あいつ番を間違えたんじゃないか? 事件
「共に行こう、俺の番」
自室で寛いでいた、とある王国の王女セレスタミアの前に、翡翠の鱗をもつ竜は突然現れた。王立学園から帰ってきたセレスタミアは、自室でペットのふーちゃんを膝に乗せ、夕食までの時間を寛いでいる最中だった。
翡翠の竜は人型へと姿を変え、ソファに腰かけたセレスタミアに歩み寄った。短く逆立った翡翠色の髪、竜の一族らしい整った顔立ちでありながら、野性味も内包するその姿に、セレスタミアは一瞬どきりとする。どきりとはしたものの、突然自室に人が現れたら驚いて当たり前だと、次の瞬間には納得していた。
「お前は番を迎えに来たのか?」
「ああ、そうだ」
手が届く程の距離まできた翡翠の竜は、右手を伸ばした。セレスタミアではなく、セレスタミアの膝の上にいるふーちゃんに向かって。
自身に手を伸ばしてきた翡翠の竜に対して、ふーちゃんは容赦なく火を吹いた。セレスタミアのペットである火吹きトカゲのふーちゃんは、翡翠の竜を猛烈に威嚇している。
「大丈夫だ、落ち着けふーちゃん。いつも守ってもらっている分、私が守ってやる」
「俺の番はふーちゃんと言うのか」
竜であったとしても、火吹きトカゲの炎はさすがに熱かったようで、右手をさすりながら、翡翠の竜は感慨深げに声を上げた。
「ふーちゃんは私のペットであって、護衛でもある。番犬ならぬ、番トカゲだ」
セレスタミアは膝の上にいたふーちゃんを抱きかかえた。
「そうか、番トカゲが、番トカゲに」
「誰もうまいこと言えとは、言っていないぞ」
余計なことを言い出した翡翠の竜を、セレスタミアは半目で見た。
翡翠の竜がふーちゃんに求婚しているという事実に、セレスタミアは頭が痛くなった。セレスタミアにとって、ふーちゃんは大切な家族であり、簡単に手放せる存在ではない。そしてセレスタミアは、あることに気付いてしまった。
「まさかお前、ふーちゃんを抱く気なのか?」
ふーちゃんを守るように、セレスタミアの腕に力が込もる。
「あ、う、う、う~ん……あ~」
たっぷり数分悩んだ後、翡翠の竜は何とか声を絞り出した。
「……たぶん……抱けるはずだ……たぶん……」
「そこは嘘でも即答するべきところだぞ。あとふーちゃんはオスだ」
「何! 騙したのか!」
「騙すも何も無くないか? 一方的に言い寄ってきて、むしろふーちゃんの方が被害者だぞ。なあ?」
セレスタミアに同意するように、ふーちゃんは鳴き声を上げた。それを聞くや否や、空いているソファに勝手に腰かけて、翡翠の竜は急に落ち込みだした。このまま諦めてくれないだろうかと、セレスタミアは翡翠の竜を見守る。
たっぷり数十分黙り込んだ後、翡翠の竜はいきなり顔を上げた。
「やはりふーちゃんは連れて行く!」
翡翠の竜は諦めていなかった。
「ふーちゃんは渡すものか!」
騒ぎを聞きつけた侍女たちが集まってくるまで、セレスタミアと翡翠の竜の言い争いは続いた。その後も話し合いは平行線をたどり、翡翠の竜はしばらく王宮にいついた。
この一連の騒動は、『あいつ番を間違えたんじゃないか? 事件』として、竜の一族を震撼させた。これをきっかけに、竜の一族における教育が見直されることとなる。
余談ではあるが、学園を卒業したセレスタミアと結婚し、子宝にも恵まれた翡翠の竜は、未だに間違いを認めてはいない。