暗闇の中
俺は今、暗闇の中にいる。普通、人が寄り付かないような場所だ。ここには人喰いの鬼が何体もいる。もし見つかれば、人間は鬼の腹の中だ。
「みいつけた」
鬼の荒々しい声が響く。どうやら、誰かが鬼に見つかったようだ。その直後、女の叫び声が響き、途絶えた。喰われたのだろう。
その昔、俺がまだガキだった頃のこと。人喰いの鬼が人里に現れ、暴虐の限りを尽くした。人々は鬼と戦おうとしたが、鬼の圧倒的な力の前には人間の力は無力であった。人々は恐れ、隠れた。隠れられなかった人間は鬼に喰われた。
しかしそんな中、ある男が暗闇を作り出した。男は鬼を暗闇の中に閉じ込め、封印した。それからというもの、鬼が人里に姿を表すことはなくなった。だがそんな封印にも欠陥があった。それは、中から外に出ることさえできないが、外から中に入ることはできてしまうのだ。その結果、ここに迷い込んだ者は二度と太陽を拝むことなく死んでいく。実際、俺はもう何十年もここにいるが、外に出たことは1度としてないし、ここで死んでいった人間を何人も見てきた。
鬼を倒すことは不可能だ。たとえ銃を持っていたとしても、銃弾は鬼の体を貫くことなく弾かれ落ちてしまう。ここで生き残るには、一歩先も見えないような暗闇の中、鬼の目を掻い潜って逃げ、そして隠れるしかない。すなわち、命を懸けたかくれんぼというわけだ。
今、俺は人が隠れられる場所を探している。クローゼットの中、机の下、タンスの裏……。どこでもいい、人間が隠れられる場所を探すんだ。
──使われることも無くボロボロに壊されたベッドをひっくり返したとき、そいつは俺の視界に現れた。1人の若い男。蹲っているためわかりにくいが、身長は190cmはあるだろうか。筋骨隆々とした力強い見た目をしている。
が、そんな見た目とは裏腹に、この状況に酷く怯えた様子だ。返り血のようなものを浴びている。手には懐中電灯が握られているが、ここではそんな物は機能しない。恐らく、こいつは肝試しか何かのつもりで仲間と一緒にここに来たのだろう。だが、仲間は鬼に食われ、運が良いのか悪いのか、こいつだけが生き残ってしまった。こいつの様子を見た憶測に過ぎないが、大体合っているはずだ。
「た、助けてくれ……!」
男は助けを求めてきた。どうやらここの事をまだ理解していないらしい。ここでは助けなど来ない。来たとしても鬼の餌食になるだけだ。どうしても助かりたいなら、声など上げずに静かに隠れているしかない。
俺は、男の口を手で塞ぎ、そして教えてやることにした。ここでは人間は無力であることを、鬼には敵わないことを。それを伝えるには、たった一言で足りる。
「みいつけた」