すと、その状態のまま手を伸ばして前屈みになった身体をギュッと抱きしめてきた。
「ふっふ〜。捕まえた。」
「ちょ、ちょ、ファルト様!?」
「…うん、温かい。サリィの身体は温かくて、すごく落ち着く。」
流石に体格差が出てきており、ファルトを簡単に振り払うことができなかった。
もしかしたら、振り払うおうという意志がどこかに飛んでいったのかもしれない。
幼い頃からずっとそうだった。こちらが怒っているときに、ファルトはこうして抱きついてきた。なにか悲しいことがあったときも、嬉しいことがあったときも、ファルトはこうして抱きついてきた。
しかし、もうファルトは成人が近い。この年齢の男が抱きつくというのは、幼子がそうするのと全く別の意味になる。
「なあ、サリィ。俺は王位なんかいらないぞ。ただ、こうしてサリィと一緒にいたい。」
「ば、馬鹿なこと言わないでくださいっ!私は召使いなんです!!第1皇子である貴方とそんなこと…」
ファルトの腕が緩んだ。そのままスルスルと身体を抜けていき、ベッドの両脇にペタっと落ちた。
ファルトは物悲しげな顔をしていた。薄く笑っているようにも、何かを憂いているかのようにも見えた。
「第1皇子だからいけないのか?」
それは、ファルトの素朴な質問だった。
それに即答できるほど、心の余裕はなかった。二人の間にあるのは大きな身分の差。そして、二人を結びつけているのも、またその身分ゆえだったからだ。
それを肯定すれば、今までの関係性が崩壊してしまう。はたまた否定すれば、ファルトという人間自体を否定してしまう。
「…答えられません。」
「そうか…。」
ファルトはベッドから起き上がると、そのまま部屋を出ていった。
自問自答を繰り返しながら、ファルトの温もりが残るベッドを片付ける。仄かな後悔が胸に広がるのを感じまいと懸命に仕事に打ち込んだ。
どう答えれば良かったのだろうか、どう言ってあげるのが正解だったのだろうか、何度も自問自答したが、結局答えらしいものは見えてこなかった。
しばらくファルトの部屋の掃除をしていると、王の側近であるデルスドルが部屋に駆け込んできた。
「ファルト様はどちらに!」
「随分前に部屋から出ていかれましたが…。もしかしたら、剣のお稽古に行ってらっしゃるのでは?」
「本当か!それは良かった!」
デルスドルはその体躯に似合わぬほど焦り顔を見せていたため、何事かと不安がよぎった。少なくともファルトが何かをしでかしたというわけではないようだが、それにしては額に脂汗をいっぱいにかいているデルスドルの様子はかなり珍しかった。
「なにかご用事で…?」
「今日、オズラク家の一人娘のハーラ様がお見えになるそうだ。王がぜひともファルト様と結婚して頂きたいと、かなりご執心のようでな。見合いの流れになろうかと。」
この国でも1.2を争う富豪のオズラク家、その一人娘との結婚とあらば国を挙げての祝い事になるだろう。
成人を間近に迎え、もはや婚姻していてもおかしくはない年齢だ。それに加え、第1皇子となれば、国家の総力を結集させて結婚相手を選び抜くことになる。その相手がハーラだったというわけだ。
ごく自然な、ごく当たり前なことだ。それが第1皇子というものだ。
自分にそう言い聞かせるように何度も心のなかで唱えた。どこかで自分を律していなければ、姿形もなくなるほど崩れ去ってしまいそうな気がしたから。
程なくして、デルスドルが剣の稽古中のファルトを掻っさらって身支度を済ませ、謁見の手筈を整えていった。
会食を兼ねてということもあり、給仕としてその場に立ち会うことになったのだが、正直良い気はしなかった。
「ファルト、こちらはオズラク家のハーラだ。」
「ハーラです。この度は謁見させていただき、誠にありがたく存じ上げます。」
「…あぁ、ハーラ。ファルトだ。」
王がハーラを紹介すると、ファルトは明らかに乗り気ではないというような感じで返事をした。しかし、その立ち姿はどこか気風に満ち溢れ、まさに王の姿ともいうべきものだった。
王はあまり話したがらないファルトのフォローに走るというなんとも滑稽な状態になっていたが、それほどまでに今回の謁見は“婚姻”ということに関する重要なものであるという事も分かった。
一方のハーラは、名家の箱入り娘と言うに相応しく、落ち着いた語り口調と、街を歩けば男は皆振り向くであろう洗練された美貌と、そして何よりもその威風堂々とした姿は王女となるに不足ないものであった。
絵画にするにもあまりに出来すぎている。そう感じてしまうほどに二人はお似合いだった。
「ファルト様はどのような女性が好みでしょうか…?」
「好み、か…。う〜ん…。」
ハーラからの質問に、ファルトは少し考え込んだ。
思わずこちらも仕事を放棄し、固唾をのんでその答えを待った。
「抱き心地の良い人、かな。」
「「え?」」
想定外すぎる回答に思わずハーラと声を合わせてしまった。
あまりにも斜めからきたのか、ハーラは続けざまに質問した。
「…と言うと、ファルト様はふくよかな女性が良いのですか?」
「いや、そういうわけじゃない。」
「では…、筋肉質な女性ですか?」
「いやいや、筋肉質だと抱き心地悪いでしょ。」
「では…!」
ファルトはハーラの質問をいなすように回答していく。ファルトの思い描くところの核の部分に全く踏み込むことができず、落ち着き払っていたハーラもどこか変に焦りのような表情を見せた。
それに気を揉んだのは王だった。
丸く収まってほしいと最も願っている王は、この問答にとうとう痺れをきらしてしまった。
「ファルト!では一体それは何なんだ!」
「抱き心地が良いってさ、ギュッて抱いてる時にちゃんと気遣って動かないでいてくれたりさ、落ち着く匂いとかさ、そういうもんなんだよね。これあると落ち着く、みたいなのが、俺にとってはそうなんだよ。」
ファルトはそう言うと、一呼吸おいた。
そして、給仕役として王族側の後ろに待機していたこちらへ振り向いた。深く腰掛けていたところから、肘の反動を使って立ち上がる。そして、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
「だからさ、そういうとこ。…サリィはわかってくれるよね?」
「あ、え、あ……」
ファルトは生意気にも肩に手を置いてきた。
そして、綺麗に着飾られたその姿で、すべてを見透かしているようなその綺麗な瞳で、そう言ってきた。
「おい!ファルト!お前まさか…!召使いを相手に…!お前は第1皇子だぞ!私の跡継ぎだぞ!」
王は激しく睨みを効かせ、怒気の混じった口調でそうまくし立てた。
至って正論だ。第1皇子とはそうあるべきであり、そうでない限り国家に安定はもたらせない。だからこそ、王はそれほどまでに感情を出していた。
「じゃあ、辞めるわ。第1皇子。」
「な……?!」
「ヴェングにやらせればいいさ。元々俺はそんなガラじゃない。それに、身分で好きな女と一緒になれないなんて御免だ。」
ファルトは手を掴んできた。
そして目で合図をすると、一気に走り出した。
迷いなく王宮の外まで駆け出していくつもりだ。
その顔はどこか晴れ晴れとしているようにも見えた。
「ちょっと!何か計画はあるの!?」
「なにもないさ!!でも良いんだ!俺は決めたんだ!」
「何を!?」
「サリィを守る!サリィとずっと一緒にいる!だから、サリィ!残りの人生、俺にくれ!!」
脚の回転に合わせてどんどんとうるさくなってくる鼓動の音。
王宮を抜ければ、もう第1皇子と召使いじゃない。
いつの間にか引っ張られていたはずの手が横並びになった。
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